第152話
その攻勢は順調に進んでいった。
獣人国が中心と成った攻勢軍は、オーク帝国との幾度もの会戦に勝利をし先へと進んでいく。
私とクリスも義勇兵として魔法部隊に参加、味方への防御魔法やら支援魔法やらで成果をあげていく。
オーク帝国と獣人国の間には中央山脈が横切っており、その南側は平野が続いている。
畑にしたら大収穫が予想されそうな肥沃な土地なのだが、見通しが良く行軍のしやすいそこは、どちらにとっても拠点を造るには難しい場所だった。
それゆえに平地戦に強いケンタウロスが大活躍をし、ほぼ一方的にオーク帝国を削っていく。
その後ろから獣人国が大規模な輜重部隊を連れて行軍をし、そして仮の砦を造りつつ進む事で補給路の安全をも保っている。
それは数十年も前に計画された通りの行動だった。
そして遂にオーク帝国の実質的な支配領域である都市に辿り着いた。
そこはさすがに前線という事で、堀を巡らし壁で囲まれた城郭都市というべき物なのだが……なんというかひと昔前の設備というか……攻城兵器のある獣人国だと……。
……。
通常なら歩兵が壁に取り付くまでが大変な攻城戦、堀を超え壁に梯子を立てかけ……。
なんて一切する事なく、ただひたすらに遠距離攻撃をしていく。
設置や調整をするのに数日かかる投石機だが、一度でも設置してしまえば後は攻撃を続けるのみ。
防衛側は攻め手の兵を削る事も出来ずに瓦解していく。
うん、前世の時に徹底的に叩き込んだ戦術だね。
蛮勇のごとく個人の技量頼みで敵に突っ込みがちな獣人達に、安全圏からの遠距離攻撃をさせるのには苦労をしたみたいだけど……。
おかげで被害という被害もなくオーク帝国の中枢都市へと到達。
そこに至るまでのあれやこれや……胸糞悪い状況は……横に置いておいて。
敵方の中核都市を遠距離で削っていた時に、それは来た。
オーク帝国の皇帝とみられるオークエンペラーと、皇帝が率いる最精鋭部隊を先頭にした突撃だ。
勿論獣人国を中心とした連合軍は、投石機なんかの周りに柵を張り巡らせ堀を造りと、簡易的な防衛陣を作成していたのだが。
オークエンペラー達はそれを物ともせずに突破をし、こちらの攻城用兵器を蹴散らし、そしてそのまま獣人国の本体に突撃をして来た。
瞬く間に連合の攻勢軍のど真ん中で始まる乱戦状態になる。
しかも敵の都市から、次から次へとオーク兵や上級ゴブリン兵なんかが出撃してくる。
恐らく防衛を捨てて全力出撃をして来ているのだろう。
それでも私達は連合本体の後ろから、援護魔法等を使って戦っていたのだけど……。
ケンタウロスは野戦には強いが、足を止めた戦いでは強みが生かせない。
その戦いの時に、補給を受ける為にたまたま中央付近に来ていたケンタウロス族の一部の部隊が、敵兵の突撃をまともに食らい、かなりの被害を出しながら苦戦をしており……。
クリスがね、その部隊の中にディートがいるのを発見してしまったんだよね……エルフが目がいいからな……。
それを確認したクリスは即座に彼女の元へと走りだした。
私の制止の声も聞かずにね。
その時私はクリスの頭の上に座って、味方に〈妖精魔法〉での支援とかをしていて、クリスが駆けだした時にポロッと落ちてしまい。
すぐさまクリスを追いかけたが、身体強化に精霊の力を使ったクリスには中々追いつけず……。
隠密を自分に最大威力でかけてやっと追いついた時には、クリスは〈精霊魔法〉を十全に使い、ケンタウロス達を襲っていた敵オーク兵を蹂躙していた。
ただ……そんな事をすれば敵が注目する訳で、クリスに向かって敵の精鋭が突撃をかけていく。
クリスは剣技も強いし精霊も居る、一対一なら負けなかっただろうね。
だけど……。
目の前のオークジェネラルに集中しているクリスには、横から彼女を狙っているオークハンターには気付いてなかった、いや気付いていても自分の精霊による矢避けがあればと過信をしていたのだろう。
私はそのオークハンターが構える弓につがえられた矢が、通常の矢ではなく魔法のかかった魔道具な事をその気配から理解をした。
邪神を奉じる奴らが使う魔法の矢だ、碌な物じゃないだろう。
事実見た目からして黒い色の矢だったしさ。
私の使える〈妖精魔法〉ダブルは、強いといえば強いが、対軍勢をどうにか出来る物ではない。
一人一人を個別に相手にするのなら、オークナイトくらいまでは余裕で倒せると思うんだけどね……。
オークハンターは少しばらけた数人がクリスに狙いを定めていた……。
奴らをまとめて魔法で攻撃出来る位置関係では無かった私は……クリスとそのハンター達との射線に踊り込み……〈妖精魔法〉を使い防御系の魔法やら土や水を操って物理防御なシールドを行く重にも張り巡らせ……。
……。
三本放たれた魔法の矢は、私の張った魔法防御を蹴散らし、そこで一本脱落し、そして物理的な防御を蹴散らした所で二本目の矢が脱落し、そして……。
三の矢が……私の体を貫通していった……それでもその矢は勢いが落ちていたのか、クリスの上物な皮鎧に刺さって止まった……ああ……良かった……。
空中で振り返りそれを見届けた私は、妖精の羽ごと吹き飛ばされたのか、浮力を失い地面に向けて落ちていく……。
地面にポスンッと音もなく落ちた私。
そして、目の前のオークジェネラルを倒し終わり、周囲に居たオークハンターをも倒したクリスが、私に向かって駆けよるのが見える。
私はすでに言葉を口に出す事も出来ず、ただそれを見ているだけだ。
戦場では味方の戦死なんかに気を取られるなって……前に教えた……だろう?
まったく……クリスは……しょうが……ない……なぁ……。
……。
……。
――
――
苦しい、熱い、苦しい、冷たい、くるし……世界が歪んだルビー色の世界に包まれて……新しい転生先か? ってか!
くるしい! 息が……ガボッ、ブア、何! 喉に何かが!?
「ぶはっ!」
急に世界がルビー色から普段の色を取り戻し……あれ?
「クリス?」
私の目には泣きはらしたクリスの顔が、ドアップで見えていた。
「ふぃお! 生きているのかフィオ! あああああああフィオォォォォ!!!!」
痛い痛い痛い、私を両手で掴んでいるクリスがすごい勢いで、私にムギューと抱き着くという行為をしてきた。
雑巾絞りされた雑巾の気分が味わえると言えば、判るかな……。
どうせなら人間の男の姿で抱き着かれてみたいものだね……てか痛いってば!
「クリスちょっと痛い! それに今は大丈夫なの?」
周囲から戦闘の音は聞こえないけど、目の前はクリスの顔しか見えないので、状況が判らん。
「す、すまぬフィオ」
私の痛がる声を聞いたクリスは手から力を抜き、私を掴むというよりは手に乗せる感じに体勢を変え、そして私の体に押し付けていた顔を離していく。
それにより広い視界を得た私は周囲を見回すと……今ここには地面に座り込んでいるクリスと私しか居なく、そして遠目に連合の兵が疲れた様子で動いているのが見えた。
彼らの動きから緊迫感の様な物は感じない、ということは?
「えっと、オーク帝国に勝ったの?」
「うむ、私はフィオを抱えてディート達と一緒に戦場から一旦離れたので詳細は判らぬが、獣人の王族が率いる部隊が〈獣化〉してオークエンペラーを倒したそうだ」
ああ、獣化の熟練度を上げる事で知能の低下を最低限に抑え、そして味方との連携行動を取る構想の部隊か……実戦に投入出来るくらいにまで練度を高める事に成功していたのか……。
「それでクリス、私はなんで生きてるの? 体を敵の魔道具な矢が突き抜けていったし致命傷だった気がするんだけど……それとディート達は?」
「ディート達は乱戦から抜け出して体勢を整えると、すぐさま敵を攻撃しに行った、たぶん無事だと思うが……フィオは……体が千切れかかっていたがまだ息が合ったので……」
「息が合ったから?」
ディートなら、無茶な突撃はしないで外周から遠距離攻撃でもするだろうから、まぁ大丈夫だろう……にしても自分の体が千切れていたとか想像もしたくないな……。
クリスの手の平の上で自分の体を見てみたら、服が千切れて胸から下が真っ裸だった……うへぇ……。
「なので私はフィオを黄金酒を元に造られた特級の魔法薬……フィオは特級ポーションとかエリク……なんとかと呼んでいたか? あの特級魔法薬に沈めたのだ……」
「あれか……てーかさ……飲ませた、じゃなくて沈めたのね?」
「うむ、あれは体にかけても効果があるのでな、それならばと水精霊に頼んで空中に特級魔法薬を球状に展開させて、その中にフィオを入れたのだ……間に合って……本当に良かった……」
クリスの目からまた涙が流れている……まぁ極限状態の中でやった事だから攻めるのも難しいけど……。
……私たぶん……息が出来なくて窒息死しかけていたと思うのよね……。
その場合、またエリクサーのせいで甦るのだろうか? どんな拷問やねん……。
「そっか……クリスには助けられたね」
「……何を言うのだフィオ……フィオは私を止めていたのに、ディートが危ないからと一人で飛び出した私のせいで……すまん……」
あらま、クリスがすごい落ち込んじゃっているなぁ。
「知り合いを助けたいと思うのは当然の事だよクリス、自分にその力があるのだから猶更ね……まぁもう少し広い視野を持って挑んで欲しかったかなぁとは思うけど」
別に私は怒ってないしさ。
「フィオは優しいからそうは言ってくれるが、危うく私はフィオを……家族を失う所だったのだ……そうなったら私は……」
私を大事そうに両手で持ったままそう言ったクリスは、続きを言わずに顔を伏せた。
今回は運が悪かったのもあるし、それに。
「えーっとね、正直な話を言うと、私にも誤りはあるんだよ、だからあんまり自分を責めないでよクリス」
それを聞いて、伏せていた顔をあげて私を見て来るクリス。
「どういう事だ? フィオは私を助けてくれただろう? フィオが張った多重障壁を抜けてきたあの矢は……素で受けていたら私は倒れていただろう、風精霊の矢避けを過信しすぎていた私が悪い」
「まぁそうとも言えるんだけど……あの矢は障壁だけでもそこそこ威力は殺せてたからさ、最後に私が犠牲にならんでもクリスは無事だったかもなんだよね……」
私の多重障壁でだいぶ矢の威力を削れてたからなぁ……クリスなら特級ポーションも持っているし、多少の怪我程度で済むなら、あそこまでしないでも良かったかもなんだよね……。
「そうなの……か? ならば何故フィオはあんな自分を犠牲にする様な事を?」
ん? そりゃそんなの。
「クリスが大事だからに決まってるじゃん、まぁあれだよ、結果論で言えばあそこまでやる必要なかったって誤りが私にはあるのだから、あんまり落ち込まないでね」
「あの時点では矢の威力など判らぬではないか……フィオは……フィオは本当に優しいな……私もフィオがすごく大事なのだ、だからあんな無茶はもうしないでくれ……」
クリスは泣き笑いの様な表情でそう言うと、両掌で大事そうに持っていた私を自分の顔の側まで近寄らせて、そっと私の額にキスをしてきた。
エルフ族の親愛のキスって奴だね、勿論私もお返しにちょこっと飛ぶとクリスの額にチュッっとキスを返してから、また手の平に戻る……半分裸の状態で!
「ふふ……」
クリスが嬉しそうに笑っているので、私もそれに笑いで返してあげたいのは山々なのだけど。
取り敢えずクリスに言いたい事が一つある。
「クリス……」
「フィオルネ……」
私が呼びかけたクリスは、私の名だけを返して来て嬉しそうにしている。
私はそんな彼女をジッと見つめながら。
……。
「そろそろ、私の服を出してくれない?」
そう要望を伝える事にした、いつまで半分裸で居れというのだ。
「……む? あ! ……済まぬフィオ! 今すぐ出すから待っててくれ!」
クリスはそう言い、私をそっと自分の肩に乗せると〈空間倉庫〉から予備の服を出しにかかる。
何着か花から作った服をクリスに預けてあるのだ。
……。
……。
「ふぅ……」
大きな水色の花から作ったワンピースを着込んだ私は一息つく。
そしてクリスの肩から落ち着いて周囲を再度見回すと、戦後処理の真っ最中という感じで、そして遠くからディートが此方に向かって駆けて来ているのも確認出来た。
「ディートも無事だったみたいだね、私達も戦後の後片付けを手伝おうか?」
「フィオの体はもう大丈夫なのか? いくら神酒から作った特級魔法薬とはいえ……」
「大丈夫大丈夫、むしろ元気が余り過ぎているくらいだよ、ケンタウロス士族にも怪我人は大勢いるだろうし、私の〈妖精魔法〉には回復術もある、まずは助けられる人を助けにいこうよクリス」
「……そうだな、よし、では行くかフィオ」
「うん、私達の冒険はこれからだよ!」
「……これは戦争であって冒険では無いだろう?」
「無事に生き残れたし、これからもクリスと一緒に生きていける嬉しさを表現したのさ!」
「うむ……うむ? いや……私もフィオとまだ一緒に生きていける事は嬉しいぞ」
「これからもよろしくねクリス」
「ああ、よろしくだフィオ」
私達の冒険はこれからも……。
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