第149話 小人族の街
「見えて来たよ、あそこが小人族の治める領域だね」
私達にそう教えてくれたのは、私達が客分としてお世話になっているケンタウロスの士族の族長の系譜に連なる子で、たしか……16歳だったっけかな?
クリスより身長が高く、茶髪のポニーテルが良く似合っているケンタウロス族の女の子で、名前はディートだ。
私はいつものごとくクリスの肩に乗って、それを聞いている訳だが。
ディートが示した先は畑が連なっており、そこでは小学生高学年から中学生前半くらいまでの子供が、畑で沢山働いている場所だった。
いや、子供じゃないか、あれは……。
小人族は人族の子供みたいな見た目のまま年をとっていくという種族で。
人間に比べると遥かに長寿でドワーフ並み……寿命は数百年?
とか言われているけど……正直良く知らないんだよなぁ。
ほら、この大陸ってさぁ、様々な種族のあれやこれやな学問とかが発展している訳じゃないだよね。
物知りな人の知識によると、そんな風な噂を聞いた事があるよ?
って程度の情報になるんだよね……。
基本的に高度な学問を体系的に教える場所が無いからねぇ……。
そういう種族の特性やら生態なんかの情報を下手に調べようとするとさ……。
敵対する意思でもあるんですか? って相手に思われちゃう事もあるんだよ。
……なので私の前世の時も、他種族の事はあんまり細かく調べる事が出来なかったんだ。
特殊な文化とかも有るからねぇ……日本人の感覚でずけずけと聞きだす訳にいかんのさ。
聞きたい事や知りたい事があっても、それを相手に聞いても失礼が無いかとか……文化の違いがすごいからさぁ……種の違いってのは色々と難しい。
「フィオ? 何故急に考え込んでウンウン唸っているのか判らぬが、ディート殿はもう売る為の羊を誘導しつつ、仲間と共に小人族の街に行ってしまったぞ?」
ありゃ? ほんとだ、ずっと先に羊を誘導しながら進むケンタウロス族達が離れていっているのが見える。
私が種族の差による文化の壁に思い悩んでいたら、いつのまにやらそんな事になっていたのか。
「じゃ私達も小人族の街にいこうかクリス」
「うむ」
ディート達とは後で合流する話になっているので問題は無い。
彼女達は遊牧で育てた羊を小人族に売って、そのお金で穀物や野菜や生活物資やらを買いに来ているのだ。
小人族はドワーフやエルフと同じ妖精系の種族なので、手先が器用だ。
なのでケンタウロス族は、小人族の作った生活用品を買い入れたりしている。
畑が連なっているあたりから明確な道が存在をしていて、私達はその土の道を進んでいく。
羊の糞を避けながら……しょうがないよね、ここしか通る道ないし……。
避けるのはクリスなので私は問題ないからいいけど。
そうした畑の連なりを超えると、土のレンガを使った道や建物が連なる街に辿り着く。
「同じ土のレンガの建物でも色が違って綺麗だねクリス」
「うむ、ここらでは木材が貴重なのだろうな、何処にでもある土を使ってこれほどまでに綺麗な街並みを造るとは……素晴らしいな」
その風景は観光地用に景観を大事にしたヨーロッパの街といった感じ。
ただし小人族の集落なので全てが小さめに作られているので、まるで何処かのアミューズメント施設に来ているかのごとくだ……まぁ妖精の私からしたら大きいのだけど。
街中には買い物にでも来ているのか、見知らぬケンタウロス族も沢山歩いている。
彼らは人族より遥かに身長も体格も大きいので、周りの家々からの対比で巨人が街中を歩いている様にも見えて、ちょっと可笑しさを感じる。
レンガの大きさや形は統一されているっぽいけども、色はそれぞれの建物でも違うし、様々な色のレンガを使っている建物もある、うーむ、芸術性が高いなぁ……。
「やっぱりドワーフ達と同じ様に魔導炉でレンガを焼いているのかなぁ……」
木々が貴重な地域だってケンタウロス族も言っていたし、それならやっぱり魔力を燃料にした魔導炉が無いと無理だよねこれは。
「フィオはドワーフの事も知っているのだな」
「ん? ああ……ドワーフ族が昔、鉄を作る為に木々を大量に伐採した事で、エルフ族と仲が悪い時代があったとかってクリスは知ってる?」
「あー、御婆様の時代の話か? エルフ族が素材採取の為に育てていた森を、ドワーフ族が木材確保の為に切り開いたとかで、ケンカをした事はあるとか聞いた事があるな」
「あらら、やっぱり仲が悪かった頃があるのかぁ」
「いや、エルフの木々を成長させる魔法もあるし、そもそも魔素が濃い場所なら木々の成長する速度も速いから、木を切る事はそこまでの問題では無いとは思うのだが……」
「あれ? そうなの? じゃケンカってのは?」
「素材採取が滞ったからとかで、御婆様達がドワーフ達と殴り合ったらしいな」
拳で会話してるのか、エルフのイメージ崩れるなぁ……しかしそこまで怒るって一体何を育ててたんだろ?
「クリスはその素材ってのは何だったか知ってる?」
「うむ、果実酒を作る為の森だったらしいぞ」
……何してんだか……。
「そりゃまたなんとも……それで殴りあって仲直りしたのかな?」
「うむ、ケンカの後に酒の材料の為の森を潰してしまったと聞いたドワーフは心底後悔をしたとかで、木々を消費しない魔道具の開発にエルフやドワーフやその他魔道具作りに詳しい種族を集めて……何かを作って解決をしたとかなんとか……」
あの魔導炉って奴はそんな経緯で出来た代物なのか。
ん? あれなんだろ、私とクリスの歩いている先に人々が一杯集まってワイワイと会話をしているのが見える。
そこはちょっとした広場で、たぶん街の主要な施設に面している場所っぽい。
役所とかそんな感じの立派な建物の前の広場だ。
「人が一杯集まってるね」
「うむ、しかし小人族とケンタウロス族が並ぶと身長差がすごいな……あれでは上を見上げる小人族が大変そうだ」
クリスの感想は少し斜めを行く、あの喧噪の原因とかは気にならないのだろうか……。
その集団の外側にディートを見かけたので、近づいていくクリスと私。
「ディート!」
ディートは何か紙を読みながら、側にいた見知らぬケンタウロスと話をしていたが、私の呼びかけに気付くとこちらに近づいて来てくれた。
「ああ、お客人達、どうしたの?」
「この喧噪は何かなって思ってさ、ディートは判る?」
「判るよ、私も今知ったんだけどね、これ見てよ!」
ディートが持っていた紙を渡して来たので、受け取ったクリスと一緒にその紙を見てみる……。
む……これは……。
「ふむ……連合に対して兵力提供を求める知らせだな……主要な国家や部族の承認済みの話みたいだなフィオ」
「そうだねクリス……ついに始まるのかねぇ……」
やっと始めるのか……長かったなぁ……。
「妖精さんは何か知っているの?」
私の呟きを聞いたディートが、こちらを覗き込む様に聞いて来る。
「ディートやここに集まって色々議論をしている人達は、この知らせの話をしていたんでしょう?」
「そうだね妖精さん、獣人国がまたオーク帝国の大規模侵攻でも食らったのかと、皆で話していたんだけど……」
ああ、獣人国は元より連合は常に守勢だったからそう思うよね。
……でもね、この最後の方に書いてある一文を読めば違う事が判る。
「この募集には、各国や様々な部族から送られて来た軍勢の最低限の食事の面倒は、獣人国他数国が賄うって書いてあるでしょう? 今までそんな事あった?」
「そう、そこなんだよ妖精さん、今までは連合の義務として自弁での参加だったのに……こんな条件を付けるって事は、いよいよ獣人国が危ないんじゃないかって皆が言っていてさ……ケンタウロス族も助けにいかないとって話をしていたんだよね」
あーそういう風に考えてしまうのか……情報の流出を考えて最低限の内容にしているせいもあるなぁこれ……。
私はディートにオイデオイデと手を振る、すると彼女はクリスの肩に座っている私の側に顔を寄せてくる。
そこで私は小さな声で。
「……私の予想だとね、これは連合によるオーク帝国への攻勢の為の兵力募集だと思うんだ……」
そうディートに伝えた。
彼女はそれを聞いて驚きを持って私を見て来る……。
そして上体を元に戻して周囲を見回し、私の声が他に伝わってない事を確認すると、黙っていてくれたクリスと私を広場から連れ出した。
……。
……。
そうして街から少し少し離れて、周囲には休眠中の畑しか無いひとけの無い場所に来ると。
「どういう事妖精さん? 今まで連合が攻撃に出る事なんて……」
「単に予想を言っただけだよディート」
私はクリスの肩に乗ってそう答える。
「ふーむ、私も不思議なんだフィオ、私が聞いた話では今まで100年以上も続いているこの争いで、連合が攻め手になったのはほんの数回、それも全て失敗している、それなのにフィオはなんで攻勢の為の兵力募集だと思ったのだろうか?」
えっと……前世でその計画立案に携わっていたからなんて言える訳もなく。
というかたぶんケンタウロスの族長クラスには事前に話が通っているはずだから、あの紙の一文を読めばついにきたかって理解すると思うんだが。
……この場では客観的な視点で話さないとな……んーっと……。
「獣人国はドワーフ謹製の設置型の防御兵器や新しい戦術の組み合わせで、拠点の防御はがっちりと成功させていたはずだよね?」
「うむ……そうなのか?」
「そうだよエルフさん! お爺ちゃんのお爺ちゃんのお爺ちゃんの頃? ……えっと……ずっと前に居たレオン王っていうドワーフ族の王様のおかげで連合は救われたって話だよ、今も前線のケンタウロス族には、ドワーフ製の質のいい鉄の矢じりが豊富に提供されているって話だし、ずっと前の王様がした約束なのにありがたいよねぇ……」
クリスは森の外の細かい話は知らんのかね……まぁよし。
ディート達にとっては何世代も前の話なのかもだが……100年前くらいだとドワーフにとったら現役の話なんだよなぁ……。
「つまりだよ、防衛は成功しているのに大々的な戦力の増強を連合に要請して、さらに兵站の面倒まで見るって……これはもう……ねぇ?」
「ふむ? そういうものなのかフィオ?」
「確かに今までもケンタウロス族から兵を送っているけど、食料の手配をやってくれるのなら送れる人数は増えるから……妖精さんの予想も無い話じゃないね……」
結局さぁ飯を相手頼みにすると兵力を沢山送ってくれないからさ。
大量の食糧を生産しつつ、それを保存しておける場所を前線近くに作り。
さらに武器防具も大量に……って計画だけで、早くても数十年かかる予定だったんだが。
約30年で準備完了したのか……、相手に情報が流れない様に準備する必要もあったし、一個前の前世の私が影の働きを頑張った甲斐もあるのかもね。
「そっかぁ……それならこれは早く帰って族長に伝えないと! 急いでお買い物して来るからちょっと後に街の外で集合ね! お客人方も遅れないでね~」
ディートはそう言い残すと急……がない並足で街中の仲間の元に向かっていった。
ケンタウロス族が本気出して走ったら、街中で事故が起きちゃうからね、仕方ないね。
「で、フィオ? どういう事なのだ?」
「……まったく私とディートの話を理解出来てなかったんだねクリスは……」
「うむ! オーク帝国と戦っている事は知っているのだがな」
「エルフも連合の一員なんだけどねぇ……」
「ん? いや御婆様に聞いた話だと、開戦当時にエルフ族が出張ってオーク帝国に致命の一撃を与えたらしいぞ?」
「え? そうなの? ……そんな話あったっけかなぁ?」
そんな話は……そういや開戦当初負けそうになった時に、オーク帝国が急に一時的な撤退をした話を前世で聞いたような聞かないような……。
「うむ、それのおかげで劣勢だった獣人国が息を吹き返したので……次の参戦はまた今度でいいかなって話になったんだっけかな? 細かい内容までは御婆様に聞いてないのだが」
……エルフの時間感覚だもんな……百年ごとの参戦とかはありそうだ。
「そっかぁ……エルフだもんなぁ……まぁ私達もささっと買い物済ませて集合場所にいこうか」
「そうだな、小人族の細工物は中々の代物だと聞いた事があるので、じっくり見てみたかったが……」
「それはまた今度ねクリス、今日はのんびり見ている暇無さそうだしさ」
「了解だフィオ」
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