第148話 ケンタウロス族
つんつんっ。
私の前で敷布の上に倒れているクリスの頬を突いてみるが反応が無い。
前にもこんな事があった様な気がするが、取り合えず。
「反応が無い、死んでいる様だ」
「誰が死んでいるだ失礼な!」
がばっっと起き上がったクリスは私に向けて吠え立てる。
だがしかし。
「まだ終わってないんだから頑張ってクリス」
私はそう言って、地面に直接敷いた布の上に残っている商品を指で示す。
クリスはまだ残っている商品を眺めて溜息を吐く。
「……はぁ……なぁフィオ、もうやめないか? それか基本の値段を下げてしまうというのはどうだろうか?」
おいおいおーい。
「クリスが言ってたんだよ、主婦の値段交渉なんて商人のそれと比べてチョロイって」
前に行商人の護衛をした時の話だね、あの時は確か鬼人族と巨人族の商売の駆け引きを見学してたんだっけか。
「いや、私はちょろいなんて言ってなかったと思うのだが……」
そうだっけ? でも似た様な事は言って居た様な?
「まぁまぁ頑張ってよ、ほら、次のお客さんきたよ~、いらっしゃ~いケンタウロス族のお姉さん、良い野菜が揃ってるよ~いかがですか~」
「いらっしゃいだ……ご婦人」
……。
……。
この大陸の南西にある、広大な草原地帯を治めているのはケンタウロス族だ。
彼らは遊牧民的な暮らしをしていて、私達がいるこの場所は大きな士族が一時的に腰を落ち着けている場所で、移動式の住居が立ち並んでいる。
私達が客人としてお邪魔している士族は、ここらの様々な集団の中でもかなり大きい部類で。
今日は周囲のケンタウロスの士族から人が沢山来て、会議というか会合の様な事をする日らしく。
ついでに、会合に参加をする長以外の者が、様々な物を持ち寄って市を開くのだそうで、私らもその市に参加をさせて貰っているという訳だ。
クリスに色々な経験をして貰おうって事だね。
そして私達の出す商売品は、クリスの〈空間倉庫〉内にあった野菜類が主だ。
ケンタウロスは遊牧民らしく、羊やヤギを育てているし、それらが主食らしいのだけども、野菜も食わねば体の調子が悪くなる事は知っているっぽい。
普段は南西に定住地のある小人族から野菜や穀物を買うみたいだ。
そして市場に買い物に来るのは主婦な女性ケンタウロスが多い。
今も私の目の前で、クリスを相手に値段交渉を念入りにしているケンタウロスのおばちゃ……お姉さんが居る。
私はクリスを一切助けずに見ているだけで、そのお姉さんがどんな様子かと言うと。
◇◇◇
「ほら、ここを見てよエルフさん、確かにこのキャベツは大きくて重みもずっしりしているけどね、虫が食っている箇所があるのよ、そりゃね? 商人や農家は野菜なんて虫が食うくらいの方が美味しいなんて言うけども、じゃぁ私達の育てる羊はどう? 病に罹った羊が売れるかしら? つまりそういう事なのよ! ケンタウロスは自身の誇りにかけて病に罹った羊なんて売りに出さないわ! ……ただね、お野菜は多少の事は仕方ないと思うの、うんうんそうよね、でもね仕方ないとはいえ虫が食っているのだからね……もうちょっとお値段下がらないかしら?」
◇◇◇
こんな感じだ。
何がどう仕方ないのかとか、羊と野菜に何の関係がとかは言っちゃいけないんだろうなぁ。
事実クリスは一切おばちゃ……お姉さんには反論が出来ずに、アワアワと困っているだけだ。
ちなみに野菜につけたお値段は適性です。
……むしろこんな遊牧民の居住地まで運んで来た事を考えると、お安いくらいなんだけども……。
「あーうー……えーと……ふぃお~?」
「ん、いいよ」
クリスの困った声に私は了承の返事をする。
するとそれを聞いたクリスは、主婦なケンタウロス女性に、かなりお安くした野菜を売るのであった。
そしてお客が去ると、またバタリッと地面に敷いた布に倒れ込むクリスであった。
「だいぶお疲れの様だねクリス」
「ふぃお~、もう終わりにしよう……私ではあれに抗えない……」
「そうだねぇ、まぁお買い物の大変さは身に染みたと思うし、これいくらいでいいかなぁ」
「ほんとか! じゃもう野菜は仕舞っていいな!? お店を畳んで市の他の店を見て回ろうフィオ!」
「まぁ待ってクリス、折角だしそこに出した分は売りきっちゃおうよ」
「うぐ……まだやるのか……でもまだ商品が結構残っているのだが……」
これでもクリスの持つお野菜の一部にしか過ぎないのだけどね、クリスは心底嫌そうな声を出して来たので。
「しょうがないなぁ……じゃぁ最後は私が声掛けをして売るから、クリスは私の横で手伝うだけでいいよ」
「いやいやいやいや……ケンタウロス族の主婦は手強いぞ! フィオでも負けてしまうのではないだろうか?」
「別にこんなのは勝ち負けじゃないんだから、ささっと安くてもいいから売っちゃって終わりにしようか」
「うむ、それならフィオでもなんとかなるか……」
クリスが場所を譲ってくれたので、私は空中に浮かびながら、お野菜の前に躍り出る。
とはいえ別に特別な何かをする気はない、まだ残っている野菜達を普通に売るだけだ。
さて〈妖精魔法〉で私の声を遠くまで通る様にしてっと、音を大きくするのではなく遠くに届くというのがポイントだ、煩いのは嫌だしね。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ここに並ぶは森エルフが育てしお野菜達だ! 普段は森の中に籠っている森エルフ達が数十! いやさ数百年を掛けて野菜の品種改良をしてきた逸品だよ! このエルフニンジンさんをちょろっと煮てみてよ、ホクホクと甘いその味は果物かと勘違いをする事間違いなし! そこなお姉さん一本如何? こんな美味しいニンジンが料理に入っていたら、旦那さんが感謝感激雨あられってなもんで、夫婦の愛情もさらに高まるし……今日はお子様達を早く寝かさなくちゃいけなくなるよ~! おっとお買い上げありがとうお姉さん、クリスお金のやり取りお願いね」
早速ケンタウロスの主婦がお買い上げしてくれたので、品物とお金の受け渡しはクリスにまかせた。
ちなみに売れた野菜は一切値引きをしていない。
「そこな子供を連れたお姉さん、このエルフキャベツを見てよ! 一枚一枚の葉が瑞々しいでしょう? 鍋物に入れたら美味しさを一段上げてくれる事間違い無しだよ! お子様達は一杯食べるでしょう? このキャベツならずっしりと詰まっているし腹持ちもいい! ひと玉どう? 今ならこっちの形の悪いお野菜をおまけに付けちゃうよ? 買う? まいどあり! クリス~受け渡しお願いね」
そしてさらに、子連れの主婦ケンタウロスが沢山買っていってくれるみたいだ、ありがたやー、ちなみに一切値引きはしていない。
おまけに付けたのは形が悪くて売れそうにない野菜で、元々おまけ用に置いて有る奴だ。
おっと、周囲にいた他のケンタウロスが何事かと見に来ているね、お野菜も残り少ないしここで終わらせる!
「さぁ最後はこれだ! このエルフカボチャ! この綺麗な皮を見てよ、これならそのまま煮るか蒸すだけで食べれちゃう! 堅い外側の皮を包丁で削る面倒な作業も必要無いんだってばさ! ……そして中の種はお子様のオヤツにと、丸ごと使えちゃう、こんな美味しいエルフ野菜達、出会えるのは今日だけだよ? さー早い物勝ち! ここにあるだけで終わりだからねー」
私がそう言うと、近くにいたケンタウロスの主婦達がドドドドッっと駆け寄って……うわこわ! 下半身の馬部分のせいか身長が高いし体格も大きいから圧力がすごいな。
「ほらクリス、お客さん一杯来たし手伝って、これでたぶん売り切れるからさー」
そう言ってお野菜とお金の受け渡しはクリスにやらせる私。
だってほら、私の大きさだとお野菜を持つのも〈妖精魔法〉頼みになるからさ……渡すなら魔法より普通に手を使った方がいいでしょう?
あ、そうそう、勿論この最後の売り切り時にも一切値下げはしませんでした。
……。
……。
――
「いやはや、一気に売れてびっくりだねクリス?」
「……フィオが売ると、ケンタウロスのご婦人方が一切値引き交渉をして来なかったのだが……なぜだ?」
露店に出していたお野菜が全て売り切れ、今は露店の撤収をしている所で、クリスがそんな問いかけをして来た。
「んー、そもそもあのお野菜はエルフの郷産で価値が高いし、私が売った値段も普通のお野菜よりちびっと高い程度だから……基本の値付けからしてお買い得だったんだよ」
「そうなのか? でも私の時は……」
「クリスはお野菜の価値を説明しなかったからねぇ……まぁこういうのは慣れだから」
「そんなものか……いやいや! いくら特殊個体の妖精でも慣れであんな事が出来る物なのか?」
「出来ているんだから出来るのさ」
「むぅ……姉である私の威厳が……」
誰が姉やねん! クリスはどっちかというと妹でしょーに。
「また今度どこかで商売の真似事をしてみようね、クリス」
「ぅぅ……主婦の相手はもうこりごりなのだが……」
私は、心底疲れたという声を吐き出すクリスを見て、今日のご飯はクリスの好きな物を作ってあげようかなと思うのであった。
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