第146話 初めての海

「おお……これが海か……」


 ここは街道を海へ向かって進んだ終着点、小高い丘の上だ。


 そこからは眼下に大海原が広がっていて、何処までも青き海が続いている。


 クリスはそこからの景色に見入ってしまい、動き出そうとしない。


 冒険者になってから数か月、のんびりと街や村やらを経由して西に向かい、今日やっと海という目的地に着いたという訳だ。


 うーむ、私の前世のドワーフの時に獣人国の東側の海に塩の件で視察に行った記憶があるんだが。

 あそこは湾になってて波がすごい穏やかだったんだけど、こっちは波が少し強めかも?


「……」


 クリスは言葉を放つ事も無く只ひたすらに海を眺めている。


 私は彼女の肩の上に座り、彼女が再起動するのをノンビリと待つ。


 ……。


 これまでも結構な冒険をしてきたのけど、さすがに海は衝撃的なのかもね。


 私としては、これまでに通過して来た、アラクネの村やハーピーの村での出来事の方が驚いたんだけどもね。


 ……まぁ日本人の記憶として、海の映像やらに慣れているせいで感動出来ないのかもね。


 ん? あれは……。


 高台からずっと先の白い砂浜がつづく海辺に、何やら蠢く団体が……魔物かな?


 私はちょろっと〈妖精魔法〉を使い〈遠目〉に似た効果を自分の目にかける。


 んーと……ああ、下半身が魚で上半身が女性で胸に貝殻を使ったビキニ水着のような装備……あれがマーメイド族かな?


 たぶんマーメイド族と思われる集団と対峙して居るのは……やはり下半身が魚で上半身が男性っぽいけど、全体が青いウロコに覆われていて体にヒレやらがあるから……マーマン族?


 マーメイドの上半身にはウロコも無い人族と同じような肌なのに、同じ水生種族とはいえ随分と違うものだね。


 「ん? なんだあれは? 諍いを起こしている?」


 お、クリスがやっと海を初めて見た感動から戻ってきた。


 クリスは遥か遠くの水平線とか見てたっぽいからね、眼下の海辺の出来事に今やっと気付いたっぽい。


「マーメイドとマーマンの集団だね、お互いに武器を持っている人も居るし何やらちょっと物騒だよねぇ、どうするクリス?」


「ふむ……なぁフィオ、事情を聴くとして、どちらに行ってみるのが良いと思う?」


「んー、まぁクリスは女性だし、最初はマーメイドに話してみれば?」


 正直どっちでも構わなかったんだけど……私の中の漢の魂が、マーメイドを側で見たいと叫んで居る気がしたので、まずはそちらを勧めてみる事にした。


「なれば左側のマーメイドの方へ行って話を聞いてみよう」

「了解クリス、一応、防御用風精霊を増やしておいてね」


 私達から見ると右側にマーマンが数十、左にマーメイドが数十が居て、お互いに向き合って居て、口喧嘩しているという感じか?


 何やら物騒なので精霊の数を増やす事を提案しておいた。


 クリスは普段から必ず一体は防衛用に精霊を側に置いている。

 魔力が豊富なエルフだから出来る事なのだけど、戦闘前とかになると一時的に精霊の数を増やす事にしている。


 安全第一が私達の信条だからさ。


「うむ、『風の精霊に我の守護を願う』、では行こうかフィオ」


 そうしてクリスは防御用精霊を増やすと、小走りに小高い丘から海岸線に向けて走り出すのであった。


 ……。



 ……。



 ――


 海岸線に辿り着いた私とクリスは、マーメイド達にゆっくりと近づきながら声を掛けていき、何事かと彼女らに聞いていった。


 そして……。


「つまり、あのマーマンの一団は、マーメイド達に嫁になれと言って来ているのだな?」


「そうなのよ! いくら私達が夫不足と言えど、一方的な物言いに従って彼らの相手をしなきゃいけない理由はないはずなのよ!」


 私とクリスの話に付き合ってくれた青い髪のマーメイド女性は、クリスの質問に、そう憤慨しながら説明をしてくれた。


 今も少し離れた地点では、マーマン達とマーメイド達の言い合いが激しく行われおり、一瞬即発といった具合にも見える。


 そんな中で聞いた話では、マーマンの一族がマーメイド族に一定数の嫁を出せと言って来たというのだ。


 なんでそんな事を言って来たのかは知らんけども、一つの気に成った話をマーメイド女性に聞いてみる事にした。


「マーメイドって夫不足なの?」


「ああ、そうね妖精さん……私達マーメイドってのは女性しか居ない一族で、子供も女の子が多く生まれる種なの、なので私達は足りなくなる夫を別の種族から迎え入れるのだけど……昔はね、人間国の人族がいくらでもつがいになってくれたのだけど……」


 ああ、そういう事か……。


「オーク帝国の従属国になった頃から人族がおかしくなったから困っているんだね?」


「そうなのよ……」


 ふむ、まぁでもそれならマーマンはどうなんだろうか?


「マーマンと番うのは嫌なの?」


「んー、個人同士が気に入って番うのならいいのだけど、あいつらは個人の意思を無視して一定数のマーメイドを寄越せって言って来ているから怒っているの」


 にゃるほど、個としてはそこまで嫌ってなかったけど、マーマン族としての要求が飲める物では無かったって感じなのかねぇ?


「なるほどねぇ……」

「確かに酷い話だな、フィオ、戦闘になったらマーメイドに味方をするか?」


「それはありがたいわねエルフさん、それに妖精さん、さっき初めて会った時は珍しい種族で驚いたけども、加勢してくれるなら歓迎するわよ」


 クリスってば脳筋なんだから……もう仕方ないなぁ……。


「あのねえクリス、確かに相手の物言いは酷く聞こえるけども、まだ一方の話しか聞いてないでしょうに、ほれほれ、マーマンの方にも話にいくよ」


「へ? なぜあちらに話をしにいく必要が?」


 クリスはまったく判ってない様だなぁ。


「片方の言い分だけ聞いて話が終わるなら裁判も法律もいらなくなるっての、マーマンだって一応連合に加盟している種族なんだし、話くらい出来るでしょ、もし話をする事も出来ないアホウどもなら、その時は水精霊で津波でも起こして沖に流しちゃえばいいのさ」


「なるほど?」


 まだ良く判ってないクリスが動こうとしないので、髪を引っ張る事で無理やり歩かせる。


 痛いだのなんだの文句を言うクリスを無視し、そのままマーマン集団の後ろの方へと向かって浜辺を迂回して引っ張って行く事にする。


 マーマンとマーメイドが口喧嘩をしている最前線は、双方共がヒートアップしちゃっていて、落ち着いた話なんて出来なさそうだからね。


 ……。



 ……



 ――


「なるほどー、つまり西部の海岸線に住む他の種族の人口が減ってしまったのが原因だと?」


 クリスは先入観があるようなので、私がマーマンと会話をする事にした。


 マーマンを近くで見ると、やっぱりマーメイドとは違うんだなーという感じだった。


 マーメイドは首にあるエラの様な部分以外、ほぼ上半身は人間の女性という感じだったのに比べて。

 マーマンは全体的にウロコで覆われていて、ヒレも各所に生え、顔もちょっと魚っぽいというか髪の毛が生えていない、ツルりとした頭もウロコで覆われている。


「そうなんだよ、だから俺達の嫁になってくれる女性も減っちまってさ、族長は自分が周りから責められるのが嫌だからって、マーメイド族に無茶な要求を突き付けているのさ」


 なるほどねぇ……。


「人口の減少の理由はご存知で?」


「ん? なんでも獣人国の方が裕福で便利で食料も豊富で住みやすいとかなんとかで移民の募集があったみたいでよ、その募集も少し前に終わったんだが、減った人口はそう簡単に戻らないだろ?」


 あ……。


 ……それ私の前世の記憶にあった奴かもしれない……。


 ドラガーナ地方での働き手や住民を手っ取り早く増やすのに色々と……ねぇ?


 やっぱ他から持って来るのが楽だし早いでしょ?


 ……無理やりじゃなく募集だし? 私悪くない!


 いや、私の前世は悪くない! はず……だよね?


「どうしたフィオ? 母親に悪戯がバレだ時の様な表情をしているが」


「はは……なんでもないよクリス、うん、なんでもない……」


「それで、話を聞いてみても、原因はあれど、だからといってあんな条件を突き付けるマーマンの族長とやらが酷いと私は思うのだが……フィオはどう思う?」


 あーうーん……確かにそうなんだけど……くそぅ、なんで私が前世のやった事に振り回されないといけないんだか……。


「えっと、それはそうなんだけどさぁクリス、どうにかして仲直りさせたいんだよね、争いが起きて怪我人とか出たら嫌だしさ」


「ほう……ふふ、フィオは優しいなぁ……そうだな、どうにか出来ないか二人で考えてみるか」


 クリスは笑顔を浮かべて、そう言ってくれるのだが……。


 なんで今の私が罪悪感を覚えないといけないんだか……前世のやらかしなのにさ……理不尽だなぁ。

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