第145話 初めての護衛

 ガタゴトと荷馬車が走るその御者席での話だ。


「へぇ、まだ若そうに見えるのに行商ルートを託されたんだ?」


 私はいつもの定位置であるクリスの肩に座りながら、クリスの横に座って荷馬を制御している御者であり私達の護衛相手でもある鬼人族の女性と話をしている。


「うんそう、お父さんもいい年だから街の商会に居て貰おうって家族で決めたんだよ、私は末っ子だから身が軽いからね、嫁を貰った兄さんは本店のお手伝いだし、そうなると必然に……ね」


「家族みんなでずっと経営をするって珍しいね、普通だと跡継ぎが決まったら他の兄妹は外に出されたりするんだけども……後継者問題で揉めない様にさ」


「そうなの? 鬼人族は家族の絆が強いからこういう物だと思ってたんだけど……妖精の世界では違うのかな? なんちゃって」


 鬼人族の女性はそう言って快活な笑い声をあげる、まだ10代後半だけど大柄な体格に大きい声、まさに鬼人族という感じだ。


「妖精社会に商会なぞないぞ?」


 そう言って私達の会話にクリスが参加して来るのだが……。


 そんな事は私も鬼人族の女性も理解してるってば……。


「クリスは真面目だなぁ……」

「エルフさんは真面目なのねぇ……」


「む? どういう事なのだ? フィオ? ×××殿?」


 混乱し始めたクリスを見て私と鬼人族の女性はお互いに肩をすくめてから、特に教えてあげる事はしなかった。


 護衛の仕事はクリスの呼んだ精霊がやっているのですっごい暇だ。


「フィオ? もしや妖精の園には隠されたお店があったのか?」


 そういやなんで私達がまだ冒険者ランクも低いのに護衛をしているかというと。


 しばらく鬼人族の街で冒険者として仕事をしていたら、まぁ珍しいエルフだという事で噂にはなるよね、だからなのか見習いを脱した時に指名依頼が来たんだよね。


「フィオ? おおーい? 聞こえてないのか?」


 誠実に細やかにそしてチートな魔法を駆使してお仕事をこなしていたから、すぐさま評判が上がったのは言うまでもない事だったしさ。


「フィオ?」


「ねぇクリス」


「おお、やっと反応があった、うむ、どうしたフィオ」


「クリスってエルフの郷でお友達とか居なかったのかなぁ?」


 なんでこんな事を聞くかというと、クリスってば50歳を過ぎて成人になったという話なのに、なにかこう……会話に慣れていないというか、さっきの鬼人族の女性との会話の理解度もそうだが、お互いが冗談を交えつつ雑談をするというのに慣れていない感じが……。


 ……。



 ……。


 あれ? クリスから反応が帰って来ないな、私の方を向いていたクリスは前を向いてしまっている。


 ちょっと表情が判りかねたので、少し体を前に伸ばしてクリスの表情を横から伺うと……。


 あ、うん……。


「クリスには私と言う最高の相棒が居るから十分だよね!」


「……」


 クリスから返事は無かった、くっ……この話は鬼門だったか……。


「私はクリスと友達より格上の家族になれて嬉しかったなぁ、クリスはどう?」


「……嬉しかった、私もフィオと友に……家族になれて嬉しかった」


 ほっ、なんとかクリスが答えてくれた、良かった良かった、もうあの手の突っ込みは無しにしよう。



「君らは本当に仲が良いねぇ羨ましいよ」


 鬼人族の女性が気を使ってくれたのかそう合いの手を入れてくれた、場慣れしているねこの人、ありがたい援護射撃だ、さてクリスの方は……。


「うむ、フィオは私の命の恩人でな、家族であり冒険の相棒でもあるのだ」


 元気よく答えているので安心だ、……エルフの郷がどんな所か知らないけども……もしかしたら年齢が合う子供が居なかった可能性とかもあるかも? 長命なエルフに子供がバンバン生まれてたら今頃はこの大陸がエルフだらけになっているはずだものね。


 となると状況的に必然と、エルフは子供が出来辛い、もしくは発情しにくいという可能性もワンチャン。


 私がそんな事を考えていると、いつのまにかクリスと鬼人族の女性とで雑談が始まっていた、まぁ雑談というかクリスが私の事を語る事を上手い事聞き出しているというかそんな感じだけど。


 妙な事を言いださないか見張ってないとね、守護樹の実を使った黄金酒とかの事とかポロっと話しそうで怖い。


 まだまだお外でクリスを一人にはさせられないなぁと思った私である。


 だってさ、絶対に詐欺にかかるよこの子……私だって口の上手い奴には騙される事だってあるのにさぁ……。


 ……。



 ……。



 ――



 行商の先は巨人族が治める郷だった、定期的にお酒とか塩とかを届けているらしい。


 護衛対象である鬼人族の女性は、自身の身長の倍はある巨人族と物々交換の交渉をしている、交換品は魔物から取れる素材や魔石が主で、後はこの巨人族の郷の背後にある険しい山々で取れる鉱石類が主っぽい。


 私とクリスは荷馬車の護衛をしながらそれを眺めているのだけど、結構白熱した商談だねぇ、水晶に緑柱石か、磨いたら綺麗な装飾品が作れそうだ、私の前世のドワーフの頃なら自分で磨いてみたくなったかもね。


「鬼人族のお姉さんも相手の巨人族の族長さんもお互い引かない良い勝負だね」


「う、うむ……なんであそこまで譲らないのだろうか?」


 エルフにはそういう商売的な事はほとんど無いっぽいものな、全員身内? 的な? 私らが酒を売った時だって値段を下げようとしてくるエルフは居なかったって言ってたしな。


 まぁあれだ、物の価値を判定できる長老とやらが信頼されて居るから値段というか価値が、きっちりと決まってしまう社会なんだろうな。


「あの程度だと、獣人の庶民の市場で主婦の方々が商人さん相手にする商談よりぬるいくらいだよ」


「なん……だと……あれより恐ろしい駆け引きが庶民の市場で? ……いやいやいや、さすがにそれは冗談だって私にも判るぞフィオ、私だって早々毎回騙されないからな?」


 へぇ……それなら今度獣人の庶民市に出品者側で出て、クリスに主婦相手からの値下げ交渉を自力で乗り切って貰おうっと。


 そうと決まったらここで返す一言はこれだ。


「ソーダネークリス」


「……何故棒読みなのだフィオよ……え? さきほどのは本当なのか? フィオ?」


「ソーダネー」


「待て! フィオのその物言いは何かすごく嫌な予感がするぞ! ちゃんと話し合いをしようじゃないか! 私達は家族だろう!?」


 むむ、虫の知らせを感じてしまったか……しょうがないなぁ。


「まぁあれだよクリス、今度何処かでそういう庶民の市場を体験しようね?」


「……フィオも一緒に、という話だよな?」


「ソーダネー」


「フィオ!? すごく嫌な感じがするのだが!?」


「大丈夫大丈夫、ちょっと精神的に苦しむだけだから、その経験はきっとクリスの糧になるさー」


「何が大丈夫なのかさっぱりなのだが!?」


 クリスの大きな声に、交渉をしていた鬼人族の女性と巨人族の族長さんも驚いているのだが、私の方を向いているクリスはまったく気付いていない。



 んー、今日もいい天気で冒険者日和だねぇ……ちょっと眠くなったからクリスの乳の間に潜らせて貰って仮眠でも取ろうかなー。


 あまりの平和についついそんな事を考えてしまう私だった。






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