第143話 初めての冒険者ギルド
「冒険者ギルドが……無いのか……」
そう言って私の相棒であるクリスはがっくりと項垂れてしまった。
目の前にいる宿屋の主人である熊獣人さんが悪い訳では無いのだけれど、彼も少しばつが悪そうだ。
クリスが役に立たないので、私が熊獣人さんに話しかける事にした。
「ねぇおじさん、冒険者ギルドが無いと細かな仕事を頼めなくて不便って事は無いの?」
「ん? ああ、妖精さん、この街はそんなに大きく無いからな……何かあれば隣町のギルドまで依頼をしにいかんといけない訳だ」
成程……街と言っているけどほぼ熊獣人だけしか居ないし、村の規模をデカくした程度の場所っぽいしねぇ……。
しかしまいったな……クリスに冒険者登録させて路銀稼ぎでも体験して貰おうと思ったんだけど……しゃーない。
「それじゃぁこの街には冒険者相手のお仕事は無い感じんだね?」
「いや結構あるんだが、全部隣町のギルドに依頼を出しているんだよ」
農村や田舎町のあるある話だなこりゃ、まぁしゃーない。
「ギルドを通さないで仕事を受けると面倒事とか起きそうで嫌だし、隣町まで行くしかないね」
「もし隣町までいくならよ、蜂蜜の採取依頼とか受けてくれよ、森エルフと妖精のコンビならキラービーも攻略できるよなぁ?」
ああ……あの鬱陶しい蜂か、数が多いし蜂の大きさが人の拳くらいだから、戦士とかが剣で倒すのは面倒なのよなぁ、前世での養蜂はもっと大人しい種類の蜂をテイムしてたし、キラービーは……めんどくさ……いや? ……魔法があれば余裕な気がしてきた……。
考えれば考える程いけちゃうな……〈妖精魔法〉と〈精霊魔法〉がチートすぎる。
前世では相手にしたくない魔物って知識だったんだけどね。
「機会があったら考えるよおじさん、まず隣町に行ってみる、ほら、クリス! いくよ? 隣町で冒険者になれるってさ」
「……判った……良し! 行くぞフィオ! 宿の主人よ世話になったな」
「おう、行ってらっしゃい、また御贔屓に」
そうして初めての宿屋から出ていくクリス、昨日は色々初めて尽くしで興奮していたっけか、次は冒険者になって興奮するんだろうね……。
サクサクと元気よくテンポ良く道を歩くクリス、宿屋の受付での落ち込んでいた様は何処にいったのやら。
私は定位置であるクリスの肩に座りながら話し掛けていく。
「所でクリス、隣町とやらがどっちにあるのかは知っているのかな?」
ピタッ、私の言葉を聞いたクリスは立ち止まり首を少し傾げて私を見て来る。
まぁそうだよね。
「昨日のお夕飯の時に情報収集は終わってるよ、鬼人族が治めるという、ここより大きい街はあっちの道を行った先の門から伸びている街道の先だね」
そうやって街の一方向を指で刺す、ちなみにクリスが歩いていっていた方向とは違って居る。
「まさか……フィオが昨日の宿屋での夕ご飯の時に、やたら他のテーブルの客やら従業員に話し掛けていたのは?」
「勿論ここらの土地の情報収集をしていたんだよ、まぁ雑談も多かったけどさ」
「……てっきりご飯のお裾分けでも貰いにいっているのかと……」
なんでやねん、私はクリスほど食いしん坊じゃないよ。
……初めての宿ご飯でクリスは興奮してたしな、味は普通だったんだけど、その状況に酔ってたよね……まぁ判っていて放置はしていたんだけど。
食堂のお客も妖精が珍しいのか果物のお裾分けとかをしてくれるので、それらを貰った事は確かだけどね。
「そりゃ貰える物は貰ったけどね、クリス、冒険者なら必要な情報を集める癖をつけないと駄目だよ?」
まぁ私はそれほど冒険者って職業に従事はしてないんだけども。
「成程、了解だフィオ、勉強になるなぁ……」
そう言いながらクリスは私が指さした方向へと向けて歩き出す、一応あの先にあるこの街の門番さんにも話を聞いた方がいいだろうなぁ、そういう、複数の情報源を擦り合わせる事もクリスに教えていかないとね。
……。
……。
――
「これが冒険者カードか……なんかぼろっちぃな……」
クリスはギルドの焼き印が押してある木で出来たカードを色々な角度から見ながらボソッっと零した。
そりゃまだ見習いだもの。
「誰でも最初は見習いから始まるんですよクリスティアルさん」
鬼人族という名に相応しい、オデコから角の生えた美人なお姉さんがそうクリスに声を掛けて来る。
ここは鬼人族が治める街にある冒険者ギルドだ、そこでクリスは念願の冒険者登録をした訳だが。
誰でも最初は見習い扱いだからね……どんなに強くてもギルドランクは信頼を積み上げて上げていく物で、ランクが上がれば金属製のカードに変更をされる。
「うむそうだな……では私でも受ける事が出来る仕事はあるか?」
そう言ったクリスの言葉を聞いて、ギルドの鬼人族なお姉さん受付嬢は依頼のまとめられた冊子を取り出して、一枚の書類を抜き出してクリスの前に置いた。
それを手に持ったクリスは肩に座っている私にも見えやすい位置に持って来て読んでいる、えっと……ああこれってさっきの……。
「キラービーの巣から蜂蜜採取? 見習いの私がやってもいいのか?」
宿屋の主人が言ってた奴だね。
「ええ、信頼が必要な護衛や荷物の配達は任せられないですけど、そこな妖精さんが蜂蜜の採取があれば受けたいって先程おっしゃってましたし、いけるのでしょう?」
受付嬢さんの言葉に、少しびっくりしたクリスは私を見る、うん。
「さっきクリスが必要書類に情報を書き込んでいる時にちょろっと雑談をね?」
書類に情報を書き込みながらワクワクとドキドキで一杯だったクリスは周囲の会話なんて聞こえてなかったのかもな。
「そうか、うむ、まぁフィオと二人ならキラービーなど余裕で……そういえばフィオは冒険者登録しなくて良いのか?」
「私はいいよ、クリスの眷属的な扱いという事で……大丈夫だよね? 鬼人族の美人なお姉さん?」
「ええ、エルフさんのお供という話であれば問題はありません、もし冒険者になりたければいつでもどうぞ」
すごいなこの鬼人族の受付嬢さん、私が言った美人の一言に一切反応しなかった、言われ慣れているのかも。
まぁあれだ。
「自分の冒険者カードを持ち歩けない奴が登録するのはどうなんだろうね?」
私はそう自嘲気味に何故登録しないかをクリスに教えるのであった……〈財布〉使えば持てなくもないんだけどさ。
パンツやお金を入れる方が優先だろ? 他にも守護樹の種とかも入れてるしさぁ、私の〈財布〉はパンパンやねん。
私からすると冒険者カードは人間がコタツの天板を持って歩くがごとくになるからさ。
「フィオのカードは私が持てば……いや、そうだな、自分で持てねば矜持が……」
クリスがちょっとシュンッっとして落ち込んでしまった、いやいや。
「私は別にそこまで冒険者に憧れてないから! 大丈夫だから! クリスが落ち込む事は無いんだってば、冒険者カードが無ければ冒険出来ないという訳でもないしね?」
「そうか? ……そうだな、ではこの依頼は私とフィオの二人で受ける事にしよう!」
そう宣言をしたクリスが依頼書を受付嬢に返すと。
「畏まりました、ではこの依頼は……貴方達二人のパーティ名は決まっていますか?」
受付嬢さんはそう返してきた、私は冒険者じゃないんだしパーティ名とかつけていいのかな? とも思ったんだけど、クリスがそれを聞いてすごく嬉しそうな笑顔を浮かべたので黙っている事にした、やるなぁ受付嬢さん。
「そうだな……『妖園の誓い』で頼む、いいよな? フィオ?」
妖精の園での誓いか……私とクリスが契約をして、そして姉妹になった事を指しているのかな?
「おっけー」
私がそう答えると受付嬢さんは依頼受付の書類に色々と書き込みそしだして。
「では、『妖園の誓い』に依頼を受けて貰う事とし、内容の説明をしますね」
「了解だ」
「はーい、よろしくー」
細かな依頼内容の説明が始まるのであった。
……。
……。
ちなみに依頼の説明があらかた終わった後に受付嬢さんにパーティ名の由来を聞かれたクリスが、私と家族というか姉妹になった事をちらっと話したんだけど、その時受付嬢さんが。
『どちらが妹さんなんですか?』
と笑いを含みながら聞いてきたので。
私とクリスは同時に相手を指さした。
笑みを浮かべた受付嬢さんはそれを見て一瞬固まり……そして何事も無かったのごとく仕事の話に戻っていった……面倒そうな気配を感じたのだろうね……まぁ間違っちゃいないんだけど。
やるなぁこの受付嬢さん。
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