第142話 最初の宿屋
「これが街道か……感無量だなフィオ……」
「そだね……」
ただの道じゃん、とは言ってはいけない、クリスにとっては偉大なる一歩なのだ! ……たぶん。
やっとこ連合各国を繋ぐ街道に出て来た私、ただしここらはあんまり詳しくないんだよね……大陸的に西の方っぽいんだけども……東にずーーっといけば私の前世でも知っている地方に行けるのかな?
「それでクリス、何処にいく?」
毎度の定位置であるクリスの肩に座りながら行先を相談していく。
「うむ……あまり細かい場所までは考えてなかったのだが……東の獣人国か、南のケンタウロスの治める草原の国か、それとも南西にあるというマーメイドの国か……森に住むアラクネ部族を尋ねてもいいな……他にも巨人族の郷や……ハーピーの郷とか……どうしようフィオ? 迷ってしまうな」
ふーむ、北の方は寒いから話題に出ないのかね……。
「そうだねぇ、まずは海を見てみようか?」
「それはいいな! 泉とは比べ物にならない大きさなのだよな? エルフの森なんて比べ物にならないくらい広い泉というのが想像出来ないのだが、一度見てみたいな」
「んじゃ、ここから海に向うなら、この道を右にいこか」
「了解だ」
意気揚々と東西に伸びる街道を西に向けて歩いていくクリス、実際は真っすぐ真横に街道が伸びている訳じゃないので、今はたぶん西北西に向かっていると思うが……細かい事はいいっこなし。
この大陸の全てを知っている訳じゃないのだけど、地図で言うと大陸中央より西地点かなーという気がする?
地図とかもまだまだいい加減だったからね、連合国に参加している大き目な集団の外交員とは会った記憶があるけど、細かい部族で独立している所とかは良く知らんのよね。
西側は勢力が細かいからなぁ……獣人国みたいに種族がごちゃ混ぜになるのを良しとしない人達もいるのよね、まぁそんな彼らも連合には一応名前だけ参加をしているのだけど……まぁ色々あるんだよ……。
ふんふんふ~んと鼻歌を歌いながら楽し気に街道を歩くクリス、彼女が西を選ぶように誘導したのはオーク帝国の通商破壊用の部隊がこっちには少な目だと聞いているからだ。
細かい部隊を敵国に浸透させて街道で悪さとかして来るからなあいつら……ゴブリンとかが少数だと国境の部隊で見つけるのも大変なんだよねぇ……。
さて、クリスはこの先の旅の面倒さをどう捉えるのかな、まぁエルフの郷に帰る事になったらそれはそれでいいだろうとは思う。
……。
……。
――
「風の精霊よ我が敵を切り裂け!」
クリスの〈精霊魔法〉によって使役された風の精霊さんとやらが、目の間にいる魔物を切り裂いていく。
私は特にやる事も無いので周囲の警戒を〈妖精魔法〉でやりながらそれをクリスの肩から眺めている、ん、終わったかな。
「お疲れ様クリス」
「ふぅ……街道だというのに魔物がかなり出て来るのだな……」
切り裂かれた森ウルフを眺めながらクリスはため息をついている。
「人の住む場所から離れればこんな物だよクリス、街やら何やらが近い場所にあるような所だと魔物がほとんど駆逐されていたりするけどね」
「そんな物か……これなら確かに行商の商人が護衛に冒険者を雇うのも判る話だな」
「そうだねぇクリス、まぁ一口に冒険者といっても仕事には幅があってさ、魔物が出るような場所や森の奥深くなんかで採取をする人や、人の居住圏に進入してきた魔物を退治する人、そして街道を移動する商人やらの護衛をする人、さらに魔物の素材を求めて討伐をしに出掛ける人、他にもダンジョンに潜るだけの人とか色々いるんだけどね」
「とはいえ基本的に戦闘力が必要な職業なのだよな?」
「んー、見習いで子供達が街の雑事をこなしたり、足の速い、もしくは飛べる種族が街中で届け物専門の冒険者をやっていたりするし、どっちかというと職業ギルドを作るまでもない細かい雑事的な仕事をやる何でも屋……かなぁ?」
なんでそんな仕事なのに『冒険者ギルド』という名が付くのか謎なんだけどね……『仕事斡旋所』とかでもいいんじゃないかと思う内容の仕事もたまにあるけど、まぁ、魔物相手の戦力として期待されている部分が大きいし……カッコイイ呼び名の方が通りがいいからかもね?
「そうなのか? ふむ……ではエルフの吟遊詩人が謡う冒険譚の様な事はあるのか?」
「冒険譚? クリスが聞いたのはどんなお話?」
「うむ、一騎でオーク帝国の軍を追い返した年老いた青黒毛犬獣人の話だ、若い頃は冒険者だった彼が獣人国にある故郷を守る為に軍隊に参加して活躍をする……そんな彼の冒険者時代の歌があるのだ」
……なんだろうか、それって何処かで聞いた話だなぁ……でもさ、元冒険者? 故郷を守る? 一騎で? 冒険者時代?
何か色々蛇足が混じってるのか……ま、夢を壊す事もあるまいて。
「そういう事もあるのかもね……」
さすがの私もここで、その犬獣人が実は女商人の尻を撫でようとしては避けられるのを楽しんでいたエロ爺が元ネタなんじゃないかな、とは言えない。
「そうか……そういった英雄に会ってみたいものだなぁ」
クリスは目をキラキラさせてそう言っているのだが……もうすでに会っているような、会っていないような。
というか年代にしたら100年以上は前の話じゃないかねそれ、エルフ的感覚で会ってみたいとか言われてもさぁ……。
……。
……。
――
「す、すまぬが一泊したいのだが!」
「はい、いらっしゃい、おや? あんた森エルフかい? こりゃまた珍しい種族が来たもんだな、うちは一泊大銅貨8枚だよ、食事一回分が料金に入って来る感じだがどうする?」
私達は街道を進み、とある街道沿いの街の宿に来ている所だ、ここは熊獣人系の独立都市の様で街の中は大柄な熊獣人達が出歩いていた、ちなみに人度2の熊度8な割合で……結構クマクマしている感じ。
そして今はクリスの初めての宿屋体験中だ、宿屋の主人っぽい中年の男性熊獣人っぽい人に話し掛けているクリスを、私は一切口を出さずに肩の上で座って見ている。
「えっとえっと……あ、私は一人ではなくフィオ……えっと、この妖精も一緒なのだが……」
すっごいテンパっているクリスは可愛いなぁ……。
「妖精? ああ、初めて見るなぁ……ベッドが一つの部屋でかまわんのなら部屋の料金は一人分でもいいが……どうするね?」
「えっと……フィオ?」
「それでいいんじゃないかな、私は宿のベッドを使わないしさ」
どうせこの妖精の大きさじゃベッドに眠れないだろうからね、クリスに頼んでエルフの職人に籠ベッドを作って貰ってあるんだよね。
主婦が買い物に持っていくようなツルカゴにお布団を詰めた感じの物で、持ち手があるので木の枝とかに引っかけて使えるし、野営用テントの天井からフックで吊るせる便利な代物だ。
「ではそれで頼む、料金が……これでいいな」
クリスが懐から出した財布から銀貨を出し、宿屋の主人らしき熊獣人からお釣りを貰っている。
「まいど、部屋は二階の一番手前だ、鍵はこれな、夕飯はこれから仕込みなんで、もう少し後からで頼む」
「ん? ……ああ、判った」
緊張しながらも宿屋の従業員から鍵を受け取り、階段を上って部屋へと向かうクリス。
……。
……。
ドサッっと偽装用荷物のリュックを床に放り投げ、さらに狭めの部屋にあるベッドに倒れ込むクリス、精神的に疲れた様だ、って、ああ、待って待って。
「クリス、魔法で綺麗にするからちょっとどいて、場所によっては虫とかが一杯いるからね」
私がそう言うとクリスはガバッっとベッドから飛びのいた、まぁここの宿は結構綺麗っぽいから大丈夫かもだけど、一応、燃えない程度の熱でベッドごと包み込む感じにして虫退治と乾燥を一気にやってしまう、その後に清浄の魔法なんかもかけていって……終了っと。
「ふぅ……今回は自前の寝具を出さないで済みそうだなフィオ」
「そだねぇ、意外と綺麗な宿だし、そもそもお値段が高めの宿を選んだしね」
「大銅貨8枚で高いのか……今だに良く判らんな……」
「そのうち慣れるよ、しばらく休んでからご飯食べにいこー」
「了解だフィオ」
まだまだ旅は始まったばかりである。
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