第140話 真剣なおままごと
私の前に一人の超絶ミラクル美人が現れた……あの特徴のある耳は……黒エルフと同じ? しかしお肌は透き通る様な白い肌だ、これは森エルフとか言われる人かね。
そのエルフの恰好は動きやすい野外向けの服装の上から軽装の皮鎧を装備し、背中には弓と矢筒が、腰には短めのナイフ等を装備している。
冒険者だろうか? あまりここらで見た事が無い顔……というかここまで美人で尚且つ森エルフというのなら噂にもなるはず、それならば街に来たばかりという所だろう、しかし……それなのに荷物を一切持っていない。
あまりジロジロ見るのも失礼だな。
「いらっしゃいませ」
「ああえっと、部屋は空いているか?」
「泊まりなら素泊まりのみで一泊大銅貨6枚だ、一階が食堂だがら料金を払えば飯が食えるが、別に外で食べて来ても構わん、どうするね?」
「うむ、では一泊頼む」
特に値切る事もなく頷いた美人のエルフさん、金に困って無さそうだな……。
「では2階の二号室だな、あの階段の上だ、鍵はこれだ」
美人のエルフさんの前に鍵の形をした物を出すと。
「うむ、よろしく頼む」
それを掴んで移動を始める美人のエルフさん。
「待て待て! 金を払ってくれよ!」
「む? ああ、前金という制度があるのだったな、すまん、ではこれで」
そう言ってエルフさんは、テーブルを模した岩の台に金貨を置いた。
……。
「はい、一旦演技終了~!!」
私は大きな声で演技の終了を宣言する。
目の前のクリスは緊張した面持ちで。
「えっと……フィオよ、私は何か失敗したか?」
そう問いかけて来るのだが……何か?
「ほぼ全てで失敗しています! クリス減点ポイント3点!」
「なぜだ! ちゃんと対応をしていただろう?」
まったく判っていないけど、まぁ外を知らないのだから当然だ、なので怒りはしないけども、ちゃんと説明をしてやらねばなるまい。
空中に浮かんでいた私は〈妖精魔法〉で作った宿屋の受付風の岩テーブルに着地をすると、そこに置かれた金貨を手で持っ……おっも! 〈妖精魔法〉のマジックハンド的な物で空中に持ち上げるとクリスに見せつける。
「一泊の泊まり賃は大銅貨6枚、そしてこの金貨は大銅貨千枚分の価値が有ります、クリスはこの事で何かおかしいと思わない?」
「うむ、十分足りているだろう?」
「……あのね、そこらの宿の受付にお釣りの銀貨99枚なんて置いて有る訳ないの! こういう払い方はすっごい迷惑なの!」
「いやまてフィオ!」
クリスは何かが納得できないのか大きな声で私の名を呼ぶ。
「何? クリス?」
「お釣りは銀貨99枚と大銅貨4枚ではないか?」
ズルッっと私は岩テーブルの上でずっこけてしまう所だった……。
「いや問題はそこじゃないんだよ……ああうん、銀貨99枚と大銅貨4枚なんて、普通の宿屋の受付には置いてないの、防犯の為だったり、そもそもそんなお金なんて無かったり色々な理由はあるけどね」
「ふむ……つまり……過剰なお釣りが発生する金の出し方は良くないという事だな?」
おおーさすがクリス、世間知らずというだけでお馬鹿じゃないからね。
「そうそう、さすがクリスだね、じゃぁどうすれば良かったかも判る?」
「うむ、大銅貨6枚を丁度で出すか、銀貨あたりを出せば良かったのだな、どうだフィオ?」
「そうだね、じゃぁもしクリスのお財布に細かい貨幣が無かった場合は?」
「え? む? ……いや……それはどうにもならなくないか?」
「そういう場合は手数料がかかるけどギルドで両替なんかをしたり、連泊する事でお釣りの量を減らしたり、ってまぁそれでも庶民が金貨で支払いをする事なんてほとんど無いって覚えておくといいよクリス」
「……酒の売り上げやらで貰った貨幣の半分以上が金貨なんだが……フィオよ、これはどうしたらいいんだ?」
「あー……そうね……国の役人商人だっけ? 彼らに頼んで細かい貨幣に両替して貰っておきなよ、両替手数料はだいたい1%から2%くらいが一般的だね」
「身内だから手数料は取られないとは思うが……了解だ、やっておく事にする」
ふぅ……まず一個教え終わったね。
「さてクリス、次の失敗ポイントなんだけど」
「え? まだあるのかフィオ? お金以外で問題部分なんてあっただろうか?」
「ああうん、ねぇクリス、私さぁ前に言ったよね、お外では〈空間倉庫〉持ちなんて滅多にいないって」
「言っていたな、おかげで荷物が減って楽になるとも」
「そうだね、そしてクリスは自分が〈空間倉庫〉持ちである事を隠そうともしないでいくんだね?」
このおままごと的な練習の前に、私はクリスに言ったんだ、実際の状況を考えた恰好にしてね、ってさ。
状況設定は旅人が初めての街についてすぐ宿屋を確保する、というものだった。
「む? 〈空間倉庫〉を使っていくのなら隠す意味は無くないか?」
「ねぇクリス……人はね、嫉妬をする物なの、自分にない物を持つ人間を羨んで八つ当たりして……使う事には反対しないけども、わざわざ全ての人に〈空間倉庫〉持ちですよって事を吹聴しまわる必要は無いんじゃないかな?」
「嫉妬? こんなものエルフならかなりの人数が……あ、ああ……そうか……外では殆ど持っていないのか?」
「そうだね」
「ぬぅ……ならばえっと……」
クリスは一生懸命考えている、まぁ私が全て言うよりも自分で思いついた方が身につくだろう、なので私は口をつぐんでクリスが答えを出すのを待つ。
「……最低限な旅の荷物の一部を持って歩くべきか?」
「そうだね、それがいいと思うよクリス」
私はクリスがその答えを出してくれた事に嬉しくなって笑顔で同意をしていった。
「ふぅ……たかが宿を取るだけでこの大変さなのか……外は恐ろしいな」
「ん? なんでクリスは終わった感じになっているの? 次の失敗ポイントいくよ~」
「え? いやいや、さすがにもう無いだろう? あんな短いやりとりの中なのだし……フィオの勘違いではないか?」
「そうだね、失敗というよりは……宿の代金の値切りをしないと、金に困ってないと認識されちゃう、そこにさらに金貨を出していたんで、盗賊やスリに狙われる様になるね、まぁこれは置いておいて、宿代の内訳の確認とかを普通はするものなんだ」
「……外の者は値切りを一々するのか……そして悪党に狙われる、ふむ……そして、内訳というのは?」
「今回は素泊まりって主人が言って居るから食事代は別だけど、部屋の中のランプの油代とか体を拭くお湯代とか、後は食堂でのご飯の内容や値段なんかの確認をしておくべきだね、外で食べてもいいとは言って居るけど自分の所にお金を落とす客の方が大事にされると思うよ」
まぁこの辺は宿屋ごとに対応も変わって来るんだけどね、そういうのはまだいいでしょ、実は私もそこまで詳しくないし。
「ああ……光源もお湯も私達には要らないが、一般的な旅人には必要なのだな?」
「そういう事、まぁ面倒だからそういう細かい部分は無視してもいいけどね」
「……それでいいのかフィオ……」
「判ってないで無視をするのと、判っていて無視をするのとはまったく違うんだよクリス」
「なるほど……理解をした、それでフィオ、さすがに……もう減点場所は無いよな?」
……。
「本当はクリスにはフードローブでも装備して顔を隠して欲しい所なんだけどね……」
「その話は引き分けにしただろうフィオ、コソコソするよりは悪党をぶちのめす力が有る事を示して、ナンパもしつこいなら痛い目に合わせると決まったではないか」
「……そうなんだけどねぇ……こう、改めてクリスの顔をじっくり見るとさ、こんな超絶美人が外に行ったらと思うと、もう心配で心配で……私はご飯も一日一回しか食べられなくなるよ」
「……世界樹の果実を食べていると食事は一日一回で十分だと自分で言っていたではないか……」
そういや教えた事があったっけ。
「まぁ減点ヶ所は以上だね!」
「おお、そうか! これで宿屋はばっちりだな!」
クリスは嬉しそうに笑顔で浮かれているが。
「は? まだ入口でお泊りの前金を払っただけだよね?」
クリスがなにやらアホな事を言っているので、私は心底アホを見る目で彼女を見ながら状況の確認を問いかける。
そうして視線を合わせる事しばし……クリスの笑顔は崩れ、申し訳無さそうな物に変わっていき。
「えっと……その視線はやめてくれフィオ……私が悪かった、続きをお願いシマス」
「よろしい、ではまず泊まる時に気をつける事だけど――」
そうしてクリスには夜這いを防ぐ防犯の事を徹底的に教えていく。
まったく、クリスみたいな超絶美人は寝ている所とかを変態に狙われるんだから気をつけないと! 宿の鍵って信用できないんだよね……。
……。
……。
――
「といった感じかな? クリスー? 大丈夫?」
やっと私の対変態講義が終わった頃にはクリスは立って居るのも疲れたのか花畑に座り込んでしまっていた。
仕方ないので宿屋受付岩テーブルの上から、私の居場所であるクリスの肩に向けてフヨフヨと飛んで行く事にした。
フヨフヨ、着地、ストンッ。
私が肩に着地してもクリスは特に反応せずに、ブツブツと小さな声で……。
「お外コワイお外コワイお外コワイ」
あ……ちょっと変態のラインナップを盛り過ぎたかな……。
やりすぎちゃったかもしれない。
まだまだこの、旅人おままごと練習は続くんだけど、怖い話ばかりだとクリスの精神がもたないかもな……。
とはいえ最低でも〈奴隷術〉の危険性とかは教えておきたい所だ、いくらエルフでも薬を盛られてあれを掛けられたら……めっちゃ気をつけないといけないね。
まぁでもそろそろ他の妖精達がしびれを切らして突撃してきそうな雰囲気だし、次は彼らを交えておままごとの続きをするかねぇ……まぁ妖精達が無茶苦茶しそうだけど……今日は終わりって考えれば良しか。
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