第139話 野営の練習
「クリス」
「ああ判っているフィオ」
私は今クリスの頭の上に座っている、肩はちょっと邪魔になるというからね、仕方ない。
クリスは自身の狩り用の弓に矢をつがえると……ゆっくりと狙いを定めて引き絞っていき……クリスの小さくて規則正しかった呼吸が一旦止まると……矢は放たれ獲物に向けてヒュンッという独特の音を奏でながら飛んで行く。
ドッっという濁った小さな音が遠くから聞こえて来た……矢の当たる場所が悪いと獲物が暴れる音が聞こえてくるはずなんだけど……深い森の中は静かな物だ……。
私はクリスの頭上で〈妖精魔法〉の中の〈遠目〉に近い物をダブルで発動をする……うん急所に一撃。
「やるねぇクリス、急所に一撃だよ」
「まぁこの程度ならエルフなら誰でも出来る事だ」
と静かに答えているが、クリスの声質は褒められて嬉しいという事が滲み出ている。
クリスと私は獲物の側に寄っていく。
そこには急所に矢の刺さった猪型の魔物が倒れている。
「じゃ、普通なら処理とか大変なんだけど……クリス」
「うむ」
クリスは〈空間倉庫〉の中にそれを仕舞った。
便利だよなぁあれ……安全な場所で処理しちゃえるから狩りでめっちゃ役に立つ。
「狩りはこんなものだね、まぁ元々クリスの狩りの腕前を心配してなかったけどさ」
「私は前から森で狩りをしていたからな、外の森にも一度行ってみないとだが、ここと環境が似ているのなら問題は無い」
それは大丈夫だ。
「むしろお外はここよりぬるめだね、このあたりは魔物が大きいから」
「そうなのか? まぁ……フィオが言うのなら本当なのだろう、少し安心出来る話だな」
さっきの猪型の魔物だって大人の背丈くらいあったじゃんか……あんなの外の一般的な村とかだったら冒険者を雇って退治して貰うレベルだっての、一般の狩人はよほど切羽詰まらないと手を出さないさ。
「じゃ次は野営場所を決めようか」
「うむ……どんな場所がいいだろうか? フィオ?」
私らは水にも火にも苦労しないからなぁ……普通とは違う場所選びが出来ちゃうから、ちょっと前世の知識にない行動も出来ちゃうのだが。
「身の安全を第一にしようよクリス、魔物や獣が近寄らない様な」
「ふーむ、しかし見張りや迎撃は精霊に頼めるしなぁ……そこまで気をつけなくてもいけそうなんだが……」
あ、そういやそうか……なんつーか野営がすっごいぬるく感じるね、エルフも妖精もずるい種族だわ。
「あーまぁ、一般的な旅人が選びそうな場所にしとこっか……お外の常識をクリスが学ぶ練習って事で」
「そうだなフィオよ、何処がいいか教えてくれ」
……。
……。
そうしてクリスに森の地形を聞きながら歩き回る事しばし、小川から少し離れた大木の根本を拠点とした。
「フィオよ、ここを選んだ理由を聞いていいか?」
「水場がほどよく近くて、大木のおかげで一方が壁になっていて、そして周囲に獣が苦手な匂いを出す草が生えているから、かな」
狼系は必ず囲もうとして来るからね、背中が壁だと戦い易いんだよね。
「そういう物か? これが外の一般的な野営場所……木の上じゃ駄目なのか?」
「そりゃ私の魔法とクリスの魔法があれば、そこの大木の枝ぶりを変化させて上の方に枝シェルターとか作れちゃうけどさぁ……まぁ今回は常識のお勉強って事でいこうよ」
「それもそうだなフィオ、ではテントを張っていこうか」
「私は〈妖精魔法〉で調理用の竈を作るね」
それぞれを仕事始める私とクリスである。
……。
……。
「……なにこれ?」
私はクリスの建てたテント? を見ながら呟いた。
「私がテントを頼んだ職人が、報酬である花蜜酒をより多く欲しがったのか豪華にしてしまってな……やはり不味いか?」
あんまり不味いと思ってないクリスさんである。
不味いも何も……。
「クリス……これは一般的なテントと呼べないよ……王侯貴族が野外で張る物より豪華なんだもの……ものすっっっごい目立つし厄介事を招くと思う」
まず、使われている布がすっごい高級な物だってのが一目で分かる、というか刺繍やら模様が精緻すぎる……テントなんて一色布でいいねん……。
なんでペルシャ絨毯みたくなってるんだよ、描かれた模様は……森に住む色鮮やかな鳥やなんかを模しているのかな……やべぇこの布だけで金貨が飛び交う。
「むぅ……やはり色が派手か、もう少し地味な方が良いよな? 私は雲や青空を表現した物がいいと思うのだが……どう思う? フィオ?」
「なんでテントの模様に青空を求めるの!? いい? クリス? 少しじゃなくて森に合わせた緑とか地面の色とかの地味な一色布でいいからね? これを売るだけでお外の宿屋に一年以上宿泊できる値段になったりするからね?」
「はは、フィオはおおげさだなぁ、エルフの職人ならこの程度、花蜜酒7本程度でやってくれたぞ?」
「……ううむ……花蜜酒の外での評価次第で変わるからなんともだけど……原料代込みで?」
「そうなるな」
対した事では無いとばかりに答えてきたクリスである。
エルフこわーい、ドワーフも生産職として相当だが、エルフもやっべぇのか?
酒好きという意味も含めてやばそうだ。
「……今日はもうこれでいいか……次は具体的にどんなテントがいいか後で指示するからさ、今日はこのままでいこうクリス」
「了解だ、では次に料理だな」
そうしてクリスと私は竈に向かった
……。
……。
「フィオ……ここまでする必要があったのか?」
クリスが困惑した声で私の作った台所を指さしている。
いや……ほら……〈妖精魔法〉がチート過ぎてさぁ……色々出来ちゃったから……。
「ほ、ほら、旅人は体が資本だから? ご飯もしっかり食べないとだし? えっと……うん……ちょっとやりすぎちゃった! てへっ」
私は妖精的愛嬌を振りまいて誤魔化す事にした。
「まぁフィオが言うから納得するが……うちの家の炊事場より豪華なのだがな……」
あはは……何処まで出来るかなーってやってたら、ガスコンロ部分を竈にしただけで、システムキッチンをイメージした出来になりました!
やりすぎたと反省はしている! でも後悔はしていない。
「ま、まぁご飯作ろうよクリス!」
私はごまかす様にクリスに大きな声を掛ける。
「うむ……所でなフィオ」
「なにー?」
クリスの〈空間倉庫〉にはどんな食材を入れていたっけか? とか考えながらクリスの問いかけに応える私
「私は調理を習う機会が無くてだな……」
あ、はい。
「……うん、じゃ最初は私が〈妖精魔法〉のマジックハンドを使ってやってみせるから……見学から始めようか?」
「了解だ……ちゃんと勉強をするから安心してくれフィオ!」
ほいほい、期待しないで待ってるよ。
「じゃクリス、まずは、食材と調味料や調理道具を出してくれるかな?」
「うむ! まかせろ!」
そうやって〈妖精魔法〉で土を固めて岩にしたテーブルの上に色々と並べだすクリス。
あーしまった、醤油とか作っておけばよかった……今度クリスに材料を頼まないとな。
仕方ない今日は簡易的な物にしておこうかね。
……。
……。
――
「美味いなフィオ! 料理スキルを持っている、うちの御婆様に並ぶ美味さだぞ?」
「そりゃ良かった、まぁ今回は塩と香草のみの味付けなんだけどね……」
「む? 調味料なんてそんな物だろう? あ、いや、御婆様は果物も使うとおっしゃっていたかも? それにワインの出来損ないとかも使うとかなんとか……」
「酸っぱくなったワインかな? お酢も造っておきたいねぇ……旅の準備だと言っておいてまだまだやる事が出てきちゃうね」
「いいでは無いかフィオ、私はお前とこうして過ごす事も楽しいぞ」
もう……そのすっごい美人顔に笑顔を浮かべて、真っすぐ私を見つめつつ言って来るのは卑怯だよ……。
「私も楽しいよクリス」
「ふふ」
「あは」
二人して同時に笑い声が少し出てしまった。
どうにもこそばゆいのだよな、クリスは素直だから直球で来るんだよね。
ご飯終わったら周囲に索敵用の罠を仕掛けて……クリスには精霊がいるけど、一応一般的な物を教えておくか。
所でテントで一緒に寝る時はどうしようか……クリスは一緒のお布団で寝れば良いと言うのだけど……寝返り打たれたら私潰れちゃうよね? やっぱり私用の吊り下げハンモックあたりをテントに付けて貰うか?
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