第137話 お勉強

「それでクリス、どうだった?」


 いつもの定位置であるクリスの肩に乗りながらそう聞いてみた。


「うむ、錬金術を使う長老が言うには、お茶は普通に美味しかったのだが素材としての力は消えている様だ、やはり黄金酒じゃないと無理みたいだ」


 あらら。


「うーん、残念だね、でも世界樹の葉っぱを使ったお茶は美味しかったんだ?」


 日本の知識での笹の葉茶をイメージして作ってみたんだが、乾煎りしたくらいでは駄目なのかもな……。


「ああ、お茶用の道具を〈空間倉庫〉に入れて持って来たので、一緒に飲んでみようフィオ」


「それは楽しみだねクリス、そういやさ、お外に行くのなら〈空間倉庫〉の整理もしないといけないかもね、普段は何を入れてるの?」


 私の質問に、テーブルやお茶道具を〈空間倉庫〉から出していたクリスはそれらを使いお茶の準備を整えならが答えてくれる。


「んー、そうだなぁ、自分の服や装備に、それとオヤツや貰った本やら後は……腐らない様に家族の食べ物を入れていたりするな」


 ご家庭の冷蔵庫とタンスや本棚みたいな使い方か。


「クリスはお外に旅に出るんだし、それ用の装備や道具を揃えておかないと駄目かもね、エルフの郷で物々交換してきなよ……後はお外で売れそうな物とかも仕入れていこう」


 お茶用のポットにお湯と世界樹の茶葉を入れて蒸らしているクリス。


 彼女は〈精霊魔法〉でお湯を準備している、あれもチートな能力だなと思う。


「……なぁフィオ」


「どうしたのクリス、お茶菓子に守護樹に木の実を落として貰う?」


「それはそれで嬉しいのだが、そうじゃなくてだな、恥ずかしながら私は……旅に何が必要なのかがまったく判らないのだが……」


 あー、そうね、森に引き籠って狩りくらいしかしてこなかったって言ってたもんね……。


「おっけー、じゃぁ二人で一緒に考えていこうか」


 クリスは器にお茶を入れているが、用意されたカップは一つだけだ。


「お茶が入ったぞフィオ」


「んじゃちょっと貰うね」


 クリスの用意した小さなテーブル上へと飛んで移動をし着地、クリスの用意したカップへとテーブル上を歩いて近づく。


 そして魔力で作った仮想の手、マジックハンド的な物を〈妖精魔法〉で作り出してカップに入っているお茶を一すくい貰う。


 ほんと便利だよね〈妖精魔法〉って。


 傍目には宙にお茶の塊が浮いて見えるのだろう、まぁ飲んでみるか、ズズズっとな。


「どうだ?」


「……ほのかな甘みと爽やかな香り……これは確かに美味しいかも、でも特別な効果は感じないね、ただの美味しいお茶だった」


「やはりそうみたいだな、私も飲むとしよう……ズズズッ、うむ、美味い!」


 これも商材にはなるけど、わざわざ守護樹の葉を使って作るほどでは無いかなぁ、治癒効果とかがあったら良かったのにね。


「さってそれじゃぁ旅人講座だよクリス」


 私はクリスの飲み終わったカップの端っこに腰掛けながら、足をブラブラとさせつつ話を始める。


「む? 茶菓子は……いやすまん、話を進めてくれ」


 ……仕方ない。


 ちょいと急いで上まで飛んで守護樹の実をいくつか貰って来てクリスに押し付けると元の位置に戻り授業を始める。


「まず、お外の旅は過酷です、街道には魔物や野盗が出て来るので戦える恰好でなくちゃだめです」


「シャクシャクッ、むぐっ! モゴモゴ……成程、つまり森で狩りをする恰好でいいな?」


 ふむ、前に倒れていた時の軽装の皮鎧みたいな奴か。


「そうだね、それでいいと思う、次に、歩きで移動をするとして道中で野営になります、なので余裕があればテントを、それか丈夫な野外用ローブを纏って地面で寝るなんて事もあります」


「もぐもぐ……森での狩りは日帰りだったからな……まずはテントや丈夫なローブだな、ちょっと覚え書き用の紙と羽ペンを出すから待ってくれ」


 クリスは〈空間倉庫〉から植物紙と羽ペンを出してなにやら書き出した、へぇ……エルフは植物紙を使うのか、私の前世が広めた植物紙とは違う素材を使ってそうだな。


「……次行くよー、そして野営ではどんな物が必要になりますか? はいクリスさん答えて!」


 唐突に指をクリスにさして指名をする。


 急に問われたクリスは動揺をしつつも。


「え? ええと……ご飯を作って食べる為の鍋や皿?」


「おおー正解! やるねクリス」


「やった!」


「まぁそれだけじゃなく周囲から拾った薪を薪にするナタや、火打石……は私達には必要ないね、水筒……も必要ないか……〈精霊魔法〉に〈妖精魔法〉がチートすぎる件……」


「ちーと?」


「気にしないで、寝る場所の為のテントに、ご飯を食べる為の道具、身を守る為の装備や武器、そして塩やら食材なんだけど……〈空間倉庫〉持ちのクリスだと創意工夫もなく全部持って行って良いのが楽だねぇ」


「普通は持って歩ける物を取捨選択するのだな? なるほどなるほど」


 律儀に紙に全部書いていくクリスの生真面目さが愛おしいね。


「後はお金さえあれば街とかで必要な物が買えちゃうから……」


「ふーむ、街で必要になる物は無いか?」


 んーそうだなぁ……あ。


「そういえばクリスというかエルフって、お風呂はどうしてる?」


「風呂か? 岩石や鉄で作った風呂桶に精霊魔法でお湯を入れて入ったりするな」


 なんだろう、エルフの勝手なイメージだと森の中の泉やらで小川で全裸水浴びとかしてそうと思ったのに、五右衛門風呂や温泉露天風呂に入るエルフのイメージに置き換わってしまった。


「獣人社会になると、良くて蒸し風呂、悪くて風呂無しだからね?」


「は? いや待て待てフィオ、風呂に入らないでどうやって体を綺麗に保つのだ?」


「そりゃこう、布を水に濡らして体を拭く? 的な?」


 私の答えを聞いてポカーンとした表情を見せるクリス、ここ最近で一番のカルチャーショックの様だ。


 エルフはお風呂好きなんだね。


「だからクリスの〈空間倉庫〉に風呂桶を入れておけばいいんじゃないかな」


「成程! それは良い考えだなフィオ、この後帰ったら職人に注文を出す事にする! 花蜜酒を数本渡せばやってくれるだろう」


 すっかり花蜜酒払いが板に付いて来ているクリスであった。


 というかエルフがお酒好きすぎるんだけどね。


 後は何か……。


「安宿しか無かった場合だとベットとか最悪の場合があるかなぁ……布団代わりのわらの中に虫がいたり臭かったり」


「……なぁフィオ……もう……外に行くの辞めようか?」


 死にそうな表情をして苦悩しているクリスだった。


「綺麗好きなクリスにはそうなるよね……なので……ベットと敷布と枕も〈空間倉庫〉に入れようね」


「そうする……」


 クリスのテンション下がってるなぁ、でも本当の事を言って居るだけだからねぇ……旅って結構きついんだよ。


「後は……旅の思い出を書いて行く日記帳でも用意していけばおっけーかな」


「……それは何か恥ずかしい物があるな」


「新しい場所で感じた事、食べた物、出会った人々、日記帳はすぐ一杯になっていくだろうね」


「ああ……そうだな、そうだ、何が待っているのだろうか、ワクワクするなフィオ!」


 ほっ、ちょっと元気が出たみたいだ。


「そうだねぇ、まぁどんな旅路でもクリスとなら楽しいかもね」

「うむ、私も同じ思いだフィオ」


「……」

「……」


「あは……」

「ふふ……」



 お互いに見つめ合い、少し恥ずかしげにしつつも目線を外す事は無いクリスと私。



 そうして、いつものごとく二人で過ごす時間が……。



「「「「そろそろ皆で遊ぼうよー!!」」」」



 妖精達の手で崩されていくのであった。



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