第134話 金策

「ありがとう」


 クリスは茎の付いたままな花を持ってきた妖精に御礼を言っている、彼女の手の中にはそういった妖精に貰った花々を編んで作った花輪が形作られてきている。


 私はその様子をクリスの正面に咲いている花の上に座りながら見ていて。


「ねぇクリス、お外にはいついくの?」

 そう質問をクリスにぶつけた。


「うむ……どうにもなフィオよ、外では金とやらが必要らしいのだ……」


「お金?」

 そりゃ生活するには金は必要なんだろうけど……何を言い出してんだこの子。


 クリスは花を持ってくる妖精を捌きながら説明を続ける。


「エルフ社会では物々交換や労働払いでやり取りをするのだが、外では金と呼ばれる金属の貨幣が必要らしくてな、私が外に行きたいと言ったら外との交流を維持している者らが色々教えてくれたのだ……金属の金が無いと外で生活するのは難しいとな……」


 ああ、そも、森に籠っているエルフに金の概念は判っても使った事が無いのかぁ……。


「金属の貨幣ね……それで?」


「多少なりと外との交流をしているエルフの商人は国の役人でな、そんな訳で国の資産をタダで貰う訳にいかぬのでな……何か売れる物を寄越せば購入か、もしくは外で売って来てくれると言うのだ……だが私には何が売れるのか判らぬのだ……この花輪は売れるであろうか……?」


 お外に一緒に行くのだと握手をしてから早半月、今だに動く気配の無いクリスに、なんでだろうな? と思っていたんだけど……なるほどねぇ……。


 前世知識だとエルフは閉鎖的だって言われていたけど……一部の役人兼商人のエルフが外とちょこっと交流しているだけっぽいのかねぇ?


 正直言って花輪の価値なんて判らないけども……売れる物……売れる物ねぇ?


「お外の人に花輪が売れるかは判らないよね、ねぇクリス、お外に売れそうなエルフ特有の商品とかって無いの?」


「うむ……私には何がエルフ特有なのかが判らんのだフィオよ」


 あ、そうかぁ……外を知らないと区別つかないよな……。


「じゃぁ私がエルフの国に行って何か売れる物が無いか見てあげようか?」


「そうだな……フィオは妖精だし……私と名を交わした相手だから……五、六年も待てば国に入る許可が下りると思うぞ、そうなったら私の家に招待しよう!」


 コロリン、花の上でゴロンと横に倒れる事でその内容にショックを受けた事を表現する私。


 さ……さすが引き籠りで長生きなエルフ……許可を得るだけで五年以上かかるのか……。


「さ、さすがにそこまでは……あそうだ、女王様~」


 私はとある事を思い出して、横たわっていた状態から空を飛び、近くにいる女王様に声をかける。


「な~に~、もう女神様に捧げる花輪が出来たのかしら?」


 実はクリスが作っているのは女神様に捧げる供物だ、まぁお気持ち以上の意味は無いのだけど、妖精にすごい祝福をくれる女神様に、供物を捧げて皆で感謝しましょうって話を季節ごとにするらしいんだよね。


 今は9月で人間なら秋の豊穣祭って感じかねぇ、妖精は適当だし特に祭に名前をつけたりはしない。


 妖精達が祝福で貰える〈妖精魔法〉はチート臭いしな、感謝を捧げる気持ちは判らんこともない。


「女王様、例の転移してきたお外の人間の荷物をクリスにあげちゃっていいですか?」


「あーあれね……そうねぇエルフさんはいつもお土産とか持って来てくれるし、構わないわよ~」


 ヒラヒラと背中のアゲハ蝶の様な羽を動かしながら軽い感じで許可をくれる女王様。


 荷物ってのは私が転生した時に近くに落ちていた荷物の事だ、あれがたぶん自分の物だとは理解しているが、周りにそう言う訳にもいかずに。


 どこかのダンジョンで転移罠にでもかかった冒険者の荷物では? なんていうのが女王様の予想だった。


 私は神像がある木の洞の奥に仕舞っておいた荷物を〈妖精魔法〉のマジックハンド的な物で空中へと持ち上げてクリスの元へと飛んで行く。


 ドサッっとクリスの近くに荷物を置き。


「はいこれ、クリスにあげるよ、お外の冒険者だか旅人の荷物で、お金も入ってるからさ」


 私がそう言うと、クリスは丁度出来上がった花輪を近くの妖精達に託してから。


「ほんとうか! なんという幸運……ありがとうフィオ!」


 嬉しそうに私の側に寄ってきたクリスは、そっと空中に浮かんで居た私を包み込む様に掴むとお礼を言って来た。


 お金の工面をどうしようかと思ってたんだろうからね、そりゃ嬉しいだろうさ。


「お金の確認をしようよクリス」


「うむそうだなフィオ」


 クリスは花畑の中で女座りをしていたのだが、その肩に私を乗せると荷物の中を探り始めた。


 肩に乗せられた私は足をブラブラさせながらその様子を眺める。


 チャリンッ、小さな革袋から出て来たお金に興奮気味のクリス。


「これが金か? ……なぁフィオ……国のお役人に見せて貰ったのは黄金で出来ていたのだが……これも貨幣なのかな?」


 そう言って銀貨や銅貨を両手に持ち私に見せて来るクリス。


「クリスが右手で持っているのが銅貨で一番低い価値の物、左手に持っているのが銀貨で、銅貨100枚分の価値があるものだよ、模様の中に価値を示す数字が書いてあるでしょ?」


 そうやって説明をしてあげると、貨幣の模様をじっくりと眺め出すクリス。


「なるほど、銅と銀か……む? 価値が逆では? それに……その上が鉄貨になるのか?」


 あー……そうね、実生活で有用なのって実は鉄と銅だよね……。


「銅貨が最低、銅貨10枚で大銅貨に、大銅貨10枚で銀貨に、銀貨10枚で大銀貨に、大銀貨10枚で金貨に、金貨10枚で大金貨になるんだよ、金属の価値とかは聞かないで、そうなっているとしか言えないから」


「……なるほど? となると前に見せて貰った金貨はすごい価値が……フィオは物知りだな、女王様に教えて貰ったのか?」


 あーこれから先色々あるだろうし……。


「私は特殊個体の妖精なんだよクリス、なので外の知識も記憶にあるんだ」


「なんと! そう言えば御婆様から聞いた事があるぞ、自分以外の知識を持って生まれる個体がまれに居るという話を、そうかぁフィオがなぁ……」


 へぇ……長命種のエルフのお婆さんがそんな事をねぇ……ふーむ……。


「という事で私は知識を持っている、クリスは持っていない……なので私がクリスのお姉さんとして色々と助けてあげるからね」


「それは有難……いやいや待て待てフィオ、さすがに姉は無いだろう、私はもう成人した50歳だぞ? フィオは妖精としてなら生まれたばかりだと言っていたではないか、例え知識を持っていようと姉は私でフィオは妹だ」


「ええ? 貨幣の価値も判らない姉がいる? ここは私が姉でクリスが妹でいいじゃない~」


「いやいやいやフィオよ――」

「いやいやいやクリスは――」


 ……。



 ……。



 ――


「はぁはぁ……はぁ……じゃ……じゃぁ私達は双子の姉妹と言う事で……」

「はぁ……はぁ……うむ……そこで妥協をしよう……」


 最初は揶揄うつもりで始めた姉妹合戦だが思ったよりも激しい物になり、最終的に双子の姉妹になるという意味の判らない決着と相成った、というか未だにどちらが姉か妹かの決着はついていない。


 まぁ姉妹であり家族である事は誓ったので……桃園の誓いならぬ、妖精の園の誓いって感じにはなっている。



 他の妖精達は女王様と一緒に神像に花輪を捧げに行っていた、私達は何してんだか……。


 クリスは自分の〈空間倉庫〉に荷物を入れながら。


「これで準備は万端だな!」

 なんて馬鹿な事を言っているので。


 ペチンッとクリスのオデコを引っぱたきながら。


「な訳ないでしょ! さっきのお金だけだと、宿屋に泊まってご飯を食べてって、そんな生活が一月持たないからね?」


「なん……だと……十年くらいいけないか?」

「いける訳ないでしょうに……」


 大銀貨2枚分くらいの金だしなぁ……美人なクリスの事を考えると安宿には泊まらせられないし、そうなると……あ、私の〈財布〉にパンツとシャツ以外にもお金をちょこっと入れてたっけか、前世で〈財布〉が10個重なったからね!


 正直〈財布〉が重なって嬉しいと思える事が来るなんて、初めの頃は思わなかったよね。


 まぁクリスの持つ〈空間倉庫〉みたいな上位能力があるから、そっちが来れば一発で済む話なんだけどさ……。


 たしか一部屋分くらいの容量とか言ってたけど……クリスの言う一部屋の広さが今一判らんのよな、説明を聞くと10畳くらい? とは思うんだけども。


「だが、これで一歩進んだ事は間違いは無いぞフィオ」


「クリスの世間知らずさを考えると最低でも一年分くらいの生活費は用意したいよね」


「誰が世間知らずだ」


「ここでいきなり問題です! お外にある街で獣人を相手にしているの庶民の露店市で肉串を売っていました、一本いくらで売っているでしょうか!?」


「……ぎ……銀貨一枚?」


 まぁ値段なんて色々だから良い問題とは言えないんだけど……最低通貨100枚分の肉串ってなんだよ……ちょっといい宿屋に普通に泊まれる値段って……A5ランクの国産牛でも使っているのだろうか?


「正解は庶民街なら銅貨2枚から8枚程度、さって……お金稼ぎかぁ……ねぇクリス、今度来る時に陶器やガラスの瓶を持って来てくれる?」


「……陶器でいいならあるぞ」


 クリスが〈空間倉庫〉から陶器の空き瓶を何個も出してくれる。


「おー、じゃまぁ……売り物として定番のお酒を造ろうかね、クリスも手伝って」


 私はそう言うとフヨフヨと体を浮かせ始める。


「酒? フィオは酒が造れるのか、酒造系の能力持ちなのだなぁ……そうか! 妖精の花蜜の酒なら売れそうだな! 私は何をすればいい?」


 花蜜? ああ、それもあったか! じゃぁそれも造ろう、妖精達に周囲の森から果物を収穫してきて貰ってもいいし、だけどまぁ……最初に作るのは。


「守護樹の金リンゴを沢山取って来るから後で潰すの手伝って~」


 そう言葉を残し、魔力付与全開で守護樹の枝葉に向けてかっ飛んでいく私だった。


「え? ……待てフィオ! それはもう神酒ともいうべきものでは!? フィオ~~! 待ってくれ~」


 後方からクリスが何か叫んでいるが、よく聞こえなかったので後で聞く事にした、まずは金のリンゴを一杯獲るぞー!

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