第125話 ドラガーナ地方3

「私はこうお伝えしたですよ、許可なく他の獣人と交流をしないで下さいと」


 そう少しの怒気を籠めて俺に言って来る羊獣人の文官さん、とその背後には小隊編成な獣人兵士の皆さん。


 いやそんな事を言われてもさぁ……俺はすごく困惑をしている。


「りおんしゃまおかわりどうぞなの」


 そんな羊獣人の言葉なんて聞こえてないとばかりに、地面に敷かれた水辺に生えているイグサっぽい草で編まれた大きなゴザに、俺と一緒に座っている幼女が空の器を俺に差し出して来た。


「ありがとうございますレティーナ」


「ちがうの! レティって呼ぶの!」


「あ、はい、ありがとうレティ」


 そう幼女に向かって応えると、その空の器を口に持っていき何かを飲む演技をする俺。


 あ、こんにちわ、人間族のリオン36歳です。


 未だに王都からの連絡は来ていないようで、今日も今日とて丸太小屋付近で暇つぶしを……何故か幼女とおままごとしています。


 いつもの様に小隊の面々と共にのんびりしたり、筋トレをしたり、獣人族から供与されたスゴロクやリバーシで遊んだりと、そんな日々になると思っていたら…‥。


 何故か丸太小屋付近に幼女が迷い込んで来た。


 耳と尻尾の付いた獣人の幼女だったので監視の兵が居る場所まで連れていこうとしたら泣き出した……そのまま泣いた状態の幼女を連れていくと何か勘違いされそうなので一生懸命泣き止む様にあやして居たら……いつの間にか俺が幼女相手におままごとをする事に成って居た。


 不思議な話だね?


 ちなみに泣く子は苦手、とううか厄介事の匂いを嗅ぎ取った配下やカーラ様はとっくの昔に小屋とかに逃げ込んでいる、薄情だよなあいつら……。


 そうしてたぶん4歳くらいの幼女と遊ぶ事しばし、兵隊を連れた羊獣人文官さんが俺の前に現れてさきほとのセリフを言って来た訳だけど……。


 彼らも状況を見て少し困惑をしている、俺が無理やり攫ってきた訳じゃないよ? そもそも君らは外周で監視していたはずだものね? 判ってるんだろ?


「おしごとがんばってなの、りおんしゃま」


 幼女がそう言って俺にバイバイとしてくれたので、やっとおままごとが終わるのかなと、地面に敷かれた大きなゴザから退去をする事に。


 サンダル履いて少し遠くに羊文官さん達を連れて離れる。


「今朝がた急にあの子が我らのいる場所に現れたんですが……そちらの監視網がここらの周囲にあるはずですよねぇ?」


 何かを言われる前に先制して、俺はチクリッとそっちの不手際だろ、という皮肉を羊獣人文官さんにぶつけていく。


「確かにうちの者が交代する隙間に潜り込んだ様なのですが、貴殿がすぐ我らに伝えるべきでは? あの方が居なくなった事に気付いたのは朝食後で、今はもうすぐお昼時ですよ?」


 羊獣人文官さんは、自分達の不手際を認めつつも俺の対応がおかしいと言って来る。


「あの子を連れて行こうとしたら泣かれたんですよ、もし俺が泣いているあの子を連れて監視をしている兵士さん達の元に連れていったら……貴方達は俺をどうしてましたか?」


 まだ信頼関係が結ばれていない間柄でその状況だとどうなる? という疑問をぶつけていく俺だ。


「むぐっ……それは確かに……そうですね……今回の事は不問と致します、こちらの警備にも喝を入れておくのでご容赦を、ではレティーナ様を連れていきますね」


 という名前で様付けをされた虎獣人の幼女か……お婆さんから名前を貰う孫なんてのは良くある話でさ、てことは俺の前世の……何番目の子の娘だろうか?


 俺と羊獣人文官さんが、ゴザの上に素足で座っている虎獣人幼女のレティーナ様に近づくと。


「おかえりなさいりおんしゃま」


 おままごとの続きを所望している様だ、羊獣人文官さんはそんなレティーナ様に近づくと。


「帰りますよレティーナ様、ここには近づいてはならぬと貴方の御婆様にも言われているはずです」


「きけんなんてなかったの、わたしはりおんとあしょぶの」


「駄目です、さぁ帰りますよ」


 そう言って羊獣人文官さんがレティーナ様を抱き上げて運んでいく。


 すると。


「いやなの! あしょぶの! やなのー!」


 抱かれた状態のレティーナ様は嫌々状態になってついに盛大に泣き出してしまう、それでも羊獣人文官さんは何も言わずに彼女を抱き上げたまま連れていってしまった、まぁどうしようもないわな。


 幼女の泣き声が少しづつ遠くなり、周囲から兵士の気配も消えた頃に、女性陣用の丸太小屋や、男性陣用の小屋から皆が出て来る。


「お前ら隊長である俺を助けろよな! カーラ様も!」


 彼らに文句を叩きつけるも。


「泣いた子供はどうにも苦手だし、それにあの子ってば領主と同じ種族っぽいじゃない? 私が相手するよりリオンがする方が安全かなーって、あはは……ゴメン」


「俺らじゃどうしたらいいか判らなかったんで」

「泣いている幼女をあっという間に笑顔にさせて一緒に遊び始める隊長は……何か手慣れている感があったわよね……幼女をたぶらかす才能が?」

「熟練の手際を見た気がする」

「子供をあやす天才な隊長……何人子供を作っても安心ですね?」



 人聞きの悪い表現をしている奴もいるし、薄情な奴もいるし、そして最後は何かちょっと不穏な感じだし、なんなのこいつら、本当に俺の味方である配下か?


「ほらリオン、配下は隊長に似るって言うじゃない?」


 声に出して無いのに返事をしないで下さいよカーラ様!


 ったく……俺が子供に慣れているのは……前世の知識のせいだっての、まぁ知識だけであって実感を伴った記憶では無いんだけども。


「まぁいいや、そろそろ昼飯を作るから誰か手伝え、今日の昼は鍋焼きうどんにするからな」


 12月とは言え日本ほどは寒くない、それでも鍋が美味しく感じるし、何より。


「獣人族から提供されたあの調味料って、リオンが道中で披露してくれた奴と同じだよね? 私達が知らないだけで実は良く知られている物なのかしらねぇ?」


「昨日の、醤油を使ったスイトン鍋って奴は美味かったっすねぇ……」

「何言ってるのよ、やっぱり味噌炊きが一番に決まってるじゃないの」

「水炊きを醤油と果物酢のタレで食べるのが最高だ」

「私は隊長が作る鍋は全部好きです……隊長ごと食べちゃいたいくらいに……」


 感想は言うくせに手伝いの手をあげないお前らはさすがだと思うよ。


 ならばと、いつもの様にご褒美を……。


「手伝ってくれた奴は一番多めに肉を食って良―」


「はいはーい! リオンの事は私が手伝うわ!」

「カーラ様にやらせる訳にいかないっす、俺がやりますよ隊長!」

「こういうのは女の子が手伝う物って決まっているのよ、私が手伝いますね隊長!」

「野営の訓練になる、俺がやろう」

「隊長が手取り足取り教えてくれるというのなら私がやるべきでしょう、ねぇ? 隊長?」


 本当にこいつらは現金というか何というか……。


「まぁいい、ウドンの生地は仕込んであるから、全員で切るのを手伝え」


「了解だよリオン!」

「まかせて下さい!」

「あのモチモチっとした美味しい奴ですよね、まかせて!」

「醤油味だと嬉しい」

「私が切ったのを隊長が食べて下さいね、隊長が切ったのは私が食べますから」


 さーて、今日は出汁を使った味噌醤油ウドンにしよーかねぇ、夜はその汁をそのまま使って鍋にしちゃおう。



 ……。



 ……。



 ――



 ズルズルッと、皆で作った鍋焼きうどんのウドンを啜る各自の音が周囲に響く。


「あちゅっ! りおん……あちゅいの……」


「ああはいレティ、ふーっふーっ……これで大丈夫」


「あいあと、チュルチュル……おいしいの……チュルチュル」


 それは良かった……うん……でもさ、なんで俺がレティの食事の手伝いをしないといけないの? ついでに言うと俺がまだ食べられてない訳だが……。


 そうして俺は近くにいるレティの世話係な犬獣人女性や、毎度の羊獣人男文官さんを見つめていく。


 彼は少し目を逸らすと。


「レティーナ様が泣き止んでくれなくてですね……ティガーナ様も参ってしまって……我らの監視つきならと言う事で、是非レティーナ様が飽きるまではお相手をお願いしたく……その……後で何かしらの褒美を出すとティガーナ様が保障しておられますので、どうか……」


 そう言って俺に頭を下げる羊獣人文官とレティーナ様のお付きっぽい犬獣人女性、今回は兵士は連れずにこの二人だけで俺達が住んでいる丸太小屋付近へと来ている。


 まぁいつもより周囲からの警戒範囲を狭めた気配があるような無い様な気が……カーラ様が居心地悪い感じなので、監視の目がいつもより近いのだろう。


 ちなみにご飯は、屋根だけがある食事処で食べている、小屋は狭めで全員入れないからな、テーブルと丸太椅子が地面に置かれている場所に木々を柱として利用した屋根が設えてある場所だ。


「まぁ、いいですけどね……貴方達も食べますか?」


「よろしいのですか?」


 そこで何も食べずに佇んで居られる方が嫌なんだよ、俺はお代わり用のウドンを大きな鍋に投入してしまう事にした。


「りおん、おかーり、ふーふーして」


 おっと、先にレティーナ様にお代わりを渡す必要がある様だ、てかレティーナ様専属なお付きの犬獣人女性にやって貰うのは駄目? 駄目ですか……。


 前世の山羊獣人の時もこんな感じで獣人に好かれたんだよなぁ、子供の方が素直なのか先に好かれだして、大人とかも時間をかけると大抵の獣人とは仲良く成れた記憶が知識として読める。


 隠れ里の時もそんな感じだったけど……もしかしたら隠しパラメータで魅力度とかがあるのかねぇ? 転生でそのパラメーターが上がっているとか? なんちゃって……ゲーム脳は治らない俺なのであった。


 おっとウドンが良い感じだ。


 レティーナ様の器によそってあげて、ちょいと箸で掴んで持ち上げて。


「フーッフーッフーッっとこれで大丈夫ですよレティ」


「ありあとりおん、チュルチュル……」


 ちなみにレティ呼びをしないと泣きそうになるので呼び捨てているが、本来なら許されない事なんだろうなぁ……。


 泣く子に勝てる人なんぞおらんからな。


 そして羊獣人文官さんや犬獣人女性に鍋焼きウドンを……鍋から器に移しても鍋焼きウドンと呼んでいいのだろうか? ……ま、どうでもいいか。


 俺が渡したウドンをズルズルと美味しそうに食べていく彼ら。


 ちなみにカーラ様や配下の四人は一言も話さずに黙ってひたすら食べている、ほらまだ獣人とどうやって交流したらいいか判ってないからさ。


 こうなんていうのかな、中学や高校で学年が変わってクラスの面々が総入れ替えになった初日って感じ?


 どうしたらいいかお互い判らない的な。


「ウドン美味しいですねリオン殿、この料理はサチ様が考案されたと思っていたのですが……名前が同じという事は何処かですでに考案された物だったという事なのでしょうか?」


 ああ……そういや……。


「小麦なんて使い道は大抵決まってますし、俺が何処かで聞いた物を適当に真似をして作った料理ですから……」


 俺は適当に誤魔化す事にした。


「……サチ様と同じ様な物言いをしますねリオン殿は……」


 あーくそ、そりゃ同じ人間なんだからさぁ。


「そりゃ似た様な環境で育つ知性体なんだし、何処か似て来る物でしょう、つまりそれは……人間と獣人は対して変わらないという証明になりますね文官殿」


 と、俺達仲良くなれるよね? 的な話にすり替えて話を終わらせる事にした俺だった。


「……なるほど確かに……」


 羊獣人男文官さんはウドンを啜りながらも考え込んでしまった。


 ふぅ、一度俺の獣人時代の前世がやった事の記憶の読み出しをしておかないとな、うっかり同じ事をやってしまう前にさ……。


「ごちそうさま、りおん……ねむいの……だっこ……」


 ウドンを食べ終えたレティーナ様が子供用の高めの椅子から降りて、俺に向けて手を広げながらそんな事を言って来る……いや言いたい事は判るんだが……。


 俺はチラっとウドンを食べている羊獣人文官さんや犬獣人女性に目を向けるも……彼らはこちらを見た後にすぐウドンを食べる事へと戻っていく、おいこら、君らの主筋の娘だろうに……。


 しょうがないな。


「よっこいしょっと」


 俺はレティーナ様を前から抱き上げて自分の足の上に座らせる、そして彼女の背中を軽くポンポン叩きながら様子を見る……とすぐ俺に抱き着きながら胸の中で眠ってしまうレティーナ様。


 それじゃぁと、しばらくたって、自分の器の中のウドンを食べ終えた犬獣人女性にレティーナ様を渡そうとするが……虎獣人な幼女の両手が俺を抱きしめるように脇というか背中に回されていて。


 幼女とは言え獣人の中でも身体能力の高い虎獣人の力でギュッっと服を掴まれているので渡すのが非常に難しかった……。


 えーと俺も飯を食いたいんだけど、ってまてこらお前ら、それは俺の分だろ? くそ、下手に動くとレティーナ様が起きてしまう……。


 容赦なくお代わりを食べていく配下やカーラや羊獣人文官や、俺からレティーナ様を受け取るのを諦めた犬獣人女性も再度お代わりして食べる事に戻っている、オイコラ。


 俺の分だっての……大きな声を出す事も難しい状況で傍若無人な腹ペコ魔人共の動きを見ているしか出来ない俺だっ……。


「はい、どうぞ隊長、起こさない様に慎重に食べて下さいね」


 そう言って……メイス使いの女性戦士が器によそったウドンを持って来てくれる……何お前……もしかして天使だったのか? ありがとうありがとう、俺は小さな声でお礼を言うとその器を受け取り体を動かさない様に食べていく。


 うん、美味い! ちょっと量が少ないけど関係ない、俺の事を忘れないでいてくれるメイス使いな女性戦士の気持ちが嬉しい。


 俺がそんな風に感激しつつウドンを食べていると、周囲から話声がちらっと聞こえる。



「あの子、人一倍食べてリオンの分のかなりの量を侵食していたよね?」


「ですねカーラ様」

「隊長の目にはあの子がどう映っているのやら、すごいテクニックだわ」

「女は怖い」



 そんなコソコソとした仲間の会話が聞こえてしまったので、俺は横に立って居たメイス使い女性戦士を見ると……ニコっと笑顔を返された……そうだよね? こんな優しい女の子がそんな……あいつらが自分にない優しさを見せた子をひがんでる……だけだよね?



 ……何百年の知識があっても人の心ってのは判らんのだよなと、細かい事を気にする事はやめた俺だった、うん、この子は天使って事にしておこう。





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