第123話 ドラガーナ地方1
その人はそこに居るだけで圧力を感じるすごい人だった、俺のナナメ前に座るカーラ様はその圧力を受けて冷や汗をかいているのが判る。
俺達は今、床に座布団の様な物が置かれてそこに座っている、江戸時代の日本の殿様に謁見するイメージ? まぁ床は畳じゃなくて木の板だけどさ。
ここは木造の立派なお屋敷だ、木の床張りの大広間に今は4人居て、俺とカーラ様、そして床が一段高い上座に会談相手であるこの領地の長……いやもうすでに現役から退いているはずだっけ?
えーと今が神歴1537年の12月だから……。
俺が頭の中で相手の年齢の計算をしていると、上座にいる虎獣人の女性が口を開く、三色のまだらな色の髪の毛は非常に長くて、背後で三つ編みにしてまとめた物を自分の片側の肩から前に垂らしている。
いつごろからか髪を伸ばす様になっていたみたいなんだよね。
「人間国の使者というのはお前らか……私の名はティガーナ、獣人国の前々国王の娘にして、このドラガーナ領の領主の母親で前領主となる、領主である息子は今王都に行っているんでね、私が話を聞かせて貰うよ」
「は、はい、初めましてティガーナ様、私の名はカーラシアと申します、人間国で活動をするレジスタンスの長の孫であり、そして旧人間国の王族に連なる者でもあります」
護衛として来ている俺の事は特に紹介もされずに始まる会談だが、この部屋にはまだ声を出して居ない人が俺の他にもう一人居る。
随分年を食ったティガーナ婆さんの側に控えているのは……よぼよぼの犬獣人だ、まだ生きとったんかこの人……えっとたしか知識によると……80歳超えてるよな? シワだらけのヨボヨボシベリアンハスキーになってるねぇ……。
まぁ、ここに来る前に部隊の人間含めて全員に、世の中には嘘を見破る祝福もあるから下手な嘘をつかないようには言ってあるし、大丈夫だとは思うんだが。
人間は疎まれているからな、大事な場所で嘘をついてるのが判ったら追い出されるか……場合によったら捕まって処刑もありうる。
外交では時に嘘というかごまかしも必要だが、今回の事情だと素直に全て話してしまう方がいいだろう、外交というよりも情報を獣人国に流すのが目的だからな。
……。
……。
そうしてカーラ様がレジスタンスの長の名代としてオーク帝国や人間国の情報を話していく。
それを聞いているティガーナ婆さんの表情が険しい物となっていき。
「奉じる神が違う? 神と呼ばれる存在は女神様だけで……いやそれは置いておくか、そして能力付与の偏りか……なるほど」
一通り聞いたティガーナ婆さんが口を閉ざして、思考に集中している、口調が俺の知識にあるのよりちょっと堅い感じだね、まぁこういう場面だからかな。
カーラ様も空気を読んで黙っている。
ちなみに邪神による能力付与の偏りってのは、〈奴隷術〉とか〈拷問術〉とか〈暗殺術〉とか、そういうクソな能力付与が多めって感じなのよね、生産系の能力なんて滅多に付与されないんじゃないかって噂だ。
ティガーナ婆さんは側に控えているヨボヨボシベリアンハスキーな犬獣人を一瞥するも彼は何も言葉を発さない。
まぁ嘘は無いって事がそれで判ってくれたと思う。
そのままカーラ様へと視線を移したティガーナ婆さんが。
「この話は王都に居る私の甥っ子に伝える事になる、王都からの指示が戻るまではお前さんらを自由にする訳にゃぁいかないんでね、しばらく監視付きで過ごして貰うよ」
「はい、それは構いません」
「ふむ、では後の事は誰か人を寄越すからそいつに聞いとくれ」
そう言ってティガーナ婆さん……65歳だったかな? とガラハドヨボヨボ爺さんは立ち上がって大広間から出て行った。
甥っ子って今の獣人王だよなぁ? 小さい頃は可愛い虎っ子だったけど、成長して体が大きくなったらすごい生意気になったから、俺の前世が訓練試合でダブル〈獣化〉を使ってボコった記憶があるねぇ……。
……。
「はぁ……すごい眼力だったねリオン、体も大きいし圧力がすごかった……うちのお爺ちゃんみたい」
「まだ油断しないの」
相手の懐だし、大広間は俺達以外に人が居ない様に思えるが、こちらの会話を聞いている人は確実にいるだろうからね?
「判ってる、迂闊な事は言わないわよ……最近リオンもお爺ちゃんみたく口うるさいんだから」
「そりゃ長に教育を頼まれているからな」
「……は? 初耳なんですけど? え? どういう事?」
「俺が口うるさい教育係になる事を条件にする事で、カーラ様が外に出る事を許可されたんですよ」
長を説得するのは大変だったな……。
「……それって……ありがとうリオン……」
「どういたしましてカーラ様」
……。
そこで会話が止まったのを見計らったかの様に獣人の文官さんが大広間にやってきて、俺達の処遇がどうなるのかの話合いが始まった。
……。
……。
――
「うっわぁ……崖の上から見るとすごい眺めだね……」
カーラ様が崖の上からの眺めに感嘆の声を漏らしている、一緒に崖上に登ってきた部隊の四人も口をポカーンと開けてそれを眺めている。
俺もちらっと崖上からその下に広がる光景を見る、うーん、確かにすごいけど今は12月で収穫も終わっちゃったからなぁ……。
延々と連なる、規格の整えられた畑もすごい光景ではあるんだけどもさ。
やっぱりここからの眺めで一番いいのは。
「麦が実ったら黄金の海が見られそうですね案内人さん?」
そう言いつつ案内の羊獣人な文官さんに声をかける、彼は俺のセリフを聞いて自分の胸を張りつつ。
「ええ! ここは先代の領主様とその夫である亡きサチ様が懸命に開拓をした場所でして、この光景は我らが誇りであると共に希望でもあるのです……年に二回は麦を収穫しますのでその時期を楽しみにしていて下さいね」
そう言って嬉しそうな笑顔でこの光景を誇って来る。
俺の前世は色々と配下に苦労かけてたみたいだからな……その分結果には誇りが持てるのだろう。
……。
そうして崖上を歩き、案内された先は……。
「え? なんかボロ――」
俺は即座にカーラ様の口を手で塞いだ。
そして一緒にいる配下の戦士達に鋭い目線を飛ばす、余計な事を言ったらぶっ飛ばすという思いを籠めて。
幸い彼らはこの数週間に及ぶ旅路で俺の事を良く判っているので、コクコクと頷きをもって答えてくれる、うむ、察しの良い優秀な配下達だ。
そして俺は案内人である羊獣人の文官さんに真面目な表情を作ってから尋ねていく。
「我らが過ごすのは本当にここでよろしいのですか?」
そう言って俺が示したのは月日が経って何度も補修をされた後の残る丸太小屋と、その周囲にあるいくつか昔より追加されている小屋等だ。
羊獣人文官さんは、質問をする俺の真剣で真面目な表情をしばらく観察をしてから、口を開く。
「ええ、貴方方を隔離するにはここが一番良いという話になりまして、この場所はティガーナ様とサチ様の思い出の地でもあり周囲は開発せずに残してある場所なのです、貴方方はここで王都からの指示があるまで過ごして頂きます、食材などは融通致しますので申し訳ありませんがご自分で調理をして頂きますが、よろしいですか?」
「ええ、問題無いです、先代御領主様達の思い出の地を汚さない様に丁寧に使う事を約束します」
俺はカーラ様の口を押えたまま羊獣人の文官さんに応えるのであった。
羊獣人文官さんは軽く頷くと。
「……施設の案内をしますね」
そうして羊獣人文官さんは、丸太小屋や初期より増設された小屋群、それに道具用倉庫なんかを案内してからまた後で物資を届けると言って去っていった……。
あ、そうそう、彼が立ち去る前にしっかりと「許可なく他の獣人に近寄らないで下さいね? ここの周囲の未開拓地点のみを行動範囲として下さい」と注意をされた。
「ふぅ……カーラ様?」
俺は少しだけ怒気を出して彼女の名を告げる。
「いやだってこれを見せられたらそう思うわよねぇ?」
古ぼけた丸太小屋を指さしているカーラ様に、視線で同意を求められた配下の四人もコクコクと頷きを持って答えてくる、いやもう声を出していいんだが。
……んーまぁ俺は知識があるから知っているが……いやでも……。
「例え敵対している他国の人間であろうと、外交使節に近い存在にそんな扱いをすると思いますか? これは俺達の事を試されたんですよ、獣人の事をどう思っているのかとね」
「えっと……ごめんリオン良く判らないんだけど……」
カーラ様の言葉と共に配下の四人も頷いている、いやだからもう声出していいってば……。
「獣人が意味もなく嫌がらせでそんな事をする相手だと思うのかどうか、つまり我らが獣人という相手をどう捉えているかを見られたんですよ、多少なりと信頼をしている相手なら、何か理由があるだろうと思うはずですから」
「ああ! 成程……いや……そんな面倒な事するの?」
「国と国の正式な外交なんてこれの10倍は面倒ですからね?」
相手を持て成すお茶の銘柄から意図を読み取るとかもあるからね? ……まぁ獣人国ではそこまでのは無いけど……人間しかいない世界のお貴族様世界だと普通にそういうのがあるからな。
「ええ……めんどくさ!」
「「「「コクコクッ」」」」
「いやもうお前ら声を出していいから……まぁそういう訳なので迂闊な行動は控えて下さいねカーラ様、〈隠密〉使って外に出向いて獣人社会の観察をするとかは絶対にやらないで下さいね?」
ギクッ! っという擬音が聞こえてきそうなくらいの動揺を見せるカーラ様、はぁ釘を刺しておかないと駄目そうだな。
「その行為が相手に発覚した場合、俺と配下が殺される事をご理解下さい、まぁ……その覚悟があるのならお止めしませんが」
「いや止めて下さいよ隊長!」
「私は死にたくないです隊長!」
「カーラ様を縛るべき」
「両足の骨でも折っておく?」
おい、せっかく俺が忠誠心の高そうな配下っぽいセリフを言ってるのに一斉に反論しやが……最後の一人ちょっとおかしくねぇか?
前々から思ってたんだが、君ってば邪神の信者で精神がおかしくなってるとかじゃないよね? それが素なの? ……それはそれで怖いんだけども。
「そ! それにしても、この小屋が思い出の地ってどういう事なんだろうね?」
カーラ様が強引に話を変えてきた、まぁ細かいお説教は後で二人っきりの時にみっちりとするとして。
「このドラガーナ地方は、前領主夫妻が開拓なされた領地だと彼らは言っていましたよね、なればカーラ様、ここはあのティガーナ様とその相方であるサチ様が、夫婦で開拓を始めた最初の拠点なのではないでしょうか?」
まぁ夫婦になったのはここを拠点としてからちょいと後なんだが、今の俺がそれを知っている訳ないからな、後々ここでの会話をカーラ様とかが漏らす時の事を考えて、そういう風に予想したって事にしておこう。
「あー! ああー! なっるほどぉ……すっごいねぇリオンは、この小屋に案内されてそこまで考えられないよ普通は」
「俺は、やっぱり人間種ってのは嫌われているのかなって思っちゃいました!」
「裏切り物と思われているんでしょうしねぇ……」
「裏切ったのは当時の宰相一族なんだがな」
「100年以上前の事情なんて今生きてる人に関係ないでしょうし」
まぁ俺の予想は前世知識がある前提だからな……。
「まぁあれだ、しばらくはここで暮らすので、掃除から……って埃も無いくらい綺麗だな……なら寝る場所を何処にするかとか色々決めちゃいましょうカーラ様」
「おっけー、獣人国の人達に食材を持って来て貰ったらリオンは調理で忙しくなるもんね、パパッと皆で決めちゃおうか!」
「「「「了解ですカーラ様!」」」」
……俺が飯を作る事がすでに全員の中で決定しているんですが……うーん、せっかく時間もあるし、全員に料理の基礎を仕込むのもありか?
王都まで使者が行って帰って来るのに……事情が事情だし向こうの偉い人らで話し合いもされるだろうから、最低でも二週間……いや事が事だけにもっとか? まぁそれなりに待たされるだろうな。
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