第122話 移動2

「リオン! 猪型の魔物が居たわ! 倒しましょう!」


 森の中を〈隠密〉で先行していた斥候であるカーラ様が帰ってくるなり興奮しながら報告をしてきた、獲物が居たという方向と俺の顔へ向ける視線を、興奮しているからか素早く行ったり来たりさせるので、その茶色髪のポニーテールが後を追う様にピョンピョン跳ねている。


「いやカーラ様……食料はもう十分あって――」


「やりましょう隊長!」

「猪の方が油が乗ってて美味しいのよね」

「ジュルリッ」

「里で食べた丸焼きも美味しかったけど、隊長が調理をしたなら……」


「お肉をゲットしにいくわよ皆!」

「「「「了解!」」」」


 あの……一応俺が隊長であってですね? どうしよう、皆が美味い美味いと言うからさ、少ない材料でもなんとか美味しい料理をと頑張っていたら、全員が腹ペコキャラになってしまった。


 塩も移動途中で岩塩層とか見つけちゃったから十分以上に補給出来ちゃったしな……。


 まぁ俺もなんだかんだ言いながら使える香草やらを回収しつつ歩いている訳ですが。


 ほんと植生が濃いというか……隠れ里の森に比べると断然獣人国の方が飯を作る身としては便利なんだよな……違いはなんだろ? 気温も天気もあっちとこっちで、あんまり変化ねーんだよな、まぁ山の近くでちょっと涼しいくらいか?


 四季も同じくらいだし……ほんとなんで違いが出るんだろ。


「まず遠距離攻撃で」

「そこは地形を利用した方が」

「俺の投げナイフだと刃が通るか判らん」

「近づいて私のメイスで頭を殴ればいいんじゃない?」


 小さな声で相談をしている戦士達、一人だけ脳筋がいるがまかせても大丈夫だろうか? 一応彼らも隠れ里では狩りとかをしていたみたいなんだけど……。


 ただちょっとこっちの方が獣も魔物も大きくて強いんだけどな。


 ……。


 大きな木に自慢の牙が刺さって動きの鈍った猪の側面に回り込み〈魔拳〉で前足の付け根をへし折る、そしてグルっと回って反対側の前足も折る。


 前足が使えなくなった、ビッグボアなんて呼ばれる事もある猪の魔物は、もうどうにも反抗する事も出来ずに戦士達に倒される。


「てーか無理なら最初から言えよお前ら」


 四人で相談しているからてっきり倒してくれるのかと思いきや、戦闘途中に泣きついてきやがった。


「いやだってあんなに大きいと思わないじゃないですか隊長!」

「うちの里に出て来る魔物より一回り……二回りは大きかったわね」

「投げナイフなんて目に当てないと意味を為さない」

「メイスが当たる距離に近づければいけるのに……」


「まぁあれだ、カーラ様の情報をちゃんと聞かないお前らと、きっちり大きさを説明しなかったカーラ様も悪い」


「ええ!? ちゃんと猪型の魔物だって言ったじゃないの……」


 まぁ隠れ里に居た頃は斥候とかやってなかったみたいだし、それに世が世ならお姫様だしな……。


 それでも付いて来る以上は働いて貰うって事で斥候の仕事を仕込み中なんだよね。


「反省をしないのなら、今日の飯は自分で作って貰い――」

「心の底から反省しているわリオン! 斥候は見て来たことをきっちり細やかに報告! もう覚えたわ!」


「俺らじゃ焼くだけになっちゃうもんな」

「それでも美味しいと思っていたんだけどねぇ……」

「丸焼きは里の子供の憧れだったな……」

「私の背丈より大きなこれを丸焼きにしたら美味しいでしょうか?」


 無茶を言うな無茶を、丸焼きなんて精々子豚とかそういうのでやる料理だろうに。


「まずは解体するぞお前ら、吊るしやすい大木の下で倒せたしな」


「リオン……まさか解体の事を考えて最初はわざと逃げてたの?」


「ん? 当たり前でしょうカーラ様、こんなでかいのを引きずって移動させたりなんて考えたくもない」


 完全に吊るすのは無理だろうから植物のツタを枝にひっかけて上に持ち上げて猪の魔物の体がナナメになるように……何にせよ一苦労だなこりゃ。


 ……。



 ……。



 ――


 ジュー、薄くスライスさせた脂身が熱せられた岩の上で焼ける良い匂いが漂う、そこに塩をパラっとな。


「まずはこれでも食ってろ、味噌玉を使った猪肉の味噌煮込みはもうちょい時間かかるから」


「もぐもぐ……うっわ、里で食べた猪の脂身より甘い気がするわリオン」


 あー、魔物が大きくなると美味くなったりする場合あるよな、まぁ、逆の事もあるんだけどよ。


「もぐもぐ、くぅー! これは酒が欲しくなるやつ!」

「もぐもぐ、里の雑穀酒が懐かしいわね……」

「むぐむぐ、俺は山羊乳酒も好きだがな」

「もきゅもきゅ、麦はお酒にするほど余裕ないもんねぇ」


 ふむ……俺は一つの革袋を取り出して開けて匂いを嗅ぐ、うん、いけるね。


「もぐもぐ、リオンそれなーにー?」


 カーラ様は俺の動きにいち早く気付いて質問をぶつけて来る。


 この皮の水筒を改造した物か? これはな……。


「道中で見つけた発酵の実と野生の果物や雑穀で作った……酒だ」


「……まじっすか隊長!」

「……発酵の実を使っても上手くいくとは限らないのに、ほんとに?」

「……だが隊長なら」

「飲ませて下さい隊長!」


 戦士のみんなは19~22歳の間だから問題ないな。


 布を使って別の皮の水筒へと酒を漉してやる。


 その水筒を渡して回し飲みをさせる、果物であるベリー系の味が強い甘い酒になっているはずで、〈醸造〉もこっそり使っているので美味しく出来ていると思われる。


 ちなみに回し飲みと言っても水筒に口を直接つけたりはしない、それは水を入れてある水筒の場合でも同じで、口を直接つけないで飲むのが一般的だ。


「くー美味い! 果実酒なんて失敗した時が怖くてあんまり作らないもんな」

「里だと天然物の果物しか無いものね、はぁ美味しい……これは当たりね」

「美味い、が……俺はもう少し酸味が欲しい所だ」

「かーーーー効っくぅ! ……隊長一生ついていきます!」


 一人だけ飲み方が親父臭い女性戦士がいるが気にしない。


 そしてこっそり回し飲みに参加しようとしていたカーラ様をインターセプト、ガードガード!


「ちょリオン! いいじゃないの一口くらい!」


「駄目です、隠れ里の掟では酒は16歳からと決まってました、カーラ様はまだ15歳なので来年の……7月までお待ちください」


 確かそこが誕生月だった気がする。


「ちょっと味見するくらいいいじゃない……リオンのけちんぼー、たった半年なんだから大目に見てよ」


 俺は出来上がった猪の味噌煮込みを器に入れてカーラ様に渡しながら。


「ちゃんとカーラ様が誕生月を迎えたら最高に美味しいお酒を準備しておいてあげますから、今はこれで我慢して下さい」


「……本当に? ……判った、今はこれで我慢する……ズズッモグモグ……うわこれもすっごい美味しいよリオン!」


 あっという間に機嫌が良くなるカーラ様であった、ちょろいなぁこの娘。


「隊長隊長! 俺の誕生月は3月っす!」

「私は5月!」

「11月だ」

「……私は今月が……いやまだ作ってないかもか……来月が誕生月です!」


 戦士達が皆して誕生月を俺に教えて来るが、君らのお祝いはさすがにしねぇよ? それと一人だけ嘘の誕生月を言っている奴がいるよね?


「リ~オ~ン~、お代わりいい?」


「ええ、器貸して下さいカーラ様」


 お代わりをたんまり入れて器を返してあげる、たんとお食べなさい。


 芋がら縄も味噌玉もこれで終わりだからな……醤油タレも無くなったし、もうそろそろ岩塩とハーブのみの味付けになりそうだ。


「隊長俺にも下さい」

「私もわたしもー」

「器の淵一杯まで入れてかまわない」

「鍋ごと貰ってもいいですか?」


 器をよこす戦士達に猪の味噌煮込みをよそってあげながら考える……。


 日の登る角度から方角を予想し、そしてあの山があの方向に見えるということは……。


 地形的に後一週間もしないうちに……さて、そうなる前にこいつらに色々教えておかないとな。



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