第119話 隠れ里2

 ふーむ、やはり物資が少ないとこの程度か。


 小麦の全粒粉と雑穀を混ぜて作ったパンというかピザというか、まぁそんな生地に、森から取って来た各種ハーブと配給のトマトを煮込んで作ったペーストを塗っていく、チーズが欲しいがさすがに無いので野鳥の卵の卵黄を表面に塗ってやる。


 さて、あとは焼けばおっけー、フライパンみたいな鍋の出番だ……まぁフライパンと表現をする。


 本当に〈調理〉が残っていてありがたかった。


 この祝福の能力が消える現象はまじで意味が判らん……。


 ……。


 ジリジリと焦がさない様にしていると良い匂いが漂って来る、うん、美味そうな匂いだ、もう熱が十分通ったと思うので竈の火からフライパンを一旦外す


 ドパンッ! 俺が借りている家の横開きの扉が勢いよく開けられる、こんな開け方をするのは一人だけだ。


「すごい良い匂いが外まで漏れているよリオン! 私にも食べさせて!」


 そうやって平屋の小さな家に飛び込んで来たのは、茶色い髪の毛をポニーテールにした、この隠れ里の長の孫娘である。


「毎回毎回、俺の飯を奪いに来ないで下さいよカーラ様」


「リオンの作るご飯が美味しいのが悪い、というか、うちの調理人になってってば」


「あのですね、俺はまだここにお世話になって半年ですよ? 外から来た人間が長の家でご飯を作る訳にはって……もう何度も説明をしていますよねぇ?」


「リオンがあの国の兵士ならとっくに逃げ出してるでしょー? ならもう大丈夫だって」


「何を根拠にそんな事を言っているんだか……いいですかカーラ様、貴方も15歳になったというのならそろそろ、って何を勝手にフライパンの蓋を開けてるんですか!」


「アチッ! あっつい……」


 勝手にフライパンの蓋を開けたカーラ様は火傷をしたのか自分の指先を口に咥えている。


 ああもうそんなんじゃ駄目だよ。


「今布を水で濡らしてきますから少し待っていて下さい」


 そう言って竈から少し離れた水瓶へと歩いていき、綺麗な布を濡らすと振り返り。


「さあカーラ様これで……」


 そこには誰も居なく、小屋の扉も開けっ放しで、しかもフライパンの中身は無くなっていた……。


「また俺の飯を盗みやがって! 後で覚えてろ!」


 と外に向かって大きな声を出すと、入口の扉を閉めてつっかえ棒をして、窓も少しだけ換気の為に隙間を残すと、外から開けられない様に木の棒で固定していく。


 さて。


 じゃぁ残りの総菜パンを焼くか。


 いやほら、あの娘っ子は毎回つまみ食いに来るからさ、今日は5個分の素材を準備してあった、そしてあのまま居座られたら確実に3個は食われてしまうので、わざと隙を見せて逃げだす様に仕向けたのだ。


「ふふ、甘いなカーラ嬢ちゃん」

「なにが?」


「俺がちゃんと予備を一杯準備している事を……」

「事を?」


「……」

「……」


「あの……カーラ様はなんで俺の家の中に居るの?」

「外に逃げた振りをして〈隠密〉使って部屋の隅に隠れてた」


 あうち、この娘の能力を忘れてた……、さっきちらっと部屋内を確認した時はまったく気付かなかった、こえーなぁ〈隠密〉って。


「そうですか、えーと。お帰りはあちらで?」

「モグモグ、美味しいねこのパン」


 手に持っていたパン……というよりはピザと呼ぶべき物を食いだしたカーラ様。


「えーと……」

「美味しいなぁ、この美味しさを里の皆に大げさに吹聴したくなるくらい美味しいなぁ!」


 やめて! この間の里のお祭りの時と同じ失敗はしたくないの!


「もう一枚食べていきますか? カーラ様……」

「頂くわね、後二枚」


 がっくし……くぅ……駆け引きで小娘に負けるとは……。


 しょうがない……焼いていこ……。




 あ、こんにちは、今生は36歳という事になった人間族のリオンです。


 このあたりの人間に多い髪色である茶髪の髪を短めにしているナイスガイです。


 おれはもう少し年上かと思ったんだけどね、カーラ様が30半ばに見えると言うのでそれに合わせてみました。


 今日はこの里に来てから半年程たった8月です、ってまだ焼けてないから手を出すな!


 カーラ様の手をフライパンの蓋の側でペシッっと叩いて遠ざける。


 油断も隙もねぇな、どうせ食べるなら最高に上手い状況で食わせてやるから待ってろ!


 えっと……そうそう、この隠れ里はやはりレジスタンスの隠れ里の一つらしく、長との会談で俺はしばらく身柄を確保される事になった。


 獣人国に行きたいなんて話は簡単には信じられないよね、そもそも自分の出身が判らない記憶喪失って……よくまぁ処分されなかったもんだ、邪神を信仰している奴等って粗暴になるからあいつらの仲間では無さそうだけどって所なんだろうね。


「はい、焼き上がりましたよカーラ様、どうぞ」


「ありがとーリオン! いただきまーす! パクッ、んーーーー美味しい! ほんとリオンは少ない物資から美味しい物を作りだす天才だよねぇ」


「〈調理〉の祝福持ちですからね」


「もぐもぐもぐそういやそうだっふぁもぐもぐ」


 食べながら話そうとしないでいい、次を焼くか。


 フライパンで次のピザパンを焼きながら考える。


 人間の国では邪神から祝福を貰う以外に能力を得る方法が無い、なので人口の9割以上が祝福による能力が無い。


 でも俺の前で美味そうに飯を食う女の子は〈隠密〉を持っているらしいし、前に林の中で俺を取り囲んだ武装をした里の戦士達の中にも能力を持ってそうな奴らが居た。


 ほら俺は〈魔拳術〉持ちだからさ、相手がこちらを警戒して能力を発動させた動きをしているとなんとなく判るんだよね。


 なので、個人の戦闘能力系同士の戦いとかだと、いかに自分の戦闘系能力を隠すかが大事なんだよな、俺には長い人生を重ねた知識があるから、体の力を抜いて戦闘系能力を発動させないでおいてそれを隠す、という技を俺は知っている。


 戦闘を意識しちゃうと勝手に能力が表に出ちゃうんだよねぇ。


 やっぱり強いのは奇襲だからさ、相手には油断をして貰って処す時だけ能力を見せるのが一番いいんだ。


 戦場ではまた別の話なんだけど。


 っとまぁこんな話はどうでもいいな。


 なんでレジスタンスの一部に能力持ちが居るかっていうと……獣人国に人間国のスパイが侵入していて、そのスパイが持ち帰った女神の神像フィギュアなるものをレジスタンスが人間国から盗み出したという事らしい。


 俺はそれを聞いて思ったね。


 それなら俺の能力に〈木工〉と〈細工〉も残っているし女神フィギュアを量産して神像にしちゃえるってさ。


 でもそんな美味しい話は無くてな……神像フィギュアは何十人ものレジスタンスに祝福を与えると壊れてしまったそうだ……そういやあれは小さいからキャパシティが低いんだよなぁ……。



 てーかやっぱりスパイが獣人国に侵入してやがったか……人間種で〈変化〉の祝福持ちで構成されているのな……よし覚えておこう、たしかあれは魔力で一時的に変化する物だから……普段はフードとかを被ってそうだな。


 オーク帝国なんて脳筋だろうとか思わずにちゃんと対処するべきなんだろうが、国境の殆どは獣人国だからなぁ……俺の前世のサチの時にもう少し色々やるべきだったか?


 いや、あの頃の知識を読むに兵士を鍛える役職だけでも結構際どい交渉っぽかったし……何事も一足飛びにはいかねぇよなぁ……。


「はい、焼き上がりましたよカーラ様」


「あリがとーリオン! いただきまーす! あちちモグモグモグ……おいしー」


 俺はカーラ様に水を入れたコップを渡してあげると自分の分のピザパンを焼き始めた。



 まぁ、そんなこんなで長に認められればそのうち獣人国へと行けるだろうと思っている。


 レジスタンスに加われとは言われて無いし加わるつもりも無い。


 彼らは……俺のすっごい前の前世の時の子供達が主導していた物と違い、本気の反乱軍だから……血生臭い事もしているだろうしな……。


 というか俺が見る限りなんだが……ここの長って旧人間国の王侯貴族なんじゃね? と思う。

 兵の鍛え方とかが系統だっているというか……てことは俺の前で美味そうに総菜パンを齧っている、この隠れ里の長の孫娘であるこの子は……いやまぁいいか。


 どうせ腰掛けなんだ、深入りする事もねぇだろ。


 さて焼けたな。


 フライパンの蓋を開けて自分の分のピザパンを取ろうとすると、ヒョィッっと俺の手より先にピザパンを取る者が居た、いや、まぁカーラ様なんだけどさ、俺はすぐさまカーラ様のピザパンを持っている腕をパシッっと掴み、ピザパンをカーラ様の口に持っていけなくすると。


「何してんですか? カーラ様?」


「まだあるみたいだしもう一個食べようかなって思って」


「そもそもこれは俺の飯であって貴方の物では無いんですよ? もうカーラ様は三個も食べたでしょうに」


 俺はカーラ様を掴んだ腕に力を入れてこちらに引き寄せる。


 カーラ様は抗うが、俺の力の方が強い、が、その時。


「つよっ! むぅ負けるか! パクッ!」


 カーラ様は手を引き戻す事を諦めて自分の口をピザパンに持っていって齧りついてしまった……。


「あああああ……この腹ペコ性悪娘めが……」


「モグモグ、大丈夫、後で私のご飯をリオンに持って来てあげるから」


「長の家の飯って、あの味気ない料理でしょう? 嫌ですよ」


 周りの手本になるべく節制をして見せているのは偉い事だとは思うけどさぁ……。


「あ! やっぱりリオンもうちのご飯が美味しくないって思ってるんだねモグモグ、判ってるなら大目に見てってばモグモグ……お爺ちゃんってば上に立つ者だからこそ慎みを持って生活をする姿を見せるべきだモグモグ、とかなんとか言ってるんだもの……ご馳走様リオン!」


 なんだかんだ言いながら食いきりやがった……。


 まぁご馳走様と言う事は最後の一個は奪わないって事なんだろう。


 仕方ないので最後の一個を焼いていく、はあ……トマトペーストの味が上手くいったから期待してたのになぁ……。


「リオン? デザートは? ワクワク」


「んなもんないから!」


 ったく……あんまりふざけた事をするとお前をデザートにしちまうぞ?


 ……なんて下手に手を出すと首と体がバイバイしたり、もしくはどっぷりとレジスタンスに染まる事になるので、しないけどさぁ。


 はぁ……基本的に物資が配給制なんだよなぁこの隠れ里、しょうがねぇからまた監視兼護衛の兵を借りて森に何か取りにいくかぁ。


 弓系の能力ほっしぃなぁ……レンジャーの知識はあっても祝福の能力が無いと上手く弓が使えないあたり……素の俺にはそういう才能が無いんだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る