第111話 草食系と肉食系

 ……。



 目が覚めるとそこは……新しい転生かな?


 いや……この天井というか天幕は……。


「サチ坊! 目を覚ましたのね、具合はどう? 誰か! サチ坊が目を覚ましたって薬師に伝えて!」


 俺が寝ているのはティガーナさん用のハンモックだった、ゆっくりと体を起こし、自分の体の調子を確かめ……いてっ! 何か引きつった様な痛みが右腕に……右腕に……あれ? ……右腕が?


「……ティガーナさん、僕の右腕が無いのって……」


「それは……サチ坊……あの巨大竜はなんとか倒れたのだけど……最後の最後に……」


 ティガーナさんに質問をした事であの時の記憶が薄っすら甦って来る。


 ああ、俺が油断したからだな……力を振り絞って戦って、そしてなんとか敵を倒したと思い、そんな中ですぐ近くにティガーナさんが来たから……つい嬉しくなって手を伸ばしちゃったからか……。


「……まぁ生きていれば良し、他は大丈夫かなぁっと」


 俺は無事に動く左腕で各所を確認していく、右足よーし、左足よーし、男のシンボルよーし、体よーし、イケメンよーしなんちってな。


「サチ坊……大丈夫なの?」


 ティガーナさんが泣きそうな声で俺にそんな事を言ってくるが。


「あんな奴の相手を二回して腕一本なら安いでしょーに……あ、兵士としての戦闘中の怪我なので補償や報奨金とか貰えますっけ?」


「そんなの! 生きてるなら私が一生養ってあげるわよ! この馬鹿サチ坊! 心配させまくるなんて……もう……馬鹿なんだから……」


 ティガーナさんは泣きながらガバッっと手を開いて俺に向かって、来ようとした所で止まってしまった。


「おーい坊主、調子はどうだ?」


 ガラハドさんと軍隊付きの薬師の人が天幕に入って来たからかな?


「ん? お嬢何してんだ? そんな手を広げた状態で固まって?」


「サチさん、右腕の様子を見るので一度椅子に座ってくれますか? というか動けますか?」


「了解薬師さん、僕はまったく問題ないです、じゃ降りて椅子に座ってっと、それじゃぁよろしくー」


 薬師さんが俺の右腕の包帯を解いていく間にティガーナさんの硬直は解けていた。


 少し離れた地点でしているティガーナさんとガラハドさんの会話が聞こえて来る。


「ぶぶっ! 抱きしめたら坊主の怪我が酷くなりそうで固まったって? 確かにお嬢の力で抱きしめたら坊主は壊れちまうかもですな! ククッ」

「笑う事無いでしょうガラハド! サチ坊は小さいし怪我人なんだから、それを慮って何が悪いって言うのよ!」


「毎日毎日抱き枕で窒息させる勢いで抱き着いてたお嬢がねぇ……いや? 悪くないですよ、思いやりの心があって何よりで、クク」

「くーむっかつくわね、いくらお父様の部下だったからってちょっと上官に対する敬意が無さ過ぎなのよ貴方は!」


「そりゃ赤ん坊の頃から知ってますからねぇ……」

「今はもう立派な大人なんですー」


 ……。



 仲が良さそうで何より、薬を塗り直して包帯を巻きなおして貰った俺は、薬師さんに貰った苦い薬を飲み干すと再度眠りに入るのだった、彼女曰く、眠りは最大の治療行為だとか。


 この世界だとそういう認識なんだね、まぁ正しいのかは判らないけども、体が睡眠を求めているのは理解できる、なので、ティガーナさんとガラハドさんの口論を子守唄に眠る事にした。


 子供の頃のティガーナさんがオネショの隠蔽をガラハドさんに依頼した話はちょっと気に成ったけどね。



 ……。



 ……。



 ――



 うーむ、利き腕が無いってのは、ここまできついか……。


 あの『竜の巣』の主っぽい巨大竜三匹を倒してからはや三か月。


 俺は何も出来ない無能と成り果てている……。


〈木工〉〈細工〉〈魔鍛冶〉〈魔拳術〉〈調理〉〈演奏〉は上手く使えなくなってしまった……。


〈剛力〉は力を一時的に上げる能力だからあれとして。


 使えるのは〈醸造〉と〈歌唱術〉くらいか……。


「クッ! 僕は……僕は……無能だ……」


「そんな訳ねーだろ坊主」


 ガラハドさんが〈醸造〉を使って酒を造っている俺に話し掛けてきた、周りには俺とガラハドさんしか居ない。


「あ、こんちはーガラハドさん、酒飲みますか?」

「いやいい、そこらに一杯埋まっている自然薯を使って酒を造るとか、何処が無能だよ……」



「いやほら、食料もそうですが、酒も現地調達出来たらいいかなーって思いまして、豊富な水のおかげなのか、そこら中に色んな芋が埋まってるんですよねここらって」

「……〈醸造〉は祝福の時には無かった能力だよな? なぁサチよ、本当にレオン王の……その……」



「どうなんでしょうね? かの王の記憶を読む事は出来ますが……自分自身というよりは彼の人生が描かれた本をいつでも読めるって感じなんですよ、というかガラハドさんは誰にもこの事を言ってないんですね?」

「言える訳ないだろーに……説明も出来ないし……〈醸造〉は俺が一つ嘘を見逃してたって事にするからな?」



「バリスタを作ってる時点でどうにかなりますかねぇ?」

「超人的器用さがあるって事にしとけよ! だがその酒を造る期間を短くする〈醸造〉だけはどうにもならねーから……レオン王は獣人の友であり、連合国各国にとっても恩人だ! ……俺がお前を裏切る事はねーから安心して好き勝手にやっていいぞ」



「わーお、まぁ好きにさせて貰いますが、僕は僕です、『竜の巣』攻略部隊の一員であるサチである事にはかわりませんよ」

「そうだな坊主……てかよ、すっげぇ良い匂いの酒なんだが、後でちょっと味見いいか?」



「どぞどぞ、前世の知識のせいか、やけに酒造りが上手く行くんですよねぇ……もう兵士としては働けないでしょうし……酒職人にでもなろうかしら?」

「お嬢の婿になるならそれは困るな……自分で戦えなくても指揮が出来りゃいい、坊主なら可能だろ?」



「いやそりゃまぁ……なんでか知らないけど僕が指揮すると皆良く動いてくれる訳ですが……もうティガーナさんのお婿さんに成るのが確定していそうだから忖度してくれてるって事ですかねぇ?」

「いや……なんつーかこう、坊主の指揮は心地よいんだよな、言葉にするのが難しいんだが……」



「ふーむ……じゃぁよく判らないですが、前々から温めていた兵士の訓練や新しい戦術を仕込んじゃおうかな? 獣人も酒が好きですし、ご褒美を酒にしたら動いてくれそう……ふむ、意外といけそうだな、無駄に敵に体を晒す獣人の戦い方には辟易してたんだ……やってやる……」

「お……おう、まぁほどほどにな? それと一回お嬢と一緒に王都に行って貰うからな?」



「了解です、『竜の巣』の解放に目途がたった報告ですかね?」

「まぁそれもあるなメインの目的は――」



「サチ坊! こんな所に居た!」


 俺とガラハドさんしか居なかった酒造りの天幕にティガーナさんが元気よく乗り込んで来た。


「いらっしゃいティガーナさん」

「サチ坊……えっとね……そのね……」


 床に座って酒造りをしていた俺の前の床に座ったティガーナさんは、その大きな体をモジモジしだした、それを見たガラハドさんは苦笑しながら天幕を出て行く。


「なんですか?」

「一度王都に帰ろうと思っているんだけども、その、サチ坊も一緒にその」


 まぁ俺も鈍くないからさぁ、なんとなく判るんだけども、やっぱこういうのは男からかなぁ?


「安全な王都で暮らせって話ですか?」

「え!? いや、違うの! えっといや、安全であって欲しいのは合っているんだけど、いやその!」


「僕はティガーナさんのお父さんに会ってみたいなぁ」

「あ! うん、そうしようかなって思ってたから、一緒に会いにいこう!」


「そして」

「うん?」


「ティガーナさんを嫁に下さいって言おうと思います」

「え? ……ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!! ……サチ坊? えっとガラハドあたりに唆された?」


「僕は一年以上も抱き枕係をしているんですよ? ティガーナさんからの好き好き大好き攻撃に気付かない訳ないじゃないですか」

「あ、あうう、それはね……でも6歳も差があるから……弟……で……うう」


「弟は嫌だなあ、ティガーナさんも今回帰還したらそろそろ結婚しないと許されないですよね?」

「うん……」


「その時にティガーナさんの横に他の誰かが居るなんてのは嫌なんですよ、僕が幼すぎるってのなら婚約でいいので勝ち取ります!」

「……サチ坊はその……こんなに大きくて年上の私でもいいの?」


「それを言うのなら片腕しか無くて小さくて年下の僕じゃ駄目ですか?」

「そんな事ないよ! サチ坊は強かったし! 大きくて……すごかったし……」


「ああ、≪獣化≫を重ねると体格が大きくなっちゃうみたいなんですよね」

「……あの時、二匹目を倒した時のサチ坊はすごくその……大きくて兵士達も驚いてたの……」


「身長もかなり大きくなっちゃうみたいですしねぇ」

「え? あ! うん……そうだ……ね?」


 おや? ティガーナさんの様子が、キョロキョロと視線が定まらない……が、俺の下半身を見ていた気がする……。


 そういやあの時は、≪獣化≫が解けた時にパンツが弾け飛んで無くなって居た事に気付いたっけか……。


 俺は自分の下半身を見て、さらに俺がそこを見た事でティガーナさんが非常に動揺をしているのが伝わって来る。


 だがまぁそれを揶揄うのは後にして置いておこう、まずは。


「ティガーナさん、僕と結婚してくれませんか? 婚約でもいいですし」

「ティーナ」


 ティガーナさんは小さな声で返事をくれた。


「はい?」

「私の事はティーナって呼んで、親しい家族はそう呼ぶの」


「それって……じゃぁ僕の事もサチと呼んで下さいティーナ」

「……うん……判ったサチ……」


 成人した虎獣人であり、体格もがっしりしているけど、その時のティガーナさんがすっごい可愛いと感じたので。


 俺は立ち上がって彼女に近寄り、床に座っている彼女に近づき、そっとキスをする、彼女が立って居るとキスするのも大変そうだからね、彼女が座っている間に奇襲攻撃だ。



「チュッ、ティーナ」

「チュッ、なにサチ……」


「チュッ、ティーナの事を食べていいかな?」

「チュッ……いいよサチ……ん? え? 食べるって?」


「草食系山羊獣人の僕が、肉食系虎獣人のティーナを美味しく食べるの、いいかな?」

「えとえと……う、うん、いいよサチ……私を食べて……」



 ……。



 ……。



 ――








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