第110話 重なる力

 うーん……困った……。


 やれるかなぁと思ったが相手の体力が予想以上だなぁ。


 あ、こんにちは、ボッチじゃなくなった山羊獣人のサチ、14歳です。


 ティガーナさんの憂いを晴らしてあげようと張り切ったのは良いのだけど、思った以上に時間を食っている。


 今現在は≪獣化≫を一つだけ使って身体能力を上げて巨大竜を翻弄している。


 ≪獣化≫は魔力を使うんだけどさ、シングル≪獣化≫だとその魔力消費を、魔力の回復が上回ってるんだよね。



 つまり、ずっと俺のターンならぬ、ずっと≪獣化≫が出来ちゃう。


 山羊獣人の特性なのか脚力が上がっていて逃げ足も速いからさ、巨大竜の側をうろちょろして相手の体力を削ろうと思ったんだけど……もう1時間? 2時間? 以上はたって居るだろうに相手の動きが鈍らない……このままだと俺のが先に体力が尽きちゃうな。


 一応、巨大竜の足とかを〈魔拳術〉で拳に魔力を籠めて殴ってみたりしたんだけども、消費する魔力と相手に与えるダメージが割りに合って無い感じがしたのよね。


 無限に魔力があれば勝てそうなんだが。


 たぶん三重掛けのトリプル≪獣化≫で、さらに〈剛力〉と〈魔拳術〉を使えば……いけるとは思うんだけどさぁ。


 トリプルだと理性がね……駄目だった時に逃げるという判断を下せるか微妙なんだよな。


 それに魔力の消費が回復を上回っちゃうから……〈魔拳術〉と〈剛力〉にも魔力を使うとなると、10分持てばいい方か? きっちぃなぁ……。


 別に特攻して死ぬ気で来ている訳じゃ無いし、シングル≪獣化≫なら余裕をもって逃げられそうと思っている。


 かといって理性がぎりぎり勝てるダブル≪獣化≫だと……うーん、ダメージは与えられるけど勝てるかどうか……予想というか判断が難しいな。


 出し惜しみして勝てる相手じゃない事は判る、でもそれをやると逃げる判断をしてくれない精神状態になりそう、あーもう、こんな一か八かなんて勝負はしたくないから逃げようかな。


 帰ってガラハドさんと相談してバリスタ兵器との連携とかを……。


 あ。


 逃げ回っている時に崖上が見えちゃったんだけど、ティガーナさんじゃんかあれ、やべぇもう起きちゃったのか。


 こっちに来るなよ?


 どうしよう一旦逃げ、をあっと! ティガーナさんの方に意識を割きすぎた、巨大竜の尻尾攻撃とかやべー風切り音がするよな、危なかったぁ。


 じゃぁ逃げ……あ、ティガーナさんが兵士に押さえられてこっちに来ようとしている、ここで戦っているのが俺だって気付いたのかもか。


 あの人、虎獣人で強くて大きいくせに……優しすぎるんだよな……。


 仕方ない、一世一代の大勝負といこうか!


 ……まぁ俺には何度も一世があるんだけどよ。


 上手い事隙を見つけてから発動させないとな。


 ……。


 よしっ、今だ!


 ≪獣化≫トリプル発動!



 巨大竜から少し離れてから俺はそれを使用する。


 メリメリと体が大きくなるのが判る、ダブルでもガタイが良くなったがトリプルはどういう見た目になるのや……うあ、きついなこれ。


 倒せ。


 シングルやダブルなら押さえつける事の出来る衝動が波の様に襲って……。


 倒せ!


 ああもう、厳しいなぁこれは……。


 敵を倒せ!


「ヴェェェメァァァェェェェェェ!!!!」


 ……。


 遅い……さっきまでの巨体に似合わない動きはどうしたトカゲ!


「メェェェェ!」


 ドカンッ!


 魔力の籠った俺の拳が、相手の堅くて尚且つ弾力性もある皮膚を削る様に貫通する。


 はっ! 苦しめるつもりはねぇ、さっき倒した奴の元へ逝けよ。



 ……。



 ……。



 ――



「ぶはぁ……」


 魔力が切れたのか……倒れた巨大竜の上で元の姿に戻った俺、あ、トリプル≪獣化≫をしたせいか、パンツまで弾け飛んで何処かへ行ってたっぽい……フルチンで戦ってたのか俺は。


 ダブルまではパンツはなんとかなる実験はしてあったのに、これは失敗失敗。


 早くゴムの木かそれに代わる素材を見つけないといけないな。


 俺はフルチン山羊獣人として……あ、財布にパンツ入れてあるじゃん、履こうっと。


 いそいそとフルチン山羊獣人から、パンツ山羊獣人へと変身した俺は周囲を見回してみる。


 木の塔は崩れ落ちて、崖下には巨大竜が投げた木々が小山を築き、そして周囲の地面も巨大竜が暴れたせいなのか抉れていたりとすごいな、俺の下には皮膚が穴だらけな巨大竜、少し離れた地点には全身に槍みたいな矢が刺さっている巨大竜も居る。


 どうやら勝てたみたいだが、ん-トリプル≪獣化≫中の記憶もうっすらあるんだけど……なんつーか無茶な戦い方してるよなぁ……これはあれだ、獣人国が戦術に≪獣化≫を組み込まずに個として戦わせている理由も判るわ……。


「あー疲れた……」


 魔力もからっぽだ……まぁ今の俺は5分もあれば魔力が固定値で回復するっぽいんだけどな……。


 魔力の回復具合を調べた時はゲームの仕様かよ! って突っ込みたくなった。


 体感で五分ごとに魔力が2くらい回復していて、前世の修羅場の時より回復しているのは……魔力が10ごとに固定値回復があるんじゃないか? って思っている。


 この1とか2とかいう数字は能力を魔力調整しないで使った時に消費する魔力の平均値で見ている、実際はちょこっと使ったりも出来るから、小数点以下の魔力消費何て言う事も出来る、なので数字は俺の主観で言って居るだけなのでご了承ください、ってな。


 疲れすぎてるのか俺は誰に何を言って居るんだか……。


 ……ゲームのし過ぎとか言うなよ? 実際体感だとそんな感じなんだもん!


「サーーチーぼーーーう」


 崖上から声を張り上げてこちらに呼びかけてくるティガーナさんに手を振って答えてあげる。


 塔が倒れちゃってるので縄梯子で移動するしか無いよね、新たに崖上から設置された縄梯子を使って兵士が何人も降りてきている。


 木の塔の再建には時間がかかりそうだな……それと――


 ギャァァオオオォォォォン!


 平原の先から大きな鳴き声が……あー、もしかして……だったのかな……。


 兵士達は即座に縄梯子を上がっているけど、微妙に間に合わないな、でも俺と言う餌が目の前にいたらどうだろうか?


 ティガーナさんが崖上から叫んでいるけど、逃げるのは間に合わないんだよ。


 となれば……んー自分の中の魔力を感じてみる……ダブル≪獣化≫一回分はあるか、三分以上あればカップラーメンが食えちゃうし余裕だな!


 俺は崖上のガラハドに向けて大きな声で。


「機を逃がさないでよ! ガラハドさん!」


 そう声をかけておいた。


 さぁ目の前に迫ってきた巨大竜のお相手だ。


 ……。


 ……。


 最初は縄梯子を登っている兵士を狙おうとしたり崖上の兵士達を警戒をしていたけど、俺が倒れている巨大竜の頭の上に立って見せたら、俺に向かってきた。


 家族愛なのか仲間愛なのかは知らない、どうせ判り合えない種族同士ならば、こうなるのはどうしようもないからな。


 ダブル≪獣化≫をし、崖の前の池ギリギリまで逃げた俺を追いかけてくる巨大竜、その攻撃を何度も避けながら、隙を……って時間がねぇな……。


 危険だがわざと体勢を崩してみせたら、巨大竜が嚙みついて来た、ありがとう、それを待っていた。


 俺は奴の口に自ら飛び込んでいく、そして獣化をする事でさらに立派になった顔の横から後ろに伸びている角を奴の口の中で上顎に突き刺して体を固定した。


 巨大竜はその大きな舌を使い俺を飲み込むなり噛める位置に持ってこようと四苦八苦している、べちゃべちゃしてて臭いし気持ち悪いが、俺は絶対にここから動かねぇぞ! ……このティラノサウルスみたいな巨大竜のタンって……焼肉にしたら美味しいかな?


 とか考えながらも相手の口奥の位置を必死でキープする。


 そうしていると、ドスッ! ドスッ! という、肉を貫く音が巨大竜の口の中に居る俺にも聞こえてくる。


 ナイスだガラハドさん! さすが歴戦の将校さん。


 俺という獲物しか見えてないからそうなるんだよ、油断をしてくれてありがとう。


 ほらほらとっとと死ね、近距離から食らうバリスタの槍矢はよく効くだろ!?



 ……。



 ……。



 ――



 必死に巨大竜の口の中で抗っていた時間はどれくらいだったのだろう、一分の様でもあり五分の様でもある、いつの間にか≪獣化≫は解けていて、巨大竜も倒れたのは理解している。


 邪魔な舌を少しずらすと、巨大竜の口が開きっぱなしでその隙間から外が見える、そして、あ、兵士と共にティガーナさんがこちらに槍を持って駆けて来る、意外と距離があるのは、巨大竜が途中から逃げようとしたからだろう。


 でも力尽きて倒れたっぽいのよな。


 舌にも動きは無いし死んだか。


 俺は、巨大竜の口のすぐ近くまで来たティガーナさんに向けて手を差しのべ――


 ガシュッ!


 俺の世界が暗闇になると共に、ティガーナさんに差し出した右腕に痛みと熱さを感じた……。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る