第109話 お婿さんの条件

 side 『竜の巣攻略部隊』


 とある天幕から一人の虎獣人が飛び出て来た、そのまだらな毛色の髪をショートカットにしていて、虎獣人らしくがっちりとした体の女性は。


 皮鎧に槍にと、完全装備をした状態で駆け出していく。



 そうしてしばらく走っていると、彼女の目の前に武装をした兵士達が集まっているのが見える、その先は崖になっていて巨大竜の頭が動いているのが見える。


 彼女は兵士達の側にいるシベリアンハスキーに似ている中年の犬獣人へと声をかける。


「ごめんなさいガラハド、仮眠のつもりがおもいっきり寝てしまったわ、それで状況はどうなの?」


 女性が犬獣人に近づくと、彼は振り返って自分の主へと返答を返す。


「坊主が快眠出来るハーブを仕込んでいましたからね……状況は、見て頂ければ判るかと」


 そう言って犬獣人は崖の向こうを指さした。


 虎獣人の女性はそれに従って視線を崖向こうに……。


「誰かが戦っている? 巨大竜と一人で? あれはなにガラハド、何処から来た獣人なの?」


 彼女が見たのは全身が白い毛で埋まり、顔も獣な山羊獣人だった、たぶん男であるその山羊獣人はパンツ一枚を履いていて、その素早い動きで巨大竜を翻弄している。


「……」


 ガラハドと呼ばれた犬獣人は自分の主人又は上官であろう女性の質問には答えなかった。


 兵士たちは崖下で戦っているその山羊獣人を応援している。


 だが、その山羊獣人は巨大竜の攻撃を避け続けるのみで中々攻撃をしない。


「まるで、神話で聞く様な巨人と人の戦いの様……それでガラハド、あれは勝てそうなの?」


 虎獣人の女性が犬獣人に聞いていくも、彼は軽く頭を横に振り。


「何度か巨大竜の足を殴りつけてましたが、体勢を崩せどもダメージを与えるのは難しい様で……」


「そう……誰だか知らないけど、決め手が無いのね? バリスタでの援護はどうなのかしら?」


「ああ見えてあの巨大竜はこちらも見ています、バリスタを運ぼうとすると木を投げて来るので……」


「頭がいいのね……彼が時間を稼いでいる間にどうにか……そういえばあれは≪獣化≫よね? それなら≪獣化≫をしていられる時間は限られるのよね? 彼はもうどれくらい獣化をしているのかしら」


 虎獣人の女性が巨大竜を翻弄している山羊獣人を見ながら質問をぶつけていく。


「……もう二時間以上はあの状況です……恐らく巨大竜の体力を削ろうとしているのでしょうが、あまり効果があるようには見えません」


「え? それってレオン様の決めた時間の単位での二時間よね? ≪獣化≫で? まさかそんな……」


 聞き直してはいるが、自らの優秀で忠実な部下が嘘を言うはずもなく、虎獣人の女性はそのありえない報告に混乱をしている様だ。


 その時だ、兵士達の中の応援の中に……。

「いけーサチ! やっちまえ!」


 そんな言葉が虎獣人の女性の耳に入る。


「え? サチ? ……そんな、いえ……ねぇガラハド、サチ坊は何処にいるか知っているかしら?」


「……お嬢、落ち着いて聞いて下さい……あそこで戦っているのがサチの坊主です」


 犬獣人が指さす先は巨大竜の足元でかの者を翻弄している≪獣化≫した山羊獣人だった。


「そんな……だってサチ坊は! サチ坊は……≪獣化≫を取得したばかりで、でも戦闘系能力は持ってなくて……小さくて……可愛くて……ガラハド?」


「俺の目の前で≪獣化≫してから崖下の池に飛び込みました……あれは坊主です、お待ちくだせぇお嬢! おいお前らもお嬢を押さえつけろ!」


 虎獣人の女性が咄嗟に崖に向けて駆けだそうとした所を犬獣人や他の兵士達に押さえつけられる。


「離して! 離してよガラハド! サチ坊が! サチ坊が死んじゃう! 助けにいかないと!」


「待ってくだせぇ! 勝てはしないが負けてもいねぇでしょうが! 今お嬢がいけば坊主の身が余計危ない事になるのがお判りにならないはずないでしょう!」


 犬獣人の決死の呼びかけに、押さえつけていた兵士達を振りほどこうとしていた虎獣人の女性の体から力が抜けていく。


 犬獣人の目配せで、男兵士は離れて行き、女性兵士のみが未だにトラ獣人に抱き着くように留まっている。


「ガラハド……サチ坊はなんであんな危険な事をしているの? どうして私に仮眠をとらせた後に……」


「坊主は言ってましたぜ、ティガーナ姉さんの憂いを取り除くと」


「私の……私の我儘のせい? 皆で逃げる判断をしていれば? うう……サチ坊」


「あの竜が撤退中の俺達を簡単に逃がしてくれてたか判らんですよお嬢……それに坊主は……サチは死ぬつもりなんて無さそうでしたよ、無事帰ってきたら抱きしめてお礼を言いつつ叱ってやればいい……なんならそのままお婿さんにでもしちまいましょうや」


「え! え!? なんで急にサチ坊をお婿なんて話に、サチ坊は私の弟で、小さくて可愛くて、抱きしめると良い匂いのする枕で……えっと……私みたいなデカ女のお婿は可哀想だよ……」


「坊主がバリスタを作るって言いだした時の話なんですが、もし坊主が作る事が出来るって話が嘘だったら、罰としてお嬢のお婿さんにしてやるって言ってやったんですよ」


「何で私の居ない所でそんな……ん? 私のお婿さんが罰? ガラハド?」


 虎獣人の表情が少し険しい物になり、押さえていた女性兵士達がそれを恐れて手を離して、少し距離を取った。


「最後まで話を聞いてくだせぇお嬢! 坊主はね、罰にならないって笑いながら言ってたんですよ!」


「……え? え!? それって? サチ坊は私の事を? ガラハド? 本当なの? ねぇ! ちょっと! 答えなさいよ!」


 虎獣人女性はその身体能力を駆使して一瞬で犬獣人の側にいくと、彼の肩をがっしりと掴み、上下左右に激しく揺らしながら答えを求めている。


 だがしかし、そのあまりの激しさに、犬獣人の目が回っている様に見えるが……周りの兵士はとばっちりを恐れて誰も忠言をしない。


 君達、山羊獣人への応援とか忘れてね? 彼の方を見ている兵士とかほとんどいなくなってね? 戦っている彼が……可哀想じゃないか?


「やーめーてーくーーだーーせーーーえーーーー」


「あ……ごめんガラハド、それで?」


 虎獣人の女性が犬獣人から手を離して蹲る彼に再度問いかける、もう少し自分の部下を労ってあげて欲しい。


「……いや……だから、うっぷっ……身長や体格の大きさは、坊主にとって関係無いってそういう話でさぁ……ってうう、目が回ってきもちわる……」


「そんな……もうサチ坊ったら、お姉ちゃんを好きになっちゃうなんて……仕方ないなぁ、王都のお父様に会わせるのはいつ頃にしようかしら? 私ももう20歳を過ぎちゃったし、なるべく早く……ぶつぶつ」


 虎獣人の女性はすでに戦況を一切確認しなくなっていた。


 頑張れ山羊獣人の君。


「隊長! サチの動きが!」


 そんな中、真面目に戦況を確認していた一人の兵士が居た! 彼には後で褒賞を渡しても良いと思われる。


 そしてクネクネと体をくねらせる虎獣人の女性を見学していた兵士達が一斉に崖下の戦いを確認する、勿論虎獣人女性も犬獣人男性も一緒にだ。


「何……あれ……」

「坊主の体が膨れ上がって……≪獣化≫の段階変化だと……そんな物は獣人国を建国した初代様のお話しくらいでしか……あいつ、こんな隠し玉を持ってやがったのか」


 崖下の戦いは一変していた、それまでの攻守が入れ替わり、巨大竜を体格の大きくなった山羊獣人がフルボッコにしている。


 その動きは激しくもあり、また焦っている様にも見えるが……。


 それを見た虎獣人の女性が。


「私より身長も体格も大きくなってる……それってつまり……小さくて可愛いサチ坊と、大きくて頼りになるサチ坊の両方が私のお婿さんになるって事!? いやん、どうしようガラハド! 結婚式にはどっちのサチ坊で出て貰おうかしら!?」


 どうでもいいことを叫んでいて、皆に無視されていた。



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