第108話 巣の主

「一番から三番までは頭を狙え、四番から六番は体の中心を狙え、七番から九番は足を狙え、目標は現在囮が引っ張って来ている巨大な竜だ、囮である斥候が塔の影に隠れるまで撃つなよ」


 シベリアンハスキー似の犬獣人であるガラハドさんが、崖上にずらっと並べたバリスタを操作する兵士達に命令を下している。


 俺はその後方で総指揮官であるティガーナさんと一緒にその様子を見ている所だ。


 普通の弓兵やら近接兵やらも一応全員が控えている、大きく成れば成るほど皮が分厚くなるので普通の弓はあんまり効かなそうだけども、小さいトカゲも来るかもだしな。


 槍の様なぶっとい矢を放つバリスタは取り敢えず9機作った……それで飛ばす極太の矢の在庫数を考えるとそれ以上あっても意味は無さげ。


 うーむ〈夜目〉はあるけど〈遠目〉は持ってないからあれなんだが、遠くから大きなトカゲが走ってきているね、その前に小さな……あれが斥候の人かねぇ、すっごい怖いだろうに頑張っているな。


 ていうかあれさぁ……もうほとんどティラノサウルスだよね……。


 うあ、囮の逃げる時間稼ぎの為に設置された先のとがった木の杭を各地に生やして置いているのに、まったく構わず蹴散らしているじゃんか、こりゃ3~4メートルのトカゲ用に設置されている逆茂木もまったく役に立ちそうにないな。


 早いなぁもう近付いて……うは……崖上の人達が頭を狙うならほぼ平射出来る大きさか? 10メートル以上あるなあいつ。


「矢玉の数には限りがある! 良く狙って撃てよ! ……良し、撃ち方始め~!!」


 囮の人が崖下の池の対岸に立って居る木の塔の影に隠れたと同時に攻撃開始の合図が出た。


 弓を射る時の音より野太い音が響き渡り、バリスタから極太の矢が打ち出されている。


 お。


「刺さってる刺さってる……いけそうですねティガーナさん」


「弓ではほとんどダメージを与える事が出来なかったのに……サチ坊はすごい物が作れるのね……」


 あはは……こんな13,4の山羊獣人の若者がドワーフが提供しているような兵器を作っちゃうのはおかしいと思っているんだろうけど。


 今の所細かい突っ込みは来ていない、今は目の前の恐竜……巨大竜を倒さないといけないからね。


 前世でドワーフの王をしていた時は、防衛用の様々な兵器の開発もしていて、他国に提供をする責任者である俺がその兵器の事を知らないのは良くないという事で、職人と一緒に作ったりしてたからなぁ……まぁ開発研究が終わって量産化をする段になったら手は引いたけど。


 ドワーフの心とやらは俺の前世にもしっかりあったみたいでさ、そういった職人仕事がすっごい楽しかったという想いが読める、まぁすぐ王の仕事に引っ張られていくんだけどねぇ……。


 こんな話をしている間もティラノサウルス……巨大竜の体にバリスタから放たれる矢が刺さっていく。


「撃ち方待て!」


 ガラハドさんが一時的に射撃を止めた、最初は崖上からの攻撃を無視して囮である斥候の隠れた木の塔に攻撃をしかけていた巨大竜も、今は地面に倒れてもがいている。


 トカゲ共は決して馬鹿じゃないからさ、俺らの弓があんまり効かないのを理解していて油断したんだろうね。


 ……。



 ……。



「お嬢、トドメも刺し終わった様です」

「ご苦労様ガラハド、皆良くやった、私たちの勝利だ!」


 っと、考え事をしていたら終わってた居た様だ、ティガーナさんの勝利宣言に兵士達も歓声をあげている、しかしまぁでかいなぁ、ティラノサウルス……巨大竜って美味しいのだろうか?


 兵士が吊り橋を使い崖下の対岸にある木の塔に向かい、木の塔の内部にある階段を使い降りていく。


 あれを処理して運搬するのって大変そうだな。


 俺が崖の側まで来てその巨大竜の死体を見ながら兵士達の様子を見ていると背後から声がかかる。


「サチ坊、ここらの主を倒した事によってこれからの動きをガラハドと相談するから、サチ坊も一緒に来てくれるかい?」


 ん? 何で俺にそんな事を、俺は訳が分からずにガラハドさんを見やる。


「あー、サチの制作能力も踏まえて作戦を練る必要が出て来たからな」


 ああ、そういう事か。


「ええ、それなら――」


「隊長! 新たな敵影を発見! 先の個体より大きいです!」


 崖上で周囲を見張っていた〈遠目〉持ちの兵士がそう声を上げた。


 俺やティガーナさんやガラハドさんは崖の端まで来て兵士が見ている先を確認する。


 そこには。


 ……。


「あれ、さっきのより五割増しはでかい気がするのは僕だけですか?」


「そんな……先程のが草原の主では……あ! ガラハド!」

「は! 崖下の兵士達は全員撤収だ! だがすぐ持ってこられるバリスタの矢玉は回収しろ! 時間がかかるのは無視でいい!」


 ガラハドさんが崖下に向けて大きな声で指示を出している、将校というか士官の資質に、遠くまで指示が聞こえる声量ってのが必要だよね、近くにいた俺にはちょっと煩かった。


 次々と崖上に逃げて来る兵士達、囮の斥候さんも逃げ帰って来ている、何故かってあの新たに来た巨大ティラノサウルス……巨大竜君はこちらに向かって駆けて来ているからだ。


 矢玉の回収は3割って所か……。


「池はあるけど、ジャンプして崖にとびかかってきたら、あいつの顔が崖上に来ると思うんです」


「確かにサチ坊の言う通りね……ガラハド、バリスタの設置位置を下げましょう、体は狙えなくなるけど、頭が十分に見えるならいいでしょう」


「了解です、バリスタの設置位置を下げるぞ!」


 ガラハドさんは兵士達に細かい命令をしにいった。


 俺とティガーナさんも崖から離れていく。


「サチ坊は村に逃げてなさい」

「お断りします」


「危ないから! ここは私達でどうにかするから」

「あの大きさだと崖上に来るかもしれないじゃないですか、村も危ないですよ」


「え……いやさすがにそれは……あの竜は手も退化しているし頭を崖上に乗せる事くらいしか出来ないんじゃないかしら?」


 甘いなぁティガーナさんは、状況なんてのは最悪を見ないといけないってのに。


「ティガーナさん、トカゲ共って意外と頭が良いですよね? 少しづつこちらの狩りに対応してきていますし」


「そうね、初期より倒すのが面倒になってはいるけども……」


「ええ、ならばあいつだって同じかそれ以上の頭の良さを持って居ると想定をしておきましょう、指揮官たる者、最悪の状況を常に考えておくべきです」


「……そうね……サチ坊の意見は胸に留めておくわね」


 ……。


 ……。


 そうして待つ事しばし、15メートル級の恐竜……巨大竜が近付いて……。


 池の向こうからこちらにジャンプをしてきた。


 ドガン! と竜の体が崖にぶつかる音と共に、奴の頭が崖上を舐めるように移動をした……そのでかい口をあけながら……ね。


 あっぶな、最初の位置にバリスタを置いていたら、何台かが兵ごと食われていたなあれ……。


 そして巨大竜は水に濡れている崖を滑る様に落ちたが、その足元にあるであろう池も、その巨体からすれば水たまりなので、すぐにも池向こうへと戻っていく。


「撃ち方始め―!」


 ガラハドさんの声が響き、こちらを伺っている巨大竜の顔から上半身に向けて攻撃が開始される。


 お、一応極太の矢が奴に刺さっているね、相手も嫌がってるのか即座に離脱していったのでこちらの射撃もガラハドさんが止めていた。


 巨大竜は300メートルくらい離れた地点でこちらを伺っている……もうちょい大きいバリスタにしておけば良かったかも、対オーク帝国用のだからな、敵の鎧を貫く事を考えた威力だが、この馬鹿でかい恐竜にはちょっと力不足かもしれない。


「これで諦めてくれたら、次の準備をする時間が作れるんですけどねぇ……」


 俺は希望を籠めた願望を口にする。


「サチ坊、最悪の状況を考えるならそれは無いんじゃないかな? ……ガラハド、矢玉の残りはどう?」


 ティガーナさんが早速指揮官たるもの的な思考をしている、確かにあの木の塔とかを倒してジャンプの足場台にとかされたらやばいんだよなぁ……。


 ……。


「残り20本って所ですお嬢、射撃の上手い奴に集中させます」


 ガラハドさんからの報告は結構やばいものだった、うぐぁ……バリスタの数を揃えるよりも矢玉を増やすべきだったか? いやでも矢じり用の金属が足りなかったんだっけか……。


 お、あいつ帰って……いや元来た方じゃないな、森に向けて走っていった?


「なんでしょうねあの動き」


「サチ坊なら最悪の状況でどう考える?」


 ティガーナさんが俺に問いかけて来る。


 ふむ? ティラノサウルス……巨大竜の賢さが人並みだとしたら? 自分のジャンプでは高さが足りなかった……木の塔を倒せば足場に出来そうだけど、痛い攻撃をしてくる奴が崖上にいる……二足歩行のあいつらの手は退化しているので使えない……そして森に……。


 森?


 なんで? 森には何が……あ。


「もっと奥に退避しましょうティガーナさん!」


「え? サチ坊?」


 ああもう、遠くに奴の姿が見えてその口元に……くそ!


「ガラハドさん! 全員を最低でも300歩後退させて下さい! 奴は口に咥えた木を投げてきますよ!」


「な!? 全員後退! バリスタを運ぶのを皆で手伝ってやれ」


 あれは設置型で結構重いからな、ってやばいやばい、足が速い!


 俺達が崖から離れた時に奴が近付いて、大きく体を振ると……口に咥えていたへし折った木をこちらに向けて放って来た。


 放物線を描いた軌道でこちらに、うひゃーーー。


 ドガンッ! そんな音を立てて地面にぶつかった木の太さは熊獣人より太く長い物で、勢いよく放り投げられたそれに当たったら無事では済まないだろう事が伺える。


 転がって来るそのでかい木も危ないがなんとか怪我人は出なかった、しかし。


 ドカンッと崖向こうの木の塔に体当たりを仕掛けている恐竜が見える。


 ガラハドさんが指示を出してバリスタ部隊が近付くと、奴はまた森に向かっていった。


 これはやばい、あの塔を崖側に倒されて踏み台として使われたら……うーん、恐竜の重さに耐えられない可能性は高いけども、一瞬でも踏み台として無事だったら崖上まであいつが飛び乗ってきてしまう。


 希望的観測よりも最悪を想定しないとな。


 またへし折った木を投げてきた恐竜、そしてバリスタを持って逃げては崖に近づいていく兵士達、延々とこれを繰り返すしか?


「ガラハド! 塔に油をまいて火を放て」

「了解ですお嬢!」


 ああ、そうえいば、小さいトカゲ共に塔を占拠されそうになったら火を放つ予定だったっけか。


 ……。



 ……。



 ――



 燃え出した木の塔を見て巨大竜は……諦め……なかった。


 燃やす事で木々を固定している縄が燃え外れて構造的に脆くなるように作ってあった木の塔がその場で自壊したので、足場にされる事は無さそうだったのに……巨大竜は森からへし折った木を運び、崖の一番低い場所の池に遠くから投げ込み始めた。


 俺もティガーナさんもガラハドさんも呆気に取られちゃったよね、その方法だと足場を作るにしてもかなり時間かかるよ? それでもやろうとしている巨大竜の目には俺達に対する強い憎しみの炎を感じる様な……。


「最初に倒したのは、あいつの家族だったのかもしれませんね、ティガーナさん」


「そうかもしれないわねサチ坊、多少の時間は稼げたと思いましょう、監視は交代にして隙があれば攻撃という感じでいきましょうガラハド」


「了解ですお嬢、ですが先程近づいたら足元にある木を投げてきましたので……攻撃は難しそうです」


 ……。


 ……。



 そうして一旦村に帰って相談をするも、良い案は出なかった。


 ティガーナさんは悔しそうにしているが、どうにもならない事もあるよね。


 それにさぁ。


「どうしてもティガーナさんは逃げないと?」


「サチ坊……今ここで諦めたら、あの方が目指していた平和がまた遠のいてしまうの……」


 いや、俺の前世はそこまで平和について深刻に考えていなかったからね? ああもう、想いを継いでくれたのは嬉しいけど、もっとこうお気楽な感じでやればいいのに。


 ちょっと思考が堅いんだよなあティガーナさんは。


 こりゃ逃がすのは無理か、最後まで戦うとか考えてそうだし、説得するだけ無理かねぇ。


 俺は食べて休まないと戦う事も出来ないとティガーナさんを説得し、彼女に飯を食わせて仮眠を取らせた。


 さーて。


 武器や防具は邪魔なだけだな、脱いでいくか。


 それに服も破れちゃうだろうし、脱ぎ脱ぎ。


 そうしてパンツ一丁に拳にバンテージ姿で崖に向かう俺。


 そこにガラハドさんが前に立ちはだかり。


「そんな恰好で何処にいくんだサチよ」

「そんなの勿論、ティガーナ姉さんの憂いを取り除きにだよガラハドさん」


「いやだからってなんで裸でいくんだよ……」

「裸じゃないでしょう!? パンツは履いてるよ! てかまぁ服は≪獣化≫の邪魔になるからね」


「確かにサチは≪獣化≫を覚えたみたいだが、あれはそんなに便利な能力じゃないんだよ!」

「知ってる、でも大丈夫、僕には奥の手があるから」


「嘘はついてないんだが……お前はなんなんだサチ……」

「……ふーむ……そうだなぁ……レオン王の生まれ変わりだって言ったら……ガラハドさんは信じるかな?」


 俺はそう言うと、崖に向かって駆けていく。


 ガラハドさんは俺の言葉に絶句をしていて、何も言えずにいる様だった。




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