第106話 重い体

「この先かい? サチ坊」

「はい、もう少し先だったと思いますティガーナさん」


「周囲の索敵を怠るなよ! その水場の中にも気をつけろ」


 ガラハドさんの声量を押さえた指示が兵士達の緊張感を維持させている。


 ああ! 確かにそうだな、俺はあの時なんも考えずに崖の淵の池を泳いだけど……水生の恐竜というかトカゲが居てもおかしくないよなぁ……幅が数十メートルの狭い池なんで油断しちゃってたかもな、小さくてやばい魔物なんてのもいるかもだしな……。


 塩が足りなくなって来ていて、早くどうにかしないとって気持ちが大きすぎたのかも、俺はいつも何処かで油断しちまうなぁ……何百年分の知識があろうと人の本質は変わらないんだなーとつくづく思うわ。


「あ、あれですよティガーナさん、ガラハドさん」


 俺は今回の目的である崖に設置された縄梯子を指さす。


 うーん、もう三週間くらいたってるし、崖は各所から水が流れ出しているから、植物製の縄梯子もずっと水に濡れてるだろうから……大丈夫か判らんけどね。


 俺が指さした縄梯子は、一応壊れたりはしてない様に見える。


 ……。


 あ、こんにちは、山羊獣人のサチ、13歳です。


 ティガーナさんら獣人国の『竜の巣』攻略部隊に保護されて三週間。


 神歴1491年5月、俺が伝えた崖上の情報を知ったティガーナさんらを案内する仕事を要請された。


 まぁ要請してきたのはガラハドさんなんだが。


 この崖は切り立っている上に高さもかなりあり、しかも各所から水が流れ出しているので、クライミングで登るのは危険だし、草原から丸見えなので、二足歩行のトカゲの集団に狙われる事があるので、今まで無視をしてたそうなのよね。


 でも、崖上の広さと豊富な水、そして魔物が一切居ないという情報を俺から聞いて、竜の巣の攻略拠点を移す案をガラハドさんが提案した。


 崖の上から草原に向けて弓攻撃するなら安全安心になるしね。


 まぁ崖の高さが一番低い場所に縄梯子をかけたから、そこに行くまでがちょっと危険なんだけども……なのでティガーナさんは俺に案内をさせるのを最後まで反対してたっけ。


 森の方から穴でも掘れれば良かったんだけどね、岩盤な壁というか山々だし、それにむしろ地上と繋がらない方が崖上の生態系が変わらないだろうという事で。


 崖の下の池を挟んだ地点に木の塔を建てて崖上と吊り橋で繋ぐ計画らしい、塔だけだとトカゲの襲来で落とされちゃうだろうけども、崖上に安全に遠距離攻撃部隊が配置出来るのなら安全度を高める事も出来るのでは? という目算らしい、まぁ今回はその為の調査って奴だ。


 兵隊達が運んで来た筏を縄で繋げて池に浮かばせる、それを身軽な斥候役の猫獣人が縄梯子までの橋としていく、よくまぁあんな不安定な筏に乗りながら作業が出来るものだね……確か彼らは〈軽業〉とかその手の能力を得やすいんだっけか?


 そうしてヒョイヒョイとイカダを渡りながら縄梯子に辿り着いた猫獣人の兵士は、それを何回か引っ張って強度を確かめると、あっという間に登っていった。


 はやーい……さすが本職というか……いやはや、前世ドワーフの時に立ち上げるのを手伝った獣人族の隠密忍者部隊の事を思い出すなぁ……当時の俺はすごい楽しみながら手伝ってあれこれやった記憶が読み取れる、忍者いいよねぇ……何人かドワーフ国に誘ったみたいだけど全部断られたみたいだ……くのいち猫忍者とかすげー可愛かった知識が読み取れる。


 崖上まで登った斥候兵士は周囲を見渡しで特に問題は無いとしたのか、合図を寄越して来る。


「では我らも行くか、最悪は池に飛び込んで逃げるからな」


 ガラハドさんの指示が飛ぶ、まぁ俺の情報が真実だと思っていても何か見逃しているかもだし、最悪を見据えるのは悪い事じゃないね。


 俺も恐々と筏橋を渡っていく、うはぁ、屋外アスレチックみたいだなこれ、バランス取るの難しい。


 そして縄梯子を順番に登って……なんで俺の直ぐ後にティガーナさんが登ってるの?


 一人一人順番の予定のはずだよね?


「サチ坊が落ちたら私が受け止めるからね! 安心していいよ」


 そう言われたら俺も拒めない……縄の強度大丈夫かなぁ?


 ほらティガーナさんって体格いいじゃない? 俺の倍……は言い過ぎだけど、体重も俺より多いだ――


 バキッ!


 俺の背後というか直下からそんな音が聞こえた。



 チロっと下を見ると、ティガーナさんが縄梯子の足を乗せる部分の枝を踏み折っていた……。


 下を見る俺と上を見てくるティガーナさんと目が合う……フルフルフルと顔を横に振り、違うの! と言いたげな表情で頭を横に振りながら俺を見て来るティガーナさん。


 まぁ縄が無事なら大丈夫だろ、今は登る事が優先だとばかりに何も答えずに先を進む俺だった。


 それまで周囲の兵士から微かな雑談の声とかが聞こえていたのに、ティガーナさんがその重みで足場の枝をへし折ってからは、誰も一切声を発する事が無かった……。


 うん、君ら、静かすぎるのもティガーナさんの心にダメージがいくからさ、普通に雑談とかしてなよ! いつも陽気な兵隊達じゃんか! なんで今は声を出したら負けのごとく無口になってんだよ……。


 っと崖上の兵士さんに引っ張り上げて貰った。


 俺の後ろからティガーナさんも崖上に登って……。


「違うの、違うのよサチ坊! あれは、私が重いからじゃなくってね? ……そう、枝がおかしかったの! 本当よ? 本当なんだからね?」


 崖から少し離れていた俺に即座に近寄って早口でそんな事を説明してくるティガーナさんだった、斥候役の人は一本一本踏んで確かめてたとは言えないよな、まぁあれだ。


「ずっと水に晒されてましたし、足場用の木の枝が腐ってもしょうがないですよティガーナさん、なにより落ちて怪我とかしないで良かったです、大丈夫でしたか?」


 話を少しずらして終わりにしてあげる事が優しさだろうて。


「う、うん、そう、ずっと水に晒されてたものね? しょうがないね、ちょっと体勢を崩しただけで怪我はまったくないよ、サチ坊は優しい子だね」


 俺の話に乗ってきてくれたティガーナさんは笑顔に戻り、俺の頭の角の無い部分をナデナデして来るのであった。


 ……まぁそういう事にしておこう。


 虎獣人で体も成長し切った19歳のティガーナさんは身長も180センチを超えているイメージで、虎獣人としての体格の良さも備えている。


 といっても女性としての美しさも備えているし、筋肉美? ともいうべきだろうか。


 モデルも出来そうな身長の高い美人のお姉さんが、筋肉もお胸も大盛に付いている、という感じだ。


 それに皮とはいえ全身フル装備だしな。


 その体重は……計算するのはやめておこう。



 全員が登り切ったので、俺はまず最初に拠点にした湧き水の出る地点に案内をする、飲み水は〈水生成〉持ちがいるけど、それ以外にも色々水は使うからね、綺麗な水が確保できるならそれに越したことはない。


 ……。



 ……。



 ふむ……俺が出かけた時のままだなぁこれ、獣とかが居ない証拠になりそうだ。


 現地についてその状況を一目見て異常が無い事を確認すると背後を振り返り。


「ここが僕が作った拠点です……ってどうしました皆さん?」


 俺の背後についてきていた部隊の皆してポカーンと口を開けて声を出さない?


 何事だ?


 最初に我を取り戻したのはガラハドさんで。


「坊主、これを一人で作り上げたのか? 最初に気付いた時はわずかな荷物しか持ってなかったって話じゃなかったか?」


「そうですよ?」


 いや、ガラハドさんに嘘ついても仕方ないじゃないですか、どうしたの?


「サチ坊……私の目には仮拠点というより……に見えるんだけど……」


「ああ、あの素晴らしさがティガーナさんにも判って頂けますか!? 最初はね、寝るだけの小さな天井も低い箱の様な物を作ったんですが……魔物の襲撃も無しい、水も食い物もそこそこあるんでこう……張り切っちゃいまして、いやぁ……塩が有ったたらもっと住んでいたんですけどねぇ」


 俺は頑張って作ったもどきを再度見る、うんうん、道具が少ない割りに頑張ったんだよねぇこれ……。


 ≪獣化≫ダブルで木をへし折って作ったから木がまだ乾いてないし、時間が立てば隙間や歪みとかがすぐ出来ちゃうだろうけども……子供の隠れ家的な? そんな雰囲気を醸し出す中々の出来だと自負しているのですよ。



「ではかまどと薪小屋の方も案内しますね」


 俺の家に感心をしてくれているだろう皆の反応が嬉しくて全てを細やかに案内する事に決めた俺だった。


「いや、有り得ないだろう? ……なぁ?」


 ガラハドさんが周囲に居る兵達に同意を求める声が聞こえる気もしたが、一切を無視して案内を続ける事にした。


 目の前にある物を否定するなんて駄目だよ、有るのだから有り得るのだと教える為に俺は動く。






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