第104話 苦しい抱擁

 彼女はそこを拠点と言った。


 だが俺から言わせて貰えば……。


「砦だよねこれ」


 こんばんは、たぶん山羊獣人で10代前半くらいのサチです。



 草原でトカゲから助けて? くれたティガーナさんに付いていく事1時間程。


 その場所に着いた。


 思った通りの森の険しさの中、木の柵で周囲を囲ってあり、さらに木々の間に頑丈そうなツタを幾重にも張り巡らして周囲からも木の上の頭上からの侵入すら難しくしてある。


 木の柵の周りや張り巡らされたツタには逆茂木が各所に設置してあり、その尖った木の枝を強引に突破すれば無事で済まなそうに思える、


 入口も立派な門と堀があって跳ね橋構造なのが判る……。


 戦争でもしてるんじゃろか? なんだこの用意周到さは。


 ……。


「どうしたのサチ坊、はやくおいで、この中なら安心だから、その妙な木の枝の鎧も脱いで大丈夫だよ」


 ティガーナさんが拠点の中に入って周囲を観察している俺の側にやってきて、俺の手を取って中央へと歩いて行く。


 俺は促されるままについていく、ちなみに握った手は広場に着くまで放してくれなかった。


 拠点中央にある広場に着くと、拠点の留守番なんかも合流をして獲物の処理やらをし始め、外から帰って来た人らは鎧なんかを脱いで水を貰ったりして寛いでいる。


「ほら、サチ坊もそんな鎧は脱いじゃおう? それとも私が脱がしてあげようか?」


 なぜかそう言って俺の当世具足のなりそこないみたいな木枝鎧を脱がせにかかるティガーナさん。


「あ、大丈夫です、今脱ぎますから」


 そう言って俺は鎧を外していく、これってば装備するのも外すのも大変なんだよねぇ……、もっと色々道具や材料があれば簡単に着脱できる方式にする事も可能なんだけどね。


 ……。


 ……。


「ふぅ……」


 周囲の人達と同じく鎧を脱ぎ去って一息つく俺、広場の各地に置いてある椅子代わりであろう丸太に座って一息つく。


 うあぁ汗で服がびっしょりだな……って一回池を泳いだせいもあるか、どっちにしろ濡れてて体にピタっと張り付いてくる感触が気持ち悪い、はよ着替えないとな、っても下着しか変えが無い訳ですが。


「はいサチ坊、これを飲むといい、この拠点の水は〈水生成〉で賄っているから安全だよ」


 ティガーナさんも鎧を抜いでいつのまにか着替えていた、水の入っているであろうコップを俺に差し出しているので、ありがたく受け取る。


「ありがとうございますティガーナさん」


 受け取ったコップから水を一口、コクッ、うん水だね、美味しいけど、実は崖上の湧き水の方が美味しい気がするとか言えないな。


 一息に飲み干してから服を脱ぎ、当世具足風鎧の上に置いて乾かせる、下着も変えないと思い、荷物の中にある代えの下着を取り出す。


 あ、ちゃんと池を泳ぐ時の事を考えて、使い捨てのいかだ船みたいなのを作って荷物を載せて渡ったので荷物は水没していません。


 下着を脱ぎたいのだが視線を感じる……。


「あのティガーナさん? 下着も変えたいのでよそを向いてくれませんか?」


 何故か俺の事をじっと見ているのだよね、この虎獣人のお姉さんは。


 他の冒険者っぽい人達も着替えをしているのにさ。


「あ、あああ、すまない! 小さいのに意外と鍛えているのだなと思って見てしまっていたんだ」


 そう言いながらティガーナさんが空を見上げてくれたので、俺はパンツを脱いで着替えていく。


 そういや、老人の時とか多少痩せている時はあるけども、不自然に太った状態で転生した事とかは無いかもなぁ? 転生の設定がそうなっているのかな?


 それに転生を繰り返していると能力が全体的に上がってきている感じはする、それに合わせる様に体は鍛えられている物になって来ている気はするんだよね、老人の時も鍛えた老人が年齢で痩せた感じと言えば判るだろうか?


 下着のパンツは着たけれども、服はまだ濡れているので上半身は裸です、せっかくなので筋肉に力を入れて確認をば。


 ふーむ鍛えられているといっても獣人の種族によって違うのだよな……種族ごとの平均値に転生バフが乗せられている? ドワーフの頃に比べて山羊獣人は足の筋肉が増している様な……。


「そろそろ見ていいかなサチ坊……ってまだ裸じゃないの!」


 ティガーナさんが何故かオロオロと動揺をしていて、背の高い勝気そうな女性かと思ったけどなんかちょっと可愛いなこの人。


「服はこれ一着しか無いので乾かし中なんですよ、それにあそこらの男性陣も上半身裸じゃないですか、何か問題ありますか?」


 俺は少し離れた地点にいる、他の冒険者達を指さした。


「あいつらは年上のおっさんだから良いのよ! 誰か! サチ坊に代えの服を用意してやってちょーだい!」


 おっさんって……うーんほとんど全員が二十代後半って感じの油の乗った頃合いに見えるんだがな、ティガーナさんの発言を聞いたのか、先程の撤退を進言していた犬獣人さんが服を持って来てくれた。


「ほれ、ちょっと大きいが我慢してくれ坊主」


「ありがとうございます、大きい分はどうにかしますので大丈夫です」


「ガラハド、ありがとう」


 ティガーナさんが犬獣人さんに声をかけている、ガラハドさんって言うらしい?


 ガラハドさんは白と灰色の毛色で……シベリアンハスキー? な感じで、犬8の人2って所で顔も犬の狼男系だ、たぶんこの人だけちょっと集団の中で歳が上っぽくて……30代半ば?


 ティガーナさんは虎3の人7くらいの比率だと思う、今生の俺と同じだね


 まぁいいや、服を広げてサイズの確認、むーん、成程ちょっと大きいな、というか俺が小さいんだろうな、ここらをまくりあげて、こっちはヒモで縛れば……後で〈細工〉でどうにか改造するか、こうなると服飾系の能力も欲しくなるね。


〈細工〉は結構万能だが色々な所で役に立つ器用貧乏さんって所だから、それぞれの特化能力を補佐する能力ってイメージがある。



 俺が着替えたのを確認した犬獣人のガラハドさんが俺の前に丸太を引っ張って来て座り、口を開いた、ティガーナさんもそのナナメ後ろあたりに丸太を持って来て座っている。


「さて、坊主、お前みたいな子供が何故あんな所に一人で居たのか教えてくれるか? 嘘はつくなよ?」


 ふーむ、情報収集する前に俺の情報を尋ねられてしまった、まぁ当たり前か。


「何故か……うーん、難しいですねその質問は……」


 誤魔化しているのではなく俺も転生ガチャの事を良く判ってないので説明が難しいのだ。


 ティガーナさんは尋問めいた話になり俺を心配そうに見ているが口を出しては来ない……これは……そういう事か?


「一言で言うのならば、何故僕がここに居るのかは神のみぞ知るという事です」


「はぁ!? いや待て……それはどういう……」


 ガラハドさんは俺の言葉を聞いて困惑をし、それを見ているティガーナさんも驚いている。


 ああうん、反応を見る限りにおいて、やっぱり、そっち系の能力持ちかなこの人は。


 それなら嘘は言えないからえーっと……。


「それと僕の記憶の一部が読み取れない状況でして、人生の全てを説明をしろとか言われると非常に困ってしまうのです」


 うん、嘘は一切ついていない!


「ん? ああ! 記憶喪失なのか? 言い方がおかしいから何事かと思ったぜ……」


 俺はその言葉に対して顔をコテンと横に倒して、よく判りませーんという表情をするのみに留めた、肯定も否定もせず口は開きません!


「ガラハド?」

「ああ、お嬢、えー、この坊主は特に嘘をついている感じはしないが……なぁ坊主、ここに居る理由を説明出来る様な何かを覚えている事はないか?」


 うーん、ここに居る理由ねぇ、転生ガチャ? 神様のお導き? ……素直にいくか。


「目が覚めたらあそこの崖の上の草原に居ました、何故あそこに居たのかは僕も詳しく理解してないので説明が難しいです、それと僕の物かどうかも判らない荷物が近くに転がっていたので拝借して、生きる為に道具や防具を作り、そして人の文明圏を探そうとしたら……ティガーナさん達にお会いしました」


 うん、ウソはまったく言ってないな!


「どうなのガラハド?」

「ああ、お嬢……嘘はついてないな……未踏破の崖上の情報が手に入りそうなのは良かったが……肝心な坊主の身の上が……」


 細かい突っ込みを入れられるのもあれだな、ならばこちらから質問をしていこう。


「それでティガーナさんにガラハドさん、ちょっとお聞きしたい事があるのですけど」


「どうしたのサチ坊」

「ん、なんだ? 坊主」


「ええ、僕は……何獣人に見えて、何歳に見えるのか教えてくれませんか?」


「え?」

「ちょっと待て坊主、お前は自分が何の獣人であるかも、そして年齢すらも判らないと?」


「はい判っていません……まぁ角を触った感じでなんとなく山羊獣人かな? とは思っていますけど、水を使った鏡だと年齢とかよく判んないんですよね……」


「そんな……サチ坊……」

「……結構ガチな記憶喪失かよ、ん? するとサチって名前はどうなんだ?」


「その名前は、崖上の草原で気が付いてから自分で付けた名前です、僕の……この世界にいるかどうか知りませんが、両親や親族がつけた名前では無いのは確かです」


 そう言って、少しはかない笑みを浮かべて見せた。


 すると。


「サチ坊!」


 ガバッっと、ティガーナさんが俺に抱き着いて来た、すでに彼女も鎧を脱いでただの服の状態なので、身長の高い大柄なティガーナさんのその柔らかい胸が俺の顔面を押さえつけてている、息がし辛い、が、この感触の為なら我慢も出来る。


 いやまさかここまで同情してくれるとは……適当に話が逸れればいいかなって思っただけなんだけど、ちょっと悪い事したかなぁ、あとで自分の状況はまったく気にしてないからと説明をしておこう。


「坊主、俺から見るとお前さんは山羊獣人で歳の頃は……12か13かって所だと思える、お嬢はどう思う?」


「大丈夫、大丈夫だからねサチ坊、私が貴方を守ってあげるからね」


 ガラハドさんの問いかけにも気づかずにティガーナさんは俺を抱きしめ続ける、そろそろ、いや、そろそろ息が苦しくて……離れてくれないかな? ムニュムニュとした感触は楽しかったんだが。


 虎獣人の力強さでムギュっと抱きしめられると逃げ場が……さっきからティガーナさんにタップアウトで降伏を宣言しているのに気付いてくれない!


 てかそんな文化無かったわ! 俺の能力や力を使えば無理やり抜け出る事は出来るのだけど……どうせなら祝福を受けるまではあんまり特殊な力は見せたくないので、か弱い山羊獣人だと思わせた……ティガーナ……さ……ん……。



「ん? 坊主? おい!? ちょっとお嬢! 離してやれっての! 坊主の様子がおかしいって! お嬢!?」


「安心してねサチ坊、私がお早うからお休みまでしっかり側に居て守ってあげるからね」


 ……俺の今生は……ここまでかもしれん……だが、美人女性の胸に抱かれて死ぬのなら本望かもしれない。


「お嬢!!! 坊主の顔色がおかしな事になってるから! ちょ! 離せっての!」


 ……。



 ……。



 ――

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