第99話 やった事

 その職場は……すごいホワイトだった。


 俺はさぁ絶対にブラックになると思ったんだよ、だけども、蓋を開けたら十日に二日は休みで。


 さらに勤務時間が9時5時……まぁ太陽も見えない地下なので大体そんな感じというイメージで聞いてくれ、時計みたいな魔道具はあるらしいけど貴重な品だから、それを元に鳴らしている鐘の音で時間を知るのが普通だ。


 働く時間が一日の三分の一だったって思ってくれればいい。


 休憩時感もきっちり有り、尚且つ上級職人並みの飯が食える……。


 ドワーフ達は本当に酒が好きなんだなぁと思いつつ、今日も麦酒を作っています。


 そもそもこの世界の酒造りは発酵の実なんて呼ばれている物があるので簡単……いや、理不尽ともいうべき物なんだけど。


 俺の〈醸造〉スキルはそれをさらに輪をかけて理不尽の極みだ、だって材料があって味に拘らなければ、スキルを使い慣れた今なら二日で普通の酒が出来ちゃうんだぜ?


 味に拘って美味しくしようとすると、もうちょっと時間かかるけど。


「「「レオン様、追加の材料も運び終わりました!」」」


「ありがとうございます」


 俺は簡素な返事だけをして酒造りに集中する……。


 俺の新しい臨時の職場である〈醸造〉を使った酒造りの仕事場には俺だけでなく、王族や貴族のお嬢さんドワーフ達がお手伝いをしてくれている。


 俺は簡素な返事をして仕事に集中をしている……だってこれってさ、どう考えてもお見合いだよね、と理解しているから……。


 もしここで仲良くなってしまったら、〈醸造〉目当ての種馬にされてしまう気がして怖いねん。


 それに、ここの士族のドワーフってこう子供くらいの背丈で横幅が広い感じでさ……どうにも俺はそういう目で彼女らを見れないんだよね……性格はすごく良さそうなんだけどさぁ。


 ガタイの良い子供相手と思うとどうにもね……彼女らは精神的には大人なんだけどね、見た目で引っ張られるのは前世の知識のせいなんだろうね。


 彼女達の事を王族とか貴族とか言っているけど、ドワーフ族の場合、お互いに押し付け合う職というイメージらしい、権力はあるけど好き勝手に出来る訳でもなく、様々な部署の調整やら外交やらと面倒な仕事をする係という認識。


 ドワーフ族は王様になるより職人仕事がしたい派が多いという話で、さすが職人集団な一族だけはあると思った。


 ドワーフ族が上からの調整話に文句をつけた時に言われる一言が『そんなに言うならお前が王様に成ればいいだろ!?』だそうだ……そう言われると自分の職人仕事の予算やらの話も素直に受けるらしいよ。


 人族の国家じゃ考えられないね?



 まぁ仕事をしよう、俺は用意された材料が詰まった大きな樽に発酵の実をポイッと投げ入れて〈醸造〉を使っていく。


 しばらく能力を使ったら、後は温度管理に気をつけて置いて置けばあら不思議、お酒が出来ちゃう。


 そうそう、この発酵の実なんだけどさ、ドワーフの世界では命の実とか神の実って呼ばれていてさ……それを生らせる木がご神木として王家の管理する庭園に一杯連なっているの。


 人工的な太陽の光を再現する魔道具まで使ってるんだぜ……さすが酒好きなドワーフの国だ。


 おかげで俺は酒造りが捗っちゃう訳です、足りなくなったら植物の成長を促進させる能力持ちが頑張って発酵の実を量産してくれるからね、元より倉庫に大量にあったからそこまでしないでも済むかな?


 そして一つ……二つ? ドワーフあるあるなお話しを披露しよう。


 今俺が酒造りに使っている麦なんだけども、所謂備蓄用の麦で、一般流通させる物とは別枠の物だ、これは毎年毎年新しい物を倉庫に仕舞いっていくんだけど、さすがドワーフというかその倉庫が丸ごと魔道具らしくって……倉庫を閉めると中の時間の進みが遅くなる代物らしい。


 ドワーフすごくねぇ? でも獣人国家には魔道具が広がって無かった……質より量の生産を許せないのもドワーフらしいというか、なんというか……。


 それでも何十年も前の麦は悪くなってしまうので、古い物から家畜の餌にしているらしいんだ、つまりいざとなればドワーフ王国数十年の分の備蓄があるって事で、ここのドワーフ士族の王族とか指導者層はやるなぁと思ったさ。


 でもね、俺はすぐ手の平を返しました。


 なんでか?


 そりゃぁ……酒の味が悪くなるのが嫌だからとの備蓄麦から酒造りの材料にしろって言ってくるんだもんあの人達! もうね、あほか! と、むしろ、さすがドワーフ! とも言えるんだけど……。


 君らどんだけ酒が好きやねん、せめて中くらいの年代の物にしませんかって俺が聞いたら、絶句しつつ珍妙な生き物を見る目で見られちゃったよ……そうかぁ……俺の意見の方が異端なのね、と思い知った。



「ゴクゴク、レオン様の作る麦酒は美味しいですよね」

「ゴクゴク、本当に、素晴らしいと思います」

「ゴクゴク、ええ、今はお仕事中なので集中しておられますが、それが終わったらぜひお話し等をしましょう」


 彼女達は数日前に仕込んで出来上がった麦酒を布で漉しながら出来を確かめる仕事をしている、まぁ味見だね。


 いやまて。


 あじみ? 俺の辞書に書いてある味見ってのは、一口というかペロッって舐めるくらいの事を言うのだが、彼女らはジョッキ一杯を飲む事を味見と言うらしい。


 見た目が小学高学年くらいの子でもドワーフはドワーフだな。


 太ってるというより横幅が少し広めな小学校高学年の女子、な。


 男共はもう少し背が高くて中学生くらい? 彼女らは俺と同い年の17歳前後らしくて成人していて成長はほぼ止まっているから、これ以上はほとんど高くならないんだよね。


 ねぇ君達さぁ、一つの樽を三人で味見する必要ある? 一人でよくね?


 でも声をかけて会話が始まると、喜々としてお見合いが始まってしまいそうなので、なるべく仕事以外の話はしないようにしている。


 俺自身もドワーフだし、相対的に身長の高さとか判らなくね? とか思うかもだが、ドワーフ王国とはいえドワーフだけが居る訳じゃないんだよ。


 輸出入をしているって事は外から商売人とかが来ているし、ドワーフ族以外の種族もちょこっとだけ住み着いている場合もある。


 なのでそんな彼ら彼女らの背の高さを見るに、やっぱりドワーフってのは背が低めなんだなってのが判る訳。


 ドワーフ基準の建物が多いから移住してくる人には住み辛いだろうとは思う、もしか、わざとそうしているのかもしれない?


 排除するほどでは無いけれど、わざわざ他種族を受け入れる程でも無いって感じ?



 とまぁ色々な事を考えつつ仕事をしていく、俺はほぼ動かずに材料やらは全部お手伝いの女性達が運んだりしてくれている、本当に良く働くいい子達ではあるんだよ、味見がジョッキで一杯とかもドワーフ感覚では普通かもだし。



 ゴーーン、ゴーン、鐘の鳴る音が部屋の外から響いて来る、この鐘の音って魔道具でさ、近くても遠くても同じ音が聞こえるという、謎な仕様なんだよね、音の振動を伝えるのでは無く、音を感じる感覚を魔法で飛ばしているとかなんとか……。


 すごいですね! って説明してくれた王女様には言っておいたけど、よく判ってない俺が居る。


 この音が聞こえるという事は。


「レオン様、時間ですのでお仕事を終わりにしましょう」


「はい、王女殿下、丁度終わりましたので終わりにして帰りますね、お疲れ様です」


 もう様付けをやめてくれとも言わなくなった俺である、聞き入れてくれなかったしな。


 そそくさと帰ろうとする俺の両肩がそれぞれ違う人間にガシッっと掴まれた。


「あの、帰りたいのですけど」


 俺の肩を掴んでいるのは当然一緒に働いていた女子達で。


「せっかくですので夕餉を共に頂きませんか? レオン様」

「そうです、それにレオン様が樽を作る職人と共に作り上げた新しいお酒の事もお聞きしませんと」

「いつもいつも素っ気ないなんですから、こうなったら私達も積極的に行く事に決めたのです」



 いつもなら逃がしてくれたのに、何か今日は様子が違う……草食系から肉食系に変わった? いや……この人らは酒豪系だった!


 新しい酒って……他の人には内緒にしてくれって言っておいたのにあの樽職人め!


 俺が作った麦酒はその一部が報酬として俺の物になる契約になってるんだけどさ、毎日毎日毎日と百樽以上の麦酒を作ってるんだ、そしてそのうちの3%が俺の物だから、一日に麦酒が3樽も俺の物になるの。


 もうすでに二か月は働いているから200樽近くが俺の物に。


 一日で樽3個だよ? いくら飲兵衛でも飲みきれないよね、だから、〈醸造〉を使った酒造りの筆頭という、それなりの地位を貰った権力を使って他の職人達に声をかけて……ウィスキーを作る事にしたんだ。


 元々蒸留酒は作られてたから技術も道具もある、ドワーフの蒸留酒、まぁ火酒なんて呼ばれている酒は透明に近い物なんだけど、すっごい酒精が濃い奴だ。


 俺は麦酒の樽を提供して代わりに火酒を貰うと、樽職人に頼んでわざと樽の内部を焦がした物の中に入れた。


 そうして仕事以外の時間に〈醸造〉を、火酒を入れたその樽に使ってやるとあら不思議! 普通は最低でも半年とかかかるウィスキーが出来上がっちゃう。


 祝福スキルは理不尽な物ってのが良く判る話だよね。


 どうせならと香りや味がどう変化するのかを様々な木材での小さな樽で試している所だったのに……やっぱ樽職人から漏れたんだよね? 内緒にしたら新しい酒を飲ませてやるって言ったのにな。


 とツラツラと考えている俺は、3人の力強いドワーフのお嬢さん達によって運ばれている……いるじゃなく、本当の意味でいる……ドワーフって種族的に力が強いからね……俺神輿という状態だ。


 ウィスキーは女神像を作る仕事に戻る為の交渉材料にしようと思ってたんだけどな、どうなっちゃうんだろ、三人のお嬢様方は何故か夜のお話しもしているんだが気のせいか?


 ……俺……どうなっちゃうんだろうか。




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