第98話 やれない事

「レオー蹄鉄投げするぞー」


「レオーン、馬になれー」


「レオンーお腹空いたーご飯ー」



 ……むう……。


 こんにちは、男ドワーフで17歳のナイスガイ、レオンです。



 どうしてかなぁ、なんかこう男に軽んじられるというか……子供にすら下っ端に見られるというか……うーん。


 もしかして男に無条件に嫌われる呪いがまだ解けてない可能性があるかも?


 なんでこう思うかっていうとね、女の子達はここまで酷くないというか、前世の知識にある女の子達と反応がほぼ同じなのよ。


 男の子がヤンチャなのとかは当たり前といえば当たり前なんだけど……なんつーかこう、年上に対する尊敬の念というかリスペクトみたいなのが皆無というか……。


 困ったもんだなぁ。


 俺は床にあぐら座りして、各所にちびっこドワーフ達が俺登りを楽しんでいるのを放置しつつ考えている。


 早く女神像を彫る部門の予算が欲しい、今9月だからもうちょいか、あと3か月程も、このちみっこ共の相手をせねばいかんのか……。


 今生の俺はドワーフな訳だけど、子供達の素直な意見を聞くと、イケメンでは無いらしい、女の子達が言うにはぶさめんでも無く、中の中か、中の下といった所らしい、まぁ職人としての腕が無かったらモテる事は諦めろと言われた。


 小さい子ってば素直だから辛辣だよね! でも評価の中に職人の腕が出て来るあたりにドワーフを感じる。


 俺は今生も女神像を作る仕事をする訳だが……セクシー女神像の出来に職人技を感じてくれるだろうか? ……まいいや来世で楽する為に文化や技術レベルを上げていく事に注力するか、前世のクランク博士みたいな人がドワーフの中にも居ればいいのだけどな。


 人間世界の頃はクランク博士が居たからすっげー楽だったみたい……こっちの世界は、獣人は脳筋だから、ドワーフの職人主義に光明を見出すしか……はぁ……魔道具の溢れる便利な世界が懐かしい。


 トイレだけはスライムがいるから良かったとまじで思う。


 下水を作る技術が無くても大丈夫だからね、世界を浄化するスライムが実は最上位種なんじゃね? とか思っちゃう事もある。



 ……。



 ……。



 ――


「え? それ大丈夫なんですか?」


 今日も今日とて教会で子供達への勉強を教え、今は子供も全員家に帰って後片付けも終わり、教会の責任者である助祭さんとお茶……というか酒を飲みながら会話中、助祭さんは男でヒゲもっさりな40代のドワーフだ。


 子供達を預かる時はご近所からお手伝いを呼んでいるが、この教会に住んでいるのはこの助祭さんと若いドワーフの修道士が一人だけ。


「うむ、ドワーフ王国が地下にあるが故の問題だな」


「それで主要な地下通路が崩落したとはいえ、予備の地下通路なんて一杯あるんじゃないんですか?」


 どうもこの地下大空洞にあるドワーフ王国と外部を繋いでいる地下通路がいくつか崩落してしまったらしい。


 俺はこの国の細かい事情とか知らんので、こういう時に情報を少しでも引き出しておきたい。


「ただの事故ならそれで問題は無いだろう、だがな、我らドワーフ族が作った地下通路だぞ? 事故であるはずが無い」


 そういやドワーフは職人集団だものな、そんな半端な地下通路を作るはず無いか……。


「つまり?」


「何者かの攻撃か……まぁ一番有り得るのが土属性の魔物かの」


 モグラとかミミズか……この世界だとワームとかいうすっごいでかいミミズの魔物の話とかもあるし、そういうのが近くにいるかもなのか、すっげぇ嫌だなそれ。


「馬車が通れる大きさの重要な地下通路付近に魔物が居るとなると、修理も難しいし……物資の輸出入が滞って色々困りそうですね……」


 馬車が通れるサイズの地下通路が崩れたんじゃなぁ……飯とか大丈夫だろうか?


「そうなんじゃよ……」


「……飯とか心配ですね」

「……酒が心配じゃな」


「ん?」

「お?」


「助祭様、まず心配するべきは飯じゃないんですか? 酒は無くても死なないでしょう?」


「レオン……お前さん何言うておるんじゃ、ドワーフが酒を飲まずに生きていける訳なかろうが! 飯なんぞ非常時用にと王宮の地下に麦や塩やらが大量に備蓄してあるわい」


「それなら安心ですね……」


「酒の輸入に問題が出るっちゅーとろうが! 何が安心なんじゃ、変な奴じゃのうレオンは」


 助祭のおっちゃんは俺との意識の違いにちょっと憤っている。


 てーかなんで酒の輸入に拘るんだか……麦があるなら造ればいいじゃんかよ。


 あーあれか、ドワーフだし造れば造っただけその場で消費しちゃうとかなのかなぁ? それだと飯が無くなるから輸入だけにしているとか?


「非常用の麦を酒にする訳にもいきませんしね」


「ん? 何を言うとるんじゃレオン」


「いやだから自分達で酒を造るにしても備蓄してある麦を使う訳にいかないなーって話をね」


 ん? 助祭さんが急に難しい表情をして黙ってしまった、何か考えているのかな?


 まぁ話が終わりならこれくらいにするか、実際問題輸出入が滞るなら飯の配給分が減ったりしそうで嫌だなぁ。


 とかなんとか考えながら麦酒を飲み終わった、この体のせいなのか、いくら飲んでも悪酔いしないんだよね。


 とはいえ、俺はそこまで酒が好きって訳じゃなくてさ、子供のドワーフが飲むとされている苔茶とかも好きなんだけどな。


「のうレオン」


 助祭さんが、そろそろ帰ろうかと考えていた俺に、声をかけて来た。


「なんですか?」


「麦からどうやって酒を造るか知っておるか?」


 酒の造りかた? いやそんなのさぁ。


「そりゃ〈醸造〉を使って麦と水や薬草やら酵母の実を使ってこう……まぁ人によって材料は多少変わると思いますけど、それが何か?」


「ドワーフ王国で造られる酒は全て人の手で一から〈醸造〉を使わずに長期間かけて造られているのは、勿論知っているんじゃろ?」


 え? なにそれ、初耳なんですけど……。


「そうだったんですね、俺は記憶が一部欠けているので知りませんでした、ああ、だから足りない分を外から輸入しているんですね、納得しました」


 そういう事か、ドワーフの酒の消費量だと祝福を使わない造り方をしてたら、そりゃ足りないよね。


 欠けてる記憶は設定上の話だけどね、ああでもリリアンの時の記憶は欠けているから間違っちゃいないか、なんちゃって。


「そうか、レオンは記憶が……普通なら出来上がるまで長時間かかる酒造りをそんな気軽にやる話なんぞしないんじゃがな……」


「ああ、備蓄の麦からの話ですね、ドワーフはさすが職人なんですねぇ、味に拘って一からやるなんてすごいと思います」


か……レオンはドワーフが何故かという事は知っておるか?」


 え? 種族によって手に入る祝福の確率が変わるとかあるの?


「え……いや初めて聞きました」


「ふむ、ならば、じゃ、まるで〈醸造〉を使うのを当たり前の様に話しているのは……お主が〈醸造〉の祝福を持って居るからじゃな?」


 うへ、そこに気付くかぁ……ドワーフは酒に対する勘が強いとかなのかなぁ、でも残念、ここでそれをバラしちゃうと女神像の製造係から外されそうなので、嘘をつきます。


「いやいやそんなまさか、俺が持っているのは〈木工〉ですってば」


「……〈醸造〉の祝福を持っているのじゃな?」


 く、しつこい……。


「持ってませんよ?」


「ふむ……実はなレオン、儂が何故教会の助祭なんかをしているかというとな、〈看破〉の祝福持ちでな」


 うげ……それって……。


「あはは……えーと……」


「判っておるようじゃの、お前さんは嘘をついたな? ……〈醸造〉の祝福を持っているな?」


「あ……はい……モッテマス」


「成程なぁ……祝福は自分の為に使えという女神様の教えもあるが……なぁレオン」


「えーと……なんですか助祭様……」


「仲間であるドワーフ族の危機を救う為に、その〈醸造〉を……使ってくれるじゃろ?」


 いやいやいや、ドワーフ族の酒に対しての底なし胃袋の為に〈醸造〉を使ったら、もうその仕事から抜け出せないじゃんか、嫌だってば……絶対にブラックな職場になるだろそれ。


「い、いやぁ俺は女神像をですね……」


 どうにか逃げられないかと抵抗を試みるも。


「さすがにこの重大な件は王家に報告せねばならん、そうなれば場合によっては強権が発動するかもしれぬ……だがの、崩落した地下通路が復旧するまでの間に、自ら酒造りの奉仕をすると宣言をしたとなれば……通路が復旧した後は皆に感謝されて元の仕事場に戻れる可能性もあるのではないかと……儂は思うんじゃがの?」


 助祭様は許してくれなかった。


「……はい、仲間の為に一肌脱ごうと思います……」


「おお、ありがたい話じゃて、では……城に行くとするかの?」


「了解しました……」


 こうして俺は。


 一時的に輸入の難しくなりそうな酒を造る仕事をする事になる。


 自分のやりたい仕事を出来る人なんて……なかなか居ないよな。


 神歴1469年 9月


 女神像を作る予算が新たに交付されるのは1月らしいので、3か月くらいなら猶予もある。


 それまでの間にちょろっと違う仕事をするくらいなら、まぁいいかね。


 通路の復旧を急いで下さいお願いします。


 お仕事、頑張るか……。



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