第88話 ケチな女神
「渡り教会ですか? でもイヴリンちゃんは、もう能力を持ってますよね?」
「ああいや……俺の為だ、トトカさんはいつ来るとか知らないか?」
ここはいつものトトカ商会の奥の部屋だ、お店も閉め、通いの従業員らが帰った後にはトトカさんと俺とイヴリン、それとナナツさん他泊まり込みの従業員が数人残るのみだ。
そんな中、夕ご飯も終わり、自由時間とばかりに雑談をしている所だ、イヴリンはナナツさんや他の従業員の娘らと裏庭でお風呂、というか水浴びをして居るはずだ。
俺はトトカさんに監視されてここにいるという訳でもある、前に彼女達の水浴びを覗いたのはわざとじゃないって言ったのに……イヴリンが俺を呼ぶ声がしたから仕方なく出ていっただけなのになぁ……。
「ええ? クロさんって祝福を受けてないんですか? でも≪獣化≫持ってますよねぇ?」
「あれは生まれつき持ってたもんだからな、他は無いんだよ」
「そんな事あるんですねぇ……でも生まれつきって……まるでそれは……」
「それは?」
「……いえ……渡り教会はだいたい数年に一回は訪れるはずですが時期はバラバラなんですよね、経路が一定じゃないみたいで」
「そうかぁ……しかしなんでこんなに教会の力が弱いんだろうな? 祝福なんて民にとって必要なんだし、各街に一か所くらい教会があっても良さそうなもんなのになぁ……」
「ああ、クロさんは噂を聞いた事が無いんですね……」
トトカさんは溜息を吐きながらそんな事言って来た。
「噂?」
「はい、私がこれを言ったとか言いふらさないで下さいね」
「お、おう、おっけー」
「祝福を得る事の出来る神像は、技師が彫った像を神像の前に捧げて神が気に入ると神力が付与されると言われています」
へー、あの神像ってそうやって増えていくのか。
最初の一個はどうすんだろ?
「ふむ」
「ですが我らの神である女神様は……ケチだと言われています」
「ケチ?」
「……はい、その像に神力を卸す事に使う力を惜しんでいるのでは? と世間では噂として流れています」
「なんでまたそんな……」
「神話にはこうあります、魔が蠢く大陸に神の使徒が降り立ち、神はその使途に自身の力をもって加護を与え、魔を打ち払う力と為した、そうして得た小さな領地に自身の力を付与した神像を設置し、人々に祝福を与え、人の生存領域を広げさせる糧と為した、と」
あーあーはいはい、俺の知識の中にあるわ、トロアナ王国の大図書館でそんな感じの書物を読んだかもしれない、それは確か使徒じゃなくて勇者とか書いてあったけど、だいたい流れは一緒だったかも。
あまりに胡散臭いから宗教ってそんなもんだよなぁ、と流し読んで放置した奴だ……。
今思えば本当に神がいるっぽいファンタジー世界なんだから神話とかも本当だった可能性も……どうだろう?
「その神話からなんで女神様とやらがケチなんて話に?」
「自身の力を消費しているという表現なので、神像に滅多に力を付与してくれないのは、その力を出し惜しんでいるのでは? という事らしいです、本当かどうかなんて知りませんが、各街に行き渡る程の神像があれば信仰も深まるだろうに、それを女神様がしないのは……自分達獣人が見捨てられたと思いたくないので、ケチ、という言葉を使っているみたいですね」
なるほどな、獣人が女神様に見捨てられているかもと思いたくないってか、まぁ今でも祝福が貰えるなら見捨てては居ないんじゃないかな? 案外そのケチな女神様ってのが当たってたりな、なんちゃって。
「まぁ話がどうあれ渡り教会が来ないと困るというのは変わらんな、最前線の城塞都市までいけばあるのに……さすがにイヴリンを置いて行く訳にいかねーしなぁ」
「確かにあの城塞都市には小さいけど教会が有りますね、クロさんは行った事あるんですか?」
あ、やべ。
「ん? うん、まぁ、そんな所? だね……」
「戦場経験者ですか、護衛として頼りになりますね」
……行った事あるならなんで祝福を貰わなかったんだとか、突っ込んで来ないのは優しさなのか鈍いからなのか……藪をつつくのはやめておくか。
「あーそれよりトトカさん、新しい商売のタネなんですけども」
「また何か思いついたんですかクロさん! 聞きましょう!」
トトカさんが身を乗り出して聞く体勢になる、話をそらせたようだ、さて話す内容は何に……。
「クーちゃん体拭き終わったよ~、水冷たかった~」
部屋にイヴリンが飛び込んで来て俺に抱き着いた、昔は一張羅だったが今は寝間着を着て居る、質素なワンピース風の物だが、ここらだと上等な服だな。
もう10月だしな、このあたりの気候は前世のトロアナ王国の頃と似ている、まぁ全体的に気温が二度くらい高いかな? って感じの推移だ。
なのでまだギリギリ水浴び出来るけど、そのうちお湯を沸かさないといけないから薪代がかかるってトトカさんはぼやいていたね。
「お待たせしました会頭にクロ殿、お二人も順番に水を浴びて体を拭いてくるといい、道具は置いてありますから」
ナナさんも部屋に入って来てそう言ってくれた。
「そうですね、じゃぁそうしようかな、トトカさん話はまた今度という事で」
そうやって俺は部屋を出ようとするが、トトカさんが立ち上がって俺の側に来てガシッと腕を掴む。
「寸止めはやめて下さいクロさん、内容を聞かないと私はモンモンとしてしまいますよ!」
「いや、また今度、時間のある時でもいいじゃないですか、それより汗を流したいんですけど……てかトトカさんもまだですよね? お先どうぞ」
「だからさっきの事を聞かないとモンモンとすると!」
「ふむ……なら一緒に水浴びをしながら話しましょうか?」
「なるほど! ではそれで行きましょうクロさん!」
俺とトトカさんが裏庭に向けて歩いて――
「『なるほど!』じゃないですよ会頭! 落ち着いて下さい! 自分の言動を良くふり返って下さいってば!」
ナナさんがトトカさんの襟首を掴んで止めながら、語り掛けている。
強制的に停止させられたトトカさん、自分の言動を思い出しているのか……しばらくすると顔を真っ赤にして、俺の方をキッっと見ると。
「クロさんのエッチ!」
パシンと頬を引っぱたかれた。
「クーちゃんエッチなの? そういうの駄目だってトトカお姉ちゃん言ってたよ?」
最近、女性としての教育をトトカさんにお願いしている、なのでイヴリンにそんな風に言われてしまった。
ぐぉ……ちゃうねん……あわよくば柔らかそうな生尻が見れるとか思ってないねん……。
イヴリンが沢山の女性に囲まれる事でどんどん女の子として育ってきているのは嬉しいが、その反面、俺への株が大暴落してそうで怖い。
だがしかし、イヴリンは男の意見も知っておくべきなんだ!
という事で。
「イヴリン、男ってのはな、美人の裸なんてのは、いつどんな時でも見たい物なんだよ」
そうして、身を削って教育の糧となる俺であった。
「それは違うと思いますクロさん」
「それは違うぞクロ殿」
二人の女性からの否定が入った、なのでイヴリンは混乱している。
ここは何か言わねば、俺がなんて言おうかと考えている間に。
「イヴリンちゃん、クロさんは人一倍エッチだからね?」
「卑しさは無いがエッチなのは否定できないな」
そうやってイヴリンへと告げられてしまった……。
「むぅー、でもクーちゃんは私にエッチな事をしないよ?」
そりゃぁ……娘みたいに思ってる子相手にはな……。
イヴリンの言葉を聞いて俺達三人は強制的に落ち着いたので……。
「あ、じゃぁ私お先に水浴びしてきますね」
「やっぱり私も護衛として付いていきますよ会頭」
トトカさんとナナさんが二人して部屋を出ていった。
「あ、あれ? お話しの続きは? クーちゃん?」
「うん、イヴリンの一言で終わったんだよ」
「ええぇ? よくわかんないよぉ……うー、クーちゃーん」
俺達の会話のタイミングや無言の中にある意思のすり合わせが理解出来なくてむずがるイヴリン。
まぁさっきのはイヴリンを女性ではなく子ども扱いしていると……わざわざ説明するのもなんとなく可哀想というか嫌だったから話を唐突に終わらせたんだろう。
イヴリンと血が繋がって無い事は説明をしてあるし……話の内容が敏感な部分を突きそうだったからってな……そういうのをなんとなく理解するにはもう少し年を重ねないとな。
俺はイヴリンの父親でもいいんだけどな……イヴリンは俺をそうやって呼ぶ事はしないからな……。
もう少し年を重ねたらイヴリンはどう変わっていくのかね。
ま、なるようになるか。
俺は椅子に座り、そんなイヴリンを俺の膝の上に乗せると、トトカさんの水浴びが終わるまで、イヴリンとの会話に付き合ってあげるのだった。
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