第89話 7月の冷たい雨
◇◇◇
ちょっとだけ残虐なシーンを連想させる物があるので、そういった物が苦手な方は読まない事をお勧めします
次の話に軽いあらすじは乗せるのつもりなのでご安心下さい
◇◇◇
「ありがとうございまーす」
イヴリンが大きな声でお客に挨拶をしている。
俺とイヴリンが出会ってからもう2年か?
トトカ商会に入って一年以上が過ぎた、仕事にも随分と慣れている様で何よりだ。
文字の読み書きと計算もあっという間に覚えてしまったイヴリンは天才だ。
俺が何かをしてあげる事等もうほとんど無く、ただこうして見守るくらい――
「クロ殿、気に成るのは判りますが他の護衛もちゃんとやって下さい」
護衛仲間であるナナさんに注意をされた、はい、ごめんなさい。
お店の店員として出始めたイヴリンの事が気になってね、ほらイヴリンって可愛いだろ? 片耳が無くてもナンパとかされそうだし。
あ、はい、ちゃんとお店全体を見てますので睨まないで下さいナナさん。
トトカ商会は順調に大きくなってきている、元々美味しい干し肉をメインに扱う店だったが、俺が燻製とまでは言わないが最後の仕上げに香りをつける事を提案した。
それがすっごい当たったし、それ以外の商売でもトトカさんは女性らしい細やかさで商売相手に好まれている、商売規模は初期の10倍、お店も数倍の広さになっている。
……。
まぁ問題も無い訳じゃない、商会がでかくなれば目を付けられる、あまり良くない噂のある大手の商会のおっさんにトトカさんが求婚をされている。
スケベ中年でトトカさんと会っている時はいつも彼女の胸を見ている……。
馬鹿野郎! トトカさんはあの柔らかい尻の方が素晴らしいだろう!? あいつは何も判っちゃいねぇクソ野郎だ!
まぁどう見ても商会を吸収したいだけってのが丸わかりなのでトトカさんも断っているのだが、しつけーったらありゃしねぇ……。
どうせ商売の実権を握ったらトトカさんは捨てられるか……それとも娼館にでも売られるか……まぁ碌な目には合わないだろう。
しかも最近じゃチンピラが商売の邪魔をしてきたりする、街には衛視も居るには居るんだが……あんまり役に立たないんだよなぁあいつら……この商業都市って前線がすぐそこじゃん? 腕の立つ獣人はそっちに引っ張られちゃうから、残っているのは……って感じだ。
トトカ商会は女性だらけだから、街の衛視達も鼻の下を伸ばして口だけは達者なんだけどな。
相手のチンピラがこの街で一番勢力を持っているクソ共だからなぁ……。
衛視達と同じ様に腕があるのなら戦場でいくらでも稼げる訳だから、こんな立地で街に居る時点であれなんだが……数がね……ボスと取り巻きで20人を超えるっぽいんだよな。
衛視も正面からぶつかったら被害が出るのを恐れて中々手を出さないんだ。
んでそのチンピラ共は件の中年商人と裏で繋がってそうなんだよね、その商人のライバル商会がいくつも、そのチンピラ共のせいで他所へ逃げていってるからさ。
俺やナナさんがこうやって店先に居て睨みを効かせている時は大丈夫なんだけどな。
ったく、イタチ獣人の求婚を犬獣人であるトトカさんが受ける訳ねーんだから諦めればいいのにな……。
……。
……。
――
フラグってのはさぁ、回収される為にあるんだよな……。
俺はスラム街に住むガキが持ってきた手紙を読みながらそう思った、そうか、一線を越えたか……。
「ごめんなさいクロさん! 私が……私がイヴリンちゃんを妹の様だと外の人間に語った事があるから……」
「いや、悪事はそれを為した奴が悪いんですよ、俺が行きますから、ナナさんちょっと手伝って貰っても?」
「クロ殿……衛視に頼りますか?」
「そうですね、後から来て貰いましょう、まずは俺一人で行くのでナナさんだけは――」
……。
……。
――
ギイッ、木の扉を開けて、古びた今は使われて無い酒場に入る俺、入口を見張っていたチンピラも俺の後に入り扉の前を塞いでいる。
チンピラ共20人が居ると狭く感じるそこには、イヴリンが一番奥で捕まっていた。
その中でボスの虎獣人が口を開く、獣人として上位種ともいえるが、こんな所に居る時点で碌な祝福を持ってないのだろう。
「あん? 誰だこいつ、トトカとかいう犬獣人を呼び出したんじゃないのか?」
虎獣人はそう言って側に居た仲間を蹴り飛ばす。
「いて、すんませんボス、そのはずなんですが、こいつは例の店の護衛ですね、おい! なんでお前が一人で来たんだ! あのトトカって犬獣人は自分の妹が大事じゃないのか?」
ああ、文面を読んでもそうだと思ったが、やはりそんな勘違いをしていたか……。
俺は床に土下座をすると……。
「どうか私の娘を返して下さい! その子はイヴリンはトトカ会頭の妹などではありません、赤の他人です、どうかどうか私の娘を返して下さい!」
そうやって誠心誠意お願いをするのであった。
イヴリンはボスの側にいる獣人に口を押さえられてムームー唸っている、その姿は……。
いや今は良い……無事に帰って来るのなら。
「んだよ……あのイタチのおっさんが言ってた情報が間違いだったのか、こりゃ謝罪金が必要だな、まぁ取り敢えず……耳無しの娘っ子なんて売れないしな……処分しちまうか」
俺の方を向いてニヤリと笑みを浮かべながら虎獣人はそんな事を言って来る。
「どうかご勘弁を! 私はどうなっても構いません! 娘をお返し下さい!」
「へぇ……じゃぁ試してみようか、どうなってもいいんだよな? おいお前らこの護衛のおっさんを武器は使わずぶちのめせ、なぁおっさん、俺がこの酒をひと瓶開けるまで耐えられたら娘は返してやるよ、始めろ!」
虎獣人はそう言って酒の蓋を開けて飲み始める。
俺はその言葉を聞くと立ち上がり何の構えもせずにすべてを受け入れる。
……。
……。
ムームーとイヴリンの唸る声が聞こえる、あんまり暴れるな、イヴリン、俺は大丈夫だから。
チンピラ達は絶え間なく俺を殴り蹴り突き倒す、俺は倒されても倒されても元の位置に戻り、ボスの方を見ている、早く飲み干せ……。
……。
……。
地面に蹲る俺にボスの声がかかる。
「ふぅ、美味かった、良い見世物だったぜおっさん、娘っ子を離してやれ」
ボスの言葉を受けた取り巻きがイヴリンを解き放つ。
「クーちゃん!」
「イヴリン……」
俺に向けて駆けてきたイヴリンは俺に抱き着いて来る、上半身をおこした俺を横から支えるイヴリン……イヴリンを近くで見ると……。
「さて娘も返してやったし、そろそろ処分の時間だな、あの店の護衛というなら放っておけないからな」
虎獣人の声と共にチンピラ達が武器を構えだした。
俺はイヴリンを抱きしめ、待ちやすいような態勢を取る。
ドガンッ! その時入口の扉が勢い良く開き扉の側に居たチンピラが殴り飛ばされてスペースが空く、だがそこに至るまでには他にも何人もチンピラが居る。
なので俺は。
「ウオオオォォォォォォー----ン!!!!!」
≪獣化≫を発動させて雄たけびを上げると、イヴリンを山なりに入口に向けて投げ飛ばす。
そこにはチンピラを殴って倒していたナナさんが居て、イヴリンをキャッチ、そしてすぐさま外に出ていく、打ち合わせ通りだ。
でもごめんナナさんこれから先は少し打ち合わせと変えるよ、俺は周囲にあるテーブルを片手で掴んで振り回しながら次々と入口に向けて放り投げていく。
周囲のテーブルがすべて無くなると、入口には瓦礫の山が出来上がり、簡単には通れそうも無い状況が出来上がる、元々窓なんかはすべて頑丈に閉じてあった、裏口も同じくだ、ならば、これで簡易的な
空の酒瓶を放り投げた虎獣人。
「獣化だと! くそが! 全員でいけ! 狭いこの部屋なら素早い動きも制限されるはずだ! 串刺しにすりゃぁ勝てるぞ!」
「「「「「「おおお!」」」」」」
はぁ? 馬鹿かお前ら、俺はさ、わざとこの狭い空間を作り上げたんだよ、戦闘系祝福の無い俺だと、技は使えない、ならば……捕まえてへし折るのが一番手っ取り早いからよ、この狭さは有難いんだ、覚悟しろよ、基礎能力が元々高くて≪獣化≫でさらにそれが上がっている今の俺は……ゴリラ並みの握力があるからな?
最初の計画ではイヴリンを助ける事が出来たら俺も逃げる予定だったんだが。
気が変わった。
こんな有利な状況はもう無いかもしれない、やつらを全滅に出来る状況は今しかねぇ! 俺は絶対にこいつらを許さない……。
何故なら……イヴリンの白くて可愛い片耳が……無くなって居た……。
一人たりとて逃がさないから……な?
……。
……。
――
――
入口にあったテーブルの残骸をどかし扉をくぐる、扉の外はザーザーといつの間にか雨が降っていた、ペッ、俺は口の中に残っていた虎の首肉を道に吐き捨てた。
そして外の地面に気絶して倒れているチンピラを見つける、ナナさんが気絶させたのだろう、そいつの頭を持って店の中に戻る、ゴキッ、命の消える音をさせながらそれを店の中に投げ込んでおいた。
魔力も切れて≪獣化≫が解けていくのが判る。
降りしきる雨の中をイヴリンの待つ家に向けて歩いていく……。
ザーザーと振る雨はまるでイヴリンと初めてあった時の様だ、あの時は火照った体に丁度良いなんて思ってもいたが……今はちょっと寒いな……時期は同じくらいのはずなのによ……。
俺が歩いている先からナナさんと衛視の集団が見える、それ以外にもトトカさんの商売の繋がりで縁のある男共がかなりの数いるね……皆して棒きれやら武器になりそうな物を持っている。
トトカさんが人を集めてくれたから衛視も動いたのかもな……トトカさんモテるからなぁ、あの中の何人に惚れられているのやら、ククッ、この件が終わった後に手伝ったお礼にとデートくらいは要求されそうだね、無理やり言い寄る奴が居るのなら、また俺が無言の壁になってトトカさんの柔らかい尻を守ってやらないとな。
ん、イヴリンも居るな、俺と目があったら急に走り出した、どうしたイヴリン、そんなに急ぐと転ぶぞ……俺も……近づいてあげないと……あれ、なんでだろ……。
……。
ああ……そうか……俺はもう、倒れているからだな……。
……。
首をあげるのも疲れてきた……ちょっと休もう……。
「クーちゃん!」
イヴリンが俺を呼ぶ声が聞こえる、こんな雨の中、足の白い毛が可愛いイヴリンが俺に近寄る、まるで……初めて出会った……時の……よ…‥う……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます