第87話 裏は無かった

「まいどありがとう御座います!」


 うちの商会の愛嬌のある女性従業員がお客の男性にそう挨拶をしている。


「ああ、また買いに来るよ、それはそれとして、今度俺と飯でも――」


 俺は椅子から立ち上がりその言葉を吐いたイタチ獣人の側にいき腕を組み仁王立ちをする、ギロリッ。


「あ、はは、ここの護衛は仕事熱心だね……冗談、冗談だってばおっちゃん、これからも彼女の護衛を頼むよ? ではまたー」


 そう言ってそそくさと帰って行くイタチ獣人の男だった。


 その言動は俺に対して多少怯えてはいたが……嫌われている感じはしなかった。


「ありがとークロさん!」


 女性従業員からお礼の言葉が来た。


 俺はそのお礼に頷きを返して元の位置、商会の店舗の端っこの椅子に戻った、まだお店には男の客がいるからね、声は出さない。


 てーかさぁ……


 ……ほんとうに、会話をしなきゃ理不尽な嫌われ方をする事は無くなった……まじかよくそ……バグ技でゲームを攻略している気分だよ……。


 そんなの有りか? とね。



 まぁトトカ商会は可愛らしい女性従業員が多いので、男からのナンパを阻止している俺は違う意味で嫌われているかもしれないけどな、それは男としてすごく理解出来るので仕方がない。


 この店の女性従業員は皆訳アリだ、前線に向かって戻らなかった恋人や夫持ちの女性が多い、ここは最前線から近いからね、そういう娘っ子は多いんだ。


 そしてすぐには新しい旦那や恋人を作る気になれない人も居る、だけど、この強さが物を言う獣人社会だと男の相方が居ない女性は損をする事が多い、勿論、強い女性も居るには居るんだが……。



「クロ殿! 交代の時間です、中でご飯が用意されているので変わりましょう」


 俺に元気よく話し掛けてきたこの子なんかも、その強い女性のうちの一人だ。


 コクリっ、頷いてから立ち上がって店の奥に行く俺、その後ろに交代を呼びかけた彼女から声がかかる。


「また後で訓練しましょうねクロ殿!」


 ……彼女、熊獣人のナナさんは戦闘訓練馬鹿だった。


 店の奥の部屋に到達するとテーブルの上にご飯が置いてある、皆忙しいから順番に食べるんだよね、イヴリンは今トトカさんに付いて商会の色々な仕事を勉強中だ。



 あの日、トトカさんに誘われてから3か月ほどが経過している、俺は外では一切の無言を貫き通す事で、例の男に嫌われる呪いを回避していた。


 特に何事もなく……さきほどのナナさん、正式な名前がナナツさんとの出会いが一番問題があったかな。


 ナナさんはこの商会の護衛で、中々の強さを持って居た、それでも女性であるというだけで侮られて悪党を引き寄せてしまう事に憤りを覚えていた様で。


 俺の商会への加入に際して最低限の強さがあるかを見極めると試合をする事になった。


 彼女は祝福で〈拳術〉を持っているらしく、転生を繰り返す事で基礎能力の上がっている俺でも勝つ事は難しかったんだが、その試合の中でナナさんにちょこっと挑発をされてさ。


 その内容がイヴリンも関係する事だったから……ちょっと怒りを覚えた俺は≪獣化≫の手札を切った、どうせ身内にしか見られていない場所だったしね。


 トトカさんは驚いてイヴリンと一緒に退避しようとしてたっけか。


 顔まで狼っぽくなってまるで狼男みたいに成る≪獣化≫は言葉を発しにくくなるんだが、俺は。


「来イヨ小娘」


 とナナさんを挑発し返した。


 ≪獣化≫は身体的基礎能力にバフをかける代わりに、精神にデバフがかかる物だと思っている、様は戦闘馬鹿になる感じか、でも俺は知性というか理性を失わない。


 これには周りも驚いていたね。


 そうしてなし崩しに再開される試合、相手は能力持ちだが、俺の身体能力は元々が高い上に≪獣化≫でさらに上がっている、なので一度でも掴んでしまえば勝ちだった。


 そうして拘束して負けを認めさせようとしたら……ナナさんが≪獣化≫した……トトカさんが悲鳴をあげながら止めてたけど彼女は聞かずにムクムクと変化をしていき。


 熊人になった。


 俺は必至で彼女の拘束を続けたね、その理性のない目を見て思った、これを解放したら俺だけじゃなく周りもやべぇと……。


 拘束を頑張る事10分程、ナナさんの魔力が少な目でよかったと心底思った。


 んで、俺はナナさんをおもいっきりハグする感じで拘束してた訳で、元に戻った彼女を……まぁ抱きしめていた事になるね、それに気付いた彼女は表現しがたい悲鳴をあげると……気絶した。


 あとで目を覚ましたナナさんはトトカさんに滅茶苦茶怒られてたっけか。


 でもそれ以来ナナさんは俺の事を認めてくれて、訓練に毎回誘って来るんだよね……俺も戦闘系能力が無いから訓練する事は嫌ではないんだけど……。


 あ、ナナさんは19歳だそうだ。



 モグモグ、美味いなこのシチュー。


「あ、クロさんご飯休憩ですか? クロさんに教わったそのシチュー美味しいですよねぇ、でもまぁトトカ会頭曰く、バターが高すぎて商売にするのは難しいそうです」


 控室に通りかかった従業員の一人が話しかけてくる、彼女らは俺の呪いを知っているので周りに男が居ない時は普通に会話をしている。


「そうか、でもこれはすっげぇ美味いよ、作った子を嫁にしたいくらいだな」


「ええー? もうクロさんってばいつもそんな事ばっかり言うんだから、イヴリンちゃんに言い付けますよ」


「ごめんなさい」


「ふふ、じゃ私は仕事に戻りますね」


 トトカさんが若いからなのか、従業員も比較的若い娘っ子らで構成されているのんだよなここ……正直な事を言うとだな……俺も40歳くらいの体な訳でまだまだ若いのよ。


 イヴリンの母親と俺の嫁になってくれる人が欲しいなーと思わない事も無い。


 まぁそれは置いておいて。


 このトトカ商会の従業員となったからには色々とお手伝いという事で、トトカさんには色々とアイデアを出している、このホワイトシチューもその一つだ、まあちょっと材料費が高かったかもな。


 後は川での魚取りの仕方を、イヴリンが近所の子供らに教えて小遣い稼ぎにさせている。


 丁寧に魚を取れば一匹が銅貨2枚になるとなれば、子供の稼ぎとしては十分だ。


 うちの商会としても身の綺麗な魚は焼き干しにしてやれば、行商人の仕入れ品として高く売れるので有難い。


 しかしまぁ、知識チートも祝福の能力有りきの物が多いからなぁ……〈醸造〉がめっちゃ欲しい……ちょっとこの獣人社会は文明が遅れてるんだよね、魔道具とかもほとんど無いし。



 獣人国の領土が肥沃なおかげでなんとかなっているけども、オーク帝国の属国である人族の国の文明力が上がったら前線とかやべぇんじゃないかなぁと思っている。


 まぁ危なく成ったらイヴリンとトトカ商会の皆を連れて獣人国の奥か、それとも連合の他の国に逃げちゃおう。


 さて、飯も食い終わったし、また無言な護衛のお仕事に戻るかね。


 狼獣人でよかったわ、ガタイもそこそこ大きいし、見た目で脅せるのはいいよね、実際は戦闘系の祝福能力が無いから俺はそこまで強くないんだけど、まぁいざとなれば≪獣化≫でどうにかするつもりだ。


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