第86話 うまい話には裏が

「『イヴリン10歳、狼族』っと、クーちゃんどーお?」


 地面に書かれた文字を確認した俺、ちょっと線が汚いがちゃんと『イヴリン10歳狼族』と読める。


「ああ、完璧だイヴリン、よく出来ました」


 俺はしゃがみ込んでいるイヴリンの片耳の無い頭を撫でてあげる、どうしよう? うちのイヴリンってば天才なんですけど!


 ナデナデナデ、ナデリコ。


「わふぅ……」


「すごいですねクロさん、イヴリンちゃんってば文字を教えて貰ってまだ20日かそこらなんでしょう?」


 俺と一緒にイヴリンの書いた文字を見ているのは、茶色毛犬獣人美人商人のトトカさんだ、ちなみに尻が柔らかくて、犬成分3割の人成分7割くらいの獣人だ。


 俺とイヴリンは、狼成分4割の人成分6割って所、まぁトトカさんより毛深いかな? って程度の話だ、獣成分9割とかになると顔が獣そのものって感じの獣人も居る。


 俺とイヴリンがトトカ商会に魚を卸し始めてもう一月くらいか?


 俺とイヴリンの持ってくる魚は状態が良いとかで、トトカ商会では店頭で売る焼き魚ではなく、焼き干しにして行商人に売っているらしい、なので買取値も上がり、良好な関係を築けている。


 そんな中、イヴリンがトトカさんに、俺から勉強を教わっているのだと嬉しそうに語った事からこの状況に成った。


 その成果を見せて欲しいと言われたのだ、勿論タダじゃない、イヴリンの好きそうな果物がおやつに提供される予定だ。



「うちのイヴリンは天才だからな! 読み書きだけでなく簡単な足し算と引き算もマスターする日が近いぞ!」


「あ、はい、親バカは置いて置いて……イヴリンちゃんは何も知らなかったんですよね?」


「わふぅ……」


 俺とトトカさんの会話の途中だが、イヴリンへのご褒美の頭ナデナデは継続中だ。


「そうなるな、まぁ簡単な足し算くらいなら理解をしていたけど、こう指を使ってな」


 俺はトトカちゃんの前に空いている手を出して指を一本づつ折り曲げる仕草を見せる。


「商売人以外の庶民は大体そんなものですよ……それを……、ねぇイヴリンちゃん、魚を13匹うちに納入すると買取値はいくらになる?」


 トトカさんの質問を聞いたイヴリンは……。


「わふぅ……」


 っと頭を撫でるのをやめた。


「わふ……2足す2足す2足す2足す……――……銅貨26枚?」


「正解だ! 天才だ……イヴリンは……」


「クロさんはちょっと黙っていて貰えますか? じゃぁその中のお魚の2匹分の状態が悪かったので買取に適しませんでした、その2匹はイヴリンちゃんのお夕飯になります、残った魚の買取値はおいくらになる?」


 状態の良い魚は銅貨2枚で引き取ってくれる様になったんだよね、なので傷がついているのとかを食べたりしている。


「えと……26から引く2の引く2で……銅貨22枚?」


「うんうん正解だぞイヴリン! 天才だな!」


「黙っててって言いましたよね? クロさん?」

「クーちゃんちょっと煩い……」


 おうふ……ごめんなさい……イヴリンのあまりの天才ぶりに興奮をね……。


 その後もトトカさんから計算の問題や文字の読み書きの問題が何問も出された。


 俺は一切口を開く事が出来ず、子供の頑張りを見守る授業参観のごとく、正解した時に手をガッツポーズにし、間違えたときはドンマイとグッドマークを見せた。


 まぁすぐトトカさんに邪魔だと言われ、庭の端っこに連れていかれちゃったけど、がんばれイヴリーーーン。



 ……。



 ……。



 ――



「正直ちょっと驚いていますクロさん」


 イヴリンに対するテスト問題が終わって今は応接室に入り、イヴリンには果物が出されている、幸せな表情でちょっとづつ真剣に食べているイヴリンはこっちの会話には参加してこない。


「そうですか? まぁイヴリンは天才だとしても、これくらいの子供なら数か月もあれば同じ事が出来る様になりますよ?」


 これは俺の前世の知識からも言える事だ、下町でシスターをして居た時、子供達の成長の早さに驚いた事が何度もあったっけか……。


「それは教育を施せる者が居れば、の話ですよクロさん、私だって両親が商人だったからこそ物を知っているんですし」


「へぇトトカさんのご両親も商人なのですか?」


「ええ、王都近くの群れで大々的に商売をしています」


「トトカさんはご両親と一緒に商売をやらないんですか?」


「うちはその……子沢山なので、下の子は支度金を渡されて放り出されるんです」


「それはまた大変な……」


「ああいえ、仕事が上手くいかなかったら家に帰れば助けてくれますから、放逐という訳じゃないですよ?」


「なるほど、その支度金を上手く使ってお店まで構えるんですから、トトカさんはほんとうにやり手の美人商人ですよね」


「え、ええ!? もうクロさんってば! ……そんなに褒めても果物の追加くらいしか出ないですからね?」


 そう言ってイヴリンの皿に新たな果物、ブドウっぽい奴が追加された。


「わ……わふぅ……クーちゃん、ここが天国?」


「現実だイヴリン、次はいつ食えるか判らないから一粒づつ味わって食え」


「判った……クーちゃんも、あーん」


 ブドウの一粒を房から取り外して俺に差し出してくるイヴリン。


「あーん、もぐもぐ、ありがとうイヴリン、後はイヴリンが食べていいぞ」


 それを聞いて、また一粒づつ慎重に食べていくイヴリンだった。


 このブドウ、品種改良がされてないのか、酸味が強いし種が邪魔だな……甘いといえば甘いと言えなくもないけど……植物の成長を早める祝福能力を使えば品種改良とか捗るはずなんだけどな……。


「ふふ、仲が良いですね……親子では……無いんですよね?」


「血は繋がってないが俺がイヴリンの保護者だ」


「……そうですか、それでですねクロさん」


 トトカさんが椅子の上で姿勢を正し、こちらを真剣な表情で見て来る、なんだろ、俺に惚れたから告白とかかな?


「なんでしょうかトトカさん、イヴリンの母になる気があるなら大歓迎です」


「母? えっと……いえ、イヴリンちゃんをうちに奉公させないかというお話しでして」


 どうやら俺には惚れていなかった様だ……歳の差ありすぎるもんな。


「ふむ……雇いの従業員にするという話とは違うんだな?」


「はい、一時的な雇用では無く、一生の責任を取る覚悟で、うちの商会の幹部候補生となるべく一から勉強をして貰うという物です」


「……それはイヴリンが決める事だな、もしそうなりたいのであれば……俺はイヴリンと離れても……はな……は……はなれ……ぅぅぅ」


 そうか、もうすぐ親離れの時が来るんだな……いや、子離れか?


「クーちゃんなんで泣いてるの? 悲しい事でもあった? 大丈夫? 私が側にいるよ」


 イヴリンは果物に夢中でこちらの会話を聞いてなかった、でも俺がちょっと悲しくなったらすぐさま気づいて抱き着いて慰めてくれた……なんちゅういい子や。


 こんないい子に育てた母親さんに感謝だ。


「違うんだ、イヴリンが望んだ格好いい商人になる道が開けたんだよ、トトカさんがイヴリンを雇いたいんだってさ」


「本当に!? すごい! クーちゃんも一緒だよね?」


「……俺とイヴリンの道は分かれるんだよ……奉公は住み込みになるだろうしな」


「え……やだよ! 私はクーちゃんと一緒に居る! それなら商人にならない!」


「駄目だ! こんなチャンスはもうないかもしれないんだ聞き分けなさい!」


「やーだー、クーちゃんといっしょー--!! あーあああウエェェェェーン……」


 イヴリンが顔を俺の胸に埋めながら泣き出してしまった……すまんイヴリン、でもこんなチャンスはもう二度とないかもなんだ……。


「あの……」


 トトカさんが話しかけて来る。


「大丈夫ですトトカさん、今は泣いていますが必ず理解させますから」


「い、いえそうではなくてですね」


「ぶえぇぇっぇぇぇぇぇぇー----ん、クージャァァァァーーーン」


 俺に抱き着いて無くイヴリンの勢いは止まる事が無い、これもお前の為なんだから。


「話が途中だったんですけど」


「はい、イヴリンの奉公の条件の事ですね?」


「ヤーダーー--、クーチャンとイッジョーーーーー!!」


 俺が話を進めようとするとイヴリンの泣き声が上がっていく。



「いえその……イヴリンちゃんだけでなくて……クロさんもお雇いしたいな、というお話しをしたかったんですけど……」


「え?」

「グウウゥゥゥぢゃぁぁぁーーーーンン!!」


 もうイヴリンは何が悲しくて泣いているのかも判ってなさげで泣く為に泣いている様だ。


 あーえーと……。


「俺も?」

「ヴヴゥゥゥー-----ェェァァァァ!!」


「あ、はい、イヴリンちゃんへの勉強を教えた手腕をうちの従業員にして欲しいのと、やはり女性だけだと舐められて不用心でして、そろそろ男の方の護衛が欲しいなと従業員の皆と話をしていまして」


「勉強はまだしも護衛ってのはちょっと……俺弱いよ?」

「ヒック、ヒック、ヒッヒッ……」


 イヴリンは泣き過ぎてシャックリを繰り返している、なので俺はイヴリンを抱きしめて背中をポンポン叩いてあげている。


「基礎能力の高い狼獣人というだけで一定の効力も有りますし、お願い出来ませんでしょうか?」


 獣人の種族で、ある程度強さが判るっぽいらしいけど……。


「あ、でも俺はほら男に嫌われちゃいますから」

「スースースー」


 イヴリンは泣き疲れたのか、俺に抱き着きながら寝ちゃって居た。


「私思ったんですよね、話をした男性に嫌われるのなら、話をしなければいいんじゃないかって、アオお爺ちゃんも会話をしなかった男性には嫌われてなかったですし」


「へ?」

「スースー、くーちゃん……スースー、ヘクチッ!」


 イヴリンが寝ながらクシャミをした、寒いのかな? イヴリンを包み込む様に抱きしめる体勢に変えてみた。


「なので、一切言葉を話さない護衛としてやってみませんか? 一度まったく会話をしないで初対面の男の人と会ってみましょう」


 いやいやいや、そんなうまい話が……ええ……まじかぁ?


 もしそれで上手く行ったら……ゲームのバグ技か裏技を見つけたかのごとくだよな、いくら転生ガチャとか祝福がゲームっぽいからってさぁ、そんな馬鹿な話が……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る