第85話 その後を知る

「会話をするだけで男の人に嫌われるんですか? 私の知り合いにもそういうお爺ちゃんが居ましたよ……呪いか何かじゃないかと思ってるんですけど……」


「クーちゃん呪われているの!? どーしよう! えとえと、居なくなっちゃう?」


「大丈夫だイヴリン、俺は居なくならないから」


 俺はイヴリンの頭を撫でながら、居なくならないよと言ってあげる


 イヴリンと毎度の如く魚を獲り、それを新しく店を構えたというトトカ商会に持ち込み始めて数日。


 最初は従業員に男がいるかもなので俺は行かなかったんだが、トトカ商会は従業員も女性のみで構成されているとの事で顔を出してみた。


 初対面のトトカ商会の主人であるトトカさんの第一声は、お父さんなのに子供だけに魚を運ばせるなんてと、怒られたりもしたが、今は色々と自分の事情を話している所だ。


 トトカ商会は名前の通りにトトカさんがやっていた商会で……フサフサした茶色毛の美人犬獣人だ。


 自身の年齢は18歳だと言われたので、あの記憶の時から一年たっているのかな?


 でもその若さで店を持てるのもおかしいから……永遠の18歳という事なのかもしれないが。


「俺と同じような呪いだかなんだかの症状を持つ人が居るんだな、会ってみたいもんだね」


 会えないとは知っているが、話の流れからはこう言うのがいいだろう。


「その、アオお爺ちゃんはもう亡くなっています……もし出会えたらお互いを嫌いになるのでしょうか?」


 自分で自分に会うとか怖えな、ドッペルゲンガーか何かかよ。


「わふぅ……」


 イヴリンは俺が頭を優しく撫でているのでそれを堪能中のようだ。


「亡くなっているのは残念だな、まぁ、これからも取引の方よろしくお願いしますトトカさん、若いのにお店を持つなんてやり手のトトカさんと縁が繋げて良かった」


「いえいえ、こちらこそ良い状態の魚で有難いくらいです、それにやり手なんて……全部アオお爺ちゃんのお陰ですから……」


「わふぅ……」


「さっき言ってた人ですね、どういう事か聞いても?」


「別に隠す事では無いし、アオお爺ちゃんの活躍を話してもいいのですが……立ち話はあれだし中にどうぞ、お茶をお出ししますよ」


「そりゃすいません、お邪魔します、ほらイヴリンいくぞー、トトカさんが茶を出してくれるってよ」


「わふ……お茶! ……って何?」


 お茶を知らなかったか……たまにものすごい普通の事を知らん事あるよな、イヴリンって……。

 そういう環境で育って来たって事だよな。


 お店の奥の応接室に案内をされた俺とイヴリン、こんなおっさんと子供にちゃんと対応するんだから、ありがたい話だ。


 ちなみに俺達が持ち込んだ魚は一匹で銅貨一枚という買取値をつけてくれて、なんと一日で銅貨十二枚の稼ぎになった! イヴリンがすごい喜んでたっけか……普通の飯屋だと酒をつけたら一食で消えちゃう額なのはしばらく秘密にしておこう。


 お茶を飲みながらトトカさんと話をしたのだが。


 俺の前世は死後に獣人国から名誉叙勲を受けたらしい……。


 まじかぁ、どうにも男と直に出会って居なければ嫌われる事も無いようで、あの時のオーク帝国の大攻勢で敵の大将を倒した事をすごく評価されての事らしい。


 ついでに、俺の前世に特攻をさせたイノシシ顔の獣人士官兵士には厳罰が下ったらしいよ、獣人国の命令なんかじゃなく、あいつの独断だったみたいだ、ざまー。


 そして名誉叙勲と共に褒賞が家族か村に支払われる所だったんだが……お偉い文官さんが色々調べたら俺は村の出身じゃない事がバレた。

 というか前世の俺がトトカさんにそのあたりの愚痴を話した時の事を、トトカさんが文官さんに伝えてくれたっぽい。


 てことで俺への褒賞が浮いたのだけど、家族が見つからないって事で……トトカちゃんに半分渡されたんだってさ、イノシシ顔の獣人士官兵士が彼女の事を持ち出して俺を脅迫した事も表に出たみたいだから、謝罪金も込みって事かね?


 な訳で思ったよりも早くお金が貯まったんで、ここにお店を出す事にしたらしい。


 そっか、永遠の18歳じゃなくて本当に18歳だったみたいだ。


 ついでに今年は神歴1416年だってさ。


 俺が人間で転生してた場所と同じ世界っぽいなぁ……やっぱ別大陸説が濃厚かねぇ。


 後、商会に男の従業員が居ないのは、お世話になったアオ爺さんに対する感謝を忘れない為なんだとさ……。


 義理堅いというか何というか……伊達に触り心地のいい尻をしてないね。


 ん?


「どうしたんですか? トトカさん、急に自分のお尻を押さえて」


 椅子に座っているトトカさんが両手をお尻辺りに持っていってた。


「いえ……なんとなく、アオお爺ちゃんが私のお尻を触ってくる時の気配を感じたので……」


「なんと! 年若い美人の尻を撫でるなんて、仕方のない爺さんだなそいつは」


 やっぱ爺ならエロジジイだよねって感じのロールプレイをしてたんだよな。

 まぁ途中から、隙を見て尻を撫でるのが楽しくなってたっぽいけど。


 80歳くらいならまだしも、40歳くらいの今それをやるのは駄目だろ、それはただの痴漢だよな、え? 爺でも駄目?


 ……俺の前世が本当に申し訳ない事をしました! 大変遺憾に思います。



「いつも隙を見て私のお尻を撫でて来るんですよアオお爺ちゃんは、でも……私が駆け出しの弱小商人なのを知っていて売買値を全てまかせてくれたんです……正直な話、私のお尻程度で払える額じゃない程儲けさせてくれたんですよね……エッチなお爺ちゃんだったけど感謝をしているんです」



「エッチで強い爺さんか……それで戦場で名誉叙勲ねぇ、すごい人だったんですね」


「ええ、他の人は≪獣化≫をすると知能が下がって理性を失う事もあるのに、アオお爺ちゃんは理性を保っていたみたいで、獣人国の正規軍の偉い人が惜しい人を亡くしたって残念がっていましたよ、もし理性を保つ≪獣化≫の方法が判れば戦術が変わるらしいとかで」



 そういや周りの≪獣化≫した奴は時たま味方を攻撃したり陣地の木柵を壊したりしてたからな……だからこそ、一定間隔の距離をあけて兵を配置してたんだしよ。


 歳をとって≪獣化≫を何度も使っていると、知能は低下するも理性までは失わないようになるんじゃないかなぁ、だから最前線はジジイが多かったんだと思っている……。


 そういやなんで俺は理性も知性も保てたんだろ? 今生の≪獣化≫はまだ試してないんだよなぁ……一度周りに誰も居ない場所で試しておかないと駄目かもな。


「ああ、俺もそのアオ爺さんだっけか? その人のすごい戦果の事は覚えておくよ」


「そうしてあげて下さい、アオお爺ちゃんは〈戦場の犬鬼〉って呼ばれるくらいすごかったんです……あんな馬鹿な命令がなければもっと儲けさせてくれたはずなのに……私の事なんて見捨てて逃げても良かったのに……馬鹿なお爺ちゃんなんだから……」


 そう語るトトカさんは涙こそ流していないがすごく悲しそうだった、茶色の耳と尻尾もペタンとしているしな。


 イヴリンが椅子から降りてトトカさんに近づいて、その頭を撫でてあげていた。


 ああ、イヴリンは本当に優しい子だ、人の心の痛みを知る、出来るようで中々出来ない事をこの子は持ち得ている。


「ありがとうイヴリンちゃん、お菓子食べる?」


「わふー、食べるー」


 ……人の厚意を素直に受け取れる良い子だ……。




 ……。



 ……。



 ――




 貧民街の借家に帰ってきて、いつものようにお互いが布団代わりになって寝る段になった。


 寝る前の教訓を籠めた物語も終わり、さて寝るぞとなった時に。


「ねぇクーちゃん、トトカさん格好良かったね、女の人なのに商人さんだし」


「そうだな」


「私も……」


 イヴリンが言葉を途切れさせて俺に抱き着いて寝る準備を始めたので、続きを予想してから聞いてみる事にした。


「イヴリンもあんな風になりたいか?」


「うん……むりだろうけど……」


「出来るさ、それならこれから物語だけでなく勉強も教えてやる」


「べんきょー?」


「ああ、文字の読み書きに計算からな」


 あの後トトカさんに文字の事を聞いたら、俺の前世の世界と同じだったんだよね……もう確定で同じ世界だよな。


「クーちゃん文字読めるの?」


「ああ、今度イヴリンの名前の書き方から教えてあげるからな」


「ありがとうクーちゃん!」


 イヴリンが俺に強く抱き着いて来た。


 俺はその頭をポンポンと叩きながらあやしていると。


「スースー」


 寝るのはや! 子供かよ、ってイヴリンは子供だったな。


 どうもトトカさんに言わせるとイヴリンの年齢は俺が見積もっていた年齢より低いのじゃないかと言っていた。


 子供の頃の成長が早い獣人も居るとかなんとか? 獣人は種が多すぎて千差万別っぽいけどな。


 となると……二歳程引いておくか、イヴリンは10歳、という事にしておこう。


 おやすみ、イヴリン……。




 あれ? それだと獣人は祝福を何歳で手に入れるんだ?


 人社会だと年齢なのか体の大きさなのかは知らんがある程度成長をしてないと祝福が手に入らなかった、なので10歳になったら教会に行くという文化が出来ていたのだが……。





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