第84話 一つの部屋に二人きり

「クーちゃん! 準備おっけー、そっちから追い込んで!」


「よしきたまかせろイヴリン!」


 俺は川の中に服のまま入りザブザブとわざと音を立てながら歩いて行く。


 そうして川上から川下へ、石を積み上げ漏斗状にしその最後にすぼまった部分に植物のツルで作った大きなザルを構えているイヴリンへと近づく。


「どうだ?」


 俺がその漏斗状の石まで辿り着いた後に、子供くらいなら入れそうな大きなザルを横から縦にして中を覗いているイヴリンに声をかける。


「4匹かな? 大きさも十分だねクーちゃん」


 ふむ、なかなかだな、ここのような石を積んだ罠は他にも数か所用意しているし、全部回れば10匹以上は確実か。


「よし、次いくかイヴリン」


 取った魚は絞めてから食べ物が腐りにくくなると言われている大きな笹の葉のような物に包んでいく。


「すごいよクーちゃん! また一回で一日分が取れちゃった!」


 ぼろぼろのワンピースのまま川に入っていたイヴリンが興奮して俺に飛びついて来る。


 濡れた事で体にピタっとくっついた服は体のラインを浮き出させ、ちょっとはしたない。


 ううむ、そういう事を教えるはずの母親が居ない訳だからな……俺が教えないといかんのか……イヴリンはちょっと性に対して鈍感というか無知っぽいんだよなぁ……。


「でも売りに行く数は今まで通りでいくぞイヴリン」


「うん、えーと……急に一杯持ち込むようになると、その収穫方法を商人が知ろうとするから危険、だっけか?」


 うんうん、よく覚えてたな、良い子だ、ナデナデ、ちゃんと前に言った事を覚えていたので頭を撫でて褒めてあげる。


「わふぅ……」


 前のイブリンはガチンコ漁をして一日で数匹を商人に持ち込むのが基本だったみたいだからな、俺がこのやり方に変える事を進言したんだ。


 にしても魚二匹で銅貨一枚の買取か……市場で盗み聞きした時は焼いた魚を一匹で銅貨5枚で売ってたんだがな……ちょこっと買い叩かれてるか?


 まぁ子供のやる事だからな、売りに行く数も一定じゃないだろうし、そんなものなのかもしれないけど。


 取引は前のように少な目にして、残りは自分達で食べている。

 おかげでガリガリだったイヴリンが少しふっくらしたか?

 というかガリガリのくせに、俺を看病しながら飯をくれたんだよなこいつは……。


「っと考えるより動かないとな、いくぞイヴリン」


「わふ……」


 む? ぼぉっとした表情で俺を見て動かないな、頭を撫でたりして甘やかすとたまにこうなるなイヴリンは……。


「ほれいくぞー?」


「……あ、うん、がんばろー」


 元に戻ったみたいだ。


 ……。



 ……。



 ――



「じゃ、いつものオジサンの所で売ってくるねクーちゃん」


「ああ、気をつけてな、必ず表通りの端っこを歩けよ」


「うん、行って来る」


 そう俺にバイバイと手を振りながら市場の方へ歩いていくイヴリン、今回は4匹ほどを売りに行く。


 俺はそれに付いていかない……俺はなぜか男と会話をすると嫌われる、まるで自分の恋人や女房を寝取られたがごとく嫌ってくる……本当に意味が解らない。


 女性だけは普通に対応してくれるので……女性の商人の知り合いが欲しい所だ。

 イヴリンには女性が主体の商人を見つけたら教えてくれと言ってある。


 イヴリンと一緒に行動するのは都市の外か家の中くらいだ。


 貧民街にあるぼろぼろな借家は三日で銅貨一枚の家賃だ。

 実は結構ギリギリなんだよな、一日の魚の売り上げが銅貨二枚くらいだし、魚だけじゃ良くないから黒パンも食わせたいし、なんなら服やなんかもいつか買わないといけない。

 というか俺のこのぼろっちぃ服は、イヴリンの亡き母の服をリメイクした物だ。


 近所のおばさんにリメイクを頼む報酬代わりに母の服を一枚あげたらしい。


 それでイヴリンの財産は何もかも無くなったんだってさ……。


 今の俺には何の力も無いからな……知識チート? 男に嫌われる俺や子供のイヴリンでは権利を奪われる未来しか見えない。


 この商業都市は最前線への物資輸送の要という事は判った。

 話を統合するに俺の前世が果てた場所へ続く道の交差点って感じだ。


 周囲は森や川に恵まれているし、獣人国では誰も住んでいない土地は自由に採取していいってのが気楽だね、まぁ領主が進入禁止だと設定している地区とかも有る所には有るみたいだけど。


 なんとか採集した物を日持ちする様に加工をして売る事が出来れば金が稼げるんじゃないかと思うんだが、それにはイヴリンを馬鹿にしない商売相手が必要なんだよな。


 それか俺とまともな話が出来る相手なら……商売人なんて男が多いからな……たまに女性が居ても夫婦だったり、女性は雇われで男性が主だったりで……難しい。


 たどりついた貧民街の借り家、何も出来ない俺はここでイヴリンの無事な帰りを待つ事しか出来ない……能力があれば……〈回復魔法特〉いや〈醸造〉でもいい、〈調理〉だって商売の役に立つ、使う事も無かったが〈木工〉だっていい、なんでもいい。


 俺に……俺にイヴリンを助ける事の出来る……力を……くれよ……。



 能力が消えて無くなって判った、素の俺には何の力もねぇ、ちょこっと知識があった所で何だというんだ、文明が遅れていて強者が正しいという獣人世界に知識チートは扱いが難しい、まずは純粋な力が欲しい。


 ……いやまぁ……火薬の作り方とか火縄銃の作り方とか知ってるのなら別だけどよ、日本で普通に生きてた俺がそんなもん知ってる訳ねーしな……。


「ただいまクーちゃん」


 部屋の扉が開いてイヴリンが笑顔で帰ってきた。


「おかえりイヴリン」


 俺がそう言うとイヴリンは俺に抱き着いてきて、俺のお腹に頭をグリグリとこすりつけて来る。

 俺がおかえりって迎えると毎回こうなるんだよな……。


「今日も4匹売れて銅貨2枚になった、それで黒パンを一個だけ買って、残りは持って帰ってきた」


 そう言って俺に銅貨を渡してくるイヴリン、いや自分で持っていろよ、とも思うんだが、子供に金を持たせておくのは危険だしな、俺の首から下げた袋に入れておく、音が鳴らない様に硬貨には葉っぱを挟んでいく。


 いつも〈財布〉能力の事を外れ扱いしててごめんな……すっごい欲しい能力だったよ。


 それでもまぁ、この銅貨はすぐ宿賃で消えるけどな。


 都市の外の河原で焼いておいた魚と、黒パンの半分をさらに半分にして夕飯だ。


 モグモグと美味しそうに魚を食べるイヴリンがコップに水を出して渡してくれた。


 イヴリンは〈水生成〉と〈気配感知〉を使えるらしい。

 赤の他人のおっさんに簡単に自分の能力を教えるなと叱っておいたが、『クーちゃんだから大丈夫』の一点張りで聞きやしねぇ。


 まぁイヴリンが一人でもなんとかなっているのは、この能力のお陰ってのもあるんだろう、水にあたるのは本当にやばいからね、子供の体力だと危険だし、やべー輩から逃げるのにも会わないようにするにも〈気配感知〉は有効だろう。


「モグモグ、そうだ、モグモグ、クーちゃん、モグモグ」


「口に物を入れたまま話さない、食べ終わってからにしなさい」


「あい、モグモグ、モグモグ」


 食べ終わったのかコップの水をゴクリと飲みほして満足そうなイヴリンが俺に顔を向けると。


「市場の話で女性が主人の商会がこの都市に出来たんだって、パン屋夫婦のおばちゃんが教えてくれた」


「まじか、場所は聞いたか?」


「うん、市場の端っこの端っこで……、前線? って所で稼いだ商人はだいたいそうやって固定の店を作るんだって、ほとんどが失敗するっておばちゃん言ってたけど」


「ここはオーク帝国との前線への物資供給の要だからな、戦場商人で稼いだ行商人が腰を据えるには有りだな……一度見に行ってみるかな……店の名前は聞いたか?」


「うん、えーと……トトカ商会だったかな?」


 ……え?


「お、おう、そうか……尻の柔らかそうな名前だな……」


「ん? お尻?」


「いや、気にするなイヴリン、明日魚を獲ったら全てを持ってその商会に行ってみるぞ」


「全部持って行っていいの?」


「ああ、駄目だったら、またいつもの所に4匹だけ売りにいって貰うかもだ」


「んーよく分かんないけどクーちゃんに賛成!」


「ありがとうイヴリン、じゃぁ歯磨きの時間だ」


 俺がそう言うとイヴリンは逃げようとする、この狭い部屋で逃げられる訳が無いだろうに。


 数秒もせずにイヴリンを捕まえた俺だ。


「あれ嫌だよー、苦いんだもん!」


「歯は大事なんだよ、諦めろ、ほら、こっち来いイヴリン、俺がやってやるから」


「うううう、甘いのとか無いの? クーちゃん」


「土だしな……諦めろ」


「うえぇぇ、我慢するけど……良い子にしたら、寝る前にお話をしてくれる?」


「ああいいぞ、良い子にはご褒美が無いとな」


「……頑張る、アーーン」


 可愛らしい口を大きくあけたイヴリン、獣人世界で歯磨きによく使われる植物の枝を使う。

 所謂『房楊枝』って奴で、それを使って丁寧にイヴリンの歯を磨いていく。


 歯磨き粉は……なんだろうねこれ、粒子の細かい土というべきか粘土というべきか……謎いけど一般的に売られて獣人世界で使われているのがこれだから、まぁ毒ではないと思ってるけども。


 俺に歯磨きをされながら、イヴリンは目を瞑り白くて可愛い片耳をペタンッと伏せて、尻尾も元気なく萎れている、ったく判りやすい奴だなぁ。


 寝る前のお話しはイヴリンの好きな奴にしといてやろう。




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