第78話 ままならない事

「ほら、早く歩け! あそこが目的地だ」


 そう言って遠征の集団に対して怒鳴っているのは族長の息子である。


 遠征とやらの頭数は全部で10人、族長の息子と同年代の取り巻き2人、30代の武装のしっかりした、族長の息子のお守といった感じの戦士の男が1人、そして俺と同じような爺さんが3人、婆さんが2人、最後に俺だ。


 何処に行くのか何をするのかも教えて貰えずに付いて来ている、パンイチの俺が生きていくには飯が必要なんだ……どうにもなんでかすっげー嫌われているしさ、例えあそこの村で金を出しても奪われるだけなんじゃないかって思ったからさ……。


 戦える祝福能力はあれど、体は爺さんなので無茶はしたくない、今現在どの程度戦えるのかを確かめる暇もなかったしな……。


 俺達が向かう先には高い山が連なっている様に見えていたが、見える範囲では唯一そこだけが低いという場所があって、その低めの山を登り切った所なのだが。


 その先には平野が続いていて山の麓にはその山々に空いた穴を塞ぐ様に城塞都市が存在していた、族長の息子はその大きな城塞都市を指さしている。


 その先の平野に向けて柵や堀が何重にも備えられていて、城壁の外にも見張り用の木の櫓がいくつも建てられているのが見える、これはあの平野の先に敵がいるって感じだな……今は敵と思われる何者かの姿は見えない。


 何故か後ろから俺が蹴っ飛ばされたのを合図に山を下りていく、言葉で指示しろよクソが!


 いい加減にちょっとストレスが溜まって来ている、村に泊まって数日、そして遠征とやらで五日以上、何故か男共に嫌われていてたまにこうして暴力を受ける。

 むしろ殺しに来たら返り討ちにして……いやこの体じゃ戦えるかがまだ判らない……くそ……それでも殺しに来るなら一矢報いてやるのによ。


 二人の婆さんには気の毒がられて見られているのに……男女でこの扱いの違いは何だ? これが獣人の文化や感性なのか? 俺だけ同じ犬獣人ではあるけど毛色が違って部族が違うとか言ってたし……あいつら全員茶色だしな。


 城塞都市に入った俺達、都市と言ってはいるが、なんていうか酷い物で、文明レベルが低いんだなーというのが丸わかりだ、トロアナ王国の王都の様な石造りでは無く、土と木と草で出来ていると言えば判るだろうか?


 正直な感想だと、トロアナ王国王都の壁の外に広がっているスラム街よりひでぇ!


 そんな中でもそれなりに大きな建物に入っていく俺達一行、そこで恐らく文官だと思われる……ウサギ獣人か? に自身の村の名前や参加人数を伝えている族長の息子。


 人数を確認しつつ苦笑いをしている文官、まぁ半分以上が爺さん婆さんじゃな……それでも労いの言葉と共に命令が下される。


 それは、オーク帝国の馬鹿共を倒せ、という物で、何やら木札のついた紐を渡された、首にかけておくものらしく、所属が示されているっぽい。


 族長の息子と取り巻きと守役は正規軍とやらに参加するとかで、彼らは喜んでいる、そして婆さん達は後背で雑用、そして俺を含む爺さん連中には……最前線を言い渡される。


 あーくそ……やっぱり捨て駒かよ、でも逃げるチャンスも無かったしな……。


 俺は移動を始めた婆さん達に色々と質問をした。



 結果判った事がいくつか、遠征中は余計な事を話すと殴られるから聞けなかったんだが、ばらけるこの瞬間ならなんとかなった。


 あの犬獣人の部族は獣人国家に所属をしており、それを治めるのが獣人王で、そして獣人国家と敵対をしているのが、オークエンペラー率いるオーク帝国で、ここが最前線の一つなんだとか……。


 俺は国から村に課された兵力提供の人員の数合わせに使われたって事みたいだ。


 まぁ奴隷兵とかでは無いから活躍すれば兵役も免除されて生きて帰れるとか言ってたが……戦争の最前線から帰れる事の出来る兵士なんてほとんど居ない事を俺は知っている。


 ダンジョンでも見かけるというオークが国家を作っている? ……そんな話を聞いた事がない、それに獣人の隠し村とかなら理解出来たが、城塞都市を最前線として使う獣人国家?


 ……もしかして俺は別世界に転生を……いや……でも祝福とかは有るみたいだし。


 別大陸? 大図書館で冒険家が絵空事に描いていた他の大陸の可能性か……無い話じゃないな……まぁ情報不足だからこれは置いておこう。


 武器を携えたサイ獣人の正規兵とやらに最前線へと連れていかれる前に、教会で祈りを捧げたいと土下座をしてお願いした。


 ちなみにサイ獣人の顔はまんまサイっぽく皮膚も堅そうなサイっぽさがある……サイ成分8割の人成分2割って所、俺や一緒に来た犬獣人は、犬3割の人7割くらいか? この都市内では同じ犬獣人でも割合が違う感じなのか色々な見た目の犬獣人を見かけた。


 正規兵のサイ獣人は通りがかりの小さな教会でならと、なんとか許されたので急いで教会に入り、小さな神像に祈りを捧げる、あれ? 神像の見た目が違う? ってそんな事を気にしている場合じゃねーや。


「今日も生を得る事が出来る事を創造神に感謝をし祈りを捧げます」


 が祝福が得られない……なんで!? やはり別世界!?


 俺が焦っていると、教会のシスターさんが声をかけてくる。


「お祈りの文句を間違えてますよお爺さん」


 とね、それでおれはシスターさんに正式な文句を聞いて再度それを唱える。


「今日も心が赴くままに暮らせる事を女神様に感謝をし祈りを捧げます」


 そうすると、光の玉が俺を囲い体へと飛び込んで来る、うわ、今回は数が多いな、今は能力の確認は後回しだ、教会の外からサイ獣人兵士さんの苛ついた声が聞こえて来るのですぐ戻り頭を下げた。


 そのサイ獣人兵士から一発頭を殴られてから同じような境遇の爺さん獣人達は城塞都市の外へと出ていく……え? 壁の外に行くのかよ……。



 山の上から見た壁の外の幾重もの堀と柵、それらの近くに俺達を分配していくサイ獣人兵士、俺が配置されたのはその先に何もない平地だった……つまり最前線の中の最前線だ……。


 そこに粗末な木柵の側に座っている爺さん猫獣人が俺に向けてこう言った。


「地獄へようこそ新人」


 ……どうやらここは地獄らしかった……。


 敵対しているオーク帝国との最前線の国境とやらにパンツ一丁で放り出されるとか……俺は何か悪い事をしましたか? 天罰か何かを食らう様な事を……。


 そこの最古参という爺さんが俺に一本の先が尖った棒……槍かこれ? を渡してきて、柵の手前で敵を迎え撃ち死守しろと言ってから離れて行った、逃げたらたぶんあちこちに建って居る木製の櫓から味方の矢が飛んで来るんだろうなぁ……。


 パンイチの俺は地面に座り込むと木製槍の調子を確かめ、それが薪程度にしかならない事を確認をすると、溜息を吐きながら目をつぶった。


 自分の中にある能力を確認して行く俺。


 今回の転生の時より増えている物は〈財布〉×3〈調理〉〈木工〉〈遠目〉〈水生成〉〈着火〉そして……≪獣化≫の9個だった、やけに多いし、なんか獣化は獣人固有の技っぽい気がする。


 なんとなく理解出来るのは魔力を使って変身して強くなるって事だけだ、本番前に試してみたいが……これを使える事が獣人として異端だったりしたらと思うと難しい。


 今はもう粗末な木柵の内側に一定間隔に配置されているので他の爺さん達と雑談会話をするのも難しいしな。



 水や食い物は粗末な物だったが婆さん獣人達が配給してくれた、そして酷いのはトイレだ、各所に掘られた堀に向けてやれと言われた……それにしては臭くないなと中を覗いて見ると、沢山のスライムが蠢いている。


 ここに落ちたら抜けるの難しいかもな……ましてや戦闘中だと上から攻撃食らうだろうし、堀にはトイレの時以外で近づかないでおこうっと、そう思いながら、フキの様な植物を塩で煮た物を齧りつつ木柵の側で寝るのであった。


 グルル……お腹が鳴った、あんなんで足りる訳がない……。


 新しい能力も戦闘に使える物は良く判らない≪獣化≫だけだったし……これはやばいかもね。


 そうして眠りにつく俺。


 ……。


 ……。


 ――


 カンカンカンカンッ!!


 金属製の鐘か何かを叩く音が聞こえる、目を開けると朝日が昇り始めている頃だ、飯の時間には早いなと寝ぼけながら周囲を見回すと……新たに習得した〈遠目〉により嫌な物を発見してしまう。


 平地の向こうから何やらが近付いて来る、んー……たぶんゴブリンの集団だな、でもその姿がおかしいので俺は大き目の声で少し離れた爺さんに話かける。


「なぁ! あの近づいて来るゴブリン達が敵なんだよな?」

「そうじゃよ、オーク帝国の先兵としてゴブリンが使われるのは知られた話じゃろが」


「ゴブリンのくせにやけに装備が良いのはなんでだ?」

「そんなのはあの裏切り者のクソッタレな人間どもの国家のせいに決まっているだろうが!」


「人間の? それってどいう事か聞いても――」

「敵の属国になって連合から抜けた国なんぞもう知らんわい! これから戦いが始まるんじゃからもう話し掛けてくるでないわ!」


 ああうん、少し会話をするとすぐ男に嫌われるんだよな……まぁ多少の情報は得られた。


 連合とやらを抜けた人族の国、裏切り者、ゴブリンの装備が獣人達より良い。


 つまり?


 オーク帝国に対抗するかそれとも大陸の平和の為に獣人国家や他の国と人間国家が連合を結んでいた、けれど人族の国とやらがそれを抜けてオーク帝国の属国に成り下がり……武器やらをオーク帝国に提供してるってこったな……まぁそれなら食料とかも当然提供しているだろう。


 人間共では無くて国家という表現をするという事は人間の国の指導者、つまり王様が残っている? ……オーク帝国に勝ち目を見出せなくて国ごと下ったって所かもしれない……属国の王としてその指導者らが残ってそうな話だね……。


 生き残る為にしたんだろうから、状況も情報も少ない俺にどうこう言う事は出来ないけども……オーク相手のクッコロ女騎士が一杯発生してそうだな……エロ漫画ならいいけどリアルだと想像したくねぇなぁ……。


 ゴブリンがだいぶ近くなって来た、目視でだいたい三千超えって所か……うーん俺が相手の司令官ならそうだなぁ。


 人族からの食糧提供を前提にいくらでも増えるゴブリンはゴブリン牧場的な生産体制を整えて敵にぶつけ続けるよな、それで敵の兵力を削りつつ精神的な圧をかけ続ける。


 後詰に装備が全て同じに揃ったオークっぽい部隊が見えるけど……あれが突っ込んできたらきつそうだが……数は少な目か。


 どちらにせよ城塞都市の規模に比べて兵力が中途半端なのは嫌がらせの攻めなんだろうな。


 まずは、どうにか生き残らないとな。


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