第73話 薔薇のお風呂

「ふふ、モグモグ」


 うん美味しい!


「笑顔が最高ですねリリアン様、『焼きそばパン』はそんなに美味しいですか?」


「控えめに言って最高ね! あのパン屋の姉は職人として中々の腕があるわね、今度またお忍びで出かけた時にこっそり新たなレシピのネタになる事を会話に忍ばせましょう……ふふり」


「素直にレシピを教えたり作らせたりはしないのですね?」


「下町の職人だもの、自らの意思で作り上げたという自負が必要でしょう?」


「お優しいですねリリアン様は」


 そう言ってユリアはお茶のお代わりを入れてくれる、ありがとユリア。



 あ、こんにちは、リリアン・ミルスターもうすぐ13歳です。


 今は春のお休みで実家に来ていて、いつもの小屋にユリアと居る所です。


 いやぁ……ここ半年は色々とありました……。


 去年の年末にあった貴族学校のダンスパーティ……『百合騎士』を求める女性と『百合の君』を求める女性と、『希望の光』を求める男性陣で諍いが起きてしまいました……。


 何故なら、それぞれのイメージで着ていく服が変わるからです。


 『百合騎士』ならば騎士の礼服をアレンジした物。


 『百合の君』ならば白を基調にした大人しめなドレス……、色も形もお姉様好みに私を染めて下さいという意味があると『百合物語』の中で出したドレスだ。


 そして『希望の光』は……って何これって思うでしょう?


 共学である貴族学校なんだけど、私が女性にモテすぎる事で男子を相手にする女子が減っちゃったみたいで……男子の相手を普通にする私に対する期待の様な物が膨れ上がっちゃったみたいでさ……。


 貴族学校に入学したばかりの頃は小学生男子みたいだった男共も、秋頃になれば少しは色気づいて来るみたいで……。


 私へのお誘いが引きも切らぬ事になっていて、元々友達みたいに接してくる男達だったのがちょこっとこう……私を女としても見る様になってきているのが視線で判るんだよね……男が女子の胸を見る視線ってこうなんだよねぇ……と、再度確認する事になった。


 実家の方にもお見合いとか縁談の話がちょいちょい舞い込んで来始めたっぽいしね……やめてよまじで……お父様とお母様には全部断る様にお願いしている。


 んで『希望の光』は彼らが女性に思い描く希望って事で、清楚な可愛い女子って感じのフリフリドレスを希望されたのよね……私はこういう甘々したのは好きじゃないんだけどねぇ……男子達に泣きそうな目でお願いされちゃうと……もう……しょうがないんだから……と要望に応えてあげようと思ってしまう……なんでだろ?


 それに高位貴族……いやもう王族ってはっきり言おうか、第三王子様もその中に加わった事で断る事が出来なくてさ、結局丸一日開かれたダンスパーティに午前から真夜中まで参加して衣装替えをしつつ10時間以上踊りっぱなしだったのよね……。


 私の強い希望で男子の相手はお日様の高い午前からの部にしたおかげで、色気のある雰囲気は出さない事に成功している、ほんと冗談じゃないっての……。


 その分、夜にお相手した女子相手には……うん……まぁ……私の家族以外からされた頬への初チューは女の子相手かぁ……うん、男子よりはマシだと思っておこう。


 さすがに疲れたんで冬の社交の時期は病気療養と言って実家に引き籠ったわよ、そうしたら実家の前の道が高級な馬車で渋滞になるくらいのお見舞いがきちゃって……真っ青な顔で回復魔法の使い手を伴って尋ねてくるお姉様方にはこっそり真実を伝えておいた。


 ほら、社交って結局の所、結婚相手を探す場でもあるからさ……その気のない私は家に籠ってという事を伝えたら女性陣の奮闘により男子も全てブロックされてお見舞いとかに来なくなった。


 うん、ユリアにも頑張って貰って、春先にいつもより多めの本を発行したともさ。


 そうしてもうすぐ二年生になる私、高等部へ行く三年の『百合姉妹』であるお姉様方を見送る訳だけども……『百合物語』では中高一貫だったけど、私が通っている貴族学校は授業の質がかなり変わるので校舎や寮も変更となる、な訳で一緒に居るのは無理なんだよね……惜しまれつつも、永遠の姉妹だからと念を押され、代わる代わるとお姉様方に唇にチューをされた……。



 確かに『百合物語』でも主人公達のキスの描写はしたけどさぁ……。


 三年生の『百合姉妹』なお姉様方だけで二十人以上居たのよね……もうね、美少女相手に連続キスチャレンジの世界記録とか出せそうじゃない? とか思った……だって一周で終わらなかったんだもん……。


 ちなみに三年のそこそこ仲の良い高位貴族な男子生徒達も卒業式の時に近づいて来たけど逃げました、獲物を狙う目だったからね、仕方ないね、ほんとドキドキしながら逃げたよ。


 高等部は日本でいう職業訓練校かインターンシップかという感じで、貴族としての実際の仕事を体験しつつ、さらに従者の仕事も体験をするという感じになっている。


 秋にやったダンスパーティを支えた侍女や執事や従者やらは高等部の先輩方がやっていたんだよね、後はお城の実際の職場に行ってお手伝いとかもするっぽい、そうやって自分の資質を見極めて将来に備えるといった感じ。


 中等部はまぁ詰め込み教育に近いかな?


 下級貴族だと高等部に行かないで卒業とかも珍しくない、貴族に最低限通じる作法さえ覚える事が出来れば良いって感じ? 貧乏貴族だと人手が欲しいだろうからね……。



「リリアン様もこの春の休暇が終われば後輩が出来るのですねぇ」


「そうなるのね、先輩としてきっちり後輩を導かないとね」


「リリアン様が先輩なんて、羨ましい話です」


 ユリアが何かを思い浮かべる様な表情をしてそんな事を言った、大規模な平民学校なんてのはまだ存在しないからね……いつか国家主体で作る予定……の前に前世の私が死んじゃったからなぁ。


 今生の私はあそこまでの権限は無いしね、ちょっと難しい、まぁせいぜい孤児院への奉仕活動の時に子供相手に読み聞かせをするくらいよね。


 親が居ない層への救いは貴族としての務めという建前になっているのでうちの実家はきっちりそういう事をこなしている、中にはお金だけ出すって所もあるけど……特に罰則も無い慣習だからと何もしない貴族よりはましだよね。


 ただし昔は孤児院の男の子達に大人気の私だったんだけど……最近、貴族学校に通い出す直前あたりから女の子達にも好かれる様になったのよね……貴族学校に通っているお嬢様って事で憧れでもあるのかしらねぇ? ちょっと謎なのよね……。


 昔は異質な存在っぽく見られて孤児院の女の子達の多くに拒否されてたのにさ……。


 今は私の膝の上の権利を男の子達と争うくらいになってるのよね……。


 また今度お休みの日にお煎餅でも沢山作って持っていこうかしらね。


「ユリアは後輩と言うより先輩だものね、ふむ……『ユリア先輩♡』なんちゃって」


「ぐはぁ!」


 ユリアが床に崩れ落ちた、ちょっとユリア!?


「ちょ! 大丈夫?」


「我が人生に一片の悔い無しです……ガクッ」


 ちょ、何を言ってるのよ! 勝手に死なないでよ! 最近の貴方はちょっと面白キャラに成って来てるわよ! 元の薄幸の美少女に戻りなさいっての!


「ちょっとユリア! 帰ってきなさい、帰ってきたら貴方の望みを私が叶えてあげるわよーケーキ食べ放題とかでもどんとこいよー」


 倒れているユリアの横の床にしゃがんだ私がそう声をかけると。


 ガバッっとユリアは上半身を起こし。


「まだまだ悔いが有る事を思い出しました」


「お帰りなさいユリア、じゃお茶のお代わりお願いね」


 私は立ち上がり椅子に座り直した。


「畏まりましたリリアン様、所で」


 焼きそばパンも食べ終わって今は小説のネタ出しをしている私にユリアが真剣な表情で話し掛けてくる。


「なーにー? あ、お茶は砂糖なし紅茶でお願い」


「私の望みはリリアン様とお買い物に行きたいです」


「んー? いいわよ、何処に行く?」


「最近貴族の間で流行っている女性用夜の下着の専門店があるので……そこにリリアン様と一緒に寝る時用の物を買いにいきたく思います、どうせならお揃いで」


「下着ね、りょーかい、しかし流行ってるってどんなのなの?」


 あれ? 下着を着るのに夜とか朝とか関係あるのかしら? 寝る時様の締め付けない奴とか?


 そしてしれっとまた一緒に寝ようとしているユリアの発言はスルーした、まぁどうせお姉様方を丸め込んでベッドに潜り込んで来るのだろう、ユリアは私の事をちょいちょい抱き枕にしてくるからね。


 あ、ありがとう、ユリアが差し出して来たお茶を飲む私、その時ユリアが。


「べびーどーるとかいう物らしくて、かの『夜の伝道師』ことリオン卿が残した情報から作り出された透け透けのセクシー可愛い下着らしいです」


 ブッーーーーーー!!!!


 私は紅茶の噴水を作り出した。


 ……ああ……前世の記憶にあるわ……あの頃はまだ繊維素材がそこまで洗練していなかったのでいつか来る未来の為にと女性用下着のデザインやら何やらをメモ書きにして家に残して置いたっぽい……昔はかぼちゃパンツが基本だからね……綿パンツを一応流行らせたけど今はまだシンプルな物が多いからなぁ。


 そっかぁ……透け透けベビードールかぁ……この世界の貴族達の出産率が上がりそうだねぇ……。


 ……ん?


 あれを着て私と添い寝? 私もあれを着るの? ユリアさん大丈夫? 寮のお姉様と一緒に鼻血とか出さない自信ある?


 ベッドが真っ赤になるとか私は嫌よ?


「さすがブレッド家よね……時代の最新を行くわね……」


「そうですねリリアン様、他にも色々と、かのリオン卿の残した情報から様々な物を発売していますからね」


 ユリアの発言を聞くと、私の中に前世の私が残した数々のメモ書きの情報が浮かんで来る、私はそれらを一つづつ噛み締めるように確認をすると……話題に出す事をやめた。


 そんなんだから『夜の伝道師』とか呼ばれるんだよ自分のバカー!


「リオン卿の名前は永遠に残りそうよね……」


「発明王の片割れですから、未来永劫残るでしょうね、所でリリアン様」


 発明王か……クランクさんの事だね。


「どうしたのユリア?」


「リリアン様が噴出した紅茶で私がびしょびしょな訳ですが……」


「あ、ごめんなさい、本館のお風呂に行ってきていいわよユリア」


「……折角ですしリリアン様もご一緒しませんか?」


「え? 私は後でいいわよ、ユリアだけで入ってきなさいな」


「ああぁ……折角丹精込めてお入れした紅茶を吹き出され、あまつさえ全身に吹きかけられるとか……わたくしは悲しうございます、ョョョ」


 ユリアに『レオン』名義の色々な小説を書かせだしてから、ちょっと性格が変わってきたのよねこの子……色々なジャンルの話を教え過ぎたかしら……オタク化してきたというかなんというか……。


「あーもう判ったわよ、じゃぁ一緒にお風呂ね、だけど前みたいに私を手で洗うのは無しだからね?」


「はいリリアン様! 洗いません!」


 ふぅ……なんか怪しいなぁ……こないだも顔を洗うには布を使うより手でやったほうが良いという私の洗顔理論を体を洗う事へと振りかざして来たからね……間違ってはいないんだけど、それなら自分でやるわよ……。


「じゃ行くわよユリア」


「はいリリアン様、そうだ、貴族学校の男子からの送り物の花束を使って、花ビラを浮かべた花風呂とかやってみますか?」


「却下!」


 何が悲しくて男からの送り物を浮かべたお風呂に入らないといけないのよ……いや、お姉様方に貰った薔薇の花束があったっけか……。


「いえ……そうね、それはお姉様方に貰った薔薇の花束でやってみましょう」


「畏まりました! ちょっと先にいって用意しますねー」


 ユリアはパタパタと走って行った、もうすぐ18歳だというのに忙しないというか何というか……まぁ可愛いからいいけどね。

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