第72話 パン屋の娘

 side 王都の片隅


「お姉ちゃん本当にやるの?」


「仕方ないのよ、お父さんも病気で寝込んでいるし、お母さんは看病で手一杯……私が作った物だと……」


 王都の片隅にある何処にでもありそうなパン屋、そこで二人の姉妹がテーブルを囲みながら会話をしていた、16歳と12歳の姉妹だ。


「でもあの本には本の中の真似をして何か被害を受けても当方は一切関知しませんって書いてあったと思うんだけど……」


「え、そうだったっけ? でもレシピは本格的な物だったし、どうせ後が無いなら試すしか無いわよ」


 姉の方が、庶民に出回っている安い紙である、わら半紙をテーブルに乗せて妹を説得している。


「あの本には『この物語は創作された物語であり、実在の人物、組織、出来事とは一切関係ありません』って書いてあるし、真似するのはどうなのかなぁ?」


「……妹ちゃんよくそんなの覚えているわね……」


「何度も読み直したからね! 借りてくれてありがとうね、お姉ちゃん」


「うちの今の状況では買ってあげられないからね……友達に頼み込むくらい、なんて事ないわよ、頑張って自分で買えるようになりましょうね!」


「うーん……それは魅力的だけども……やっぱりやめておいた方が……」


「お父さんが作って無いというだけでパンの売り上げが落ちたわ……味は対して違わないのに! 女がパン職人をしているってだけで侮られるから普通にやってたんじゃ駄目なのよ……」


「お姉ちゃんのパンはお父さんに負けないくらいの味なのにね、うーん、ならまず本に書いてあったようにしてみようか?」


 そう言ってテーブルに置いてあるわら半紙を覗き込む妹、姉の方は妹の横に椅子を移して一緒に紙を読み始める。


「そうね、主人公はまず現状を整理する所からやっていたわね」


「お店の立地や客層を確認するんだっけ?」


「うちは王都の端っこだし庶民でもお金が無い方の場所よねぇ?」


「労働者階級が多いのは主人公が助けたお店と同じだね」


「となると、主人公のやった塩っ気の高い総菜パンというのはいけそうかしら?」


「そもそも総菜パンって見た事ないよね?」


「そりゃぁ庶民のパン屋のパンなんて全粒粉パン一択だもの、高級なパン屋には……総菜パンがあるのかしらねぇ?」


「やっぱり創造なのかなぁ? ……だってパンにお肉やシチューを乗せて焼くのっておかしいもんねぇ」


「ぅ……確かに……冷静に考えてみると……いえ、屋台には小麦粉を溶いた物を薄く焼いた生地に肉やら野菜やらを乗せて巻いた物があるじゃない?」


「あ、そっか! それならパンにお肉を乗せてもおかしく……ない?」


「と……思うのだけど……本にあったパンを再現したら売れるんじゃないかなぁ……うーん、自信無くなってきたわ……」


「そういえば本に出て来る主人公は宣伝も大事だって言ってたね、『王者のパン』という本に出て来るパンを再現しましたって宣伝したらいいのかもねお姉ちゃん」


「そういえばそんな話もあったわね、確か、『どれだけ素晴らしいパンでも、人々が知らなければ意味が無い』だったっけ?」


「そうそう! お姉ちゃんも覚えているじゃない、私、本のタイトルにも成って居る『王者のパン』食べてみたいなー」


「あれは砂糖を使うし、金型も必要なのよ……まずは簡単に出来そうな総菜パンからね」


「ちぇー、じゃぁ作品に出て来たパンの中から簡単そうなの選ぼうかお姉ちゃん」


 妹はテーブルに置かれたわら半紙に書かれた様々な総菜パンの名称をチェックし始める。


「そうね、やっぱり最初は焼肉パンかなぁ?」


「私ホワイトシチューパンが食べてみたいなぁ」


「ええ!? 水分のあるシチューは難しそうなんだけど、むむん……」


「頑張ってやってみようよお姉ちゃん」


「そう……ねぇ……」


 ……。


 ……。


 ――


 ――


「毎度ありがとうございましたー、シチューパン売り切れでーす」

「ありがとうございまーす」


 パン屋に居た最後の客が帰り、その後ろ姿に元気よく声をかけていく姉妹、姉は店の扉から外に出てオープンを示す看板を外して来る。


 お店の扉の鍵をかけて控室に戻った姉妹はお互いの目が合うと両手を出してハイタッチをする。


「やったねお姉ちゃん! また売り切れだよ!」


「そうね! シチューパンのおかげで普通のパンも売れて嬉しい悲鳴よね」


 そうして二人は控室のテーブルに横並びで着き、ポケットからわら半紙を取り出して置いた。


「『王者のパン』の中に出て来るパンの再現っていう宣伝は大当たりだったね、お姉ちゃん」


「そうね妹ちゃん、でも……」


「うん、本の主人公も言ってた、美味しい物はすぐ真似をされるって、だから次を考えようよ! お姉ちゃん」


「判っているわ、シチューの水分を飛ばしたり焼く時の火加減とか難しいけども、それなりのパン職人ならすぐ同じ物は作れるはず、なら次は……どうしようかしら?」


「ふふーふ、私はこれが良いと思うの」


 妹がわら半紙に書かれた一つの文章を指さす。


「えっと……ソーセージスティックパンとベーコンスティックパンね、どうしてこれなの?」


「これは片手に持って食べられるからだよ! しかも具をパンでグルグル巻きにして堅めに焼いてあげれば長めのパンでも折れないから持ちやすいし、労働者が外で食べるのも楽だと思うんだ」


「なるほど……客層に合わせるのね? シチューパンは丸っこいから歩きながら食べたりは難しいかもね……よし! まずはお肉屋さんに相談しにいこう妹ちゃん」


「……お姉ちゃんは肉屋の次男狙いだものね……」


「ち! 違うのよ? 私はモテモテで旦那なんていくらでも選べるんだけど、あいつが私の事を好きだからしょうがなく! 可哀想だからしょうがなく構ってあげてるのよ? ほんとよ?」


「そうやってお姉ちゃんが素直にならないから結婚出来ないんだと思う、お兄ちゃんがうちに婿入りしてくれたら楽になるのになぁ……」


「あうう……」


 ……。


 ……。


 ――


 ――


「毎度あざーーっす、ソーセージパン売り切れっす」

「ありがとうございまーす」


「ありがとうございましたー……こら! ここは肉屋じゃないんだから丁寧に挨拶しなさいよ!」


「あーわりーわりー、えーと、コホンッ、ありがとうございましたー」


「夫婦ケンカは後でやってね? お姉ちゃんにお兄ちゃん」


「ふうふ! まだ夫婦じゃないわよ妹ちゃん!」

「そうだよ、教会で結婚の宣誓をしないとな、でも必要なお布施が結構高いんだよなぁ……」


 姉妹に一人の男性が加わり、今日もパン屋は繁盛をしている、が今は丁度お客が居ない様だ。


 そんなパン屋の扉が開き、扉につけられた鈴の音が店内に響く。


「らっしゃっせ……」

「いらっしゃ……」

「いらっしゃいま……」


 三人の声は尻すぼみになっていく……何故なら、扉を開けたメイドの脇を通り店内に入ってきた少女は金髪碧眼の超美少女だったからだ、恐らく妹と同年代だが、その装いといい物腰といい庶民の街に居る階級には見えない。


 そもそもメイドを伴って歩く時点でそれは……。


「こちらで『王者のパン』を扱っているのだと聞いたのだけど、買う事は出来ますかしら?」


 超美少女の声は三人の脳に浸み込む様な素晴らしい物で三人は呆けてしまっている。


 が、いち早く正気を取り戻した姉が。


「は、はいお貴族様! こちらが『王者のパン』です!」


 姉の貴族という言葉に息を飲む男と妹。


「へぇ……見た目はちゃんと、まだ切られて無い食パンみたいになっているのね……」


 金髪碧眼な超美少女の呟きに姉が反応する。


「しょく、なんですか?」


「ああいえ、なんでもないの、ここで少し試食する事は出来るかしら? 切ったパンは勿論ちゃんと買うから」


「はい、今すぐ切り分けるのでお待ち下さい」


 そうして姉が切り分けた『王者のパン』、そのパンを超美少女と黒髪黒目の美人メイドが食べて居る。


 姉妹はゴクリッと唾を飲みこんでいる、実はこの『王者のパン』は作ってはみたものの材料費が高いのでパン自体の値段も上がってしまう事もあり、まったくと言って良いほど売れてないのだ。


 味には自信があるがまったく売れてないそれ、もしお貴族様の機嫌を損ねたらと……姉妹はお互いに寄り添い恐怖を紛らす。


 パンを食べ終えた金髪碧眼の超美少女は姉妹に顔を向けると、ニッコリと笑顔を浮かべ。


「美味しかったわ、うちの実家と私の出先で食べたいのだけれど営業日を教えて貰えるかしら?」


「え、営業日ですか?」


 ……。


 ……。


 超美少女の話を聞く姉妹達、彼女の話によると、実家の男爵家と超美少女の通う貴族学校で『王者のパン』を食べたいので、営業日が有る日は毎朝使いの者に買いに来させるので予約をしたいという話だった。


「ではよろしくね、あ、そうそう」


 パンの継続購入契約の話が終わり帰ろうとする超美少女が振り返り。


「本の真似だけでない総菜パンが出て来るのを楽しみに待っているわね、例えば……英雄リオンが広めた焼きそばなんて乗せて見たらどうかしら? では失礼するわ」


 そう言葉を残し、メイドの開けた扉を通り、道に止まっている馬車に乗り込んでいく超美少女、そこにメイドが乗り込むと、庶民街には似合わない立派な馬車が走り出して去っていった……。


 姉妹と男は長い溜息をつくと……。


「びっくりしたなぁ……お貴族様にしてはやけに気安い感じだったな」


「そうね、うちのパンを美味しいって言って下さったわ……」


「しかも貴族と継続購入契約をしている事を宣伝に使って良いって言ってくれたよね……すごく良い人だねお姉ちゃん」


「そうなったらお客倍増だな! でもあれだよな、パンの上にリオン様が広めたっていう焼きそばを乗せるなんて発想は世間知らずなお貴族様っぽいよな」


「は? 私のパンを美味しいって言って下さった方の言う事なのよ? 絶対に美味しい物が出来るに決まってるじゃないの! 馬鹿な事言うと婚約破棄するわよ!?」


「お馬鹿なお兄ちゃんの事はほっておこうよお姉ちゃん、まずは試作品を作ってみよー」


 姉妹は男をその場に置いてパンを作る厨房へと入っていく。


「焼きそばの味付けは濃いめの方が良いかしらね?」


「そうだねー、うーん……他のパンみたく具材と一緒に焼き上げるんじゃなくて、それ専用の形に焼いたパンに切り込みを入れて、後から味を濃いめに調整した焼きそばを挟んだらどうかな?」


「妹ちゃん天才ね! それでいきましょう」

「えへへー」


 姉妹は仲良く作業を始め、男は……。



「いや待ってくれよ、別に馬鹿にしたんじゃないんだって、気安い感じで友達になれそうな貴族様だなーって意味で言ったんだってば!」


 そう弁解しつつ姉妹へと近づく男だった。


「貴方があの方とお友達になんて身の程知らずよ、また買いに来るって言っていたし……お友達には私が成るわ!」


「えーずるーいお姉ちゃん、私もお近づきになりたいよー」


 やんややんやと会話をしつつも作業をしていく姉妹達と男。



 そのうちに王都に『焼きそばパン』が生まれる日も近そうだ。



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