第71話 応接室にて
「……そんなに売れているの?」
「はい、リリアン様予想の二十倍は売れています……嬉しい悲鳴と言った所でしょうか、国営の印刷所もここの所の大量注文によって、新たな印刷所の増設が決定しました」
「そっかぁ……あの本達がねぇ……」
あ、こんにちは、リリアン・ミルスター12歳です。
今日は珍しく商人のロバートが貴族学校に尋ねて来たので職員寮の応接室を借りて対応しています、対面に置かれたソファーに私とロバートが分かれて座っている。
もう私達が『リリー&ユリー』だとバレているので今や超有名商会であるロバートと大っぴらに会っても問題は無い……無いったら無い。
いやさ、コソコソするのにもう疲れたし、利益に群がる様な輩は高位貴族のお姉様方の実家パワーで完全に駆逐出来ているからね……もうすでに十を超える商会やらが潰されました、物理的に。
お貴族様怖い! ……まぁ潰されたのは暴力とか脅迫を使ってくるような商会だったんで自業自得だったんだけどね。
ついでにそれらの商会と繋がっていた中級貴族達も連座でバイバイしました……物理的に。
貴族怖い貴族怖い!
でも私も貴族の一員だった!
「それって私もお手伝いした『レオン』名義の本達のことですよね?」
側に立って居たユリアから質問が来たので、頷きとともに答えてあげる。
「そうね、内容が内容なだけに作者名義を変えたあの本達の事ね」
夏季休暇の頃に思い立った例の『レオン』名義で本を出す計画、すでにユリアにも手伝ってもらって5冊程発行している。
最初に書いたのは『保健体育』と銘打った性のあり方や運動や安全に対する物等……まぁ日本の教科書に似ているがちょっと性部分や健康を保つ為の清潔を推奨する部分を多めにした物だ。
そして、ついでとばかりに『リリー&ユリー』では出せなかった書籍を出してみたんだ。
リリユリは正統派で概ねハッピーエンドに向かう書物でストレスを感じさせない恋愛や友情や青春をネタにした物が多い、『騎士物語』に戦争なんかは出て来るが実際の悲惨な部分とかはあんまり描写もしない様にしている。
なので『レオン』名義ではそれ以外の物を出す事にした、まだファン心理のこなれていない世界でジャンルが違い過ぎる物を同じ作者が書くと危険だと思ったからね。
その分何処にでも居る名前の『レオン』名義でははっちゃけた、『ホラー』物に『推理』物に『現代』物に『冒険ファンタジー』物と新たなジャンルの風を吹かせた、いざとなれば同姓同名作者さんが一杯居ると言い張る。
過去に居た英雄で物語の主人公になっているせいか『レオン』なんて名前はそこら中に居るからね……。
あ、現代物ってのはこの世界の現代なので、今回は王都の端っこにある売り上げの悪いパン屋を女の子である主人公がいかにして繁盛させるか、みたいな奴ね、現代日本の事ではない。
後は、この世界には魔物のレイスやゾンビが普通に居るんで、一夜明けたら都市の住人がほとんど全てゾンビやレイスやらに成っていてそこから生き残っていた住人が脱出する、ってな感じの『ホラー』物と。
とある貴族の跡継ぎが不審死をして、その容疑者にされかけた別の貴族が、持ち前の頭の回転の良さで真犯人を論理的に追い詰めて白状をさせるという『推理』物を出した。
実はこの推理物なんだけど、この世界って冤罪が滅茶滅茶多いので、犯人を見つけるならちゃんとした証拠を集めて理詰めで確定しなさいよ、という世間への問いかけの意味もある……。
まぁ祝福で嘘を見破る能力とかはあるんだけど、それが使える人はそこまで多い訳じゃないからね……使えても立場が弱いと悪党に消されちゃうし……。
後は『冒険ファンタジー』物というか、出て来るキャラが10人の男の子だけの冒険物を出した、内容はよくあるやつで。
年齢が少しづつ違う若い男の子達が浜辺に座礁していた船に乗り込んで遊んでいたら、船が波に攫われて出航してしまい、操船出来る訳もない彼らは無人島に辿り着き、そこでサバイバル生活を余儀なくされる……って奴で……。
うん、もろにパクっ……インスパイアの塊みたいな内容だな!
……しかしまぁそれらの本が……。
「そこまで売れたとは予想外ね……あ、ロバート! ちゃんと本の最初には例の一文を入れてあるわよね?」
私は大事な事を再度確認していく事にした。
ロバートは真剣な表情でもって答えを返して来る。
「勿論ですリリアン様、ちゃんと『この物語は創作された物語であり、実在の人物、組織、出来事とは一切関係ありません』でしたっけか、いつもの様に一番最初のページに大きく印刷されています」
「安心したわ……創作系の本にはそれをしっかり示していかないといけないからね」
ついでに巻末にも本の中の真似をして何か被害を受けても当方は一切関知しませんって一文も載せている。
そのうち前世のネタを利用した物も書くつもりだからね……創作で書いてますよって事と真似するなって事は毎回きっちり言わないとな……まぁもうレオンの身内とか何処で何をしてるのかとか詳しくは知らんのだけど……ミレオン王国の王侯貴族の一部がうちの王国に下って中級貴族になってるらしいんだが……。
遠い属国扱いみたいな場所の内情まで知る事は出来ないからなぁ……まぁどうでもいい話と言えばそれまでの事なんだけどもね……。
私にとって前世は本を読むが如しだからね、感傷とかは湧いて来ないんだよね、せいぜいお気に入りのキャラのその後はどうなったのかな? と思うくらい。
「リリアン様は毎回その文言を入れていきますよね? そんなに大事な事なのですか?」
ユリアがお茶のお代わりを淹れてくれながら問いかけて来る。
「勿論よ! 『本の通りに動いたら不利益を出したけどどうしてくれるんだ!』みたいな事を言って来る奴が来ても困るでしょう? 無人島でのサバイバルの仕方なんて机上の空論だもの、真似されたら困るわよ」
「あんな事を真似する人って居ないと思うのですが、例え真似をしても自己責任では無いでしょうか?」
ユリアが私にお茶を出しながらそんな事を言って来る。
今年で17歳になったんだっけか? 私はユリアがロバートにお茶を出した後に、私の横にユリアを座らせると、その艶のある黒髪が美しい頭を撫でていくのであった、ナデリコナデリコ。
ピュアなユリアなままで居てねとの思いを籠めて、ナデリコナデリコ。
「えっと、私はなんでリリアン様に撫でられているのでしょうか……あ、やめないで下さい……もっと……」
うっとりとしているユリアが可愛らしいので私は空いている片方の手を彼女の顎あたりをそっと撫でて行く事にした、ほら……ワンコって顎の下あたり撫でると喜ぶじゃん?
「あ、ふぅん……すごく良いですリリアン様……」
「俺の婚約者に何してんですかリリアン様! 羨ましい!」
あ、ロバートが切れた、そして本心も暴露しちゃってる、ふふーん悔しかったら自分でもやればいいのに、お互いピュアピュアなんだからもう……しょうがないからこの後で二人っきりに……ここは教職員寮の応接室だったからそれは無しね。
残念だったわねロバート! うちの実家にある小屋だったら、この頬が真っ赤に染まったユリアを置いて二人っきりにしてあげたのになぁ……いつもタイミングが悪いわよねぇロバートって。
まぁユリアが言うには、そんなちょっと間の悪い部分を持って居るロバートが可愛いらしいけどね……私にはちょっと判らない話だわね。
だらしない系男子を好きになる女子の係累かしら? ……ちょっと違うか、ナデリコナデリコ。
「はわぅ……リリアンしゃまぁ……」
「ちょっとリリアン様!? まじで変わって下さいよぉ!」
悶えるユリアと身を乗り出してアホな事を言い始めるロバート、こんな絡みも久しぶりよね……実家の小屋で、儲けの小さい商いの話を三人であーだこーだと相談してた頃が懐かしいわね……。
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