第70話 練習日
日本ほどではないが四季のあるこの地域ですが、やっと暑さも収まってきました。
夏季休暇も終わり貴族学校に戻ってきた生徒達は今日も勉学に励んでいます。
「もっとこうぐいっっと腰や体を私に押し付けるように」
「は、はいリリアン様」
……彼女は真っ赤な顔で私を見上げて来た。
「そう、いいわよ、私に身も心も全てを委ねて、私の動きを腰で感じるのです」
「はい、リリアン様……あっ、ごめんなさい」
うぐっ! ……ちょっと踏まれた足が痛かったけど我慢我慢。
「大丈夫よ、私が優しく教えてあげるから安心して身を委ねて」
「リリアン様……」
私は彼女を力強く抱き寄せると。
「はい音楽に合わせて~右右左、クルっと回って~」
「え、え、待って早い、早いですからリリアン様~」
そんな中で私は今日も今日とてダンスの相手をしております。
こんにちは、リリアン・ミルスター12歳です。
この貴族学校には王都周辺の貴族の子女が通っています。
その中には騎士爵の家の子も多いのですが……。
前に社交デビューは10歳から12歳くらいまでに済ますと言いましたが、それは普通の……いわゆる男爵家以上くらいの話でして。
専用の家庭教師を雇うにはお金が必要ですし、親が教えるにしてもそれなりの知識が無いと、という訳で、まだ戦争の終結が十数年前のこの王国だと元平民の騎士爵なんかが溢れているのです。
そういった方々の子女は貴族としての教育が為されていませんので社交界のパーティには出てこれません……な訳で貴族学校で教える事になります。
そもそもこの貴族学校はそういった貴族の常識の最低ラインを整える物でもあり、高位貴族やお金があって家庭教師を雇える貴族なんかは学ぶことがあんまり無かったりしますが、皆で一緒に暮らす事で連帯感を養う為でもある、という建前の元作られた制度なんです。
私は前世の記憶があるので裏の意味も知っているんですけどね……。
私の前世の記憶によると、昔の貴族の家庭教師は教え方が酷かったらしくて、貴族は存在が尊く神によって選ばれた存在なので、その尊い血族が神に選ばれなかった下賤な民を主導するのは当然の事だ……みたいな事を普通に教える家庭教師も居たんだって。
まあね、血が繋がっていると祝福の能力が同じ物が出やすい事も有り、特殊な能力を持った人間が人々を導く存在になるって事はあるかと思うんですよ。
だからと言って貴族であるというだけで偉い訳では無いと思うんだけど、貴族の仕事をしないくせに自分は高貴な存在だと他者を見下し虐げる貴族は少なからず居たみたい。
まぁ、そういうお馬鹿貴族は、前世の私がこっそりと少しづつ裏の力を使って削っていたみたいだけども、そういった存在が完全に居なくなる事は無いし、それと裏の力は使い過ぎるのも毒だと思っていたようで、本当に酷い奴だけに絞ってたみたい。
子供の頃にそういう勘違いした教えを受けると中々抜け出せないだろうという事で、この学校ではノブレスなんちゃらって奴を教えている。
貴族としての権利を行使するのならば義務も伴うって事をしっかりと! ね。
それを教える為の貴族学校って事が裏の意味で存在している。
とまぁこの学校が作られた理由なんてのは今はどうでも良くて。
下級貴族達は貴族学校の中で様々な事を学んで、やっと社交デビューが出来るという訳だ。
そして冬の社交界が来る手前の秋ごろに、学校で生徒のみのパーティなんかを開いて下級貴族に経験を積ませる事もしているらしい。
この涼しくなった時期はそういった社交に関する授業が多いので、すでに学び終えている私や高位貴族の人達は授業を免除されている物も多いのだけれど……。
何故か貴族学校の教師から、女子達のダンスの相手として私にお手伝い要請が来た。
男子と女子を一緒にダンスの練習をさせてしまうと、本番での緊張感やドキドキが薄れてしまうだろうという事で、ダンスの授業は性別ごとに分かれている。
大抵は年上のお姉様方に男性パートをお願いするらしいのだけど……どうしても『百合騎士』の私に教えて貰いたいという要望が多かったんだってさ。
まぁいいけどね、授業を免除されても空いた時間は男子や女子が遊ぼうとかお茶会をしようと突撃してくるだけなので、ゆっくり休む暇が無い事に変わりは無い。
それならばとお手伝いをしている。
どうせやるならって事で、私は騎士っぽい男装服を着て練習相手をしてあげている。
といってもお母様似のサラサラの金髪を後ろで束ねて背中に流しているので、見た目が男っぽい訳じゃ無い。
私の背の高さも平均よりちょびっと高いくらいかな? って程度なので普通に美少女しています。
それなのにダンスの相手をする女子がみんな真っ赤な顔をして来るのが……解せぬ……。
鏡で自分を確認してみたけど、普通に美少女が男性の服を着ているって感じなのに……どこに萌える要素があるのかなぁ? 私にはちょっと理解出来ない。
そうして次々と順番に教師と一緒にダンスを教えていくのだけれど……。
「×××様はダンス踊れますよね?」
なぜか私の前にいる同級生、彼女は伯爵家の子女なので、きっちりとダンスの教育を受けているはずなのだが……。
「『百合騎士』様と踊れるチャンスを逃すはずがありません! それともリリアン様は私と踊るのがお嫌なのですか?」
いや、嫌も何も今は練習をする時間なので……困った私は教師の顔を見たのだが、男爵家の娘である女性教師はそっと視線を外して来た……。
ぬぐぐ、身分社会め! ……仕方ない、ささっと一曲踊ればいいか。
「×××様、私と一曲踊って頂けますか?」
仕方ないので、片手を彼女の前にだし、残ったもう片方の手は自分の胸に置き、きちっとした男性側の作法でダンスに誘うのであった。
「よろこんで」
笑顔満開で私の出した手に片手をそっと乗せて来る×××様。
まぁダンスパーティはこういう物だよ、というのを周りの下級貴族の人達に見せるためだと思えばいいか……。
そして色々察した音楽係の人達が練習用の単調な音楽では無く、よく社交ダンスパーティで演奏される楽曲を演奏してくれた……いやそんなんせんでもいいのに……。
あ、ちなみに録音の魔道具とかはまだ発明されていないので、パーティは元よりこの練習中でも生演奏です。
練習とは違う本気のダンスを周りに見せつけながら踊る私と×××様、まぁ見るのも練習になるからいいだろう。
ただ少し懸念点があって……なんだろうか、社交ダンスの授業を免除されているはずの高位貴族の同級生のお嬢様達が何故かこの練習部屋に次々と来ていて、順番を形成している感じに並んでいるのがちょっと怖い。
まさかと思うけど私待ちじゃないよね? 今日は下級貴族の為のダンスの練習授業だからね? その辺りちゃんと理解していますか?
……。
……。
――
――
うごごごごご……疲れた……死にそう……うそ……〈回復魔法特〉で体力は全開しました! うう……丈夫で健康な自分が恨めしい!
「リリアン、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫ですお姉様」
あの悪夢の連続ダンスが終わり、寮に帰ってきた私、お風呂にも入って夕ご飯も食べたしさっさと寝たいのだけども、ここは私の部屋だけど私の部屋じゃないという微妙な所で好き勝手に出来ないのがもどかしい。
今私とソファーに並んで座って居るのは侯爵家の二歳年上のお嬢様だ、銀髪がサラサラとしていてまじで可愛い、というか高位貴族の女の子って大抵が可愛い、そして男は大抵がカッコイイ。
ある程度歴史のある権力者ってのは美男美女を血に取り入れていくせいか、美人やイケメンが多いと思うんだよねぇ……。
「ダンスの練習もいいけれど本番も楽しみねリリアン」
寝る前の雑談時間なのでパジャマ姿のお姉様が楽し気に語り掛けて来る。
「大人の社交界時期の前に行われる貴族学校のダンスパーティの事ですよね?」
「そうよ、勿論リリアンは最初のダンスは私と踊ってくれるのよね?」
「……苛めるのはやめて下さいお姉様、お姉様連合内でクジ引きで決めたのは聞いているんですからね?」
「ふふ……ごめんなさい、リリアンが困る姿がちょっと見たかっただけなの」
銀髪のお姉様は私に横から抱き着いて来て謝って来る、スキンシップが激しいのだ、このお姉様は……。
でもおかしいな?
「お姉様、今日一緒に寝に来る予定のもう一人のお姉様はいつ来るのでしょうか?」
「んー? 急に涼しくなったせいか、あの子はちょっと調子を崩してしまったみたいでね、今日は二人っきりよリリアン」
お姉様の私を抱く力が強まる……まずい……前々から感じていたが女性の私への好感度が上がり過ぎて来ている……三人で寝る事でなんとなく歯止めがかかっているなーと感じていたのだが。
貞操の危機を感じた私は部屋の隅に立って居るユリアに助けを求める事にする。
そう、このお姉様は二人っきりと言うが普通にメイドとかは何人も部屋に居るのだ、貴族にとって彼女らは目に見えない存在となる時もあるって事は重々承知なのだが……。
「ユリア!」
「はい、リリアン様」
私の声に即座に反応するユリア、そしてユリアはお姉様の前に立つと。
「×××様、リリアンお嬢様をお放しになって下さいまし『百合物語』にもあったはずですよ『(相手の意思を)尊重出来ない百合はただの百合だ』と」
「は! ……そうでした……ユリー様、私は尊い百合の世界を汚してしまう所でした……」
そんなセリフもあったわね……正直私には良く理解できないユリアの考えた独自のセリフだったんだけども……お姉様は理解出来るのかぁ……。
「判ってくれて嬉しいです、それと私はリリアン様のただのメイドですから様付けは要りません」
「『リリー&ユリー』に様付けをしないなんて事は有り得ません!」
ユリアはメイドで孤児院出身の平民なんだけども、本の作者である事が身バレしちゃったからなのか貴族学校の女子からは絶大な人気があるのよね……その黒い髪と目のエキゾチックさもあってか良く挨拶をされたりしているのよ。
「ありがとうございます×××様、どうでしょう、今日は
ん?
「確かにそれは良い考えですね! リリアンも良いよね?」
よく判らない展開だけども……貞操を救ってくれたユリアの提案だしね。
「ええお姉様、私はそれで構いません」
そうして寝間着に着替えてきたユリアと一緒に寝る事になった。
?
いやいやいや、おかしいでしょう?
なんであの流れでユリアとお姉様に挟まれて寝る事になるの? 何の間を取ったのよ! 意味が……。
……。
……まいいか。
私は右手をお姉様に抱き枕代わりにされポヨポヨを感じ、左手……どころか体ごとユリアに抱き枕にされ顔にポヨンポヨンを感じながら……考える事をやめて寝る事にした。
っとそうだ、二人に〈回復魔法特〉を使ってお肌艶々にしておかないとね。
◇◇◇
後書き
主人公視点じゃちょっと説明が難しいので
ユリアはリリアンとの時間が他のお姉様方に取られてちょっと嫉妬を感じていたのです
お部屋でも今のこの間借り現状だと二人っきりになれないので、大好きなリリアン成分が足りなくてちょこっと暴走爆発したって感じです
以上説明終わり
◇◇◇
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