第69話 また私はレオンを名乗る

 こんにちは、リリアン・ミルスター12歳です。


 はぁ……。



「お姉様大丈夫?」


 私の横に座っているアーサーが下から覗き込んで心配げにそう言ってきた。


 8歳と少しになったアーサーだが、たった数か月会ってなかっただけでずいぶん成長している気がする。


 でもまだまだ私よりは小さいこのイケメン弟、心の優しい良い子なので本当に可愛い。


「大丈夫よアーサー、貴方は本当に優しくて良い子ねぇ~」


 そう言ってアーサーを横から抱きしめて頭をヨシヨシと撫でてあげる私、はぁ……これが母性本能という奴なのだろうか……ん? あれ? これは?


「ちょ! 姉様やめてってば! 恥ずかしいよ!」


 むむ!? 私が貴族学校に行く前なら嬉しがってアーサーの方からも抱き着いてきたのに、第一次思春期到来なのだろうか、むー、こういう時にあんまり構うと本当に嫌われてしまうので離してあげた。


「アーサーも男の子でお兄ちゃんだからね、あんまり構い過ぎちゃだめよリリアンちゃん」


 私とアーサーが座るソファーの対面にはお母様が座っている、相も変わらず十代に見える妖怪美少女っぷりがすごい、正直な話、貴族学校に居ても違和感が無さそう……。


「判ってますよお母様、アーサーも前より体ががっしりしてきていて、強い男っぽくなってきたわよね~」


 まぁ実際にアーサーは少し背が伸びてはいるがそこまで男っぽさは無い、まだまだ可愛いショタっ子だ。


 だがしかし、男の子は可愛いと褒められても嬉しく無い時期がある事を私は知っているのでこんな褒め方をしたのだ。


「ほんと!? 姉様に言われた運動を続けてるからかな~? えへへ、姉様姉様! どの辺が男っぽいかな?」


 アーサーが嬉し気に私の腕を取ってブラブラ揺らしながら聞いて来る、うむ、ショタ可愛いなこやつめ……。


「そうねぇ、こう目のあたりが少し凛々しくなって来たかしらねぇ、それと腕の筋肉も前よりついたかしら?」


 実際に前よりも筋肉が増えている気がする、ふむ……気に成った私はアーサーの腕をモミモミして筋肉を確認していく。


 うーん……モミモミ。


 この年齢ならこんな物かぁ……モミモミ。


「あははくすぐったい……姉様やめてよもう! 僕ヘレンの事を見て来るね!」


 アーサーはそう言って、私がモミモミしていた腕を振り払い逃げ出してしまった、ああ……次は膝の上に抱っことかしようと思ってたのにぃ……私の可愛い弟から、ヘレンのお兄ちゃんになってしまったのね……私……寂しいわ……。


 あ、ヘレンというのは私の妹です、貴族学校を出る前に生まれた子でまだ0歳、今は乳母が見ているはず。


「ヘレンという名前にしたのですね、お母様」


 私が貴族学校に行く頃はまだ名前が無かったからなぁ、ほら、赤ん坊は無事に育つか判らないから平民とかだと三歳頃にやっと名前が付くとか普通だし、うちの子は私の回復魔法をたっぷりかけておいたからスクスク無事に育ったので先ごろやっと名前がついたって感じ。


「ええ、お父様がお世話になったブレッド家の奥様の名前を頂いたの」


 ええ、勿論良く知ってますとも、前世で。


「英雄リオン卿の奥様であるヘレン様のお名前ですか」


「ヘレン様はリオン様が英雄と呼ばれるのを好んで居ないらしいわよ」


 そうなの? なんでだろ、私の前世の記憶にはそんな事を言っている物が無いんだけど。


「そうなのですか? 理由を知っていますか? お母様」


「……自分を残して居なくなったのは世間に英雄と呼ばれていたからじゃないかってね……一人の女性としてすごく気持ちが判るわ……普通の人間で良い、ただ側に居てくれればってね……」


 ああ、成程ね、私の前世が死んだ後の話か、納得。


「ヘレン様はお亡くなりになったんですよね?」


「ええ、リオン様が亡くなられてからはブレッド家が拝領していた領地に籠っていたそうだけど、つい先日お亡くなりになったわ……だからこそお名前を頂いたのだけどもね」


 享年70かそこらか? 晩年のヘレンさんははどうだったのかねぇ……まぁそれを今の私が知ってもしょうがないか……。


「うちのヘレンもヘレン様の様に元気に育って欲しいですね」


「そうね……数々の異名を持っていらっしゃる方ですものね」


 そう言って遠くを見つめる目をしたお母様、だが、具体的な異名を口に出す事はしなかった。


 ……。


 ……。



 カチャカチャと私とお母様のお茶を飲む音だけが響く応接間。


「コホンッ、それでリリアンちゃんは貴族学校で上手くいっているの?」


 強引に話を変えてきたね、学校? 勿論何の問題も無く上手くいっていますよ?


 とお母様に言えたらどれだけいいのでしょうか……。


「えーとですねお母様……」


「ふふ……大丈夫よ、お茶会なんかで貴方の噂は聞いているから、なんでも普通は一人が相手だけの『百合姉妹』契約を数十人としたんだってね?」


 わぉ……全てばれている……しかもその噂がお茶会で普通に流れている!?


 仕方ないねん! だって私の入寮権を争った事から判る様に沢山の人が私を狙っていたのに一人相手にだけ『百合姉妹』になる訳にいかないんだもん!


 しかも最初に『百合姉妹』になったお姉様からは、『百合の君』である私だけは特別で何人とでも『百合姉妹』契約をしていいのだという暗黙のルールがすでに出来上がっているとか言い出すんだもん!


 意味判らないよ! 『百合物語』だとそんな契約ルールは無かったのに……現実は小説より奇なりだね? なんて言ってる場合じゃないから!


 うぐぐ……仕方ないので各寮の高位貴族のお姉様達と『百合姉妹』になりました……。


 最初に『百合姉妹』になった時のお茶会に参加をしていた人達とも順番に全員ね、あの人達ってあの寮の高位貴族達が揃って参加しているお茶会だったから、なんでそんな場所に男爵家の娘である私を誘うのかねぇ……いやまぁ理由は知っているけどさぁ。



 寮ごとの一番高い爵位持ちのお姉様の部屋が私の部屋というルールになり、何故かお姉様と同じベッドで寝ています、そして毎回違うお姉様が一人呼ばれ、私を挟む様にして三人で寝るルールに成っているのです。


 どうしてそうなるの? 『百合物語』の中等部では別々のベッドで寝ている描写にしているよねぇ?


 真似をするのならそこも真似て欲しかった!



「まぁ……そんな感じですお母様」


「ふふ、しかも、リリアンちゃんが持ち込んだ服が学校の正式な物になったんですって?」


 お母様はさらに楽しそうに会話を続ける。


「ええ、寮ごとに制服の形を変えて、リボンだけは共通にした物になりました」


「すごいわよねぇ、人と同じ洋服なんて嫌う人が多いのに、さすがリリアンちゃん! 私の娘なだけあるわね」


 私のって……まぁ確かにお母様の名前も有名でしたけどね……お姉様方にミルスター家秘伝の若さを保つ秘密があれば教えてとか何度も聞かれましたもん。


 そんな物は無いので、あれはお母様特有の不思議能力ですって言っても、私の頬の肌をプニプニと突きながら嘘おっしゃいって信じてくれなかったんだよねぇ。


 私の肌の張りは〈回復魔法特〉のおかげだから教える訳にいかないんだよなぁ……。


 しょうがないのでミルスター家の女子でやっているフィットネス運動と各種マッサージを広めておいた、適度な運動は体にいいはずだしね。


 それだけじゃ可哀想なので、私と一緒のベッドで寝ているお姉様方の肌には、毎回こっそり〈回復魔法特〉を使ってあげたりはしている。


 まぁ……そのせいで『百合の君』と寝るとお肌に張りが出るなんて噂が出ちゃって焦ったっけか。


 私の特殊能力と思われてもまずそうだったので、咄嗟に「好きな人と一緒に寝ているからお肌も元気に成るんですよ!」と誤魔化したのは良いんだけども……。


 やっぱり私達は『百合の君』が大好きなのね! とお姉様方のその想いを強く強固にさせる一言に成ってしまったみたいで……私が抱き枕になる日々に終わりは無さそうです。


「そういえば」


「どうしましたお母様?」



「これだけ人気なリリアンちゃんなのに、この長い夏季休暇にどこかに誘われなかったのかしら?」


「ああいえ、それはですねお母様、誘われ過ぎて誰かについて行く訳にいかなかったというか……」



「あ……成程……好かれ過ぎるのも大変だわねぇリリアンちゃん」


 お母様も理解してくれたようだ、この夏季休暇に入る前に、それはそれはすごい数のお誘いがあった。


 女子だけなく友好的な男子からも、そしてお姉様からだけでなく同級生からも……あまりに多いお誘いに誰かを選ぶのはまずいと全て断る旨を伝えたのだ、私もたまには実家でのんびりしたいからね。


 にしてもさぁ、いくら私が『リリー&ユリー』の片割れだからとて、ちょっと好かれ過ぎな気がするんだよねぇ……。


 昔は男子にやたら友好的に近づかれてたけど、今は女子の方がすごい近づいて来るというか……正直少し怖いというか……貞操の危機? と思う事もしばしばしばしばしばしば。


 勿論それは女子が相手ね。


 男子が相手なら祝福で〈身体強化〉と〈格闘〉ダブル持ちで、さらに転生を繰り返すたびに基礎身体能力が上がっている気がする私に勝てる奴はほとんど居ないので、ハレンチな事をして来る奴とかは、私にだけでなく他の女子にしそうになった輩共々ぶちのめしている。


 その度にアホ男子貴族を拳で容赦なくボッコボコにしているので、周りに怖がられてもいいはずなんだけど、助けた女子は元よりそれを見ていた他の女子達がキャーキャー言って近づいて来るんだよね……。


 不良っぽい男子がモテる時期があるように、不良っぽい私の拳と筋肉が好かれているのかしら?


 謎よね。







 まぁこの夏季休暇はアーサーを弄りつつノンビリ過ごそうと思っているわ、ユリアは今、外の小屋でロバートと会っている、その時のロバートの嬉しそうな顔といったら……。


 はよ結婚してしまえばいいのにね……ユリアが私の側にいる事を選ぶせいで中々ねぇ……子供でも作っちゃえばいいのに、ロバートもへたれなんだからもう! せっかくチャンスをあげてて両想いなんだからとっとと押し倒しちゃえばいいのに。


 ……あ! 今度子作り本とか出したら売れるんじゃないかしら? 正しい性の有り方みたいな……。


 お貴族様向けの閨の作法はちょっと間違ってた部分とか危険な知識も混じってたからね。


 うーんと『リリー&ユリー』名義で出すのはあれなので別名義で出すか……よしっ! そういう変わった内容のは『レオン』名義で出そう!










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