第66話 誓い
こんにちは、リリアン・ミルスターもうすぐ12歳です
社交デビューもこなしたし、これで春まで好き勝手に出来る、なんて思惑は甘々だった様です。
社交デビューで目立ってしまった私、まだまだ経験の少ないお子様達のダンスの相手に丁度良いなんて思われてしまったのです……いやほら……こう見えて前世で何度も貴族にはなってるからさ、得意という程では無いけれどもお貴族様のパーティに緊張するって事も無いのよね……今はただの子供なのになんでか仕事が舞い込む……。
そうして今日も今年社交デビューをした貴族子女のダンスのお相手をする羽目に……。
お父様が断りにくい筋からお願いをしてくるという貴族らしい嫌らしさの要請によって今日はここ、明日はあっち、と毎日の様に社交パーティに駆り出されています。
それなりの対価がお父様に流れ込むのだから仕方ないと達観をしていますが面倒極まりない。
「緊張せずに楽しんで踊りましょう、はい、いちにーさんし」
「は、はい、いちにーさん……あわわ」
……。
「やれば出来るじゃないですか、×××様」
「当然だ、家での練習で手を抜いた事は無いからな!」
「なら、私からのフォローを止めますので私をリードして下さいまし」
「ま、まて! もう少し慣れるまではだな……」
「……はぁ……ではこちらに合わせて下さいね」
「まかせろ!」
……。
「×××お嬢様……なぜ私なのでしょうか?」
「『百合の君』と踊ったと従妹に自慢されたのです! ならば私だって……さきほどのお誘いも『百合物語』みたいで完璧でしたわ」
「他の男子の誘いを断ってまでする事では無いと思うのですが……」
「え? 貴方には、この後に20人以上の女子が順番待ちをしてるわよ?」
「ぇぇ……」
……。
社交デビューは大体10歳から貴族学校に入る前くらいまでに済ませるのが通例だ、私はギリギリまでやらなかったけれど、10歳から12歳くらいの子供を相手に踊る訳だ、そして何故か男子だけじゃなくて女子からも誘われる、今日は別に誰にも誘われてない女子とか居なかったんだけども……。
私だけ他の数倍は踊る訳で普通なら疲れちゃうんだろうけど、〈身体強化〉や〈格闘〉はダンスのキレを出すのに役に立ち、〈回復魔法特〉は魔力が続く限り体力を回復出来ちゃう……高スペックな自分が恨めしい!
男子はちょっと踊って会話をしただけでまるで友達になったがごとく話しかけてくるのがなんともモヤっとするのよね……。
女子の方はお友達というよりはこう……姉妹? 同年代の子にお姉様って呼ばれるのはどうにかならないかしら?
……。
……。
そうして社交シーズンを過ごして暖かくなる春を待ち、そろそろ貴族学校が始まると言う時期になる、この世界の学校は4月に始まり3月に終わる、まあ前世の私がそうしたんだからそうなのだ、冬は社交シーズンだしね、それが終わって一息ついたあたりの4月は丁度良いって大人達に受け入れられている。
今日はアーサーの体づくりの為に私が付き合ってあげていて、お母様は大きなお腹で椅子に座りこちらを微笑ましく見守っている。
「ほらアーサー、頑張れ頑張れ、いっちにいっちにー」
お屋敷の庭をグルグルと走る私とアーサー、アーサーはまだ7歳だが後三年で祝福を得る歳だ、そうなれば手に入れる能力によっては厳しい訓練が始まる訳で、そろそろ体を鍛えていく時期なのだ、まぁ今は体力をつけようと庭を走る程度だけどね。
「姉様~待って~、はぁはぁ」
うーん、郊外に住む領地貴族と違って小さい頃から駆けまわって遊ぶ場所が無い王都住の貴族は体が弱いなんて言われてるけども、アーサーもちょっと内向きな性格も相まって、もやしっ子よねぇ……。
前世の時に公共の公園でも設計しておけばよかったな、上級貴族の屋敷なんかは大きな庭とかあるんだけども下級貴族はね……貴族は気軽に外に遊びにいけないし。
誘拐とかまじであるから、綺麗な洋服を着てる子なんて真っ先に狙われるからね。
この国の前の前の王様が大開拓宣言を出した事によって誕生した書類奴隷なんだけど、開拓が終わっても無くす事は出来なかったからなぁ……。
領地貴族や大商人なんかからの根強い反対があって中々ね……それでも無理やり誰かを奴隷にした場合それをした方を罰したり、親の借金で子供を奴隷にする事は許さない法律とかは作ったんだけど。
……まぁ悪い奴が守るはずも無い、私の前世のリオンも正義の味方って訳じゃないし自分の人生をかけてまでそういう事を無くそうとはしなかった、人の世は正義や悪と一括りで判断できる訳じゃ無いし、そもそも自分の周りの幸せが優先だ。
それは今生だって変わらない、私は私の幸せの為に生きるし、家族やユリアの幸せを優先して行動をする。
まぁ余裕があったら多少手を伸ばす事はあるけど……。
「ねぇさま~もうむり~」
っとと、考え事をし過ぎた、走ると言うより、もう歩いていたアーサーの元に駆け寄り体を支えて休ませてあげる。
「ユリア! お水お願い」
「畏まりましたリリアン様」
ユリアにお水を頼むと荒い息を吐いているアーサーを背負ってお母様の座っている場所まで運んでいく。
なんとか椅子に座らせて介抱をしてあげる。
「お水ですリリアン様」
「ありがとユリア、さぁ飲みなさいアーサー、ゆっくり噛むように飲むのよ?」
「ありがとう姉様、ゴクゴクッ、ぷはぁ……美味しい」
ふむ、大丈夫そうね。
「頑張ったわねアーサー、偉いわよ」
お母様に褒められて、息が整ってきたアーサーは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「アーサーももう少し体を鍛えないと駄目よねぇ……お父様にまかせるといきなり組手とかしそうだし……そうねぇ……今度から私の運動に付き合いなさい!」
そう言ってアーサーの頭を撫でていく私、頑張ったからね褒めてあげないと、ナデリコナデリコ。
「いいの!? やったー姉様や皆と一緒だ!」
私の運動というのは祝福を得てくらいから家の女子達を巻き込んでやっているフィットネス運動の事なんだけどね、女子のみでやっているその運動なのだけれど、アーサーは寂しいのか前から参加したがっていたから丁度いい……そろそろ筋肉道に引きずり込もうと思ってた所だし……ふふふ、私が貴族学校の寮住まいに成る前に運動の仕方を一通り教えておかないとね!
「リリアンちゃんの笑顔が黒いわねぇ」
お母様が突っ込みを入れてきた、失敬な! アーサーみたいな将来イケメン確定している子に筋肉を備えたら無敵になるでしょう? モテモテ間違い無しだわ! そうすればミルスター家も安泰じゃないの。
「大丈夫よお母様、最初は優しく教えるから!」
「ふふ、そうね……む……」
お母様が会話を途切れさせて……お腹に手を当ててちょっと苦しそうにしている……。
「お母様?」
「大丈夫……、ユリアちゃん、家の者に産気づいたと言って準備させて、それと担架をお願いって」
「お母様!? ……ユリア! お母様の言う通りにお願い!」
「判りました! 奥様! リリアン様!」
ユリアはすぐさま家の中に飛び込んでいく、私はお母様の様子を見ながら声をかけて状態を調べていく、お母様本人も産気づいたと言って居るのならそうなのだろうけども。
「母様どうしたの? 気持ち悪いの?」
「大丈夫よアーサー、これはね貴方の弟か妹が早く会いたいよって言っているの」
アーサーの頭を撫でながら説明をしているお母様、さすがに慣れた物なのか焦ってはいない。
家から担架を持った従者達が来たのでお母様を運んで貰う、私は心配そうなアーサーに。
「大丈夫よアーサー、もうすぐ家族が増えるからね、そうしたら貴方はお兄ちゃんになるのだから強くあらねばね」
「僕がお兄ちゃんに?」
「そうよ、さぁ自分のお部屋に行きましょう」
手を繋いでアーサーを自室に連れて行く。
……。
……。
――
――
この世界に正式な医者の資格なんていう物は無い、回復魔法が無ければ、本当かどうか判らない民間の医療知識によって治療されているのだ、私の前世にはそれをどうこうさせる事は出来なかった。
だってしょうがないでしょう? その知識は間違っているから治療にはなって居ないだなんて指摘したとして、何処がどう間違っていると説明したらいいの?
細菌? ウイルス? 栄養不足? 運動不足? 理解の出来ない事を言う人間なんて魔女狩りに合うだけなのよ、自分達で知識を積み上げてどうにかして貰うしかないと思って居る。
勿論、身綺麗にした方が病気が少ないとかそういう事は経験則的なものとして広めたりはしたっぽい。
貴族になると出産は身内でどうにかする所も多いらしく、従者の嫁やら女性陣が総動員される話なのだ、うちもそれに習い身内でどうにかする。
私は拙い医療やらの知識を総動員して我が家の女性陣の意識を変えてきた、その知識の源泉は大図書館の本からだという嘘はついてしまっているけども。
一番は綺麗な状態を保つ事だ、そして万が一には〈回復魔法特〉も使うつもり。
部屋の外から家に帰ってきた父親がドスドスと廊下を歩いている音が聞こえる……煩い!
「お父様静かにして下さい!」
お母様の居る部屋から顔だけ出して廊下にいるお父様に注意をする。
「お、おお、リリアン、マリオンは大丈夫か?」
「お母様は大丈夫です、今の所お父様に出来る事は何もありませんのでアーサーの世話でもしていて下さい」
バタンっ、言うだけ言って扉を閉める私。
すでにお母様は陣痛の間隔が短くなって来ていて忙しいのだ!
えーと確か陣痛の波が来たらヒッヒフーだっけ?
そしてヒーウン呼吸になって最後がフーフー呼吸だっけ?
……。
……。
――
――
生まれたのは妹だった、私の時より元気な泣き声だったとか言われ、きっと元気一杯に育つのだろう、回復魔法はこっそり使う程度で済んだ。
一番の心配事だったお母様の出産も無事終わり、私はもうすぐ貴族学校の寮住まいになる、これは全ての学生が共に暮らす事で連帯感を持つ為となっていて例外はほとんど認められない、まぁ家に帰れなくなる訳では無いんだけどもね。
こんなにも小さくて可愛い妹の側で生活出来ないというのは悔しいけども仕方がない、帰還を許されるお休みの日には必ず実家に帰る事にしよう。
ああ……私は幸せだ。
この姿で誰かの娘として生まれ、最初は不安もあったが……今はすごく幸せだ。
私には愛する家族が居る、商売も上手く行き資金もたっぷり稼いだ。
こんなにも今が幸せなのだから、きっと貴族学校でも何もかも上手く行くだろう……。
私は、これからも家族や身内と共に幸せに生き抜いてみせる。
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