第65話 壁の華

 咲かぬなら、自分が咲こう、百合の花


 こんにちは、リリアン・ミルスターもうすぐ12歳です。


「初めまして、リリアン・ミルスターと申します、よろしくお願い申し上げます」


 スカートをちょこっと掴んで、いわゆるカーテシー的な物をしながら挨拶をする私。


 12歳まで半年を切った1月、社交界デビューが決まってしまいました……とはいえ、うちは成り上がり貴族なんで重要視されないはずです、挨拶だけしたら隅っこでボーっとしていれば良いでしょう。


 という事で壁際に避難しました。


 寒い冬の間に行われる社交シーズン、本当はこの伯爵家が開いた社交界デビュー者の為のダンスパーティはお母様と一緒に来る予定だったのですが……今お母様はおうちに居ます、どうも私とアーサーに弟か妹が出来るっぽいです。


 祝福で〈回復魔法特〉を手に入れたから、これで家族を助ける事が出来る! 回復能力持ちは教会や権力者の間で取り合いなんだよね……すぐ側に居れば亡くなりやすい子供とかも助かるかもだしさ……うちにはそんな回復能力持ちの人材は居なかったから……。


 医療系の知識が欲しかった! 体を身綺麗にする石鹸の作り方を日本に居た頃に勉強しておけば良かった!


 ううう、ごめんね……。


 ……。


 だめだ……社交界デビュー中なんだった、笑顔でいないと……。


 ……。


 私をエスコートしてくれたお父様は知り合いの成り上がり軍人達の集まる方へ行ってしまった。


 あそこはむさい男ばっかりなので行きたくない、行ったら何故か仲良くなってしまう未来が見えるので……お母様似のこの美少女なせいなのか男とはすーぐ仲良くなれちゃうんだよね! ……でもそのわりに告白的な事や恋愛的な好かれ方はしてないんだけど……よく判んないなぁ……。


 そうして壁の華のまま終わったらいいなーとか思っていた私なのですが……。


「僕と踊って頂けませんか?」

「……よろこんで」


「あ、あの俺と踊って頂けませんか?」

「……よろこんで」


「私と踊る栄誉をやろう!」

「……」

「……私と踊って下さい……」

「……よろこんで」


「ぼ、僕と踊って下さい」

「……よろこんで」


 次から次へと同年代な男共からダンスの誘いがあるんだよね……これって一応社交界デビューの子達がメインのパーティだからさぁ……よっぽど酷い誘い方をしない限り断っちゃいけない決まり……は厳密には無いんだけどマナーとしては受けないといけないんだよね。


 誘い方が酷かったら断ってもいいんだけど、誘い方の酷い奴を無視したら、きちっと言い直してきやがった、すでに10人近くの男子とダンスをしている。


 周りの大人もその酷い誘い文句を言い直した男の子を微笑ましい者を見る感じで見守っている……ちゃんと言い直したし偉いね、的な?


 これだと私から断れないよね……くっ! 無駄に身体能力が高いからダンスも上手く踊れてしまう自分が憎い!


 てか男子達! お前ら下手すぎなんだよ! なんで私がダンスのフォローしなきゃならんのさ! ダンスの先生じゃないんだからさぁ……。


 それに他にも一杯女の子いるだろう!? なんで私にばっか来るんだよ! 誘われてない子とか居て泣きそうじゃんかよ! そっちを誘ってやれよ馬鹿男子共! お前らには紳士の心得が無いのか!


 せっかくの社交界デビューなのに誘われない女の子とかめっちゃ可哀想じゃんか、あー、あの子とかまじで泣きそうだ……見た目がちょっと……いやかなり貧相なドレスのせいかね……かなり貧乏な所なんだろうなぁ。


 私のドレスは中級貴族に許される程度の普通な品だ、貧相では無いけど豪華でもない様な目立たない感じのドレスにしたはずなんだけどな……お母様に似ている美少女な顔のせいだろか? やけにダンスに誘われる。


 ふーむ、社交デビューなのにこのまま誘われずに終わったらあの子のトラウマになりそうだなぁ……。


 ……良し!


 私は近づいて来た男子をささっと、ダンスに誘われる前に躱して移動をする。


 そうしてちょっと貧相なドレスを着た女の子の前に辿り着く、ドレスはあれだけど愛嬌があって可愛らしい女の子だと思う。


 私は少し驚いている少女に向けて手を差し出すと。


「私と踊って頂けませんか?」


 そう言ってダンスのお誘いをするのであった、でも少女は驚いているのか肯定の返事をくれない。


「え? ええ? でもあなたは女性で……」


 迷うと言うより戸惑っているか……仕方ないな。


 私はドレスのスカート部分が床に着くのも構わずに彼女の前に片膝立ちな騎士座りをすると、彼女の手をそっと取り、下方から見上げるように彼女に対して。


「『野に咲く花といえど、その可憐さに気付かぬ者がいましょうか、どうか私にその可憐な華と踊る栄誉をお与え下さい』」


 そう言って再度ダンスの申し込みをするのであった。


 しかして少女は。


「そのセリフは……あ! 『……はい、私で良ければ、喜んでお受けします』」


 おー、この子、『百合物語』読んでるんだな、物語に出て来るセリフを使って誘ったら物語の通りな返事をしてきた。


 これは貴族学校において、成り上がりで貧乏な騎士爵令嬢が貧相なドレスで参加したパーティで誰にもダンスを誘われてない時に、高位貴族の伯爵令嬢がこう言ってダンスに誘うシーンがあるんだ。


 その後でこの二人は貴族学校の女子に伝わる伝統である『百合姉妹』の契約を結ぶ、そして伯爵家から援助を受けた貧乏貴族の令嬢は綺麗なドレスを着てほのかに化粧をしたら、すっごい美人である事が周りに気付かれる、そして男共からダンス等に誘われまくる様になるも……最初のダンスだけは必ず『姉妹』で踊るという内容がある。


 ちなみに実際の貴族学校にそんな伝統は無い、私が勝手に作り出したフィクションだ、『騎士物語』や『百合物語』にはそんな数々の創造された儀式や伝統やらがてんこ盛りにされた部分が読者の琴線に触れて人気のある作品になっているんじゃないかと思って居る。


 つまりは中二病だ。


 この世界にはそれを恥ずかしいと思う概念が無いからね、やりたい放題なのよね。


 ……。


 そうして女子同士でダンスを踊る私と少女、背の高さは同じくらい、私は別に高身長じゃないからね、男性パートは私がやる。


 女性の場合は同性で踊る事もたまにあるってお母様が言ってたし大丈夫だろ。


 少女はダンスが下手だった……。


「『緊張しないで大丈夫よ、私に全てを委ねなさい』」


 少女をグイッっと密着を強くする様に抱き寄せて『百合物語』のセリフを使って緊張を解してあげる。


「は……はいお姉様……」


 誰がお姉様やねん! たぶん同年代でしょうに……まぁいいか、余計な力の抜けた少女をリードしてダンスを踊っていく、うん、運動音痴って感じじゃないからリラックスするだけで結構上手く踊れるわね。


 少女もそれが判るのか笑顔でダンスを楽しみ始めた、そう、折角なんだし楽しまないとね、壁の華になって泣きそうな顔よりは、こんな笑顔の方が素敵だ。


 そうしてダンスも終わり相手に礼をする、私は勿論女性がするカーテシーじゃなくな手を胸にあてる騎士の礼をした、その時遠くの女性陣からキャーという声が聞こえて来た様な……何かあったのだろうか?


 ……特に衛兵とかが出て来る事もないが……あ、女性が一人担架で運ばれている、貧血でも起こしたかな? あ、担架に寝転んで乗っている女性が周囲に手を振ってるので大丈夫っぽいな、やばそうなら〈回復魔法特〉を使う事も辞さないんだけどね。


 まぁ少女の手を取り元の場所までエスコートをしていく、折角だし少し会話をしようかな、また一人になっちゃうと男共からダンスに誘われるだろうしさ。


 さっきより壁の華が増えているな……まいいか周囲に何故か少女達、だけでなく保護者の女性も増えている場所でさきほどの少女と会話をしていく。


 折角だし友達作りたいからね、そこでお互いに自己紹介をすると。


「ミルスター家! そそそそれってもしかして……マリオン様の!?」


「お母様の事を知っているんですか?」


 うちみたいな成り上がりを知っているって事はこの少女も成り上がり軍人貴族なんでしょうか?


「私は『書を囲む会』の末端会員です! ああ、マリオン様のお嬢様なら確かにあのセリフも納得です……騎士物語の主人公の如く礼節に長け……、そして百合物語のお姉様の如く慈愛に溢れて……素晴らしい体験をありがとうございますリリアン様! 今日は誰にも誘われずに終わると思っていたので……グスッ……」


 どうやらこの少女はお母様の作り上げた会の会員っぽい、それにしても泣くほどの事では無いでしょうに。


 でもそうだなぁ、ならちょっとうちの本好きなお客様にサービスをしてあげようかしら?


「『泣くのはおやめなさい×××、可愛い貴方には笑顔が一番似合うわよ』」


 てことで物語のセリフで慰めてあげた。


「グスッ……ふふふ『はいお姉様、私の笑顔は貴方の為に』」


 おおう、すごいなこの子、私は内容のチェックの為に何度も読んだから覚えているけど、普通はここまでセリフを覚えているものかねぇ?


 キャー、小さな叫び声が近場でしたのでそちらを向くとまた女性が一人倒れている、大丈夫か? このパーティ貧血多くない?


 で、その時に改めて周囲を見たんだけど……なんかやけに私とこの少女の周りの女性率が高いというか……囲まれているというか……おかげで男子が近付いてこないのはありがたいけど……。


 壁の華バリアー的な物が出来上がっていた、そして私達を囲んでいる少女の一人が私の前に来て。


「あ、あの! リリアン様、どうか私もダンスに誘って頂けないでしょうか?」

「私も!」

「私もお願いしますリリアン様!」

「お姉様! 私にもお願いします!」


 急に女性にモテモテになった私、男に比べて女性の友達が出来なかったからちょっと嬉しい、つまりそれだけ私のダンスが上手かったって事ね! いいわよ、貴方達の社交デビューのダンスを最高の思い出にしてあげる!


 最初に会話をしていた少女に顔を向けると頷かれたので、誘ってきた子達に再度向き合う。


「では順番に踊りましょうか」


「はい! では私はこのセリフを――」


 おや? なぜか少女達は私に物語に出て来るセリフを言う事を求めて来た……私のダンスが上手いから来たのでは無い?


 まぁうちの本の読者っぽいし乗ってあげる事にしましょうか、それで貴方はどのシーンが? ふむふむ。


 じゃぁいくわよ! あ、名前の部分だけ変えるから貴方のお名前教えて頂けますか?


 了解、それじゃぁ、えーと『百合物語』か。


「『×××、勿論最初のダンスは私と踊ってくれるのよね?』」

「『はいお姉様! 私の初めては全てお姉様の物です!』」


 ……。


 ……。



 次は『騎士物語』ね。


「『×××……俺がダンスに誘ってやってもいいんだぜ』」

「『何よそれ……もう、しょうがないから誘われてあげる、でも勘違いしないでよね?』」


 ツンデレの概念を初めて世に出したのはこの幼馴染キャラだったっけかね。



 ……。



 ……。



 次は『勇者物語』で少年勇者とお姉さん聖女かぁ……。


「『ぼ、僕と踊って頂けませんか? 聖女様』」

「『ええ、私が手取り足取り教えてさしあげます、ゆ・う・しゃ・さ・ま』」


 男の子向け作品なんだけど細かくオネショタ概念を盛り込んだ作品だったね。



 ……。



 ……。



 また『百合物語』か、要望多くないですか?


「『やはり貴方が一番可憐な華だわ×××』」

「『ええお姉様……一緒に咲き乱れましょう』」


 このセリフってダンスに誘うシーンじゃないんですけど……いいのかね?



 ……。



 ……。



 ――



 ――



「あああー----つーかーれーたー」


 パーティからの帰り道、馬車の中で椅子に寝転びながら叫ぶ私。


 そこにエスコート役のお父様が。


「リリアンのダンスのフォローが上手いから、初めてのダンスはリリアンにして貰いなさいと保護者に言われた子が多かったみたいだな」


「え? もしかして男の子から一杯ダンスに誘われたのって……私が?」


「ダンスが上手いからだな、それにリリアンは一切緊張してなかっただろ? 普通はお互いが緊張して失敗しちゃう事も多いからな、初めてのダンスには丁度良い相手だと保護者に思われたんだろうな、周りからリリアンの事をすごい褒められて父さん鼻高々だったぞ! 誰にも誘われない女の子を積極的に誘う所も紳士的に学べと男子は保護者に言われていたな」



 もしかして最初のダンスで下手な所を見せればもっと楽なパーティだったのでは?


 ぬぁぁっぁぁぁ、男女合計で30人以上と踊った私は一体……はぁ……すっごい疲れた……明日は一日中寝る! 決めた!



「今日の様子を見ていた高位貴族にリリアンへ社交界デビュー者へのダンスの相手をして欲しいと要請する声があったのだが」


「お断りして下さい! 私は踊り過ぎて筋肉痛で寝込んでいる事にします!」




 もう明日は一日中寝る! 疲れた!

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