第54話 裁判

 トントントンっ。


 木のハンマーで木の台を叩く音が部屋に響き渡る。


「静粛に、では被告人リオン・ブレッドへの判決を言い渡す」


 裁判長が横に並んでいるお偉いお貴族様達の方を見る、俺はそれを傍観する。


「有罪」

「有罪」

「有罪」

「有罪」

「有罪ですな」

「有罪でしょうか」

「有罪なのかな?」

「なら私も有罪で」

「それなら私も有罪」


 おいこら最後の方の奴等、『なら』ってなんだよ……。


 くそっ。


 裁判長がそれらを聞くと共に俺の方を向き。


「では被告人リオン・ブレッドを有罪と為す、被告人には王宮の調理室に三週間の禁固刑及び調理奉仕刑を言い渡す」


 パチパチパチパチパチパチ、拍手の音が部屋に響く。


「ってあほかぁぁ!!! なんだこの茶番は!」


 俺はわざわざ裁判用の木槌とかを用意していた内政官の奴らに向けて大声をあげる


「何って『隠れて美味しい物を食べていたざい』に対する裁判ですけど?」


 内政官の一人がそう反論をした。


「いや知るかよ! 大体なんだよその美味しい物って、心当たりがねぇよ!」


「ふぅ……やれやれ……ネタはあがっているんですよリオン殿、この報告書によると最近のブレッド家から漂ってくる匂いが余りにも香ばしくて良い匂いだったので尋ねたお隣さんですが、リオン殿にすげなく入口で追い返された時に部屋の奥からヘレン殿の『はやく焼きそばを食べようよーリオン』という声が聞こえてきたそうです」


 ちょ! おま……なんでそんな事が報告書に? 確かに少し前に隣の家の騎士爵の人がちょろっと挨拶に来たけど夕飯の準備で忙しいから帰って貰ったんだよな。


 あの時は焼きそばの味を調整してた時期だから連日作ってはいたけども……。


「ふむ、何も言わないのですかリオン殿、やはりこれは有罪……リオン殿は前にソバもメンの一種だと言って居た、つまり『焼きそば』とは思うにラーメンやウドン等の麺を焼いた料理かと思われる、だがしかし! そんな物は一つ足りとて王宮に報告されては居ない! これは……場合によっては国家に対する罪なのでは? 何故なら国王様すら知らない料理を夫婦だけで楽しむのは罪なのでは!?」


「そうだそうだー」

「その通りだー」

「俺達にも食わせろー」

「自分だけとかずるいぞー」

「俺達にも美味い飯をー」

「もっと醤油をつくれー」



「おい最後の奴! 調子に乗るなよ? もう修羅場で手伝ってやらないぞ?」


 俺がそう言うと醤油を作れと言った一人の貴族は他の貴族から引っぱたかれて居た。


「いやまぁ皆も落ち着こうよ」


 楽し気に裁判を傍聴してたクランク博士がやっと発言をしてきた。


 これでこのアホな騒動も終わってまともな研究事業会議に戻るだろう。


「言ってやって下さいよ博士」

 こいつらを叱って欲しくて俺はそう博士に頼んでいく。


「うん、リオン君もね料理の試作品を発表する前には試行錯誤をする必要があるのさ、研究所の台所なら匂いが漏れないけども、家でまで試作品を作っていたんだ、これはもうすっごい料理がそのうちにお披露目されるって事だよ、それを待ってあげようよ」


 博士の口からそんな言葉が出てきた、おーう……俺が求めていた言葉では無かった……そうじゃない、そうじゃないんだよ博士! こんなアホな裁判ごっことかを大事な会議中にやるアホ共を王族パワーで叱って欲しかったんだ……。


「成程! 家に帰ってまで実験をしてたのですな! それなら納得です!」

「然り然り、私は判っていましたよ、リオン殿がそんな薄情な事はしないと」

「お主が一番憤ってたではないか」

「ですよねー、僕らは流されただけですからー」

「そうそう、リオン殿はやる男だって皆判ってますから!」

「ですです、なので来週も醤油の修羅場をよろしくお願いします、ついでに日本酒とミリンも」

「はは、売れすぎて困るなんて思ってもみませんでしたなぁ」

「さすが国王様の大開拓宣言ですな、加工品の材料を全て自国産で賄えるので儲けががっぽがっぽ」

「笑いが止まらないとはこの事ですなぁ」


「「「「「「「「ははははははははははっ」」」」」」」」


 ……くそ……こいつらさっきまで疑似裁判とやらでめっちゃ俺を攻めてたのに……。


 手の平ドリルかよ、って待って!


「なんで修羅場の案件が増えてるんだよ!」


 俺が大声を出すと彼らは揃って視線を逸らせて明後日の方を見だした……あ!


「お前らまた無茶な注文を受けやがったな……ちゃんと計算しろって何度も言っているよねぇ!?」


「申し訳ないリオン殿! その件につきましては後程私が土下座をしますので!」


「貴方の土下座はもう見飽きたんですけど!?」


 うー……また追加修羅場決定かよ……。


「いい加減に〈醸造〉能力持ちを増やしてくれよ……」


「あれは元々お酒業界で引っ張りだこだからねぇ……」

 博士がボソっと呟いた言葉通りに、中々人材が見つからない能力なんだよな、それこそ個人でも酒を造って売れば人生安泰な能力だし。


「その件なのですが……クランク様からは?」

 子爵内政官さんが博士に何かを聞いている。


「あーまだ言ってない、リオン君も今は大変だろうしね、もう少し後でもいいと思ってたんだけど……仕方ないかなぁ……」


 なんだ? 子爵な内政官と博士が話しているが、俺に関係する何かか?


「リオン殿」


「なんですか?」


「ヘレン殿のご懐妊おめでとうございます」


 あ、その話か。


「ありがとうございます、まだ2か月くらいで確定では無いんですけども、へへへ」


 単身出張から帰って来た11月頃のヘレンの寂しかったアタックのせいか、どうにも当たったみたいで……。


 といってもまだ神歴1340年の一月だから、確定という訳では……医者はたぶんそうだと言って居るからまぁ……ヘレンには激しい動きをしない様には言っているんだけど……なので最近の夜はぐっすり眠れる。


「それでですね……リオン殿には……」


 何か子爵な内政官さんは言いにくそうな感じで言葉を止める……お祝いだけの話では無さげ?


「なんですか?」


 子爵さんは博士の方を見るも、博士は首を横に振っている……まじでなんなの?


「コホンッ、リオン殿には側室を迎えて欲しいと思いまして、国王様よりお見合いの指示が出されております」


 ……はぁ?


「え? なにそれ? なんで急にお見合い、いやそもそも国王様の指示っておかしく……それに俺は元平民だし博士の寄子だから……ええ?」


 ごめんちょっと混乱してきた、国王様は偉いお人だけど俺の立場から言うと博士を飛び越えて結婚云々の命令は……いや指示と言ってたか、なら断ってもいいやつなのか? いやでも? ええ?


「あー、混乱しちゃってるねリオン君、僕は一度断ったんだけどね……姪っ子がどうしてもって聞かなくてさ、それに〈醸造〉能力を増やしたい国の思惑もあるし……なのでリオン君がお見合いを受け入れたらいいよって承諾しちゃったんだ……それに君の特異性は気付く人は気づいちゃうからねぇ……」


 最後の方は俺の耳元でボソッっと囁いた博士だった。


「待って下さい博士の姪っ子って……」


「王女殿下ですな」

 内政官さんが即座に答える。


「ありえないでしょー! 俺は元平民ですよ? 今でも騎士爵ですよ? それに王女殿下って確か……二年前にエドワード王子を紹介された頃に博士から聞いた時の情報だとたしか……王女は12歳と7歳と2歳でしたよね? てことは上の子はもう婚約とか決まってそうだし……」


 7歳か2歳の子? プラス2歳でもまだ子供じゃんか……。


 俺が9歳の子とお見合いなのか? と困惑をしていると内政官さんが。


「いえ、一番上のパトリシア王女殿下とのお見合いになりますリオン殿、もうすぐ14歳ですな、リオン殿も17歳ですし丁度いいかと」


「そうかそれなら年も近いから安心だね! じゃねーよ!! だーかーらー身分がー……博士助けて……この人達に言葉が通じないの……」


「あはは……パトリシアはね自分からリオン君の嫁に成るってもう公言しちゃってるんだよね……リオン君から断るのは難しいかなぁ……、それにねリオン君はもう僕が持つ最高位の爵位である子爵家に成るのが決定してるのさ、名前は据え置きでブレッド家にするから安心していいよ」


 ドサッ。


 博士の言葉を聞いてテーブルに倒れる俺だった……相談くらいして下さい……まじかよ……なんでそんなに?


「そんなに〈醸造〉能力の血が欲しいんですか……」


 貴族ってのはほんとに……能力だけで結婚とかまじかよ……。


「いえ、パトリシア王女殿下の方は違いますよリオン殿」


 あれ、違うのか、てことは俺の特異性? 博士が異世界の事をばらしたとも思えないけど……俺が作るお菓子目当てとかなら微笑ましいんだけど……いやまて! この子爵で土下座が似合う中年おっさんは今『の方』は違うと言った……。


 むくりと体をテーブルから起こして、真剣な視線で子爵さんを見る、そして。


「王女殿下じゃない方の話もあると?」


「はい、子爵ですが特例で王と同じ10人までは結婚を許すと国王様からお許しを頂いております、私の娘もまだ婚約が決まってないのがおりますのでお見合いの日程を組ませて頂きますね」

「ずるいですぞ! うちの娘も婚約者を決めずに待っているのですから」

「まぁまぁここは爵位順という事で」

「それだと枠が回って来ない可能性があるじゃないですか! うちは娘が居ないので親戚の娘になるので爵位が……お見合いの順番はクジ引きにしませんか?」

「それなら愛人枠を作りましょう! 貴族一同で嘆願すれば国王様も許してくれるかと思いますので」

「成程! それなら平民になるしか無い騎士爵の三女や四女とかでもいけますな」

「その手がありましたなぁ……たしかうちの寄子の騎士爵次女にかなりの美少女が……皆で国王様にお願いしましょう!」

「楽しくなってきましたな! ヘレン殿の賛成はもう得ていますし、各貴族家への通達はどうしましょうか」



 ワイワイと内政官同士で俺の嫁だか側室だか愛人だかをどうするかの会議が始まっている……今日は各種調味料の売り上げとか新たな売り込み戦略を相談する会議じゃないの? ハーブなんかは庶民は野生から採取がメインだけど、これからは栽培を積極的にやる事を提案しようと思ってたのに……。


 ん? 待って?


「ヘレンが賛成?」


 目の前の会議をよそに俺はそう呟いた……。


 それが聞こえたのか博士が。


「勿論最初にヘレン君に確認をしに言って居るよ? 王女は元々ヘレン君が専属侍女をしていた相手だから喜んで賛成していたし、側室もほら、今はリオン君の夜の相手が出来ない事を心配していたから、浮気をされるくらいなら嫁を増やした方がいいって言ってたよ、でも愛人枠はどうかなぁ……それも聞いてみないといけないね」


 あうち……すでに嫁の許可が出ているのか、さすが貴族、根回しが早い! 前世の知識とかだと貴族と言っても村八分な感じだったからなぁ……こういうの普通なの?




 はぁ……やっぱお貴族様の文化だけは慣れねーわ……。










 ◇◇◇


 補足



 作中で主人公が前世という言葉を使っていきますが、それは『今まで経験した全ての転生の中の何処か』を示している事にします


 前々世とか、前々前々世とか、前々前々前世とか書いてくのは難しいと思いましたので


 以上補足終わり


 ◇◇◇

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