第53話 人は争いをする生き物だ
「ふっっっっっざけるなぁぁぁぁ!!! ケンカ売ってんのかおらぁぁ!!!」
「それはこっちのセリフだ!!! 倍の値段で買ってやらぁ!!!」
人々の溢れる道の真ん中で諍いが起きている、今にも殴り合いそうな勢いだ、しかし誰も彼らを止めようとはせず、街の治安を守る衛兵ですら欠伸をしながら傍観をしている……。
何故だ? 何故こんな世界になってしまった? 俺はただ平和で穏やかな世界を望んでいたというのに……。
俺の一体何が悪かったというんだ……。
「リオン、ボケっとしてないで早く茹であがった麺の湯切りをしてよ~、お客さん待ってるんだからね?」
「あ、はい」
隣にいるヘレンからの要請に素直に従う俺、湯切りはしっかりやらないとね。
俺は茹で上がった麺を湯切りして、スープが入ったどんぶりへと入れてヘレンに回す、彼女は各種用意されたトッピングを芸術品のごとく乗せると、お手伝いの人に渡して野外テーブルで待っているお客さんへと持っていって貰う。
ここは王都にある大広場だ、お祭りや国の重大事を国民に知らせたりする場所で、ものすごー---く広い、サッカー場が6面以上くらいは軽く確保出来るんじゃないかな?
そんな広間で俺とヘレンはお手伝いの雑用を数人引き連れてラーメンの屋台を出している。
魔道具によってグラグラとお湯が煮立って居る大きな鍋に新しい麺を入れて茹でていく、茹で上がるまで暇なので先程の大声を出してケンカしている者達に再度注目をする、仮に20代男性AとBとしよう。
20代男性A
「お前馬鹿なの!? どう考えても醤油ラーメンが一番美味しいじゃんか! そもそも醤油はトロアナ王国を代表する調味料なんだぜ?」
20代男性B
「はぁ!? お前こそ馬鹿だろが! 確かに醤油は美味いよ? でもまだまだ最近出て来た新参者じゃんかよ! この国で作られ続けた伝統ある質の良い塩を使った塩ラーメンこそ至高の味だろうが!!」
20代男性A
「はぁ!? 塩なんて何処にでもあるじゃんかよ! 確かに塩ラーメンも美味いけど、やっぱり焦がし追い醤油をした、煮卵とドデカチャーシューの乗ったあの屋台の醤油ラーメンが最強だろ!」
20代男性B
「何処にでもあるだと!? うちの国の塩はよその国のと味が違うんだよ! 甘みのある塩とそれを邪魔しない脇役なトッピングが秀逸なあそこの塩ラーメンにかなう存在なんてないんだって! なんでこんな当たり前の事が判らないんだよ!」
60代男性C
「ふっ、若造共が、クランク公爵様が新たに発表された味噌という最高の調味料を基礎とした味噌ラーメンの良さが判らんとは……嘆かわしい!」
20代男性A、20代男性B
「「あんた誰だよ!!」」
50代女性D
「ふふ、男共はこれだから判って無いのさ! オーク骨から旨味を凝縮したという、とんこつラーメンが優勝に決まってるじゃないのさ!」
20代男性A、20代男性B、60代男性C
「「「え? あれはちょっと臭くないか?」」」
50代女性D
「はぁ!? 何あんたら、とんこつさんにケンカ売っているの? いいわよ? 買うわよ!?」
ワイワイキャーキャーと騒ぎが大きくなっているがそれを見ている治安を守る衛兵さんは欠伸をしたまま動かない、そりゃね……ちゃんと人の流れが無い部分で他の人の邪魔しない様にやっているからね、周りには良い見世物状態だし。
10代女性E
「私はつけ麺が好きだけどなー」
10代女性F
「油そばも美味しかったわね?」
10代女性G
「担々麺も最高だったよー?」
20代男性A、20代男性B、60代男性C、50女性D
「「「「何それ! 売り切れる前に食べに行かないと! 議論はまた後で!」」」」
議論は先送りされた様だ、ケンカ……いや、大声で推しのラーメンについて議論していた人達は周囲の屋台へと散っていった。
ふぅ……いやぁ……まさかこんな大規模な催しになるとは……。
ラーメンの麺をいくつかの種類で完成させた俺は、いつものごとく王宮で内政官を相手に試食会を開いた……その時の試食をした内政官達があまりにも周りに美味しかったと自慢をするので、嫉妬の嵐が王宮に吹き荒れた……。
その結果、博士の兄貴である王様から命令が下り、王宮の人員全てに向けて大規模な試食会をする羽目に……それはいいんだが、なんでその試食会を俺が仕切らないといけないの?
いやぁ……あの時は俺とヘレンとエド王子とメアリーさんだけで数百人近くに振る舞ったんだぜ?
一日で終わらないから人員借りて数日間続けるはめになって大変だったよ……それなのに王様とか普通にお代わりしてくるんだもん。
まだまだ並んで待って居る人が居たのに、その権力の使い方は周りに不評だったからね? 反乱とかに気をつけてくれよまったく……。
んでまぁ、それで話は終わったと思ってたんだよ……でもさ、そこまで王宮で大規模にやると情報ってのは洩れるもんでさ、城の連中だけ美味い物を独り占めしているって噂が王都の庶民の間にね……。
焦った王様から庶民にも新たな名物を楽しませてあげろって話が来てさ。
しょうがないのでまた市場通りの屋台の人やら王都の商業ギルドを巻き込んで冬の麺祭を開く事に、この御祭は王様が庶民の為にと指示したことなんですよーって情報も市井に流してさ……なんで俺がこんな面倒臭い情報操作まで指揮せねばならんのよ……。
クランク博士に兄上を助けてあげてってお願いされなかったら断ったんだけどなぁ……兄弟仲が良いみたいなのよね。
そんでまあどうせならって事でラーメンの色々な基本レシピを放出する事に、内政官なんかはレシピが勿体ないって言うけど、麺の大量生産出来る魔道具を国が握っているんだからそこで儲けりゃいいのさって事でお手伝いしてくれる屋台の連中には惜しみなく基本レシピをばらまく。
ついでに味噌もお披露目しちゃった、はは、最初に内政官達に現物見せたら逃げようとした奴もいたっけか、逃げたら二度と醤油生産手伝わないぞと脅したら泣きそうな顔で試食をしてたっけか、まぁすぐに美味しさに気付いて手の平ドリルだったけど。
そうして各種色々なラーメンの屋台が王都の大広場に建ち並び、冬の麺祭大会が開催された、そこではお客が美味しいと思った物に投票をして優勝を決めるコンテストも開催されている、優勝したラーメン屋台は王様が表彰してくれるらしいので何処の屋台も頑張っている。
うちはまぁいつものごとく基本的なラーメンはこれっていう感じの宣伝屋台だから気軽な物だね、メニュー?
チャーシューとシナチクとネギトッピングだけの醤油ラーメンですけど? それが基本なのは納得いかないってんなら相手になるよ?
スープの味に深みを持たせる為に乾燥させた昆布や魚節を一から作った俺を少しは労って?
漁村まで単身で数週間出張して帰ってきた後の寂しがったヘレンとの夜の生活でやつれた俺を労って?
まじで大変だったんだから……化学調味料がほすぃ……。
「リオン~お客さん並び始めているから茹でる速度あげてー」
「はいよ~了解ヘレン」
魔道具の火力を少しあげて一度に茹でる麺の量を増やす、見た目が派手なラーメン屋台に行った客が他のも試してみようと流れてきているみたいだね……さーて、忙しくなるぞー!
……。
……。
――
――
『神歴 1339年 12月 この寒さを吹き飛ばすような熱気の中で行われた冬の麺祭コンテストの優勝を獲得した屋台は~~~~~~、『きんにくもりもり』屋さんのシンプル醤油ラーメンだ~~!!!!!』
広場に設置された舞台の上で魔道具を使い、広場中に届く声で大会の優勝を発表しているのは醤油事業トップの子爵さんだ、最近土下座の精度が上がっている子持ちの40代お父さんなのだが……あなたなんでそんな事してるの? お偉い貴族様だよね?
「うーむ?」
そして何故かうちの屋台の名前が叫ばれた、俺は係員に引っ張られて舞台の上に出ていく。
『おめでとうございます『きんにくもりもり』屋のリオン・ブレッド殿』
「はぁ? ありがとうございます? なんでうちがトップに?」
『最初は見た目が派手なラーメンが票を獲得していたんです、ですがそのうちにシンプルを謡っているのに奥深い味のラーメンスープに気付いた人々がリオン殿の屋台に投票をし……見事優勝となりました! おめでとうございまーす パチパチ』
子爵さんの拍手と共に広場に集まって居る数千? 万? の王都の民からの歓声が沸き上がる、そうかぁ……まぁいいか。
「どもども、美味しいと言ってくれるなら嬉しいです」
『そういう訳で『きんにくもりもり』屋さんのリオン・ブレッド殿には国王様よりお褒めの言葉と共に小麦麺勲章が送られます! これは新たに創設された名誉勲章となります、おめでとーございまーすパチパチ』
俺は子爵の横にいた中学生くらいの美少女から勲章を首にかけて貰う、いまは派手なひものついたネックレスだが普通は勲章部分だけを服に着けて使う、まぁ表彰でそれをやると面倒になるからな。
舞台の上から勲章が見える様に王都の民の方を向いて笑顔で手を振っておく、愛想くらいはよくしておかないとな、爵位持ちが優勝かっさらうとか八百長とか言われてもおかしくないしな。
『という訳で皆さん楽しまれたでしょうか、この冬の麺祭は庶民にも娯楽をとの国王様の命により来年も行われますので是非お楽しみに~、あ、それから『きんにくもりもり』屋さんには、優勝屋台としてしばらくは庶民の為に屋台を市場通りに出すように国王様から命令が下ると思いますので、今回食べ逃した方もお腹を空かせて待ってて下さいね~』
「「「「「「うぉぉぉ国王様さいこー!!!」」」」」」
え?
ちょっと待って? 何その話? 聞いてないんですけど?
俺の困惑をよそに、王都の民からは王様を賛美する声が響き渡る……これは断れない奴じゃないですかー、くそぅ。
……。
……。
――
――
その後に行ったラーメン屋台なんだが、あまりに人が並び過ぎて問題となり、大きな食堂を一時的に借りて醤油ラーメンの作り方を学びたいという飯屋関係の人材を沢山雇い入れてラーメンを作りまくった……その中でセンスのある人間数人にシンプル醤油ラーメンのレシピを押し付ける事で、なんとか逃げる事に成功した……。
まだ焼きそばも披露してないのになぁ……どうしようかな、ヘレンとだけこっそり楽しむか。
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