第52話 幸せのうどん

 ズルズルズルっこの世界には無かった食べる時の音が部屋に響き渡る。


「美味しいよリオン、これがラーメンって奴なんだね? ズルズルズルッ! モグモグモグ」


 始めてなのに麺を啜るの上手いな我が嫁よ、ちょっと教えただけなのにさすがだ。


「いや、それはウドンだな、作るのが簡単な方から作ってみたんだ、料理名を付けるとするならば……肉うどんだ!」


「すっごく美味しいよ! おかわりいい?」


「勿論だ、大量に用意したから存分に……腹八分目に食べるといい!」


 ヘレンだけの特注な大盛用どんぶりにウドンを追加してあげた。


「わーい、ありがとうリオン、大好きだよー、ズルズルズルっおいしー」


 こんにちは俺です、この世界の食文化に多様性を持たせようと日々懸命に頑張っています。


 調味料は醤油がトロアナ王国の特産品になり、中濃ソースも量産される事が決まりました、マヨネーズは……秘中の秘として王宮だけで使われる事に……なりかけましたが。


 そんな事をするなら俺はもう美味い物を作らないと宣言したら撤回されました、美味い物を独り占めしようとするなんて許しません!


 マヨネーズは王都で少量づつ販売される事になりました。


 そういや騎士爵に成った事で王宮の調理室で料理をした物を普通にお貴族様達に提供する事が出来る様になったんだ……というかそれが目的で俺の叙爵を推薦してきた人達も居たみたいだからさ、週に一回くらい王宮の調理室にお邪魔して貴族の飯を提供している。


 普通なら王宮の調理人達に嫌われる様な気もするけど、俺が様々な調味料を開発する博士のお手伝いをしていると共に、それを使った多種多様な料理を発表している事で料理長が率先して話に来るくらいなんだよね、調理人達とは結構仲良しな感じ、俺が素直にレシピを教えているからってのはあると思う。


 そんな事も関係しているのか、今この国の飯は確実に美味くなってきている、外国の大使とかが王宮の飯の美味さや王都の屋台の質の高さに驚いているって話は聞いた、おかげでまた余計に醤油やら日本酒やらミリンが売れて……俺が修羅場に巻き込まれるんだぜ……最近は子爵文官さんも土下座に慣れてきている……そんなもんに慣れるなよ……。



 〈醸造〉持ち能力者は他に居ない事は無いんだけども、一般の酒造りにもかかせないからね、それに加えて日本酒事業の方も好調らしいから……あれ? 醤油製造が修羅場るのって俺のせい?


「で、なんでお三方はそんなに静かにウドンを食べて居るの?」

「ズルズルズルっもぐもぐもぐ……リオンおかわりー」


 ヘレンにお代わりのウドンをワンコ蕎麦の様に追加しつつ、いつもの様に揃って座る博士や王子達に聞いていく。


「いやだってリオン君、さすがにあんな音をたてるのは……」

「そうだぞリオン、お前の嫁はちょっと……どうなんだ?」

「さすが『腹ペコ侍女』の異名を持っているだけの事はありますね……」


 ヘレンは色んな二つ名を持ってるよな、まぁ方向性は全部一緒なんだけども。


「いや、この麺ってやつは音をたてて食べるのがマナーなんだよ、スープを麺にからめて口に入れるにはそれが一番なの! テーブルマナーってのが相手を不快にさせないで美味しくご飯を食べる為の物だと言うのなら、美味しく食べない事はマナー違反になるんじゃないか?」

「ズルズルズルっ! もぐもぐ……リオンおかわりー」


 麵は音を立てて食べるのが美味しく食べるマナーだと最初にしっかり刷り込まないとな、世の中に広める前にここだけはきっちりさせておきたい。


「なるほど、確かにリオンの言う通りだな……むむむ……いざ! ずっ……ずっずっ、もぐもぐ、意外と難しいなこれ」


 最初に麺を啜ったのは一番ちょろいエドワード王子だった、ちょろいけど嬉しかったので肉を追加でどんぶりに入れてあげた、この甘辛く煮込んだバラ肉がまた美味しいんだよねぇ、ドサッっとな。


「リオンおかわりー」


「あ、僕も啜るからお肉の追加頂戴よリオン君! えっとこうかな? ずっず……うわこれ難しい……ず……ええ? ヘレン君はどうやってあんなに?」


 次に啜り始めた博士には……肉も入れるがトッピング用に用意した揚げ物も入れてあげよう、レンコンにナスの天ぷらと揚げ玉をドーン。


「リオンおかわりー、トッピング増し増し、肉増し増しでー」


 はいはい今入れるから待ってくれー。


「もぐもぐ……どうしてヘレンさんはあれだけ食べているのに、その素晴らしいスタイルを維持出来ているのでしょうか……侍女の間でも謎だったんですよね……もぐもぐ」


 む……メアリーさんは啜らないのか、だけどヘレンのスタイルを褒めてくれたので、今が旬で安かったトウモロコシ揚げをドーンっと、甘みがあって美味しいですよ。


「色々あって美味しそうだなリオン、私にも肉だけじゃなく他のも入れてくれ」


 エドワード王子が俺にそう言って来た、肉で満足していればいいのに……いいか王子? 俺の故郷では、こんなことわざがある、雉も鳴かずば撃たれまい、と。


 な訳でメアリーさんのどんぶりに半熟卵天ぷらにエビ天にサツマイモ天にナスもレンコンもえーい全部持ってけ!


「リオンおかわりー、その卵揚げもー」


 はいはい、王子はもう無視してヘレンの分をどんどん茹でていくからねー。


「だから! なんで! メアリーに渡すのだリオンは! ……い、いや、メアリーが悪いとかそういう訳では……私の器に移してくれればな、それで……うん、うん、うん……あーん、もぐもぐ……れんこん……美味しいな……」


 ショタとショタコンのイチャイチャが始まったので王子とメアリーさんは放置しよう。


「すごく美味しいけど、ラーメンとかいうのはどうなったのリオン君」


 博士が器を俺の方に出しながらそう聞いてくる。


 ウドンと揚げ玉やら肉やらを入れてあげたら器を手元に戻して食べ始める博士。


「いやぁ……中華麺はウドンより難しいんですよね、まず小麦粉の性質を調べ直さないといけなくて……今まで細かい分類をしてなかったんですけど体感的に小麦の種類によって違うのは判っていたんですが……」

「リオンおかわりー」


 はいはい、一杯入れちゃうぞー。


「そう言えば前にリオン君が薄力粉がどうとか強力粉がどうとか言ってたっけか、そうだ! またあの、かすていらっての作ってよー」


 さすが博士だよく覚えてるなぁ。


「そうなんですよ、強力粉、あーグルテン、んー、もっちりした粉とそうじゃない粉を混ぜ合わせる比率とか重曹の量とか……もう少し研究が必要かなーって」

「リオンおかわりー、……それと…‥‥かすていらって……ナニ?」


 ひぃぃぃ!!! ヘレンの声質がワントーン落ちた! こっわ…‥あ、あれ? カステラの時にヘレンは……ヘレンは……居なかったかも! ……トッピングも全部乗せるから許して?


 ……許されませんでした! 今度家でカステラを作る事をヘレンと約束しました。


「なるほどねぇ、まぁ楽しみにしたい所だけど……醤油の修羅場以外にも中濃ソース事業と日本酒事業とミリン事業のお手伝いも頼まれているんでしょ? 体大丈夫?」


「はは……仕事の修羅場で忙しいと嫁が体の心配をしてくれて夜にぐっすり眠れるんです」


 俺は博士に大丈夫だと理由を示していく、俺は修羅場のおかげで元気なんです!


「ん? 夜に寝るのは普通じゃないかなリオン君」


 博士は首を傾げて理解出来ないとばかりの仕草を見せてくる。


 馬鹿な! 夜にしっかり眠れる事なんて世の中にあるんですか? うちのベッドの上の常識ではそんな事は無いんですけども……。


「その常識を持てる事は幸せですね博士」


「? リオン君の目が、昔僕が険しい自然の中で4日間自給自足で過ごした頃の物と似た事になっているね……夜……寝る……あっ! ……リオン君、今度体力回復のポーションを差し入れするね」


 ありがとうございます博士、でもそれがあると延長戦が始まりそうなのは俺の気のせいでしょうか? 祝福ガチャで〈身体強化〉が欲しい今日この頃です。


 実はご飯の量を減らせばヘレンの〈身体強化〉が十全に働かなくなるから、それでなんとかなっちゃうんだけど……。


 ……お腹減って悲しそうにしているヘレンなんて見たくないからなぁ……嫁の笑顔の為ならば今日も今日とて頑張って美味しいご飯を作ろうと思います。


「ズルズルズルズルっ! もぐもぐ、リオンおかわりー」


 はいはいどうぞー。



「あ、そうだ博士、麺を作るのにパスタマシン……えーと麺を平たくした生地から切り分ける魔道具が欲しいんです、量産化するなら一々包丁で切ってられないので」

「おっけー、後で一緒に設計しようか、ズッズル……もぐもぐ……スープと一緒に啜るの難しいねこれ」


 気軽におっけーしてくれる博士だけど、実は地味に魔道具の設計って大変なんだよな、動力無しの機械ならそこまででも無いんだけど、魔道具にするとメンテナンスがほとんどいらなくなるから便利なんだけど、その為の魔法陣とかの干渉を考えたり諸々で……俺は設計図を見てもよく判らないんだ。


 生産系の祝福スキルが無いと難しいみたい。





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