第50話 研究所
「いやいやリオン君……これは駄目だよ……これは駄目だってば」
「リオンが失敗するとは珍しい事もあるのだな」
クランク博士とエドワード王子が揃って俺の出した物を否定してきた……。
く……まだ早かったか? いやしかし!
「一年以上前の初お披露目した醤油だって最初は真っ黒で気持ち悪いという意見もあったじゃないですか、それが今じゃこの国の看板特産品な調味料になっているんですよ? それならこれだって!」
そう言って俺は持っている壺を、ソファーに横並びで座っている彼らの方に差し出す。
「うぐっ、やめてくれリオン君! このあいだの事は謝るからそんな嫌がらせをしないでもいいじゃないか……」
「また何かしたんですか叔父上……俺も一緒に謝ってあげるからリオンも許してやってくれ、叔父上に悪気は無いのだ」
二人は自分の鼻をつまみながらそんな事を言って来る。
「いや、嫌がらせじゃないですよ、これは糠床と言ってぬか漬けを作る為の物なんですよ、ほら、ちょっと前に米を削って精米する魔道具を博士と開発したでしょう? 前は人力とかでやっていたから玄米で食べる人のが多かったんですが、白米が簡単に作れる様になりましたよね……でもその分大量に出る削った部分の処理に困ってしまったんです、そこでこれ! 庶民の味であるぬか漬けを出回らせようと……聞いてます?」
「きいてるきいてる、たから蓋をして?」
「うう……なんだこの匂いは……ってなぜお前だけ遠くに逃げるのだメアリーよ」
むーん話が出来ないので俺は糠床にフタをした。
「プハーッ……それで? これを食べるの? 僕は嫌だよ?」
「リオンが言う物なら……いやしかし見た目がなぁ……」
んん? ああ!
「ああいえ、えっとこれはそのまま食べる物じゃないんですこうやって」
またパカっと糠床の蓋を開けて中に埋まっているキュウリを取り出して見せる。
「うぇ……それって糞尿に見えるんだけども……さすがにそれは無いよリオン君」
「見た目最悪だな……ちゅうちょ無くそんな所に手を入れるなよリオン……」
ガチャガチャっと王子付き侍女のメアリーさんが窓を開けている、そんなに臭いか?
「これは駄目かぁ……廃棄物を利用して新たな味をと思ったんですが、仕方ないので糠は元々の予定通り家畜の餌行きですかねぇ」
残念、ヘレンは美味しいって言ってくれたから、いけるかと思ったんだけどな。
まぁ台所な研究室でキュウリを洗ってきちゃおうっと。
……。
俺はトコトコと隣の部屋に行き、壺の中の糠床に漬かっていたキュウリを10本全部取り出して洗うと、皿に載せて元の部屋に戻り彼らの対面のソファーに座る。
「お帰りリオン君、そうして見るとただのキュウリだね、まぁあれに埋めていたと思うと……」
「それをどうするつもりだリオンは、まさか無理やり食べさせようと!」
王子の悲鳴にも似た声を聞いた侍女は俺と王子の間に割って入る……両手を広げて王子の前に来て庇って居る雰囲気を出しているがソファーに座る王子の膝に座る必要なくね? まだ子供の王子には重……あ、はい、好きにしてどうぞ。
王子の重いだなんだのの悲鳴をよそに俺はおやつ代わりにキュウリを食べる、ポリポリ。
うん、やっぱ美味しいじゃんか。
「ポリポリモグモグ、これが受け入れられないなら味噌もカレーもまだ早いかなぁ……」
「んー? それって確か醤油に並ぶ調味料だっけか?」
博士も隣の王子と侍女のじゃれ合いは無視して俺に話し掛けてきた、まだ侍女さんの側室入りは許可されてないんだけどね、もう完全にロックオンされているみたいでスキンシップが激しくなっているんだ。
「ですね、味噌とカレーは見た目がその……この糠床より悪く見える可能性があって中々手を出せないんですよ、ポリポリモグモグ」
「ふーむ、リオン君の故郷の味かぁ……興味はあるけどその壺の中身より見た目が悪いってのはちょっと腰が引けちゃうねぇ」
「リオンの故郷は田舎なのに色々あってすごいよな」
自身の膝の上の侍女さんをなんとか退けた王子が会話に参加してきた、この王子はまだ俺がド田舎出身だと思っているのか……自分で気付くまではほっておこうっと。
「そうですね、ド田舎なので色々な調味料があったり、色々な魔道具があったり、色々な料理があったり、各種教育制度が整っているくらいド田舎です、ポリポリモグモグ」
「リオン君も大概適当だよね……」
博士が俺の言動にちょっと呆れている、だって王子ってば知識はあるのにお馬鹿なんだもん。
「それはすごい所だな! ……リオンの故郷には一度視察に行ってみたいものだな」
純粋だなぁ……侍女さんにそう育てられた可能性がワンチャン?
ポリポリもぐもぐ、ぬか漬けって食べ始めると止まらないよね、7月の暑い時期に入って汗も出てるから塩分を体が欲するんだろう、ポリポリもぐもぐ。
「そう言えば博士、新しい燃料魔石要らずの新型冷風魔道具の売り上げはどうですか? ポリポリモグモグ」
ぬか漬けキュウリを食べながら博士に質問をしてみた。
「ああ、あれはいいね、かなり売れているみたいだ、この部屋にも置いていて涼しくしているけ……侍女君そろそろ窓を閉めてもいいよ? ちょっと暑くなってきた……あいたっ」
博士が会話をしている途中に俺のぬか漬けキュウリに手を伸ばして来たのでピシャッっと手を叩いて迎撃しておいた。
「いたた……少しくらい、いいじゃないかリオン君」
「はぁ? 散々見た目がどうのと文句を言われたんですけどぉ? これは俺が責任を取って全部美味しく頂くのでどうぞお構いなく、とぉりゃぁ!!!」
俺と博士の会話中にキュウリに手を伸ばしたエドワード王子の手を引っぱたく!
「いたっ! 良いではないかそんなに一杯あるのだから!」
「ざっけんな! 俺はさっき否定されて傷ついてるんだよ! これは俺が食うから、貴方達には一欠けらたりとて……あ、こら! ちょ! 侍女を使って死角からとかずるいですよ! それでも誇り有る王族か!」
「ふふ、私とメアリーは目で通じ合うのだ、よしメアリーよ、それを私に……何故自分で食べているのだメアリー!」
どうやら通じ合ってなかった様だ、っててことはメアリーさんは自身の意思で俺からぬか漬けキュウリを奪った事になるね……自由だなぁこの人は。
「美味しいですか? メアリーさん」
「ポリポリモキュモキュ、ええ、この歯ごたえと塩気の中にある独特の香りが……慣れれば美味しいですね、もう一本いいですか? 王子が食べたそうにしているので」
もう一本要求してくる強欲メアリーさんだった……いや……このメアリーさんの悪戯を思い付いた目は……ふむ……おれはそっとぬか漬けキュウリをメアリーさんに手渡す。
「おお! さすが私の専属侍女だ、ではメアリーそれを……っと何故私に渡さないのだ? あーん? いやまて! そんな恥ずかしい事は、って何故また自分で食べてしまうのだー!! いやしかしあーんは……それにそれは食べかけでは……くぅ……叔父上にリオン、見ないでくれ……あーん……パクッ」
モグモグと侍女さんに食べかけキュウリをあーんで食べさせられている王子、見ないでと言われたが俺と博士はがっつり見ている、なんというか……ちょろいショタ王子だよな。
しかし王子の頭を叩いたり膝の上に乗ったり命令を聞かずにあーんをしたり……不敬罪とかこの国には存在しないのだろうか?
取り敢えず博士にぬか漬けキュウリを一本渡しておいた、元々ちょっと断ってから味見用に一本は渡すつもりだったんだよね。
「有難うリオン君、ポリポリもぐもぐ……なるほど、少しクセはあるがこの歯ごたえと塩気はいいね、汗を大量にかく開拓労働者には丁度いいかもな……ふーむ……」
おーさすが博士だ、美味しいだけには留まらず有効利用出来ないかを考える、でもまぁ労働者用に大量に作るなら塩水に漬ける方が楽だとは思うけどね、後で博士から王宮に情報をあげて貰うかな、確かに汗を一杯かく時期だしこういうのは開拓労働者にとって嬉しいかもしれない。
「もぐっ!!! もぐもぐ!? ……なぜ叔父上には普通に渡しているのだリオン! それなら私にも渡してくれれば良いではないか! というかさっきこれを否定したのは謝るから普通に私にもう一本くれ!」
あーんで食べ終わったエドワード王子がそう言って来たので、俺は二本目をメアリーさんに渡してあげる。
メアリーさんは嬉しそうに淑女の礼をしてきた、カーテシーっていうんだっけか? さすが王子の侍女に選ばれるだけはある、そこらの兵士とかが見たら惚れちゃうだろう優雅さだ、まぁ、手にぬか漬けキュウリを持ってなければ、だけど。
「だから何故メアリーに! い、いや、メアリーが悪いのでなくてな? あーん? わ、渡してくれれば私も普通に食べられるのだが……あ、うん……あーん、ぱくっもぐもぐ……美味しいよメアリー……」
仲がいいねぇ……そして俺のキュウリに再度手を伸ばしてきていた博士の手を叩いておいた、さっきのは味見用だから渡したんです、それで? まだ博士から謝罪の言葉を聞いてないんですけどー?
神歴 1339年 7月 夏の日差しが厳しくなってくる今日この頃。
いつもの様に研究所での騒がしい日々は過ぎていくのであった。
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