第48話 貴族の嗜み
「パパーお腹空いた~」
台所でご飯を作っている俺の側にヘレンに似た可愛い女の子がすがりついてくる、まだ俺の胸ほどの身長しかなく小学生の高学年くらいだけれど人一倍よく食べる元気な女の子だ。
「もう少し待ってて――」
「お父さんご飯まだー?」
最初の子の頭を撫でながら急いでご飯の用意をしていると、背後から中学生くらいのヘレンに似た女の子が腹ペコ警報を唱えてくる。
「ああ、今作ってるか――」
「父さんお腹空いたよ」
そこにヘレンに似た女の子が追加で……。
「パパさま~ご飯~」
「父上朝餉はまだですか?」
「お父様、ひもじいです」
「おやじ! 飯はまだか!」
「ちちー」
「ととさま~ごはん~」
ヘレンに似た女の子が各年齢一杯に次から次へと現れてご飯を求めてくる。
待って! 今作ってるから! そんなに押し寄せないで! 俺潰れちゃうからぁ! ヘレンから血で受け継いだ〈身体強化〉を使ってこないでー----!
……。
……。
ガバッ! っと上半身を起こす俺、左右を見渡すと部屋の中は真っ暗だが壁にある小さなガラス窓から入る星明りでも〈夜目〉があるからはっきり見える、寝室のベッドの上だ、隣を見るとヘレンが寝ている。
うん……夢か……。
家族が一杯なのは幸せだが、ある意味で悪夢とも言える内容だった。
「いや、ヘレンが増殖する夢よりはましか?」
俺は博士と一緒になって開発したガラス窓を見ながらそんな事を考える、あの窓は人の頭がかろうじて入るくらいの大きさだが作るのに苦労したんだ、
まだまだ濁りも酷いし魔道具な炉を作る為の経費が高かった……それでも今は博士達研究者が喜々としてガラスの研究をしているから、そのうち一般的な物になるだろう。
もうすぐしたらガラスを使った鏡の試作も予定しているんだよね、博士のお陰で欲しい物が色々出来るから楽しくて仕方ない。
国王様の第一王子も正式に立太子したし、博士は公爵と成り、前よりも自由に出歩ける様になったから楽しくて仕方ないね、今までは王様の予備的な扱いが強かったからね。
きたるべき研究と冒険を思うと……ついフフッっと笑いが表に出てしまった。
すると横で寝ていたヘレンがもぞっと動き。
「んーどうしたのリオン君、さっきもー私がー増えるとかなんとか言ってなかったー? ふぁぁぁ」
欠伸をしながら間延びした口調で俺に質問をぶつけてくる、あれ聞こえてたのか。
「ヘレンとの子供が一杯な夢を見たんだよ」
少し内容は違うがまぁいいだろ、俺はヘレンの頭を撫でながらそう説明をする。
「それは幸せな夢だねリオン君……」
それを聞いたヘレンは嬉しそうな声をあげながら上半身を起こす。
そして。
「……なんで寝間着を脱ぎだしているんですかヘレンさん」
「子供一杯欲しいんでしょ? 私頑張るから!」
……。
「いやいや、寝る前も一杯したでしょう? すごくすごくすごー-く一杯したでしょう!?」
「うーん……ひと眠りもしたし、朝ご飯まで……しよ?」
ヘレンのその言葉を聞き、俺は星明りの射しこむ窓を見る……。
「まだ真夜中だよね! 朝まで何時間あるとってちょっと!? ヘレンさん? 俺の服を脱がしに来ないでー!」
「まかせてリオン、お母さんやお婆ちゃんに色々教わってるから!」
いやぁぁっぁぁぁ---……。
……。
……。
あの腹ペコキッズ達に襲われる夢は、ヘレンに食われる事を意味した予知夢だったんじゃないかと思いつつ、俺は今日も武門の名家に敗北するのであった。
……。
……。
――
「最近疲れてるねぇリオン君」
博士が何やら執務机で紙に魔道具の設計図を書きながら俺に声をかけて来る。
ここは研究所の博士の部屋だ、いつもの掃除を終えておれはソファーにぐでんと倒れ込んでいる、いつもならおやつとか作りにいくんだけど……。
「あんまり眠れてないもので……」
俺は無難な返事をするも。
「ああ、新婚さんだものね」
即座に正解を導き出された。
返事をするかどうか迷っていると部屋の扉が勢いよく開けられる、ノックの無いこの開き方は。
「おはよう叔父上にリオン! 今日は何をするんだ!?」
始めて会った頃からもう一年くらいの付き合いがあるエドワード王子が侍女を一人引き連れて飛び込んで来る、最初の頃の不愛想な王子が懐かしい。
俺はソファーに寝転びながら手を少しあげて振って王子に応える。
「む? どうしたリオン、元気ないな? 何かあったのですか叔父上」
俺の向いのソファーに座りつつ博士に質問をするエドワード王子。
博士は設計図を書く手を止めると王子に向かって。
「リオン君は新婚さんだからね、疲れる事もあるんだよエドワード」
「む? 新婚だと何故疲れるのだ? お前は判るか?」
エドワード王子が背後に立っていた侍女に問いかけている、侍女は一切返事をせずにエドワード王子の頭を引っぱたいていた、うわ……。
「なぜ私は頭を叩かれたのだ!」
エドワード王子が侍女さんに対して文句を言っているが、侍女さんに乙女に聞く事ではありませんとか返されている……あの人もう18歳過ぎてるよな? 乙女?
ギロッっと俺の思考を読んだかのごとく侍女さんに睨まれた、こわっ!
俺の表情を読まれたのだろうか、危ない危ない。
ちょっと疑問に思ったので言い合いを続けている王子と侍女を放置して、寝転んで居たソファーにしっかり座り直してから博士に質問をする。
「クランク博士、王族ってそっち方面の勉強はいつごろからするんですか?」
「いや、もうやっててもおかしくないはずなんだけどね?」
俺と博士が不思議に思い首を傾げていると、侍女さんが王子を無視してこちらに声をかけてくる。
「エドワード王子殿下は本からの知識が十分にあるからと、教師による授業を一切お受けにならないのです」
なるほど……確かにこの王子は大図書館にずっと入り浸りで知識はすごい量だ、だけど教師による授業はそれとはまた別の話だと思うんだが……。
「あれ? でも俺に見せてくれたあの本とかも読んでるんじゃ?」
貴族の閨関係の本とかは侍女さんにお勧めされたから俺も何冊か読んだんだが。
「王子に相応しくない物は私が読ませていませんから」
侍女さんが当然だとばかりにそんな事をのたまう、俺は読んでよかったのかね。
「でももうすぐ教育とかしないとですよね?」
俺はそう博士に問いかけていく、だってあの本だと12歳頃から教育が始まるとかなんとか。
「そうだね、もうすぐ初めてもいいとは思うんだけど、今度兄上に聞いてみようかな?」
「クランク様! 大丈夫です、その時が来たらわたくしが! そう、わたくしが身を挺して王子へとお教えしますので、まったく……問題ありません!」
俺と博士は侍女が鼻息荒くそう宣言するのを聞いて、たぶん同じ感想を抱いたに違いない。
この侍女は王子大好きで、完全に計画したうえで王子を無知にしてやがるな、と。
ショタコンの気もあるのかもしれない。
俺と博士はお互いに見合うと、コクリッと頷きあい。
「頑張ってくれたまえ」
「確かに問題ないですね」
そうやって王子の問題を放り投げた、だって授業を放棄した王子の責任もあるからね、自業自得だ。
「一体何の話なのだ?」
「もうすぐ始まる貴族としての授業の話ですよ」
俺は適当に答えると王子と博士用のオヤツでも作るかと立ち上がり、台所代わりに使っている隣の研究室へと向かう。
「私にはそんなものいらんのだがなぁ、まぁまた逃げればいいか」
そんな事を呟いている王子を置いて部屋を出て行こうと……。
「あれ? 侍女さんって未亡人なんですか?」
そう部屋の中で立ち止まり聞いてみる。
「失礼な! 私はこれでも乙女ですよ!」
俺はその言を聞いて博士の方を向きながら。
「それって許可されますかね?」
「あー、確かにそれだと駄目だろうね」
俺と博士の言葉にショックを受けている侍女さん、ハッっと何かを思い付き博士が居る執務机に近づくと。
「クランク様! もうあと数か月で寿命が来そうな独り身の男性貴族を紹介して下さい!」
ものすごい無茶な事を言ってきている。
さすがに無理だと断る博士に泣きそうな表情で詰め寄る侍女さん、王子は意味が判らないのかキョトンとしている。
部屋の中はカオスな状況で、まぁ大体この4人が集まるといつもこんな感じだ。
しかし侍女さんて確か……。
「伯爵家の娘なら普通に嫁に入ればいいんじゃ?」
俺は『王子の』という言葉を入れずに言ったが意味は理解してくれた様で。
「無理を言わないで下さい、……の結婚には政治的な物も関係するんですから」
侍女さんも『王子』という部分を抜いて返事をしてくる。
「位の低い側室でも?」
……。
……。
しばし部屋に静寂の時が流れる。
「いけそうだねぇ、なんなら僕も推薦しておこうか?」
博士がのんびりとした口調で侍女さんへと語り掛ける。
「お願いします! 私も親に根回しするので! 親にはそっちは諦められていたので話を持っていけば許してくれると思うんです」
一瞬の隙も無くお願いをしていく侍女さんだった、そして貴族の親に結婚を諦められる程何をしたんだこの人は……。
まぁ王子との結婚は正妻になれないからと側室のことはすっぽり頭から抜けてたんだろうね……年上の姉さん女房か……まぁ貴族では珍しくないな。
おめでとうエドワード王子、侍女さんと……えーとメアリーさんだっけ? と仲良くね。
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