第47話 武門の名家

「これをもって君はリオン・ブレッドと名乗る事に成る、忠をもって私に仕え、武勇をもって敵に備え、慈愛をもって民に尽くしなさい」


「はい、わたしリオン・ブレッドは、公正をもって主君に仕え、勇気をもって敵に立ち向かい、寛容と礼節を持ち民に奉仕をします」



 俺のあるじになるクランク王弟殿下は俺に剣を渡してくる、それを恭しく受け取り……。



「結構疲れますねこれ」


「だよねぇ、僕もこーいうのは苦手でね」


 騎士叙任の儀は終わった、見学している人も居ない二人っきりだし、最後は適当に終わった。


 というかそもそも叙任の儀に忠がどうたら公正がどうたらなんて普通はやらない、あれは俺の知識にある日本の知識を元にそれらしい感じなのをでっちあげただけだ、博士もノリノリで俺の提案に乗って来るしさ……。


 王様のご長男が15歳になって王太子に決まった事で博士は公爵へと成られた。


 なもんで博士への呼び方を変えた方がいいかと聞いたら博士のままで良いって言われたので博士呼びは変わらない。


 な訳で俺は公爵家に紐づいた騎士爵になったわけだけど、剣を装備したまま王宮を歩き回れる訳じゃ無いのでこの剣は博士に預けておく、盗まれてもいやだしね。


「それで、リオン君はこれから何処に住むんだい? 下働き平民用の宿舎は出ていかないとだろう?」


「いえそれなんですが、ほらあの子爵の内政官さんが騎士爵が借りる様な上級街の端っこの家を抑えてくれまして」


「ははーん、リオン君への貸しを早々に返しておきたいって所かね」


「みたいですねー、それと博士の身の回りの世話は出来なくなるのでよろしくです」


「え? なんで?」


「なんでって、あーいうのは騎士の仕事じゃないでしょう? 早く代わりの下働きとか探して下さいね?」


「ええええええ!! いやいやそれは困るよ! あ、よし! 騎士の件は無かった事にしよう!」


「そんな訳にいかないでしょ! もう王宮には申請済みなんでしょう?」


「あーほら! 長年仕えてくれた執事や従僕に名誉叙勲する事もあるし、ね? リオン君が居ないと研究所の部屋を上手く掃除出来る子が居ないんだってば! お給料もきっちり騎士並みで出すからさ! ね!?」


「いやまぁ……いいですけどね、それだと爵位持ちの側付き従僕って感じになるんですかねぇ?」


「細かい規定なんてあって無い様な物だし気にしない気にしない」


「まぁ国から与えられる奴じゃなくて博士の家から貰う騎士爵なんでそれでもいいかもですね」


「そうそう、それでいこーよ、住む場所も王宮にある僕の部屋の隣でよくない? 爵位持ちなら王宮に住めるでしょ」


「それはお断りします、もうすぐ俺は新婚になるんですよ?」


「そうだった……お祝いしないとね、何か欲しい物あるかい?」


「お金ですかね」


「世知辛い事言うね君は、もっとこう新婚に相応しい何かないのかい?」


「食糧費が欲しいんですよ俺は」


「あ……納得したよ、なら僕のツテで商人を紹介するし援助もしておくよ」


「ありがとう御座いますクランク様」


 本当に、本当ー-に! 有難かったので最敬礼で普段は使わない様呼びで主を敬う俺であった。



 ……。


 ……。


 ――


 ――



「神歴1339年の3月、ここに新たな夫婦が一組誕生する事に祝福を」


 教会の司祭に祝福を受けて結婚を認められる俺とヘレン、騎士爵になったと言っても元平民だしこじんまりとした式だ、関係者もバニスター家の面々しかいないし。


 ……。


 諸々の挨拶や面通しも終えた俺とヘレンは自分達の家に向かいながら。


「ヘレンは俺で良かったのか? 女の子だともっとこう可愛いドレスを着たりとかしたいんじゃねぇ?」


「私を可愛いと言ってくれて、美味しいご飯を作ってくれて、どれだけ食べても呆れないで笑顔で見ていてくれる夫に不満なんて……ちょびっとしかないよ」


「ちょびっとあるのかよ! 言ってくれたら出来るだけ直すけども」


「んーとね」


 ヘレンは一緒に歩いている俺の手を取り恋人繋ぎにしながら二人の間を詰めて来ると、周りに聞こえないようにこそっと小さな声で。


「不満はね、婚約してから一年も待たされた事かな、今日は一年待たされた分を全部ぶつけるからね」


 そんな事を言ってきた。


 いやそれはさぁ、醤油事業がある程度発展してからじゃないと叙爵するのは難しいだろう?


 結局あの後もちょいちょい醤油作りや他のも手伝わされたしなぁ……二度と頼まないとか言っていたお偉い内政官が頭を下げてお願いしてくるんだもん……あの人のせいじゃないのにな……見てて可哀想だから手伝ってあげたよ。


 醤油は国内外問わず売れに売れている、諸外国の醤油購入者にオマケでつけた照り焼きソースレシピのせいで、やばいくらいに人気が出ちゃったみたい、おかげで砂糖の増産も決まったくらいだ、合わせてミリンや日本酒なんかも出回らせた。


 ついでにこの一年で博士と一緒に台所周りや生活に便利な魔道具も数多く発明していった、おかげで燃料になる魔石の値段が高騰して、この国の冒険者達がニコニコ顔で魔物を狩るようになった。


 魔物が減る事で荒地の開拓も滞りなく進み、後五年もすれば大開拓宣言の終了もありえるんじゃないかって話だ。


 そうなると書類奴隷が大量に解放されて世に放たれる訳だが、農地は一杯あるし冒険者も稼ぎはいいし、醤油やらミリンやら日本酒関係の景気は良いしで働く場所は大量にある、何処も人員確保で大変みたいだし。


 さすがに醤油やら日本酒用の陶器瓶の製造が間に合わないと相談された時は困ったよ、大量に制作出来る登り窯を博士が魔道具でどうにかしたから余計に魔石が高騰しちゃったのよね……。


 おかげで国内にあるダンジョン側の冒険者街は大盛況だとか。



 無事に家に着いた俺とヘレンは一緒に夕ご飯を作っていく、下働きを雇いたいんだけどさ、何処もかしこも好景気で良い人はみんな取られちゃうのよね、それでも空いてる人ってのは……まぁそういう訳で……そのうち孤児院でも回って性格の良さそうな子を探してみようかねぇ。


 まだまだコネ社会だからさ、新しく家を立ち上げたばっかな俺には有用なコネが無いのよ……王族のコネとかあっても下働きを雇う為に使う訳にはいかないからね。



「今日は何にするのリオン」


 俺の横でお野菜類を洗っているヘレンが聞いてきた、バニスター家は男爵家なんだけど戦場では料理もするかもって事である程度は出来ちゃうらしいのよね。


「ん? ああ、ヘレンの好きな料理一杯と、デザートにケーキだな」


「ケーキ! ケーキってあの甘くて幸せなお菓子? まだ三回しか作ってくれた事がないあれだよね!」


「勿体ぶってた訳じゃ無くてな、味に納得いかなかったから色々研究してたんだよ、ヘレンには美味しい物食べて貰いたいからさ」


「嬉しい! ……けども研究中のケーキの試食もしたかったなぁ……」


 ヘレンが地味に俺の背中をツネってくる。


「痛い痛い痛い、判ったから、今度からはヘレンも研究試食の場に呼ぶから!」


「どうせエドワード王子とクランク様と一緒になって遊んでたんでしょう? 仲良すぎだよ、もう結婚したんだからこれからは私も構ってね?」


 仲が良いのは否定しない、あの後も大図書館に通っている俺は段々とエドワード王子と仲良くなっていき、博士と一緒にやる色々な実験やらにも王子が顔を出してくるようになった。


 そうなると俺が博士に出しているオヤツや食事に目をつけられる訳で、中でもケーキの味の向上研究には三人して色々とやって楽しかった、王子の側付きの侍女さんが毒見といいつつでっかく切り分けるのを王子と共に阻止をしたりと……いやまぁ楽しい時間を過ごしている。


 嫁の参加かぁ……名目どうしようかなぁ……一応研究所だし出入りにはそれなりにチェックがあるんだよな。


 博士の家付きの侍女って事にすれば……いけそうか。


 ……。


 ……。


 ――


 豪華な食事に満足をした後には結婚初夜があるのだが……。


 嫁が〈身体強化〉四つ持ちの体力お化けという事を完全に忘れていたよ。


 さすが武門の名家出身だ、ベッドの上の戦闘でまったく勝つことが出来なかった……お貴族様が習うという閨の流儀もしっかり使ってきたし。



 終わった後に次は負けないんだからね! と悔し紛れの一言を出した俺だったが……。


 あ、嘘ですヘレンさん、今の言葉は冗談だから、もう終わりに……無理、いやほんとに無理だから! 降伏するから! 終わりに……いやぁぁぁっぁぁぁ……。


 ……。


 ……。



 ……。




 ……。





 武門の名家の嫁は強かったデス……。



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