第45話 醤油の反響
「らっしゃいらっしゃい、トロアナ王国の新たな味、ショーユーを使った焼き肉串だよーうまいよー」
「らっしゃせーショーユー味の焼き飯だよー」
「ショーユー団子だよーらっしゃーい」
王都中腹にある市場通りでは醤油を使った食べ物を出す屋台がかなり増えた、始めた頃は中々手を出さなかった人々も今は当たり前の様に醤油味の飯を買う。
俺はその威勢の良い掛け声と通りを歩く民の楽し気な会話を聞きながら仕事をしていく。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
「この通りもすごい賑わいになったねリオン君、やっぱりこのお店のおかげかな?」
「切っ掛けになってくれたのなら良いのだけどね、ほい、焼きあがったよヘレン」
俺は焼きあがった物を横のカゴへと移し、後の作業はヘレンにまかせる。
「はーい、お待たせしましたお客様、こちら醤油煎餅は三枚で銅貨一枚になります」
うちの屋台の前には常にお客が待って居る状況だ、次を焼かないとな!
博士に米を粉にする魔道具を頼む事で簡単に作れる様になったお煎餅の生地を、これまた博士に頼んだ焼き用魔道具の金網の上に置いていく。
生地を天日干しにしたりする部分も博士の魔道具に頼る事で時短をして量産が可能になった、それなら予め大量に焼いて持ってくればいいじゃないかと思うだろうが。
これは醤油が焼けた匂いを拡散する為にやっているからこれでいいんだよ、そして物足りないくらいの量を供給する事で他の醤油を使って居る屋台へとお客を誘導してるんだ。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
意外とこの煎餅をクルクルと引っ繰り返す作業が見てて楽しいのか子供とかがずっと見ていたりする、失敗した奴とかをたまに子供に配ったりもしてるからそれ狙いかもだけど……子供に配るのも宣伝だからいいんだよ。
屋台の店主達に醤油を卸し始めてから三週間程、お客さんが醤油に慣れてないからなのか初動の動きの鈍さを感じたので匂いで攻める事にした俺は、ここ一週間程は市場通りの入口で醤油煎餅屋台の主だ、元々個人でおやつ代わりに作っていたので博士もすぐ賛成してくれて量産化用の魔道具も作ってくれた。
今では王城の貴族達のおやつにも採用されているとかで、新たな名物にする動きもあるらしいね。
あ、形が悪くなっちゃった。
「ヘレン、これは形が悪いから割って処分しちゃってよ」
「了解リオン!」
形が悪くなってしまった煎餅はたまにこうやってヘレンに渡す事にしている、お客に笑顔で売りつつも食べたそうにしているのが判るからね。
形の悪くなった煎餅をパキンといくつかに分割したヘレンは周囲にいた子供らに不良品の処分だと言って欠片を渡していく、勿論自分でも食べて居るけど。
ある程度の制作速度回転を確保するのに薄めの煎餅なんだけども、結構美味しいと評判なんだよね、まぁ醤油煎餅三枚で銅貨一枚だと正直利益は微妙で宣伝と割り切っている。
この市場通りの屋台店主達の作る醤油を使った新たなメニューは概ね好評で醤油を卸して欲しいと商人達からもお城に要望があったらしい。
例の各国大使を招いた試食会も大成功だった様で輸出に向けた調整も始まったとかで大忙しだと楽しそうに内政官さん達は語っていた、将来的に多額の金を生み出すものとされ、研究所の縮小や閉鎖の話も立ち消えになった。
それどころか新たな金儲けの種は無いのかと、お城のパーティやなんかで貴族達が博士に擦り寄ってくるのが面倒だって言ってたっけか……。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
次から次へと煎餅を焼いていく俺、もうちょい煎餅を大きくして二枚で銅貨一枚、もしかもっと分厚くして一枚で銅貨一枚にするのもありかもなぁ……そうしたら普通に飯を食っていけるくらい稼げるのでは?
うちで煎餅を初めて食べた人は醤油の香ばしさに驚き、他の屋台で醤油を使った料理があると教えるとそちらへと向かっていく。
そんな屋台の新しい醤油を使用したメニューも全てヘレンが試食をして太鼓判を押した物ばかりだ、というかヘレンが認めた料理を開発した相手にしか醤油を卸していない。
なぜならまだ醤油の生産量が少ないからね……外国大使達への試食が上手く行き過ぎて輸出用の醤油も用意しなきゃいけないみたいだし。
俺が作り方を教えた貴族の若い男女二人は結婚をして新たな貴族家に任命をされた、本当にメイラード家になるとは思わなかったが……彼らは家からの放逐もありえた状況からの大逆転に喜び、平民の〈醸造〉持ち二人を部下にして醤油を作りまくっているらしいが……。
人員が増えるまでは魔力の無駄が出ない様に製造所の近くで寝泊まりしているとかなんとか……結婚披露宴も無しで結婚をしたわりに仲良く夫婦で頑張っていた。
平民の子供達も魔力は低いが頑張っているみたい、ご飯が美味しいとキラキラした笑顔で話していた。
まぁ醤油普及の為に頑張ってくれ……あれ? メイラード家の貴族女性が妊娠とかしたら製造能力半減すると思うんだがどうするんだろね?
まぁいいか俺が苦労する訳でも無いしな。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
焼いてると煎餅が反り返って来るから押し付けを上手くやらんと形が悪くな……あ……。
はいはいヘレン、これは形が悪いから食べていいよ。
煎餅の不良品無料配布で手なずけた子供らに他の屋台から飯を買ってこさせたりしてヘレンにはちょいちょい食べさせているんだけど……どれだけ食べられるんだろうかヘレンは、そのうち確かめてみるか。
そんなどうでも良い事を考えながら煎餅を焼いているが、チラっと屋台の前の列を確認してみると……。
うーむ、屋台前の列が減っていかない……自分で始めた屋台なんだが増えていく列は結構プレッシャーがかかる。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
負けてたまるか! 無駄な動きを無くして俺は煎餅作りマシーンになってみせる!
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
クルンックルンッ、押し付け押し付け、醤油ぬりぬりっと。
そうして、いつまでも途切れない行列と材料が切れるまで戦う俺だった……。
……。
……。
――
――
「なんて?」
「ですのでリオン殿には醤油の生産をお手伝いして頂きたく……」
「なんで?」
「さきほども説明しましたが……そのう……各国大使から注文を受けた量が彼らの母国への帰還日に間に合いそうに無くてですね……」
「馬鹿なの? 自分達の生産能力も計算出来ない様な馬鹿だったの?」
ちなみに今俺は王宮の会議室に居て隣にクランク博士もいる、だからこそ強気で言う訳だ、ふはは俺は王族という虎の威を借る狐だからな!
それに簡単に了承したら前例が出来て俺が使い倒されるのは目に見えているからだ。
ちなみに会話している相手は醤油事業を手掛ける内政官の中でもトップな偉いお人だ、子爵様だっけ? だがそんな事は知らん! こっちは王族がバックについている。
「その……殿下も説得にご助力をお願い出来ればと……このままですと契約も守れないと諸外国に笑われてしまいますので」
「うーん……さすがにこれは僕はフォロー出来ないかなぁ……調子に乗った君らが悪いよねぇ? リオン君が納得するような条件を出すしか無いんじゃないかな?」
おー、さすが博士だ、ここで無茶な命令を出してくる様なら俺との関係にヒビが入るのを理解しているのかもしれない。
日本だったら営業が無理なスケジュールで仕事を取ってきて現場に残業や休日出勤させようとしている様な物だものね、まぁ俺の日本での知識って20歳くらいまでのしか無いからそんな修羅場には出会った事ないんだけども。
「リオン殿にはしかるべき報酬をですね」
「あ、現状で満足してるのでお金とかいりません」
「では……気立ての良い商家出の雑役メイドあたりとお見合いなどは」
「あれ? もう男爵家の娘さんと内々に婚約してるんですけど? あまり知られてないのですね」
「なんと! しかし平民のリオン殿では……いや、殿下からの叙爵が決まっているのですね、となると……こちらに出せる条件が……ぬぐぐぐ……」
内政官さんは困ってしまい唸るのみ。
「せめて条件を提示してあげなよリオン君」
博士にそう言われちゃぁしょうがない。
「では、大図書館の本の自由閲覧権を求めます、そしてそれを貰った後に図書館内部で貴族にからまれた場合、絡んできた相手が処罰される事を偉いお人の名の元に確約した書類をしっかり残してくれるなら……まぁ今回だけは受けますよ」
「それは……そんな物でよろしいので? 読むだけですよね? 本が欲しいという事ですか?」
「いやあのね内政官さん、平民雑役は城の中を自由に歩けないの、しかも大図書館に入る権限って貴族限定でしょ? 貴方は簡単に入れるのかもだけど俺には現状無理なんですよ、博士の借りた本を返す時も入口で司書さんに渡すだけで即出ていかないとだし」
内政官さんは不思議そうな表情をしているけども、諸外国にすら名の轟く大図書館に平民が簡単には入れないんですよ……博士が借りる本は面白くないのばっかだし……一応返却しに行く前に軽く読むけどさ。
娯楽の無い世界だから読み物があるってだけで行ってみたいんだよね、でもまぁ行けばアホ貴族にからまれるのは目に見えてるだろうから守ってくれるなんらかの保障が欲しい訳さ。
「閲覧だけならすぐ許可を出せると思いますが……貴族の処罰となると……」
「別に誰彼かまわず処罰しろって話じゃないんですよ、意味もなく絡んで来る馬鹿をどうにか出来ればいいんですけども」
「んーリオン君、その要求はちょっと厳しいと僕は思うなぁ」
博士が困った風に言って来る。
やっぱそうですか? でも絶対に絡まれるじゃないですか……。
「じゃぁいいや、この話は無かった事に」
「そうなると醤油作りの仕事は……」
「勿論やりませんよ?」
「待って下さいリオン殿! どうか、どうかお願いしますぅぅぅ!! メイラード家の二人もその部下も全力でやってますが間に合わないんですぅぅぅ」
俺に縋り付いてくる内政官、おっさんに縋り付かれても嬉しくないんで離れてくれっての!
「もう、しょうがないなぁ……僕が図書館の件はなんとかしてあげるから、リオン君も今回だけは大きな貸しって事でやってあげなよ、優秀な内政官に貸しを作っておくのは君の将来に役立つと思うよ」
「殿下ぁぁぁ! ありがとうございますぅぅ! リオン殿ぉぉぉどうかぁぁ!」
すっごいうざいんだけど、この人ほんとに優秀なの?
「はいはい、判りましたよ、やりますよ」
「おおお! リオン殿感謝しますぞぉ!」
「それで、いつまでにどれくらい作ればいいんですか?」
俺がそう聞くや何やら書類を渡してくる内政官、それを読んでいく俺……段々と血の気が引いていった、俺はそれを博士に渡す。
「あらら……これは酷い」
博士がポソリと呟くのとほぼ同時くらいに俺は思いっきり息を吸い。
「馬鹿じゃないのかお前らは!!!!!」
内政官を叱るのだった。
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