第44話 仕事
「クランク博士は狙ってたんですか」
醤油の売り出し方を検討する会議の席で俺は横に座る博士に問いかけた。
「いやぁ、あの子は良くも悪くも目立つ子だからね、一緒の職場に置けば何かあるかなーとは思って許可したけど、まさかこんなに早く婚約する事になるとは、ククッ、想定外ってのはいつの世も楽しいねぇ、専属侍女を奪った事になる姪っ子には怒られたけどまぁ良しさ」
いくら食いしん坊だからとて、そんなに簡単にこの国家事業にヘレンが参加出来るのはおかしいと思ったんだよ……。
博士が侍女として浮いているヘレンを思いやって少し違う環境に置いてあげようとしたみたい、あわよくば貴族のあれこれなんて関係ない俺とヘレンが……という考えだったみたいなんだが、本格的に一緒に働き始める前にここまで決まるなんて思わなかったんだろうね。
てか姪っ子って王女? 怒られるって……ヘレンは姪っ子王女の玩具だったとか?
バニスター家のヘレンとの婚約についてまだ内々の話なのだが博士には決まった事を伝えた、博士もバニスター家から話を貰っていたみたいだが、ここまで早く決まるとは思って無かったみたい。
今の王様の子供が王太子として王位継承する事が確定したならば、クランク博士は公爵に成るので、俺をその寄子として爵位を渡そうとは元々思ってたみたい。
俺が調理でやりすぎたせいか……博士の寄子にならないと狙われちゃう可能性もあるんだってさ、良く知らん貴族の配下になんか成りたくねぇっての。
それで今は会議室で内政官やら何やら関係者が醤油の値段や価値や売り出し方を話し合っている、ヘレンも参加していて大々的な試食会を開くべきだと声高に主張している。
それって自分が食べたいだけだよね?
ふぅ……だが彼らの話に出て来る料理が俺が作ってみせた物しか無いのはよくないな……多様性が必要だ……となると、俺は横にいる博士に自分の考えを伝えて了承を得ると手を上げて会議で発言をしていく。
「まずは認知されなければ意味がなく、お値段も需要によって変わってくるでしょう、ですので俺は、新たな調味料を世の中に知らしめるべく王都の飲食業界に協力を求めるべきだと思います、そうして醤油を庶民の味として普及させる事が出来れば自国の誉れとして胸を張って輸出をする事が出来るのではないでしょうか」
俺のこの意見は条件付きで認められた、まずは小規模でお試しをするそうだ、その仕事にヘレンと俺が指名された、内政官さん達は他にも出た様々な意見を元にした仕事があるそうだ。
……その仕事の中にあった各国大使を招いたパーティでの披露って、まさか俺に調理しろとか言わないよね? ハハ、そんな事は……。
アリマシタ。
どうにかして逃げたい俺は、王城の筆頭調理人に色々教えるだけでなんとか許して貰った、偉い人の飯を作るのとか嫌だってば、俺の舌は庶民派だしレシピとかだって高級な料理とかはよく知らんのだ。
……。
……。
――
――
「これが噂でちょろっと出てた新たな調味料ってやつかぁ」
「真っ黒いんだねぇ……ちょっとあんた味見してみなよ」
「うぇぇ! 俺がか? あ、お前には貸しがあったよな、一番を譲るぜ」
「いやいや市場通りのぬしが認めてるもんなんだぜ、大丈夫に決まってらぁな」
「そう言いつつ手を出さないじゃないの、このコッコが!」
ヘレンさんのコネを借りて市場通りの屋台をやっている連中に声をかけて夜に集まって貰ったのだが、醤油の黒さにちょっとびびって手を出してくれない。
ちなみにコッコってのは魔物の中でもかなり弱く、子供でも棒きれ持っていれば勝てるし、すぐ逃げ出そうとする
仕方ないなあ……。
クランク博士に作って貰った携帯型七輪タイプの魔道具をドンッっとテーブルに置き、そこに持参した生肉のスライスを用意、そして醤油で下味をつけて焼いていく、ただの醤油だから俺からすると手抜きも良い所なんだけども。
周囲に漂う香ばしい匂いに貸し切った酒場に居る屋台の店主達の声が途切れる。
「では醤油の試食をしたい方いませんか~」
俺がそう言うやいなや。
「仕方ねぇなここは俺が」
「何言ってんだいさっきまで手を出さなかった臆病者達が、私が最初にいくよ」
「いやいやここは儂が先陣を切ろうじゃないか」
「じじいはさっきまで黙ってたじゃねーか! 引っ込んでろよ」
「皆忙しいみたいなので私に下さいリオン」
わいのわいの手の平ドリルで誰が食べるかで煩くなった室内、何故かヘレンがそこに混じって居た……君は提供するこちら側の人間だよね?
ワクワクとしたヘレンの笑顔が可愛いので、仕方なく焼けた肉をハシで掴んで食べさせてあげる。
「あーんっ、モグモグ……うーん美味しいけどちょっと物足りないかな?」
周りの店主達は先を越されて悲嘆の声をあげている、それを聞き流しながら感想を言うヘレン、そりゃ城でやった試食会は味の調整してるもの、今ここでそれを披露しちゃったらこの人達はそれを真似しちゃうかもだろ?
新しい味を試行錯誤で生み出して欲しいんだから、今は素の醤油しか披露しません。
そうして次々と焼いた肉を配って行く俺、しかして店主たちの反応は。
「もぐもぐ……ふむ、ペロッ……なるほど火を入れると香ばしくなるんだな……それならうちの肉焼きにも……」
「もぐもぐ、ペロリ、へーまぁうちの飲み物にはどうにもならないけど、周りの屋台の味が強くなる可能性があるなら、うちのジュースもそれに合わせた物を考えないとね」
「ふーむ……甘さを入れるともっとよさそうだな、果実かハチミツか……」
「辛味も合いそうだな、唐辛子との相性は……ぶつぶつ」
「そのまま使っても美味しいがそれだと差別化が……ぶつぶつ」
さすがヘレンの認める屋台店主達だ……味を見たらすぐどうやって使うかを真剣に検討しだした。
「これなら美味しい屋台飯を考え出してくれそうだな」
横に居るヘレンにそう声を……。
「もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ」
いやなんで残った肉を次から次へと自分で焼いて食べて居るの?
頬をお肉一杯で膨らませたヘレンは幸せそうな顔だね……ふぅ……婚約が決まったからだろうか、これが可愛いと思ってしまう俺はちょっとおかしいのかもしれない。
「それでヘレンちゃんの彼氏さん、これはおいくらで売り出す予定なんだい?」
「ああそうだな、値段が判らんと俺達も使いようがないぜ」
「ぐぐ……まさかヘレンちゃんに彼氏が出来るなんて……」
「まぁ元気だせ若いの、元々身分違いだったんだ、諦めてよその娘を探すがいい、うちの娘なんてどうだ?」
「爺さん家の娘って出戻りの30代じゃねーか、素行が悪くて離縁されたんだろ? 若者に押し付けようとすんなよ」
醤油の値段を聞かれたはずなのに俺が答える前に何故か年のいった店主の娘さんの話が盛り上がってしまっている。
市場通りでヘレンは人気物だったので割と本気で惚れている男共が多かったそうで、俺との婚約というか彼氏が出来た報告を聞いて項垂れる若い男がかなり多かった。
しかも俺が平民だと知って驚愕してたな、ヘレンが何処ぞの貴族っぽい事は知られていたから憧れはあっても誰も手を出さなかったみたい。
「この壺の中身で大銅貨一枚、壺込みだと銅貨15枚くらいになりそうですね、自国や王都には安めに卸すそうですよ、まだ本決定では無いのでそこはご了承下さいね」
醤油の入っている小さな焼き物の壺を示しながら店主達に説明をする。
彼らはその壺を手に取り中身を確認しながらあーだこーだと周りと雑談をしながら原価の計算等をしている、自国向けは安めに設定をされたが、それでも塩より遥かに高いからなぁ……どう判断されるやら。
俺の服をクイックイッっと横から引っ張られたのでそちらを向くと。
「お肉無くなっちゃったんだけど、お代わりある?」
用意した肉をすべて制覇したヘレンが寂しそうな表情でそう聞いてきた。
そんなに試食分は用意してなかったので、帰るまで我慢しなさいと返すしかなかった。
最近ずっと側にいるから気づいたんだが、ヘレンの食べる量は正直ちょっとおかしい。
それなのに見た目がまったく太っていないし……本人に聞いても昔から腹ペコ魔人だったから理由はよく判んないと言っていたが……祝福の能力を聞いて納得をした。
バニスター家は武門の名家だ、一族がそれ系の能力がある人と結婚を繰り返す事で血筋の中は脳筋で一杯になっている、現にヘレンの母親やお婆さんやお姉さんも戦闘系能力持ちらしいし、ただしヘレンはちょっと他の人と違っていて。
剣術なんかの戦闘系技術能力は無いけど〈身体強化〉を4つ重複して持っていた……正直な話3回くらい聞き直しちゃったよ。
でも納得した、俺の最近の考えでは〈身体強化〉は筋肉の質を変える物という認識なのだが、それを維持するのに食べる飯の量が増える様な気がしてたんだ、知識の中にあるエメリン王女殿下も〈身体強化〉の能力を得たら食べる量が増えていた様な気がする、その時は成長期かと思っていたんだけどね、それが四つも重なっているとか……。
また俺より強い嫁が出来たって事だ、近寄られて掴まれたら負ける。
つまりヘレンはパッと見は判らないが最上級の筋肉を持つ女性という事だ!
そして〈身体強化〉はダイエットに使えるって事になる! これが世の女性に知られたら嫉妬の嵐が吹き荒れそうだな……俺の考察は自分の心の中にこっそり仕舞っておく事にした。
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