第43話 バニスター家

「大変美味かったぞ小僧」

「ふんぬっ」

「本当に……素晴らしかったわ坊や」

「そうね、あれが噂になっている我が国の特産になる調味料なのねリオン君」


 バニスター家の面々が客間のソファーに座りながら料理の感想を言って来る、ご両親と母方の祖父母らしいので、ヘレンさんの父親は入り婿って奴なんだね。



 バニスター家での食事会……いや俺は結局飯を作ってたから、俺からの持て成しと言った方が良いだろうか? お金も俺が出しているしな。


 他の人はデザートのみたらし小麦団子も食べ終わっているんだが、一人だけまだ食べ続けている子が食堂に残っている。


 料理は暖かい方が美味しいからと結局厨房から離れずにタイミングを計りながら出して貰っていたので爺さんが言ってたみたいに一緒に食う事は無かったんだが……俺は平民だからね、普通はこんなもんだと思うんだ。


 それでも食べ終わった後に客間に移動をして一緒のテーブルに着く事を許されているのはバニスター男爵家がちょっと破天荒気味なんだと思う。


「うちのヘレンが迷惑をかけているみたいで御免なさいね」

 ヘレンさんの母親さんが俺に声をかけてきた。


 客間のソファーはテーブルを囲み四方にあり俺の向いに母親とお婆さん、左右の小さめのソファーに爺さんと父親が座っている。


「そうですね」

 俺は素直に返事をした、普通なら『そんな事はありませんよ』とかなんとか言うべきなんだろうけども……俺はほら、嘘をつけない素直さが売りだから。


「……そうね、うん、ヘレンが悪い事をしたらお尻を引っぱたいていいからね?」


 武門の名家らしく体育会系なのかもしれない。


「ふはは小僧なら大丈夫だろう、中々良い筋肉をしているしな」


 確かに筋肉は偉大だけども、すべてを解決してくれる訳じゃないですからね?


「貴方は黙っていて下さい」


 お婆さんに突っ込まれて爺さんが口を閉ざす、力関係の見える光景だ、そしてヘレンさんの父親は一切発言をしていない。


「いい加減うちの風習もやめるべきだと思っていたからね、丁度良かったよ、武門の名家といっても戦争があったのは大昔だし、今では魔物相手に呼び出されるだけだしね」


 お婆さんがしんみりとした口調でそう語り出した。


「そうね母さん、うちもいつまでも筋肉馬鹿の量産をしないで変わっていくべきなのかもね」

「そうだね」


 母親さんとお婆さんが爺さんと父親さんを見ながらそう語りあう……二人の筋肉達は所在無さげに体を小さくしてソファーに座っている、筋肉は悪者じゃないよ?


 何かを言うべき場面でも無いし俺は黙っておくかね、戦争の無い時代の武門の名家か……周りにどんな風に見られているのかを考えると……。


「うちの家風がこんなだろう? なので結婚相手を探すのにも困るんだよ」

「そうそう、うちの長男の嫁も見つけるの苦労したわよね母さん……」


 ヘレンさんは確か次女だっけか。


「ご長男さんは今どちらへ?」


 たまには会話に参加しておかないとなって事で質問をぶつけていく。


「息子は今、国境付近に嫁と一緒に軍の巡回遠征に行っているわよリオン君」

「女性騎士の中に家格の釣りあう良い子が居てくれて本当に良かった……うちみたいな筋肉馬鹿の居る家に来てくれる女性というだけでありがたい」


 そもそも女性が騎士として軍に所属をする方が珍しいよね、なら、その女性も筋肉好きなんじゃねーかな?


「ヘレンの相手も中々見つからなくてねぇ……」

「長女の方は美人だし表を取り繕う術を持ってたから嫁にいけたのよ」


 話がヘレンさんの事に成った、当人は未だに食堂にいるはず、多めに作ったお代わり分をすべて食べ尽くす気なのだろうかあの人は……。


 しかしなんだろう、筋肉のお話とか出来るかとワクワクしていたんだが、何故かさっきから子供や孫の結婚相手の話とかしかしてこないんだが。


「所でリオンの坊や、君は国から名誉勲章を貰っているらしいじゃないか」

「そうそう、ヘレンに聞いたわよリオン君! 国家事業に参加している将来有望な平民だって」


「ええまぁ……麦穂勲章を貰ってクランク王弟殿下の元で働いていますけど……」


 ヘレンさんの母親とお婆さんは俺の返事を聞くや、お互いの顔を見てコクリッと頷くとまた俺の方へと顔を向ける。


「ねぇリオン君、君は彼女とか将来を約束した女性はいるのかな?」


「あーいや、少し前まで書類奴隷だったんですよ俺は、なのでそういう相手はこれから探す感じです、王城で働いていると中々難しいので余裕が出てきたら城下町で探す気ではあるんですが」


 親も家族も居ない元書類奴隷な平民だと王城に働きに来ている女性からそういう相手としては見られる事は無いんだよね。


「リオン君はお付き合いする相手は年上の女性でも大丈夫? 例えば一歳くらい上とか」


 ……なんだろうか、話の流れがすごー--くすごー-く嫌な方向に行きそうだ、具体的な話が出てしまうと平民の俺から断るのは不敬になってしまうから、その前に断ち切るべきだな。


「そうですね、俺は年下が好きなので年上の女性はそういった対象には一切ならないです!」


 よし断ち切った。


「精神的には年下みたいなものだから大丈夫ね」


 おや?


 何かヘレンさんの母親が不穏な事を口走った……。


「うちのヘレンをリオン君の嫁にどうかなって私達は思っているんだけどどうかしら?」


 ぐあ……年上は嫌だって言ったのにあっさり無視して具体的な事を母親から言われてしまった……平民がこれを嫌だからって言って断るのはまずい……。


「いや、えーと……俺はほら平民ですので身分が違い過ぎますよ」


 男爵家のご令嬢と平民は有り得ないんだが、それはこの人達も判っているはずなのに話を向けてきたよな……。


「それなら大丈夫だ小僧、王弟殿下と話はつけてある、このまま国家に貢献をしていくのならば殿下の家が持つ爵位の中の騎士爵を授与しても良いとな」


 爺さんが真面目な表情でそんな事を言って来る。


 やられた! ぬー、筋肉に騙された……俺を食事に誘った段階でお見合いというかご家族への面通しみたいな意味があったんだな……そして俺は何故か合格してしまったって事か。


 いや、まだハードルがあるはず!


「いやいや、殿下のお手伝いをしてるだけの平民に爵位の授与は有り得ないですって」


 そう、殿下に言われた事をやっているだけの平民に騎士爵なんて与えたら妬みとかが酷い事になるはずだ!


「ふむ……お主を推薦しとるのは殿下だけでは無い、なんだったか……ウナ丼? とやらを食べた上級貴族達や内政官達も、皆がこぞって小僧を推薦しているのだ」


 なんでそうなる!?


「どういう事なんですか? 俺はただの殿下のお手伝いですよ?」


「王城の貴族食堂で飯を作る調理人は慣例的に貴族籍を持つ者でないといかんのだ、まぁ……小僧が作る飯が目当てなのだろうよ、確かに今日食べた飯も美味かったしな……またうちでも作ってくれんだろうか?」


 飯目当てかよ! うあぁぁ……そういや飯関係は俺が試行錯誤して考え出した事になってたんだった……博士もさすがにそっち方面の指示が出来る訳ないからって……。


 もしかして〈調理〉スキルを持っているのもばれているのかもしれない。


 くそーこうなったら最後のハードルを使うしか……。


「ヘレンさんも平民相手は嫌なはずですよ、望まない結婚なんて可哀想だと思うんです!」


 俺が最後の切り札を切った時、客間にヘレンさんが入ってきた。


「ふー腹八分です、あ、リオン君ご馳走様でしたー、今はみんなでお茶してるの? お茶菓子はなにー」


 そうやってトテトテとテーブルの側に来ると自然と俺の隣へ座って来る、いやいや対面のお母さん達の方にも隙間があるでしょー!?


 ヘレンさんの母親さんが笑みを浮かべながら。

「ねぇヘレン、貴方はリオン君がこの家に来る事をどう思う?」


「んー? リオン君がこの家に? それってまた美味しいご飯を作ってくれるって事? それは……最高の話だね!」


 ヘレンさんは使用人のおばちゃんにお茶を頼みながら質問に答えていた、違う、意味がすれ違ってるから!


「ヘレンもこう言って居るわよリオン君」


 勘違いをする様に言っているとしか思えないんだが。


「いや今のは言い方が――」

「ねぇヘレン、話を進めてもいいわよね?」


 俺の抗議の声はぶったぎられた、この母親とお婆さん達は爺さんより怖い、さっきから俺に対して圧力がかかっているんだよ……たぶん二人共俺より強いな……武門の名家舐めてた、この家は男共より女子の方が強そうなんですけど……。


「ん? リオン君がうちの調理人に? いいよー賛成しまーす」


 お茶を受け取ったヘレンさんが軽く返事をしながらゴクゴクとお茶を飲み始める。


「という事らしいわよリオン君、なので……うちのヘレンとの婚約、受けてくれるわよね?」


 俺だけに対する圧力がさらに増してきた、やべぇ絶対に上級近接戦闘能力持ちだよこの人……。


「ぶふぅー---!!!」


 ヘレンさんが俺の横でお茶を噴いた、中々の飛距離で対面のお婆さんと母親にもかかっていた……あ、ちょっとだけ圧力が弱くなった。


「ちょ! 何? 私とリオン君が婚約!? どういう事なのお母さん!」


 お茶を吹きかけた事はまったく気にせずにヘレンさんはまくしたてた。


「どういう事って貴方もさっき承諾したじゃないの」


 使用人から渡された布で顔にかかったお茶を拭いながらヘレンさんに答える母親。


「ええ!? いやだってそれはリオン君がうちの調理人になるって……いや、えぇぇぇ」


 ヘレンさんは混乱している様だ、そりゃなぁ……。


「それにねヘレン、貴方の歳で婚約者も居ない貴族の子女なんて早々居ないのよ、心当たりは全て断られたし何処からか話が来る訳でもなし、リオン君もヘレンが良いなら受けてくれるって言ってくれたし、そろそろ決めておきましょ? ね?」


 え? 俺はいつのまにかオッケーした事になってるの? ヘレンさんの気持ちも大事でしょと言っただけなんですけど……。


「ええええ! リオン君って私の事好きだったの!? でも……まだ早いよ……リオン君の作るご飯は美味しいけど……あれ? でもリオン君平民だよね、てことは……私がバニスター家から追い出される!?」


 どうしてそういう思考の連鎖になるのだろうか、このポンコツめが。


「大丈夫よ、リオン君はしばらくしたら叙爵されるはず、平民出の騎士爵だと少しバランスが悪いけど……どうせヘレンの相手は見つからないだろうし、好かれてる相手と一緒になる方がいいでしょう?」


 俺がヘレンさんを好きな事がいつのまにか確定されてしまっている、これをばっさり否定したらどうなるんだろう、母親さんと決闘とかになるんだろか……絶対に勝てないな。


「それは……そうだけど……チラチラ……もうリオン君ったら……私にまったく気がない振りをしてたのね? 恥ずかしがり屋さんなんだから、えっと……そこまで言うなら受けてあげても……いいよ?」


 チラチラと俺の方を赤い顔で見て来るヘレンさん、なんだろうか俺が告白した様な事になってしまっているのだけど……解せぬ。


 俺がチラっと爺さんや父親を見てみると、絡めとられた哀れな獲物を見る目で見てきている……もしかすると彼らも昔、俺と同じ様な感じでバニスター家の女性に狩られたのかもしれない。



 そして母親が俺に向けて圧力という名の殺気をぶちあてながら。


「ヘレンも納得したみたいだし、そういう事でいいわよね? リオン君?」


 俺の隣のヘレンさんは顔に両手をあててイヤンイヤンと体を振って恥ずかしそうにしている、君はこの殺気を一切感じていないんだね……男性陣はみんな額に汗をかいているというのに……そんなキリングフィールドな中でお婆さんはまったく動ぜずにお茶を啜っているし……。


 バニスター家か……武門の名家をまじで舐めてました……。


「ア、ハイ、ヨロシクオネガイシマス……」


 俺はそう答えるしかなかった、だって母親さんが怖いんだもん……それに別にヘレンさんの事は嫌いじゃないしな……。


 今生は城下町あたりで平民の嫁を探す事になると思ってたんだけどな……。

 

 そして、ヘレンさんが俺の方に体を向けると。


「よろしくねリオン君……いえ、リオンって呼んでいい? 私の事も呼び捨てでいいからねリオン……ちょっと恥ずかしいねこれ、えへへー」


 なんだろうか、恥ずかしがっている女性はそれだけで可愛く見えてしまうマジックが存在するよね、本当はポンコツ腹ペコ侍女だったんだけどな……。


 まぁいいか、この世界だと平民でも親の紹介で結婚を決めたりが多い世界だし。


「よろしく、ヘレン」


 俺達の挨拶をウンウンと笑顔で頷きならが見つつ祝福をしてくるお婆さんと母親だった。



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