第42話 現代の便利さを改めて知る

 朝早くから市場に出かけていたので今はまだお昼前なのだが台所を貸して貰った。


 この家のご飯は基本的に粥だったが最近やっと普通にしようとしているんだとか、エンバクや大麦やら玄米をミルクで煮込んだ粥が基本で、そこに塩味の野菜スープを添えて終わりだったとか。


 出入りの商人を新しく探さないといけないとかで選考中らしい、パンの納入は元々の商人でも可能だったのでパンに変更したけどそれ以外の肉とかはまだ市場に買いに行く必要があるとか。


 戦場飯を意識しているというが戦場に新鮮なミルクは無理じゃね? とか思うのは俺だけだろうか、冷蔵庫やクーラーボックスが欲しい所だ。


 まぁお昼はパンとハムとかチーズでいいとして。


 夕餉のメインはやっぱりあれだよね、そう、角煮だ!


 肉を食いたくて醤油を使うならと生姜焼きとどっちにしようか迷ったが今回は角煮にする事に。


 豚の角煮と鳥胸肉の二種類の角煮でいく、豚肉がオーク肉だったり鳥肉も魔物肉だったりするが気にしない。


 まずは玄米ご飯を炊いていく訳だが、炊飯器とか何処かで売ってないだろうか、竈と鍋でやるのって難しい……。


 そして玄米のとぎ汁で肉の下茹でをしていく……。


 時計なんてないから体感で十数分茹でて十数分火から外して蒸らすを二回ほど、浮いて来るアクは掬わずに放置。


 キッチンタイマーがすごく欲しい。


 オーク肉の下茹でが終わったらゆで汁に浮いているラードを回収、これは別な鍋で水分を飛ばしてから冷ましておく、色々使えて便利なんだよね、水分をちゃんと飛ばさないと傷みやすいから気をつけよう。


 そしてゆで汁から掬い上げた肉は崩さない様に軽く洗っておく。


 大きな鍋に醤油とみりんに酒としょうがスライスにハチミツに水を入れてそこに肉をそっと入れてしばし煮込む……お砂糖は高いから今日はハチミツだ。


 日本のスーパーがご近所に欲しい。


 煮込みの最後の方で皮を剥いた茹で卵を投入してちょいっと煮てから火から外して後は冷ましながら味がしみ込むのを待つばかり。


 この工程を豚と鳥別々の鍋でやっています。


 角煮は食べる前に温めなおして器に乗せれば完成だから次は……おっと。


「ヘレンさんは台所に進入禁止です出て行って下さい」

 台所の入口からこちらを伺っている腹ペコ魔人を牽制する。


「そんな! 私はお手伝いしようかなーって来たのに酷いよリオン君!」


「お昼にご家族分のサンドイッチパンを取りに来た時に、当たり前の様にゆで卵をつまみ食い……いえ、ガチ食いをしかけたのは何処の何方だったでしょうか? 一歩でも入ったら夕ご飯抜きにしますよ?」


「ええ! このすごく良い匂いを嗅がせて我慢させるとかリオン君はドSだよ! バカーー!」


 そう捨て台詞を残して逃げていくヘレンさん。


 この世界にも加虐趣向な意味を為す言葉があるのに驚くけども、文化が未熟でも性方面だけはきっちり進化しとるんだよなぁ……人の世のさがというべきか…‥。


 まぁなんだ、ヘレンさんのデザートは半分にしようと思う。



 そしてどうせまた何度か来るだろうから、おやつに角煮の汁とラードで炒めた野菜を、薄焼きの生地に挟んだクレープもどきでも用意しておいてあげるか……。



 さて次はスープだな、まだ4月なんで普通なら野菜類が少し貧弱なんだけど、祝福の能力で成長促進とか出来ちゃう人がまれに居るからお金さえあればいつでも新鮮な野菜はゲット出来る世界だ……まぁ今回は普通にお安かったジャガイモを使ったポタージュスープでいいか。


 ジャガイモとタマネギをバターで炒めてからミキサーで……あ……帰ったらミキサーな魔道具を博士に頼もうそうしよう。


 ゴリゴリとすり鉢とすりこぎを使って潰していく……うぐぐ……植物紙や印刷の知識は前世で伝えたのだが、この世界の台所にも革命をおこしたいよな……美味い飯の為と言えば博士は手伝ってくれるだろうか? ゴリゴリゴリ。


 ゴリゴリゴリと磨り潰しながら考える、醤油や味噌は前にも知識を残したはずなんだが……個人や村単位くらいだと知識が途絶えてしまう可能性が高いみたいなんだよな、なので商売として成り立つくらいに大々的にやらんと後世に伝わらん可能性が高い。


 ゴリゴリゴリ、醤油なんかは絶対に広めたいから思いっきりやるとして……他に何を伝えようかなぁ……あんまりやりすぎると国が力を持ちすぎる可能性はあるんだよ、紙はいいけど活版印刷は正直やり過ぎたかなぁと思っている……あの女王が生きて居るうちはいいけど子や孫が強力な国の力を背景に戦争とか起こすかもだしな。


 まぁ下手な考え休むに似たりとも言うし、俺は生活が便利になるような知識を落としていけばいいな、ゴリゴリゴリっとこんなもんでいいか。


 潰したジャガイモとタマネギを鍋に移してミルクを加えて塩で味付け、コンソメなんて無いから角煮の汁を隠し味にちょろっと……色が少し濁るけどそもそもポタージュなんて他で見た事ねーし違和感を覚える事も無いだろう。


 次はサラダだな、生で食べられる野菜を千切りにしましてっと、ああ〈調理〉の能力が有難いと思うのはこういう時だよなぁ……口当たりを考えると可能な限り細く切りたいんだが日本に居た頃自分でやった時のは千切りというよりは百切りって感じだったもんなぁ……職人の作るキャベツの千切りとかトンカツ屋専門店とかで食うと感動しちゃうからな。


 トントントトトーンふんふふーん、鼻歌でリズムを取りつつ野菜を千切りに……む!


「はぁ……そこのオヤツの野菜炒め挟みクレープもどきを持っていっていいですから」

 再度こっそりと台所の入口付近に近づいていたヘレンさんにそう言ってあげる。


 というか、こんな距離でやっと接近に気付けるとか……つまみ食いする為に気配を消せるのか……才能の無駄遣いだよな……。


「ありがとうリオン君! ……お母さん達の分は?」


 え?


「えっとヘレンさんの分だけしか考えてなかったんですが、お母さん方にも必要ですか?」


「勿論だよリオン君! もぐもぐ」

 クレープもどきに食いつきながらきっぱりとヘレンさんが言って来る。


 もしかしてヘレンさんの食いしん坊はそういう家系の可能性がある? なら作らんといかんかぁ。


「判りました、じゃぁちょっと後ふたつ作るので――」

「モグモグ……お母さん達が食べなかったら私が食べるから安心してね!」


 ……ん? 


 俺は作業を中断して少し考える……。


「お母さん達は普段おやつを食べたりはしますか?」


「あんまり食べないかも?」


 おーけー。


「じゃ、調理の続きをするので帰って下さい」


「なんで!? あ、あれ? 私のおやつのお代わりは?」


 すでに母親の分とかではなくお代わりだと明言しちゃってる。


「これ以上ごねると、ここでの会話をご家族との歓談に使用します」


「おっけーリオン君、調理頑張ってね! 楽しみにしてるからー-」


 ささっと台所の入口から離れていくヘレンさんだった……はぁ……。



 さて、千切りにしたお野菜達は大きな木のボウルの中でざっくりと混ぜてあげて、味付けは酸味がかったワインとやっぱり角煮の煮汁とオリーブオイルに果物を絞った汁だ。


 マヨネーズはなぁ……この世界にサルモネラみたいな菌が居るのかは知らんのだが……もし似た様な何かが居たらと思うと中々手を出し辛い、卵を生で食べたら駄目とは言われた事が無いからワンチャンいける気もするんだが……。



 そのうち試してみる事にしよう……万が一を考えて浄化が使える魔法能力が欲しいです。


 デザートはやはり醤油を使いたいな、ハチミツと醤油とみりんでみたらし団子風な物でも作ろう。


 この国は米も作っているのだが小麦粉はあるのに米粉は無いんだよな……米が作られ始めたのがそこそこ最近だからかもねぇ、それでも30年以上前かららしいんだけど……そのうち博士に言って米粉も広めようっと。


 今は仕方ないので小麦粉で作った団子にみたらし汁をかけた物にする。


 素直にパンケーキっぽい物にハチミツでもいいんだけどね、醤油を使いたかったんだ!


 そういや粥はスプーンで食べて居るとして玄米ご飯とかどうやって食べさせようか……箸は使えないよなぁ……。


 うん、玄米オニギリにしてみりん醤油を塗って焼いてあげよう、それをフォークとナイフで食べればおっけー! ……くぅ……博士に相談してこの国に箸文化も広めてやるんだからね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る