第41話 市場通りのぬし
「ありがとねリオン君、私のお休みに合わせてくれて」
俺の横を歩いているヘレンさんが申し訳なさそうに言って来る。
「材料の買い出しに出入りの商人が使えないなら仕方ないですよね、ふあぁ」
俺は朝早い事もあって欠伸をしながらヘレンさんに応える、ちなみに俺という下働きには固定のお休みなんて設定されて無いので休みたい時は申告制だ、お休みするとその分お給金が減るシステムなんだけどね……。
「はぁ……うちの食事が変わる事は決まったんだけど今まで食材の仕入れでお付き合いのある商家だと品揃えが少ないみたいなんだよねぇ……」
庶民の市場を休日で私服なヘレンさんと一緒に歩きながらそんな会話をしている。
侍女の時は編み上げている金髪をさらっと降ろしたヘレンさんは悔しいが美少女だった、これで中身がへっぽこじゃなければモテモテだろうに……むしろこれだけ可愛いのに求婚すら無くなるヘッポコさがすごいのか?
俺がヘレンさんの家でご飯を作ってあげる事は決まったのだが、今まで質素な食事ばかりしていたバニスター家の出入りの商人だと手に入らない食材とかがあるみたいで今日はヘレンさんのお休みに合わせて朝早くから王都の中腹である庶民の街まで降りてきて買い物をしている。
「お、ヘレンちゃん休日のおでかけかい? 朝食まだならうちで食ってきな!」
「おーヘレンちゃん、彼氏と一緒に買い食いの旅か、趣味が同じ相手が出来た様で良かったね、いまなら焼き立ての肉串が買えるよー」
「あらまぁヘレンちゃん買い食いデート? うちの果汁ジュースは美味しいからね後で買いにいらっしゃいおまけしちゃうわよー」
「え? ヘレンちゃん……まさかその人……彼氏?」
市場を歩いていると食べ物の屋台を出している人達がヘレンさんに話し掛けてくる……王宮に侍女として働きに行く様な貴族の令嬢が庶民の市場で顔見知りが一杯かぁ……。
「あのあの、今日は食材のお買い物なんで食べ歩きに来た訳じゃ無いんですごめんなさい! ……ってリオンさんはまだ彼氏じゃないですよ! 今は職場の同僚です!」
ヘレンさんも一人一人に返事をしながら歩いているね、庶民の街を歩き慣れているというか私服も平民っぽいし貴族オーラがほとんど無いのがすげぇよな。
まずは買い物の前にご飯を食べようとという事になり、ヘレンさんにお勧めを聞いてみる。
「あそこの串焼きは下処理も丁寧だし美味しいの、それとあそこの野菜粥は隠し味に海藻を使ってるって聞いたのこれは内緒だよ、後はあそこのおばちゃんが売っているジュースは水での割り方や果物の組み合わせ方が絶妙なの、それとね――」
お勧めを聞いただけなのに話が終わりそうにないので適当に聞き流しつつその話の中にあった薄焼きの生地に肉野菜炒めを挟んだ様な物を買う事にした。
「毎度どうも! ヘレンちゃんの彼氏なら大盛りにしちゃうぜ!」
屋台のおっちゃんが元気よく俺の注文に応えてきたので。
「あ、俺とヘレンさんは男女の仲とかじゃ無いんで普通盛りでお願いします」
俺は即座に否定をしておく、勘違いされたらヘレンさんにも失礼だからね、途中あった彼氏かい? とかの呼び掛けなんかにもきっぱりと否定していってる。
「なんだそうなのか? この市場通りの
「
そんな呼ばれ方をされるのは何故だろうと、支払いをしながら質問をぶつけてみる。
屋台のおっちゃんは金を受け取って調理をしながら説明をしてくれる。
「ああ、この市場通りにはヘレンちゃんが小さい頃から通って来ていたんだがな、彼女が美味いと言った店は必ず繁盛するんだよ、なので新しいメニューを考えた時は必ずヘレンちゃんに試食して貰うし、新たな屋台を出す奴はヘレンちゃんの評価をすごい気にするのさ、そんな感じなので
おっちゃんは肉野菜炒めの挟まれたパンを渡して来る。
「なるほどー、ちなみヘレンさんのここのお店の評価はどんな物なんですか?」
受け取った肉野菜炒めを挟んだ生地の一つをヘレンさんに渡しながら聞いてみる。
「ここの肉野菜炒めは味付けの塩加減とハーブの使い方が絶妙なんです! ……しかもほんのちょっぴり使われた香辛料がピリっとした後味で最高に美味しいんですよ?」
ヘレンさんがそう褒めると屋台のおっちゃんは嬉しそうにしていた。
なるほどねぇ……まぁ市場に設置されているベンチに座って食べる事にした。
ヘレンさんと横並びで座りまずは肉野菜炒めを包んだ生地をパクリッ。
「もぐもぐ……へぇ……ハーブの使い方が確かに上手いですね、そしてこのピリッっとした後味は……唐辛子かな? 最初ピリッっとした味と聞いて胡椒かと思ったんですがさすがに屋台飯で仕える訳なかったですね、うん美味しい」
香辛料は基本的に高いんだよね……庶民が使える調味料なんて塩とか古くなって酸味の強くなったワインとかな世界だしな、なのでそこらで採れるハーブで味の個性を出すのが重要だったりする、だからこそ文官さん達には醤油が期待されている訳で。
まぁハーブだ香辛料だの言っているが明確な区分けがある訳じゃ無い、大体の感覚で言うと自国で栽培できる草花なんかをハーブ、輸入している物を香辛料やスパイスと表現しているんだが……ここらで栽培出来る唐辛子は香辛料とか言うし結構曖昧だったりもする。
「もぐもぐモキュモキュ、リオン君すごいね、一口で唐辛子に気付くなんて……香辛料とか普通なら屋台では高くて使えないんだけど、あの屋台のおじさんの親戚が唐辛子を栽培してるんですって、それでも高いからほんのちょびっと使ってるって言ってたんだけど……リオン君は香辛料に詳しいの? モグモグうんおいふぃい」
美味しそうに食べるなぁこの人は……俺の分の半分あげますよ、生地をちぎって渡してあげると嬉しそうに食べ始めるヘレンさん。
「詳しいって程じゃないですね、使った事も食べた事もあるってだけの話です」
「もぐもぐ……はぁ美味しかったありがとリオン君、それと食べた事があるって言ったけどリオン君は平民なんだよね? ……もしかして没落した元貴族とかだったりする?」
「ここでは貴重な香辛料も他の場所なら安い事もあるって事ですよ、それじゃぁ朝ご飯も食べたし食材の買い物に行きましょうか」
ベンチから立ち上がり買い物へと向かう俺。
「あ、待ってリオン君」
それを止めるヘレンさん、何事?
「どうしました?」
「あそこの串焼きもすっごく美味しいの!」
そう指さしながら言ってくるヘレンさん……ああ……足りなかったのね……。
そうして仕方ないので串焼きを買いにいく俺だった。
……あれ? 全部俺が奢るのおかしくね?
……。
――
――
「今日はよろしくお願いします」
俺が頭を下げて挨拶をしているのはヘレンさんのご家族達だ。
市場でも買い物を済ませた俺はヘレンさんの家に着いた訳だが、ここにはヘレンさんのご両親と母方の祖父母と兄が住んでいるらしい。
そんで今家に居るのはヘレンさんの母親とお婆さん。
お互いに挨拶をして台所を使わせて貰う事に、この家ってさ男爵家だけども使用人が中年の夫婦が一組だけらしいんだよね、専属の調理人は居なくて家の人間がやるんだって。
騎士爵くらいなら有り得る話だけど男爵くらいだと……うーん俺が知っている隣国とこの国は違うのかなぁ? それかこの家が特別なのか……まぁいいか。
博士に許可貰って醤油も持ってきたし、取り敢えず夕食に向けて仕込みを始めますかね!
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