第40話 筋肉は口ほどに物を言う

「お前が我がバニスタ―家を馬鹿にしたリオンか!」


 醤油作り教室が終わった後にヘレンさんに連れられて王城の敷地内にある衛兵の訓練場までやってきた。


 そうしたら目の前の背が高くごつい体をした爺さんに言いがかりを付けられているという状況だ。


 その横には中年のおっさんも居る。


 訓練場なので他にも衛兵だか軍部所属だかの兵っぽいのは居るけども近づこうとはしてこない、この二人は結構なお偉いさんなのかもしれない。


 俺は横にいるヘレンさんに。

「この方々が?」


「うん……私のお父さんとお爺ちゃん、リオン君謝ろう? 私も一緒に謝ってあげるからさ」


 ん? 何故俺が謝らないといけないのだろうか? 意味が判らない?


「なんでそんな不思議な物を見る目で私を見るのかなリオン君は」


「いやだって謝る理由が無いからですよ、俺は別にバニスター家を馬鹿にした事なんて無いですよ?」


 俺とヘレンさんの会話に爺さんが割り込んでくる。


「この期に及んで言い訳か小僧! お前は我ら武門の名家バニスター家が自身を鍛えない馬鹿者だと言ったのだろうが!」


 ごつい体格で強面の爺さんがそう俺に向かって怒鳴ってきた。


「はあ? ねぇヘレンさん、このお二方に俺が言った事をどうやって伝えたんですか?」


「え? えーとお高い剣を手入れして壁に飾って自身を鍛えない家だって……」


 ……このポンコツ腹ペコ侍女めが……。


「はぁ……俺はこう言ったんですよ」

 俺はそうして前にヘレンさんに言った事をそのままおお二人に伝えた。


 すると。

「ぬぬ! いやしかしそれはやはりバニスター家を馬鹿にしてるではないか、鍛えて居ないし貧相な食事? この筋肉を見てもまだそんな事を言うか!」

 俺の前に居たヘレンさんの爺さんは軍服を脱いで上半身裸になると筋肉に力を入れてポーズを取ってくる。


 むむむ! なんだこの完成された筋肉は……大胸筋と腹直筋の見事な張りといい……。


 そしてその横にいたヘレンさんの父親と思しき人も服を脱いで上半身裸になって筋肉に力を込めてポーズを取り出した

「フンッ!」


 始めて発言した言葉がそれでいいのかヘレンさんの父親さんよ! だがしかし! ぬううう素晴らしい上腕二頭筋だ……僧帽筋の盛り上がりも侮りがたい。


 くそ負けてられん!


 俺は服を脱ぎ上半身裸になると筋肉に力を入れてポーズを取る。

「ふんぬ!」


 ぬぐぐ……鍛えてはいるがまだまだ出来上がってない筋肉だ、だが挑戦されたからには応えねばならないのが筋肉道だ!


「ふん……まぁまぁだな」

「ふぬ」


 ヘレンさんの爺さんと父親さんに及第点を貰った。


 俺と彼らはそれをもって和解した。


 握手をしている俺と爺さん達を見てヘレンさんがパニックに陥っている。


「え? 何? え? は? えっとお爺ちゃんはもう怒ってないの? 筋肉は謝罪に使えるの? え? 何? は?」


 取り敢えずヘッポコ侍女のヘレンさんは置いておいて。


「ヘレンさんに聞いた食事内容でその見事な筋肉が出来上がるとは思えないんですよね……もしかして家の外でお肉とか一杯食べてますか?」


 俺がそう聞くと爺さんと父親はギクッっとして挙動がおかしくなる、筋肉への力の籠め方も緩んだ為か張りが消えてしまっている、かなり動揺している!? それはつまり?


「え? お爺ちゃん達はお外でお肉とか美味しい物を一杯食べていたの? 私達家族には質素な戦場飯とかいうのを食べさせていたくせに?」


 ヘレンさんが食べ物の話が出たせいか即座にパニックから帰還をし確信部分に気付いてしまった、食い物が関わって居ると有能になるらしい。


「そ、それはなヘレン、この筋肉を作り上げるのには必要な事なのだ、別に意地悪でやっているのではないぞ、あれは家訓だしな、それにほらお前達は女の子だし」


 爺さんはヘレンさんを宥めようとしている。


「お爺ちゃんはいつも戦場では男も女も関係ないって言ってるじゃないの! 嘘つき? 嘘付きだよね? 嘘つきさんは折檻されるんだよね? お爺ちゃん?」


 しかし失敗した様だ、バニスター家では嘘付きは折檻される様だね、何故か訓練用の木剣を持ってきたヘレンさん、爺さんに尻を向けろと座った目で言っている。


 尻バットならぬ尻木剣かぁ……。


 暇になった俺とヘレンさんの父親さんは、お互いの三角巾や広背筋を見せ合ってチェックをしている、うーんやっぱまだ鍛え方が足りないですよね俺は、いやね、まともな食事が出来る様になったのって結構最近なんですよね。


 やっぱ飯を食わないと、どんだけ運動してもむしろ筋肉って減るじゃないですか? ええ!? そうですか? ありがとうございますそう言ってくれると嬉しいです。


 そうそう! そうなんですよねーやっぱ背中の筋肉ってつけ辛いですよねー。


 ちなみにヘレンさんの父親さんは言葉を一言も発していない、だが筋肉の見せ方で何を言いたいかはお互い判るので俺との会話は成立している。


「ふぅ……じゃぁうちの食事は普通にしますいいですね!」

「うむ婆さん達に伝えておこう……」


 お、あっちも終わった様だ、こっちも筋肉会話を終了させよう。


「終わりましたかヘレンさん」


「うん、うちの戦場飯は週に一度になりそうだよ! やったよリオン君、ありがとう」


 何故かお礼を言われる俺、ヘレンさんが伝えたポンコツ伝言ゲームを是正してから筋肉を見せ合って和解をし、そして疑問を一つ投げかけただけなんだけどな……。


「良かったですねヘレンさん、これでもう美味しい食事に釣られて王宮で暴走したりしないでしょうし『食欲暴走侍女』とか『胃袋だけ優秀な侍女』とか『食いしん坊武家』とか言われないで済みますね」


「にゃー! リオン君ちょっと待って!」


「なんじゃそれは……ヘレン、お主は礼儀作法を習いに行っておる王宮で何をしておるんじゃ? ちょっと聞かせてくれんかのう?」


「おおおおおおお爺ちゃん! いえ私は……武門の名家として恥ずかしい行動なんてこれっぽっちも……」


 爺さんはさっき尻を打たれていた木剣をヘレンから奪いテシテシと自分の手に当てながら問いただしている、次はお前の尻だとばかりだな。


 爺さんの尻打ちは見るのも嫌だったがヘレンさんの場合はどうだろう? ……うーん金髪編み上げで俺の一つ年上な可愛い女性ではあるが……ポンコツだからなぁ……あ、ヘレンさんが走って逃げだした。


 追いかける上半身裸で木剣を振り上げる爺さんと逃げる侍女服姿の可愛い女の子、傍から見ると通報案件だよなぁ、でもこの世界だと彼らが軍というか衛兵な訳で取り締まる側だから……うん、助けはこないねヘレンさん、ナームー。


 ……。


 ――


 ――



 可哀想なのでお尻ペンペンの場面は見ない事にしてあげた。


 ヘレンさんも訓練場の外まで逃げたらもっと怒られると理解をしているのか狭い範囲内で逃げてたからな、そりゃ追いつかれるというか先読みされるよね、ヘレンさんの素の身体能力はすごかったけど爺さんの方が一枚上手だったね。



 ヘレンさんはヨロヨロと歩いているがお尻を庇って歩きにくそうにしている、良い音してたからなぁ……。


「うう……酷い目にあった……それでなんでリオン君はまだ上半身裸なの?」


 ん? あ、ほんとだ、俺はいそいそと洋服を着こんでいく、いやだって爺さんとかお父さんもまだ上半身裸だったから違和感なくて忘れてたよ。


「リオンと言ったか? うちのヘレンが迷惑をかけた様だ……これからも迷惑をかけると思うが仲良くしてやってくれ」


 軍服を着直した爺さんが俺にそう言ってくる、父親さんも軍服を着こみ頷いている。


「え? お断りしますけど」

 俺は素直に答えていく。


「なんでよー! リオン君とはこれから一緒の仕事をするんだよ? 仲良くしてよー、そーだ! 仲良くなる為にうちにご飯を作りにきてよ! 決まり! ね?」


 ご飯を食べに来てよ、じゃなく作りに来いとかすごい事を言いだすね、このポンコツ腹ペコ侍女は……。


 そんなもんお断わりするに――

「……ふむ……こやつなら……いや……そうだな、そうするといい小僧、誤解はあったがお前さんがバニスター家の筋肉を侮辱しかけた事は間違い無い、完全な和解には一緒に飯を食うのが一番だ、よもや格上の筋肉を持つ儂の誘いを断るまいな?」

「ふんっ!」


 ぬぬぅ……あの見事な筋肉を持った人に誘われるのなら行かねばなるまい、そして父親さんは未だにまともに会話してないんだけど……まぁいいか、筋肉は口ほどに物を言うという言葉もあるしな。


「了解しましたお爺さん、では食事の材料費は誘ったヘレンさんのお小遣いから出すという事で良いでしょうか?」


「うむ! 作れというのなら経費を出すのは当然だろう、大丈夫だ、うちの孫娘はその程度の当たり前の礼節は備えておる」

 爺さんはそう宣言しているが……。


 俺がチラっと見たヘレンさんの顔色は青くなっている。


「じゃぁ帰りますね、細かい日程はヘレンさんと相談をしますので」


「うむ、またの小僧、さて……ヘレンは家に帰ってきたら少し王宮での仕事について話があるので今日は寄り道せずに早く帰ってきなさい」


 ヘレンさんって通いの侍女なんだね、バニスター家は王都に家がある領地が無いタイプの貴族らしいからね、まぁこの世界だとまだ宮廷貴族とか法衣貴族とかそういう規定とかも曖昧だったりするんだけど。


 歩いて訓練場を離れる俺の横にきたヘレンさん。


「もう、リオン君のせいで私の王宮での評判がばれちゃったじゃない……今日お家に帰ったらお爺ちゃんにだけじゃなく家族にも叱られちゃう……どうするのよー」


 知らんですよ。


「自業自得です、パーティで出たご飯に夢中で仕えるべき王女だか姫だかの世話を忘れるとかアホですか」


「そんな噂まで広まってるの!? あれはパーティの立食で焼いたお肉が山盛りになって用意されてたんだもん……」


「まぁお家のご飯がまともになればそういった失敗も減るでしょうし、へっぽこ侍女なんて呼ばれなく……なったらいいですね?」


「なんで疑問系なのよぉー、うー、あ、そうだ! 食事の材料費なんだけどね……そのー……お小遣いほとんど残ってなくて、えへへ……ツケでどうにかならない?」


「うちはツケでやってません、ではあの話は無かった事という事で」


「まってーお話が無くなったらお爺ちゃんに理由を聞かれちゃう! お小遣いを殆ど買い食いに使ってるってばれたらまた私のお尻が悲鳴を上げちゃうのー!」


 ヘレンさんが俺にすがりついて来る、うっとうしい、というか年頃の未婚の貴族令嬢な侍女が平民相手に抱き着くなっての! こんな所誰かに見られたらどうすんねん! てーか力強いなこの人! 振りほどけねぇ!


「ちょ、離して下さいヘレンさん、こんな所誰かに見られたら困るのは貴方なんですよ! 結婚の話とか来なくなったらどうするんですか!」

「にゃー私のお尻の責任をリオン君が取ってくれるというまで離しませーん、それにどうせ私に求婚してくる男性なんてもう居ないからいいんですー」


 このポンコツ侍女めが! お尻の責任取れとか誤解されそうな事を大声で言うな! あ、やべ人の気配が近付いて、ああくそ!


「判った、判りましたから離れてくれってば、材料費はこっちでなんとかするから早く、離れて!」


 俺が降参するとなんとか離れてくれたヘレンさん、丁度衛兵ぽい数人が俺らの横を通り抜けていく、軽く会釈をして見送る俺。


 ヘレンさんは何もしないで佇んでいる、俺とは立場が違うからね、下っ端ぽい衛兵だとヘレンさんの方が立場が上なのかもね。


 そうしてまた周囲に人気がなくなると途端に伸ばしていた背筋を緩めるヘレンさん。


「それでリオン君がお金を出してくれるの? 私もちょっとしか残ってないけど出せる分だけ出すよ?」


 話を続けてきたのだが……まぁ悪い人では無いんだよなぁ、出せないから出せないと言っているだけの話で……ただそれで俺に抱き着いて来るのは脅迫じみた行為だという事には気付いてないのかもしれないが。


 さっきのも場合によっては俺がなんらかの処罰を受けるって事に、この人は気づいてないんだろうな。


 博士は俺が研究所を使える様にと勲章を授与される手配をしてくれた、平民が国に貢献をした事を示す麦穂勲章という奴だ、平民で雑用な俺だがこれを授与された事で多少ましな目で見られる事になった訳だ、年金もついてない名誉勲章だけども有ると無しじゃ随分違う。


 当たり前だか急に騎士爵とかに叙爵されたりはしない、戦闘系の能力で手柄を立てたり利権をもたらしたり、または何処ぞの王女とかに目をつけられれば別だけども!


 今の俺は博士を手伝って醤油を言われる通りに作った〈醸造〉持ちの平民だからな、今回の醤油の件も王弟殿下な博士の手柄って事になっているし。


 でもまぁ槍術の事はバレているだろうし、このまま博士を手伝っていればいつか叙爵も有り得るかもだけどね。


 ヘレンさんの家にお伺いする日時は相手のご家族の都合も聞いてからまた後で決める事にして途中で別れる。


 さて、料理の材料費は貸しでいいとして、試作品の醤油とか諸々を使っていいか博士に相談しないとな、たぶん許してくれるとは思うんだけどねぇ……あの人基本的に緩い感じだし。


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