第39話 ヘレン・バニスター

「え? いやですけど?」


 俺は〈醸造〉を持つというお貴族様や奴隷に醤油の作り方を教えながらそう答える。


 ちなみにお断りをしたのは何故かこの場にいるヘレンさんからのお誘いに対してた。


「てかなんでヘレンさんがここに居るんです? これ一応国家機密的な情報を扱う場所なんですが」


 あの時のお偉い内政官や衛兵やらに囲まれた研究所の一室である、部外者が入れる所じゃないんだけども……。


「それなら私もこのお仕事のお手伝いの一員に成ったからです! 一緒に試食会を乗り越えた仲という事でお願いしたら許可が出ました」


 そんな簡単に許可を出すなよ内政官共! ……バニスター家がそれだけ信頼されているって事なのかもしれんけど。


「ヘレンさんは王宮に滞在しているお偉いお嬢様方にお仕えする侍女でしょうに……何してんすか、あ、そこはもっと丁寧に能力を使って下さい色が変わって来るまでじっくりとです、焦る男は女にモテないって言うでしょ、なので焦っちゃ駄目です」


 会話をしつつも醤油作りの指導を行う、通常なら何か月もかかる醤油作りが能力使えば一日って頭おかしいレベルの話だよな、一応酒も一日で出来ちゃうんだけど美味しさを求めるなら数日から一週間くらいかけると美味くなるんだよね。


 国で作る様な大量生産品なら一日で作ってしまうのが良いだろう、今は慣れの為に少量でやっているけど慣れたらでかい樽とかでやれば量産も効くしな。


「だって私はほら……侍女として……人気ないから……」


 おっと適当に対応していたらヘレンさんのトラウマを抉ってしまった様だ。


 まぁこの人の噂を聞くと人気ないのも判る気がする……。


「あ、それくらいの色になったら布袋に詰めて絞ります、絞るといっても滴り落ちるのを待つ感じですね、絶対に手でギューと布袋を絞っちゃ駄目ですよ?」


「あのリオン君……私の話を……」


「聞いてます聞いてます、そのうえでお断りしたんです、あ、こらそこ! 待てっていってるだろ! 一滴一滴が神の涙だと思って辛抱強く待つんだよ! あーあ……これはもう駄目だな……この人は向いてないですね内政官さん」


 手でぎゅっと絞るなって言ってるのに待つのが面倒なのかやりやがった奴がいた、醤油が濁ってしまっている、まぁこれは後でチャーシューでも煮るのに使うか……。


 この人は首だな、国家機密な情報を知った上で適性が無かった人がどうなるかなんて俺には知らん、まぁ醤油を駄目にする人間がどうなろうが知ったこっちゃねぇけどな。


「うぅ……リオン君お願いだから私と一緒に来て? おじい様が絶対に連れて来いって怒ってるの……」


 ああヘレンさんが泣き出し……口でうぅと言っただけでまったく泣いてないじゃんか。


 筋肉を冒涜する食事をしている事を皮肉った話を家族に伝えちゃったみたいなんだよな……怒っている武門の名家に平民の俺が会いに行く? 嫌すぎる。


「知りませんよ、なんでわざわざ怒らせる様な事伝えるんですか、はい、ではこの絞った醤油に火入れをしていきまーす、いいですか沸騰させちゃだめですよ? クランク博士が作り上げたこの一定温度を保つ魔道具を使えばそう簡単には失敗しないですが、それでも完全ではないんです、ちゃんと醤油の状態を見てて下さいね」


 火入れが一番難しいよなぁ……沸騰させないで一定の温度を保つとか温度計も無い世界だとすっごい大変なんだよ、クランク博士が設計した魔道具も完璧ではなくて多少の温度の揺らぎがあるしな……。


「ねーリオンくーん一緒にきてよー、リオン君が言わないでって口止めしてくれてたら私だってお爺ちゃん達に言う事なんて無かったんだよ? いわばこれはリオン君の責任でもある訳で、私も一緒に謝ってあげるからさーねーねーねーねー」


 えーいこのへっぽこ侍女めが、仕事の手伝いなんて一ミリもしないでずっと同じ事を繰り返してきやがる、しかもその理由が俺を連れて来ないと自分が怒られるからだってんだから……。


「はいそこの人温度が上がり過ぎてますよーちょっと魔道具を調整して下さい、はぁもう仕方ないなヘレンさんは、ならこの後の試食は内政官さん達にまかせて、そのお爺ちゃん達とやらに会いに行きますか」


 しょうがないので一緒に行く事を渋々承諾したのだが。


「え? 試食は絶対にやっていくよ? お爺ちゃん達はその後ね、大丈夫衛兵の訓練場に行けばいつでも会えるから、それで今日は何を作るの!? あのウナギをお米に乗せたの美味しかったよね!」


 この食いしん坊めが……。


 うな丼事件の時もしっかり雑役メイド達とかに混ざって列に並んでたからな……王宮までの距離を考えるとありえない速度と嗅覚だ……武門の名家ねぇ……祝福による能力ガチャは血で継承されやすい、なので身体強化系の能力とか持ってそうだよね、戦闘技術系を持ってる気配は感じないんだけどな。



「はい、では火入れを終わった物を使ってみましょうか、今回は簡単に生姜焼きにしますねー」


 俺がそう言うと周りで見ていた内政官とヘレンさんが笑顔になるのが判る、衛兵や〈醸造〉持ちの製作者達はまだよく判ってないみたい、匂いはいいけど真っ黒い液体だもんな。



 ……。


 ――


 ――


試食の段になったのでヘレンさんと内政官さん二人、それと製作者さんが4人と衛兵達で生姜焼き丼を食べている。


「美味しい! 美味しいよリオン君! お代わり!」


「美味い! やはりこの調味料は素晴らしい! これなら売れまくる事間違いない、ふふり」

「ですなぁ、やはりこれは金になる……ふふふ隣国から金を搾り取ってやろう、絞られた醤油だけに、なんちゃって」

 誰が上手い事を言えといった内政官さん……。


「あんな黒い液体がこんなに美味しくなるなんて……最初お父様に言われて送り込まれた時は家に見限られたのかと思ったけども、これなら国を支える輸出品を作る訳だから……結婚も心配無さそうかしら?」


「うむ美味いな、さすが俺の能力だ、貴族として落ちぶれるかと思っていたが、神は俺にこれを作れとおっしゃった訳だったのだな……国家事業に携わるなら嫁も見つかるだろう……ほっ」


「うまうまもぐもぐ」

「もきゅきゅ」



 今回能力を持った教え子は5人居た、一人はやるなと念押しした行為をした為に除外され残った4人は貴族の子女である女性と男性が一人づつ、それと奴隷紋で縛られている子供が二人。


 国家事業に携わるから情報秘匿の為に〈醸造〉を持っていた2人の子供に〈奴隷術〉をかけたらしい、いや無理やりとかではなく誰かに騙されたりした時の為だってさ、これからこの2人の子供は高い給料と待遇を得て働く事になる。


 事前に国の奴隷になるかの選択はさせているって話だから自分から選んだのだろう、まぁ国家に保護されるという事だから選ぶ子供も居るのだろう。


 貴族の子女の二人は祝福で貴族に相応しくない能力のみを得た事で貴族として除籍される危機のあった二人らしいのだが、今回の事で一発逆転、新たな貴族家として任命される可能性が出て来た。


 まだ若いこの二人は上に命じられて結婚をして子供に能力を継がせる可能性を高めるんじゃないかなーとか思って居る、貴族の家って政略婚が多いからね……年も近いし同じ仕事をするなら性格さえ合えば丁度良いとは思うのだけど。


 ちなみに内政官からは新しい事業を主導する貴族家を作るにあたって醤油に関係した良い家名は無いかって相談をされたので……『メイラード』家を押しておいた。


 

 衛兵さん達も美味しそうに食べているね、彼らはまぁ衛兵であってそれ以上でもそれ以下でもない。


「ねぇねぇリオン君お代わりちょーだい? ね? もう一回だけ、おねがーい」


 すでに3回お代わりをしてきているヘレンさんが俺の肩を掴んで揺らしてくる……この人見た目はシュッっとしてるのに何処にそんなに入るんだろうか……まさか〈大食い〉とかそういう能力がこの世にある可能性がワンチャン?




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